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最終編『蛍火明滅、〈探し人〉のゆく先』
第二話「ビアガーデン・ライムライト」⑵
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「我々ということは、貴方も〈探し人〉なんですね」
初老のウェイターは頷いた。
「ここへ来る前は洋燈町で営業しておりました。主人が諦められて、やむなく未練街へ移転しましたが」
ウェイターはイムラと名乗った。この店、ビアガーデン・ライムライトの店長だそうだ。
イムラの主人もかつて、本当の洋燈商店街でビアガーデン・ライムライトを営業していた。未練街のビアガーデン・ライムライトとは違い、立ち飲みが中心のこじんまりとしたビアガーデンだったが、夏になると仕事帰りの会社員や休暇中の客達で賑わった。
しかし数十年前、洋燈駅周辺の再開発の影響で、商店街全体の客が激減。イムラの店も売り上げが落ち、やむなく他の街へ移転を決めた。
「上手く行かなかったら、洋燈商店街に戻ろう」と覚悟していたが、案外新しい街でも上手くやっていけた。新しい客も増え、洋燈町のことを忘れそうになった瞬間が何度もあった。そのたび、「あの日々を忘れちゃいけない」と自分に言い聞かせた。
次第に、
「あのまま洋燈商店街にいても、上手くやっていけたんじゃないのか?」
「移転しなければ良かったかもしれない」
「でも、今さら戻れない」
と後悔は積もり、〈探し人〉のイムラが生まれた。
イムラは本人の代わりに、洋燈町でビアガーデン・ライムライトを切り盛りした。現実では廃ビルになっているその場所に、人間の客が訪れる(あるいは、迷い込む)ことは極めてまれだったが、居場所を求めてさまよっていた〈探し人〉達にとっては憩いの場となっていた。
「あともう少しで未練が解消できると思っていたんですけどね……主人はとうとう、洋燈商店街での日々を忘れてしまいました。お客様方に『近々、〈未練溜まり〉へ移転するかもしれない』とご相談したら、『自分もついて行く』とおっしゃった方々が何人もいらっしゃいましたよ。〈未練溜まり〉へ来たら減るかと思いましたが、減るどころかさらに増えましたね。こんなにも洋燈商店街のライムライトは愛されているというのに、主人は認めてくださらなかった。この光景をあの方にも見せて差し上げたいですよ」
イムラはくつろぐお客達を見回し、目を細める。
主人への不満を口にしてはいるが、口調は穏やかだ。成仏できなくとも、未練街での暮らしに満足しているらしい。
「駅の再開発まで洋燈商店街にいらっしゃったということは、懐虫電燈という喫茶店のこともご存知だったりしますか?」
「えぇ。常連というほどではございませんが、何度かコーヒーを飲みに訪れました。店長の添野蛍太郎氏とは、商店街の寄り合いで何度か顔を合わせましたしね」
「では、店長の奥さんとお会いしたことは?」
「奥さん?」と、イムラは首をひねった。
「さぁ……それらしい女性を見たことはありませんね。奥さんがいらっしゃったことも、たった今知りました」
ならば当然、祖母が今どこにいるのかも知らないだろう。
由良は自分が店長夫婦の孫だとは明かさず、「懐虫電燈の店長の奥さんが未練街にいる」「自分は訳あって彼女を探している」とだけ伝えた。
「夜が明けるまでには戻りたいんです。手がかりになる情報が集まりやすい場所か、手っ取り早く人を見つけられる良い方法はありませんか?」
「夜が明けるまで、ですか。厳しいですね」
「見つからなければ、諦めて帰ります」
「……分かりました。保証はできませんが、知っていそうな方ならご紹介しましょう」
イムラは由良を屋上の端まで連れて行き、遠目に見える大通りを指差した。
大通りには、昔のように路面電車と歩行者が忙しなく行き交っている。線路のない道の隅では、蚤の市が開かれていた。
「懐かしいでしょう? 現実では線路が撤去されて車道になってしまいましたけども、ここでは昔と同じように路面電車が走っているんですよ。商店街を走っている路面電車と違って、あの電車達は町の外へ出る路線なんですが、そのうちの一本の行き先が『魔女の家』なんです。そこへ行ってみてください。あの方なら、何かご存知かもしれない」
「魔女? 魔女って、あの?」
由良の頭の中で、黒いとんがり帽子を被った老婆がニヒヒと笑う。
イムラは「そうです」と大真面目に断言した。
「彼女の名前は、永遠野花湖。この街を作り、心果を流通させている"魔女"です。あの方は未練街のことなら何でも知っておられる。街の至るところに監視カメラを設置し、二十四時間見張っておられるのかと疑ってしまうくらいに。もし、本当に懐虫電燈の奥様が未練街にいらっしゃるのなら、きっと居場所をご存知ですよ」
