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春編③『桜梅桃李、ツツジ色不思議王国』
第四話「イースター・あの日割れた卵」⑶
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LAMPと隣の建物の間にある小道を抜け、表へ出る。屋上のカラスはクチバシをパカッと開いていて、濃いピンク色の楕円は宙にあった。アスファルトの地面に向かって、一直線に落下する。
少年はとっさに耳をふさぎ、目をつむる。
しかし、卵が割れる音はせず、代わりに
「とったどー!」
と、コレさんの得意げな声が辺り一帯に響き渡った。
「え?」
まぶたを開き、手を退ける。
コレさんは雑居ビルの真下で、落下した濃いピンク色のイースターエッグを掲げていた。割れも欠けもない。
屋上のカラスはコレさんに抗議するように「ガァーガァー!」と鳴く。卵を奪い返そうと襲いかかったが、その前にコレさんは雑居ビルの中へ避難した。
遅れて、由良がLAMPから出てきた。
「あれ? 屋上の探索、もう終わったんですか?」
「うん。ひとつはカラスに盗られて、カラスからさっきのおじさんが盗った」
「あぁ、それで急に大通りへ飛び出して行ったんですね。いくら人に気づかれにくいからって、車をすり抜けていくのはどうかと思いますけど」
「あの人、そんなことできるの? いったい何者?」
少年は訝しげに眉をひそめる。本来なら少年も同じことができるはずなのだが、彼は自分が人ならざる者だと自覚してはいなかった。
客足が落ち着き、二階の捜索を始める頃になっても、コレさんは戻ってこなかった。まだカラスと追いかけっこしているのか、あるいは二階の捜索を少年に譲ったのかもしれない。
「卵なんて、今朝は気づかなかったけどなぁ。ひとつも見つからなくても怒らないでくださいね?」
「あった。靴箱の中」
「早っ!」
他にもベッドの下やクローゼットに仕舞っていたコートのポケットなど、普段は目が行き届かない場所に〈心の落とし物〉のイースターエッグはあった。
少年は先に見つけた卵を取られたのがよほど悔しかったのか、探している間ずっと不貞腐れていた。由良は少年の不満を察し、励ました。
「卵のひとつくらいあげたっていいじゃないですか。この調子なら、確実に十二個集まると思いますよ」
「……そうじゃないんだ。卵が落ちてきた時、僕はその場から動けなかった。卵が割れる瞬間を見たくなくて、目と耳をふさいでいた。あの男のおかげで最悪の瞬間に立ち会わずに済んだんだ。卵を盗られたのに、助けられたような気分だよ」
由良の見立てどおり、卵は規定の十二個を超えて集まった。
「余った卵はどうします?」
「まだ十二個集めてない人にあげてよ。誰にあげるかは、お姉さんに任せるからさ」
「分かりました。ちなみに交換する卵って、どんな卵なんですか? 二度と手に入らないっておっしゃっていましたけど」
「気になるなら、一緒に来る?」
「ぜひ」
由良と少年は卵を交換してもらいに、渡来屋がいる玉蟲匣へ向かった。
屋根裏部屋には規定の数の卵を回収し終えた子供が数人集まっていた。集めた卵を、欲しい〈心の落とし物〉か引き換え券と交換し、消えていく。コレさんはまだ来ていなかった。
「次ー」
「はい」
少年はリュックを開け、卵をカゴに並べる。渡来屋はひとつひとつ卵を手に取り、本物かそうでないか入念に確かめた。
「よろしい。ちゃんと十二個そろっているな」
確認を終えると、渡来屋は少年に手を差し出した。廃業したブランド鶏の卵か、はたまた日本にはいない珍しい動物の卵でも出てくるのかと身構えたが、何も出てこなかった。
少年も当然のように、首から下げていた万華鏡のフタを開け、中身を渡来屋の手に注ぐ。出てきたのは淡い虹色のガラス片だった。時々、濃いピンク色のものも混じる。
