心の落とし物

緋色刹那

文字の大きさ
上 下
244 / 314
春編③『桜梅桃李、ツツジ色不思議王国』

第四話「イースター・あの日割れた卵」⑶

しおりを挟む
 LAMPと隣の建物の間にある小道を抜け、表へ出る。屋上のカラスはクチバシをパカッと開いていて、濃いピンク色の楕円は宙にあった。アスファルトの地面に向かって、一直線に落下する。
 少年はとっさに耳をふさぎ、目をつむる。
 しかし、卵が割れる音はせず、代わりに
「とったどー!」
 と、コレさんの得意げな声が辺り一帯に響き渡った。
「え?」
 まぶたを開き、手を退ける。
 コレさんは雑居ビルの真下で、落下した濃いピンク色のイースターエッグを掲げていた。割れも欠けもない。
 屋上のカラスはコレさんに抗議するように「ガァーガァー!」と鳴く。卵を奪い返そうと襲いかかったが、その前にコレさんは雑居ビルの中へ避難した。
 遅れて、由良がLAMPから出てきた。
「あれ? 屋上の探索、もう終わったんですか?」
「うん。ひとつはカラスに盗られて、カラスからさっきのおじさんが盗った」
「あぁ、それで急に大通りへ飛び出して行ったんですね。いくら人に気づかれにくいからって、車をすり抜けていくのはどうかと思いますけど」
「あの人、そんなことできるの? いったい何者?」
 少年は訝しげに眉をひそめる。本来なら少年も同じことができるはずなのだが、彼は自分が人ならざる者だと自覚してはいなかった。



 客足が落ち着き、二階の捜索を始める頃になっても、コレさんは戻ってこなかった。まだカラスと追いかけっこしているのか、あるいは二階の捜索を少年に譲ったのかもしれない。
「卵なんて、今朝は気づかなかったけどなぁ。ひとつも見つからなくても怒らないでくださいね?」
「あった。靴箱の中」
「早っ!」
 他にもベッドの下やクローゼットに仕舞っていたコートのポケットなど、普段は目が行き届かない場所に〈心の落とし物〉のイースターエッグはあった。
 少年は先に見つけた卵を取られたのがよほど悔しかったのか、探している間ずっと不貞腐れていた。由良は少年の不満を察し、励ました。
「卵のひとつくらいあげたっていいじゃないですか。この調子なら、確実に十二個集まると思いますよ」
「……そうじゃないんだ。卵が落ちてきた時、僕はその場から動けなかった。卵が割れる瞬間を見たくなくて、目と耳をふさいでいた。あの男のおかげで最悪の瞬間に立ち会わずに済んだんだ。卵を盗られたのに、助けられたような気分だよ」



 由良の見立てどおり、卵は規定の十二個を超えて集まった。
「余った卵はどうします?」
「まだ十二個集めてない人にあげてよ。誰にあげるかは、お姉さんに任せるからさ」
「分かりました。ちなみに交換する卵って、どんな卵なんですか? 二度と手に入らないっておっしゃっていましたけど」
「気になるなら、一緒に来る?」
「ぜひ」
 由良と少年は卵を交換してもらいに、渡来屋がいる玉蟲匣へ向かった。
 屋根裏部屋には規定の数の卵を回収し終えた子供が数人集まっていた。集めた卵を、欲しい〈心の落とし物〉か引き換え券と交換し、消えていく。コレさんはまだ来ていなかった。
「次ー」
「はい」
 少年はリュックを開け、卵をカゴに並べる。渡来屋はひとつひとつ卵を手に取り、本物かそうでないか入念に確かめた。
「よろしい。ちゃんと十二個そろっているな」
 確認を終えると、渡来屋は少年に手を差し出した。廃業したブランド鶏の卵か、はたまた日本にはいない珍しい動物の卵でも出てくるのかと身構えたが、何も出てこなかった。
 少年も当然のように、首から下げていた万華鏡のフタを開け、中身を渡来屋の手に注ぐ。出てきたのは淡い虹色のガラス片だった。時々、濃いピンク色のものも混じる。
「これ、何?」
 少年は悲しげに目を伏せた。
「お姉さんが見たがってた卵のさ。僕はこれを直してもらうために、イベントに参加したんだよ」


しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

ユメ/うつつ

hana4
ライト文芸
例えばここからが本編だったとしたら、プロローグにも満たない俺らはきっと短く纏められて、誰かの些細な回想シーンの一部でしかないのかもしれない。 もし俺の人生が誰かの創作物だったなら、この記憶も全部、比喩表現なのだろう。 それかこれが夢であるのならば、いつまでも醒めないままでいたかった。

喫茶店オルクスには鬼が潜む

奏多
キャラ文芸
美月が通うようになった喫茶店は、本一冊読み切るまで長居しても怒られない場所。 そこに通うようになったのは、片思いの末にどうしても避けたい人がいるからで……。 そんな折、不可思議なことが起こり始めた美月は、店員の青年に助けられたことで、その秘密を知って行って……。 なろうでも連載、カクヨムでも先行連載。

とべない天狗とひなの旅

ちはやれいめい
歴史・時代
人間嫌いで悪行の限りを尽してきた天狗、フェノエレーゼ。 主君サルタヒコの怒りを買い、翼を封じられ人里に落とされてしまう。 「心から人間に寄り添い助けろ。これ以上悪さをすると天狗に戻れなくなるぞ」 とべなくなったフェノエレーゼの事情を知って、人里の童女ヒナが、旅についてきた。 人間嫌いの偏屈天狗と、天真爛漫な幼女。 翼を取り戻すため善行を積む旅、はじまりはじまり。 絵・文 ちはやれいめい https://mypage.syosetu.com/487329/ フェノエレーゼデザイン トトさん https://mypage.syosetu.com/432625/