初老のウェイターは頷いた。
「ここへ来る前は洋燈町で営業しておりました。主人が諦められて、やむなく未練街へ移転しましたが」
ウェイターはイムラと名乗った。この店、ビアガーデン・ライムライトの店長だそうだ。
イムラの主人もかつて、本当の洋燈商店街でビアガーデン・ライムライトを営業していた。未練街のビアガーデン・ライムライトとは違い、立ち飲みが中心のこじんまりとしたビアガーデンだったが、夏になると仕事帰りの会社員や休暇中の客達で賑わった。
しかし数十年前、洋燈駅周辺の再開発の影響で、商店街全体の客が激減。イムラの店も売り上げが落ち、やむなく他の街へ移転を決めた。
「上手く行かなかったら、洋燈商店街に戻ろう」と覚悟していたが、案外新しい街でも上手くやっていけた。新しい客も増え、洋燈町のことを忘れそうになった瞬間が何度もあった。そのたび、「あの日々を忘れちゃいけない」と自分に言い聞かせた。
次第に、
「あのまま洋燈商店街にいても、上手くやっていけたんじゃないのか?」
「移転しなければ良かったかもしれない」
「でも、今さら戻れない」
と後悔は積もり、〈探し人〉のイムラが生まれた。
イムラは本人の代わりに、洋燈町でビアガーデン・ライムライトを切り盛りした。現実では廃ビルになっているその場所に、人間の客が訪れる(あるいは、迷い込む)ことは極めてまれだったが、居場所を求めてさまよっていた〈探し人〉達にとっては憩いの場となっていた。
「あともう少しで未練が解消できると思っていたんですけどね……主人はとうとう、洋燈商店街での日々を忘れてしまいました。お客様方に『近々、〈未練溜まり〉へ移転するかもしれない』とご相談したら、『自分もついて行く』とおっしゃった方々が何人もいらっしゃいましたよ。〈未練溜まり〉へ来たら減るかと思いましたが、減るどころかさらに増えましたね。こんなにも洋燈商店街のライムライトは愛されているというのに、主人は認めてくださらなかった。この光景をあの方にも見せて差し上げたいですよ」
イムラはくつろぐお客達を見回し、目を細める。
主人への不満を口にしてはいるが、口調は穏やかだ。成仏できなくとも、未練街での暮らしに満足しているらしい。
「駅の再開発まで洋燈商店街にいらっしゃったということは、懐虫電燈という喫茶店のこともご存知だったりしますか?」
「えぇ。常連というほどではございませんが、何度かコーヒーを飲みに訪れました。店長の添野蛍太郎氏とは、商店街の寄り合いで何度か顔を合わせましたしね」
「では、店長の奥さんとお会いしたことは?」
「奥さん?」と、イムラは首をひねった。
「さぁ……それらしい女性を見たことはありませんね。奥さんがいらっしゃったことも、たった今知りました」
ならば当然、祖母が今どこにいるのかも知らないだろう。
由良は自分が店長夫婦の孫だとは明かさず、「懐虫電燈の店長の奥さんが未練街にいる」「自分は訳あって彼女を探している」とだけ伝えた。
「夜が明けるまでには戻りたいんです。手がかりになる情報が集まりやすい場所か、手っ取り早く人を見つけられる良い方法はありませんか?」
「夜が明けるまで、ですか。厳しいですね」
「見つからなければ、諦めて帰ります」
「……分かりました。保証はできませんが、知っていそうな方ならご紹介しましょう」
イムラは由良を屋上の端まで連れて行き、遠目に見える大通りを指差した。
大通りには、昔のように路面電車と歩行者が忙しなく行き交っている。線路のない道の隅では、蚤の市が開かれていた。
「懐かしいでしょう? 現実では線路が撤去されて車道になってしまいましたけども、ここでは昔と同じように路面電車が走っているんですよ。商店街を走っている路面電車と違って、あの電車達は町の外へ出る路線なんですが、そのうちの一本の行き先が『魔女の家』なんです。そこへ行ってみてください。あの方なら、何かご存知かもしれない」
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イムラは「そうです」と大真面目に断言した。
「彼女の名前は、永遠野花湖。この街を作り、心果を流通させている"魔女"です。あの方は未練街のことなら何でも知っておられる。街の至るところに監視カメラを設置し、二十四時間見張っておられるのかと疑ってしまうくらいに。もし、本当に懐虫電燈の奥様が未練街にいらっしゃるのなら、きっと居場所をご存知ですよ」
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