「これ、何?」
少年は悲しげに目を伏せた。
「お姉さんが見たがってた卵の成れの果てさ。僕はこれを直してもらうために、イベントに参加したんだよ」
少年はとっさに耳をふさぎ、目をつむる。
しかし、卵が割れる音はせず、代わりに
「とったどー!」
と、コレさんの得意げな声が辺り一帯に響き渡った。
「え?」
まぶたを開き、手を退ける。
コレさんは雑居ビルの真下で、落下した濃いピンク色のイースターエッグを掲げていた。割れも欠けもない。
屋上のカラスはコレさんに抗議するように「ガァーガァー!」と鳴く。卵を奪い返そうと襲いかかったが、その前にコレさんは雑居ビルの中へ避難した。
遅れて、由良がLAMPから出てきた。
「あれ? 屋上の探索、もう終わったんですか?」
「うん。ひとつはカラスに盗られて、カラスからさっきのおじさんが盗った」
「あぁ、それで急に大通りへ飛び出して行ったんですね。いくら人に気づかれにくいからって、車をすり抜けていくのはどうかと思いますけど」
「あの人、そんなことできるの? いったい何者?」
少年は訝しげに眉をひそめる。本来なら少年も同じことができるはずなのだが、彼は自分が人ならざる者だと自覚してはいなかった。
客足が落ち着き、二階の捜索を始める頃になっても、コレさんは戻ってこなかった。まだカラスと追いかけっこしているのか、あるいは二階の捜索を少年に譲ったのかもしれない。
「卵なんて、今朝は気づかなかったけどなぁ。ひとつも見つからなくても怒らないでくださいね?」
「あった。靴箱の中」
「早っ!」
他にもベッドの下やクローゼットに仕舞っていたコートのポケットなど、普段は目が行き届かない場所に〈心の落とし物〉のイースターエッグはあった。
少年は先に見つけた卵を取られたのがよほど悔しかったのか、探している間ずっと不貞腐れていた。由良は少年の不満を察し、励ました。
「卵のひとつくらいあげたっていいじゃないですか。この調子なら、確実に十二個集まると思いますよ」
「……そうじゃないんだ。卵が落ちてきた時、僕はその場から動けなかった。卵が割れる瞬間を見たくなくて、目と耳をふさいでいた。あの男のおかげで最悪の瞬間に立ち会わずに済んだんだ。卵を盗られたのに、助けられたような気分だよ」
由良の見立てどおり、卵は規定の十二個を超えて集まった。
「余った卵はどうします?」
「まだ十二個集めてない人にあげてよ。誰にあげるかは、お姉さんに任せるからさ」
「分かりました。ちなみに交換する卵って、どんな卵なんですか? 二度と手に入らないっておっしゃっていましたけど」
「気になるなら、一緒に来る?」
「ぜひ」
由良と少年は卵を交換してもらいに、渡来屋がいる玉蟲匣へ向かった。
屋根裏部屋には規定の数の卵を回収し終えた子供が数人集まっていた。集めた卵を、欲しい〈心の落とし物〉か引き換え券と交換し、消えていく。コレさんはまだ来ていなかった。
「次ー」
「はい」
少年はリュックを開け、卵をカゴに並べる。渡来屋はひとつひとつ卵を手に取り、本物かそうでないか入念に確かめた。
「よろしい。ちゃんと十二個そろっているな」
確認を終えると、渡来屋は少年に手を差し出した。廃業したブランド鶏の卵か、はたまた日本にはいない珍しい動物の卵でも出てくるのかと身構えたが、何も出てこなかった。
少年も当然のように、首から下げていた万華鏡のフタを開け、中身を渡来屋の手に注ぐ。出てきたのは淡い虹色のガラス片だった。時々、濃いピンク色のものも混じる。
「これ、何?」
少年は悲しげに目を伏せた。
「お姉さんが見たがってた卵の成れの果てさ。僕はこれを直してもらうために、イベントに参加したんだよ」
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