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春編③『桜梅桃李、ツツジ色不思議王国』
第二話「世界にひとつもない人形」⑷
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翌週、LAMPにレカちゃん人形とドールハウスを探していた〈探し人〉の本人が来た。
「いらっしゃいませ。ご注文はお決まりですか?」
「えぇと……コーヒーのブラック、砂糖増し増しで。あと、片手で食べられて、腹持ちが良くて、注文したらすぐに来る食べ物を」
「でしたら、春色おにぎり三種セットはいかがでしょうか?」
「中身は?」
「梅、たらこ、山菜でございます。付け合わせに桜エビ入り卵焼きと、桜フレーバーの緑茶がつきます」
「じゃあそれで」
「かしこまりました」
女性は慌ただしく席につき、ノートパソコンを開く。仕事で忙しいのか、前より疲れた顔をしている。
(また今度にしようか?)
脳裏に、彼女の〈心の落とし物〉の人形とドールハウスがよぎる。
(ううん、大事なことだもの。「今度」がなくなったら困るわ)
「お待たせしました。コーヒーブラック砂糖増し増しと、春色おにぎり三種セットでございます」
「ありがとう」
「……それと、お忙しいところ大変恐縮なのですが、」
由良はある写真を女性に見せた。
「お客様はオモチャのデザイナーさんでしたよね? こちらのオモチャについて、何かご存知ないですか?」
「んー? どれどれ?」
女性はブラックコーヒーを一気に飲み干し、視線を向ける。
途端に、椅子から立ち上がった。写真を奪い、食い入るように凝視する。
「う、嘘。これ、どこのお店ですか?」
「洋燈商店街にある玉蟲匣という骨董屋さんです。今日はお休みですが」
「骨董屋? どうしてそんなところに私のレカちゃんとドールハウスが?」
由良が見せたのは、先週玉蟲匣で発見した彼女のレカちゃんとドールハウスの写真だった。もちろん、撮影許可は取ってある。
「こ、これ、私のなんです! 信じてもらえるか分からないですけど……私の宝物だったんです!」
「なんとまぁ。そんな偶然、あるんですね」
由良は何も知らないフリをし、驚いた。
「数年前、先代の玉蟲匣の店長が買い取った品だそうですよ。なんでも『娘が断捨離したので持ってきました』と、大量の家具とオモチャを持ってこられたお客様がいらっしゃったとか。比較的美品が多かったようですが、こちらの人形とドールハウスは改造されていたので値がつかず、引き取りになったそうです」
「……そういえば断捨離した荷物、どこに捨てたか訊いてなかったかも。あんなに量があったら、フツー捨てるのに時間かかるはずなのに。もうお母さんったら、勝手に売らないでよ」
女性は思い当たる節があるらしく、ブツブツ呟いた。
「先代は修復するつもりでしたが、現在の店主がそのままの状態で引き取りました」
「そのまま? どうして?」
「個人的に気に入ったのも理由のひとつだそうですが、一番の理由は『デコるほど大事にされていたものだから、いじって欲しくなかったから』だそうです。以来、店の一角にひっそり仕舞っていた、と」
「そうだったんですね。またこの子達を見られる日が来るなんて……お店の方には、なんとお礼を申し上げたらいいか」
「なんだったら、お返しするよう言っておきましょうか?」
女性は首を振った。
「私はその子達を勝手な理由で手放しました。返してもらえる資格はありません。今の持ち主の方のほうが、あの子達を大事にしてくださると思います」
それに、と女性はノートパソコンの画面を見せた。
そこには写真そっくりのレカちゃん人形とドールハウスが映っていた。昔の商品ではない、ピカピカの新品だ。他にも懐かしいオモチャがたくさん映っていた。
「今度、他社と合同で『思い出のオモチャ』を展示販売することになったんです」
「復刻版ってことですか?」
「そうです。先週ふと、新しい商品を次々発表し、古い商品はどんどん捨てるという方針に疑問を持ちまして、『昔のオモチャを復刻してはどうか』と打診したんです。試しに社員の思い出のオモチャを製作したところ、思いのほか反響が大きく、期間限定で展示販売することになりました。レカちゃんの企業さんとも関わらせていただいているんですよ。記憶を頼りに作っているので大変です」
「それなら、なおさらお返ししたほうがいいのでは?」
女性は寂しげに微笑んだ。
「だって……本物を手に入れてしまったら、追い求める必要がなくなっちゃうじゃないですか。私は自分の手で取り戻したいんです。捨ててしまった、思い出を」
「思い出のオモチャ」展示販売会は好評だった。展示品は色を塗られていたり、欠けていたり、シールを貼られていたりと、状態まで精巧に再現されていた。
由良も見に行ったが、どれも完全ではないのに、妙に心惹かれた。女性の思い出の人形とドールハウスに至っては、その革新的なデザインから正式に商品化が決まった。
展示販売会が終わった後、女性は玉蟲匣へ足を運んだ。本物の人形とドールハウスと対面すると、〈探し人〉の彼女と同じように、涙を流しながら宝物を抱きしめた。
(春編③第三話へ続く)
「いらっしゃいませ。ご注文はお決まりですか?」
「えぇと……コーヒーのブラック、砂糖増し増しで。あと、片手で食べられて、腹持ちが良くて、注文したらすぐに来る食べ物を」
「でしたら、春色おにぎり三種セットはいかがでしょうか?」
「中身は?」
「梅、たらこ、山菜でございます。付け合わせに桜エビ入り卵焼きと、桜フレーバーの緑茶がつきます」
「じゃあそれで」
「かしこまりました」
女性は慌ただしく席につき、ノートパソコンを開く。仕事で忙しいのか、前より疲れた顔をしている。
(また今度にしようか?)