タイムトラベル同好会

小松広和
ライト文芸
とある有名私立高校にあるタイムトラベル同好会。その名の通りタイムマシンを制作して過去に行くのが目的のクラブだ。だが、なぜか誰も俺のこの壮大なる夢を理解する者がいない。あえて言えば幼なじみの胡桃が付き合ってくれるくらいか。あっ、いやこれは彼女として付き合うという意味では決してない。胡桃はただの幼なじみだ。誤解をしないようにしてくれ。俺と胡桃の平凡な日常のはずが突然・・・・。 気になる方はぜひ読んでみてください。SFっぽい恋愛っぽいストーリーです。よろしくお願いします。

あかりの燈るハロー【完結】

虹乃ノラン
ライト文芸
 ――その観覧車が彩りゆたかにライトアップされるころ、あたしの心は眠ったまま。迷って迷って……、そしてあたしは茜色の空をみつけた。  六年生になる茜(あかね)は、五歳で母を亡くし吃音となった。思い出の早口言葉を歌い今日もひとり図書室へ向かう。特別な目で見られ、友達なんていない――吃音を母への愛の証と捉える茜は治療にも前向きになれないでいた。  ある日『ハローワールド』という件名のメールがパソコンに届く。差出人は朱里(あかり)。件名は謎のままだが二人はすぐに仲良くなった。話すことへの抵抗、思いを伝える怖さ――友だちとの付き合い方に悩みながらも、「もし、あたしが朱里だったら……」と少しずつ自分を見つめなおし、悩みながらも朱里に対する信頼を深めていく。 『ハローワールド』の謎、朱里にたずねるハローワールドはいつだって同じ。『そこはここよりもずっと離れた場所で、ものすごく近くにある場所。行きたくても行けない場所で、いつの間にかたどり着いてる場所』  そんななか、茜は父の部屋で一冊の絵本を見つける……。  誰の心にも燈る光と影――今日も頑張っているあなたへ贈る、心温まるやさしいストーリー。 ―――――《目次》―――――― ◆第一部  一章  バイバイ、お母さん。ハロー、ハンデ。  二章  ハローワールドの住人  三章  吃音という証明 ◆第二部  四章  最高の友だち  五章  うるさい! うるさい! うるさい!  六章  レインボー薬局 ◆第三部  七章  はーい! せんせー。  八章  イフ・アカリ  九章  ハウマッチ 木、木、木……。 ◆第四部  十章  未来永劫チクワ  十一章 あたしがやりました。  十二章 お父さんの恋人 ◆第五部  十三章 アカネ・ゴー・ラウンド  十四章 # to the world... ◆エピローグ  epilogue...  ♭ ◆献辞 《第7回ライト文芸大賞奨励賞》

ボイス~常識外れの三人~

Yamato
ライト文芸
29歳の山咲 伸一と30歳の下田 晴美と同級生の尾美 悦子 会社の社員とアルバイト。 北海道の田舎から上京した伸一。 東京生まれで中小企業の社長の娘 晴美。 同じく東京生まれで美人で、スタイルのよい悦子。 伸一は、甲斐性持ち男気溢れる凡庸な風貌。 晴美は、派手で美しい外見で勝気。 悦子はモデルのような顔とスタイルで、遊んでる男は多数いる。 伸一の勤める会社にアルバイトとして入ってきた二人。 晴美は伸一と東京駅でケンカした相手。 最悪な出会いで嫌悪感しかなかった。 しかし、友人の尾美 悦子は伸一に興味を抱く。 それまで遊んでいた悦子は、伸一によって初めて自分が求めていた男性だと知りのめり込む。 一方で、晴美は遊び人である影山 時弘に引っ掛かり、身体だけでなく心もボロボロにされた。 悦子は、晴美をなんとか救おうと試みるが時弘の巧みな話術で挫折する。 伸一の手助けを借りて、なんとか引き離したが晴美は今度は伸一に心を寄せるようになる。 それを知った悦子は晴美と敵対するようになり、伸一の傍を離れないようになった。 絶対に譲らない二人。しかし、どこかで悲しむ心もあった。 どちらかに決めてほしい二人の問い詰めに、伸一は人を愛せない過去の事情により答えられないと話す。 それを知った悦子は驚きの提案を二人にする。 三人の想いはどうなるのか?

もしもし、こちらは『居候屋』ですが?

産屋敷 九十九
ライト文芸
【広告】 『居候屋』 あなたの家に居候しにいきます! 独り身で寂しいヒト、いろいろ相談にのってほしいヒト、いかがですか? 一泊 二千九百五十一円から! 電話番号: 29451-29451 二十四時間営業! ※決していかがわしいお店ではありません ※いかがわしいサービス提供の強要はお断りします

出雲の駄菓子屋日誌

にぎた
ホラー
舞台は観光地としてと有名な熱海。 主人公の菅野真太郎がいる「出雲の駄菓子屋」は、お菓子の他にも、古く珍しい骨董品も取り扱っていた。 中には、いわくつきの物まで。 年に一度、夏に行われる供養式。「今年の供養式は穏便にいかない気がする」という言葉の通り、数奇な運命の糸を辿った乱入者たちによって、会場は大混乱へ陥り、そして謎の白い光に飲み込まれてしまう。 目を開けると、そこは熱海の街にそっくりな異界――まさに「死の世界」であった。

処理中です...