脳裏に、彼女の〈心の落とし物〉の人形とドールハウスがよぎる。
(ううん、大事なことだもの。「今度」がなくなったら困るわ)
「お待たせしました。コーヒーブラック砂糖増し増しと、春色おにぎり三種セットでございます」
「ありがとう」
「……それと、お忙しいところ大変恐縮なのですが、」
由良はある写真を女性に見せた。
「お客様はオモチャのデザイナーさんでしたよね? こちらのオモチャについて、何かご存知ないですか?」
「んー? どれどれ?」
女性はブラックコーヒーを一気に飲み干し、視線を向ける。
途端に、椅子から立ち上がった。写真を奪い、食い入るように凝視する。
「う、嘘。これ、どこのお店ですか?」
「洋燈商店街にある玉蟲匣という骨董屋さんです。今日はお休みですが」
「骨董屋? どうしてそんなところに私のレカちゃんとドールハウスが?」
由良が見せたのは、先週玉蟲匣で発見した彼女のレカちゃんとドールハウスの写真だった。もちろん、撮影許可は取ってある。
「こ、これ、私のなんです! 信じてもらえるか分からないですけど……私の宝物だったんです!」
「なんとまぁ。そんな偶然、あるんですね」
由良は何も知らないフリをし、驚いた。
「数年前、先代の玉蟲匣の店長が買い取った品だそうですよ。なんでも『娘が断捨離したので持ってきました』と、大量の家具とオモチャを持ってこられたお客様がいらっしゃったとか。比較的美品が多かったようですが、こちらの人形とドールハウスは改造されていたので値がつかず、引き取りになったそうです」
「……そういえば断捨離した荷物、どこに捨てたか訊いてなかったかも。あんなに量があったら、フツー捨てるのに時間かかるはずなのに。もうお母さんったら、勝手に売らないでよ」
女性は思い当たる節があるらしく、ブツブツ呟いた。
「先代は修復するつもりでしたが、現在の店主がそのままの状態で引き取りました」
「そのまま? どうして?」
「個人的に気に入ったのも理由のひとつだそうですが、一番の理由は『デコるほど大事にされていたものだから、いじって欲しくなかったから』だそうです。以来、店の一角にひっそり仕舞っていた、と」
「そうだったんですね。またこの子達を見られる日が来るなんて……お店の方には、なんとお礼を申し上げたらいいか」
「なんだったら、お返しするよう言っておきましょうか?」
女性は首を振った。
「私はその子達を勝手な理由で手放しました。返してもらえる資格はありません。今の持ち主の方のほうが、あの子達を大事にしてくださると思います」
それに、と女性はノートパソコンの画面を見せた。
そこには写真そっくりのレカちゃん人形とドールハウスが映っていた。昔の商品ではない、ピカピカの新品だ。他にも懐かしいオモチャがたくさん映っていた。
「今度、他社と合同で『思い出のオモチャ』を展示販売することになったんです」
「復刻版ってことですか?」
「そうです。先週ふと、新しい商品を次々発表し、古い商品はどんどん捨てるという方針に疑問を持ちまして、『昔のオモチャを復刻してはどうか』と打診したんです。試しに社員の思い出のオモチャを製作したところ、思いのほか反響が大きく、期間限定で展示販売することになりました。レカちゃんの企業さんとも関わらせていただいているんですよ。記憶を頼りに作っているので大変です」
「それなら、なおさらお返ししたほうがいいのでは?」
女性は寂しげに微笑んだ。
「だって……本物を手に入れてしまったら、追い求める必要がなくなっちゃうじゃないですか。私は自分の手で取り戻したいんです。捨ててしまった、思い出を」
「思い出のオモチャ」展示販売会は好評だった。展示品は色を塗られていたり、欠けていたり、シールを貼られていたりと、状態まで精巧に再現されていた。
由良も見に行ったが、どれも完全ではないのに、妙に心惹かれた。女性の思い出の人形とドールハウスに至っては、その革新的なデザインから正式に商品化が決まった。
展示販売会が終わった後、女性は玉蟲匣へ足を運んだ。本物の人形とドールハウスと対面すると、〈探し人〉の彼女と同じように、涙を流しながら宝物を抱きしめた。
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