心の落とし物

緋色刹那

文字の大きさ
上 下
221 / 314
冬編③『銀世界、幾星霜』

第三話「中林の一日」⑶

しおりを挟む
 時間は少し遡る。
「森のホワイトパンケーキと、ホットミルクティーを下さい」
「かしこまりました」
 若い女性客が二人、LAMPを訪れた。
 一人は常連の会社員で、もう一人は由良が初めて見る顔だった。
(同僚の方かしら? それとも、お友達?)
 女性は決まって、営業回りの休憩にLAMPへ立ち寄る。そのため、いつも一人だった。
 由良が珍しく思っていると、女性は定位置である窓際の席へ座った。窓越しに表の通りがよく見える、一人用の席だ。隣の席はすでに他の客が使っており、近くに空席も無かった。
 連れの女性は困った様子で、しばらく常連客の周りをうろうろしていた。やがて諦めたのか、こちらへトボトボと歩いてくると、カウンターのすみのほうの席に座った。
「席、お作りしましょうか?」
「大丈夫です。友人には、私の姿が見えていないみたいなので。ううん、見えているのに見えていないフリをしているのかも」
 連れの女性はひどく落ち込んだ様子で、ため息をつく。女性は気づいていなかったが、常連の女性以外の客も彼女の姿が見えてはいなかった。
(この人、自分が〈探し人〉だって気づいてないのね。お客様の問題に踏み込みたくはないけど、無視され続けるのも可哀想だし……)
 気は進まなかったが、由良は〈探し人〉の女性に尋ねた。
「あちらのお客様と、何かあったのですか?」
「……実は、」
 〈探し人〉の女性は涙ぐみながらも、事情を話した。
「先日、彼女にシルバーのネックレスを贈ったんです。好みのデザインが見つからないって悩んでいたので、思い切って手作りしました」
「シルバーのアクセサリーを手作り? すごいですね」
「銀粘土を使ったんです。初心者でも簡単に本格的なアクセサリーが作れるって、ネットに書いてあったので。実際、彼女も私の手作りだとは気づかず、とても喜んでくれました。ところが、」
 〈探し人〉の女性は青ざめた。
「渡した後に知ったんです。銀粘土は純銀で脆いから、壊れにくいデザインにしないといけなかったって。私、純銀って丈夫で硬いものだと思ってたんです。ほら、純金がそうでしょう? だから安心して、限りなく薄く作ってしまったんですよ」
「それは……お気の毒に」
 由良は偶然にも、中林から同じ話を聞いていた。〈探し人〉の主人が銀粘土でネックレスを作ったように、中林も銀粘土を使って指輪や小物を作るのにハマっているらしい。
 〈探し人〉の主人と違い、中林は銀粘土の性質をよく調べてから使っていた。彼女の主人も知っていたら、もっと気を付けていただろう。
「幸い、チェーンは市販のものを使ったので、壊れる心配はありませんでした。私はいつ、友人にアクセサリーが手作りだと打ち明けようか悩みました。すると一週間も経たないうちに、友人が誤ってネックレスを落としてしまったのです。銀粘土の飾りは修復不可能なほど、粉々に砕けてしまいました」
 〈探し人〉の女性はぽろぽろと涙を流した。
「友人はとても悲しんでいました。私は事情を打ち明け、必死に謝りました。しかし聞き入れてもらえないばかりか、声をかけても無視されるようになりました。ご覧のとおり、今も無視は続いています。きっと、私が粗悪品を押し付けたと思っているんだわ」
 〈探し人〉の女性はハンカチで涙を拭うと、出来立てのホットミルクティーで喉を潤した。青ざめていた彼女の顔色が、ポッと赤みを取り戻した。
「美味しい」
「お好みでシナモンもどうぞ」
「いただきます」
 由良が差し出したシナモンを受け取り、ミルクティーに振りかける。スプーンでかき混ぜると、ミルクティーの茶がいっそう濃くなった。
「シナモンを入れると、また味が変わりますね。ちょっぴりスパイシーで美味しいです」
「それに、さらにスパイスを入れるとチャイになるんですよ。厳密にはチャイですが」
「へぇ、面白いですね」
「お友達にも教えて差し上げたらどうでしょう?」
 〈探し人〉の女性はハッと口をつぐんだ。
 彼女の後悔を晴らす、いいキッカケだったが、どうやら不発に終わったらしい。
「む、無理ですよ。どうせ、無視されるに決まっています」
「そうですか」
(……先は長そうね)
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

パワハラ女上司からのラッキースケベが止まらない

セカイ
ライト文芸
新入社員の『俺』草野新一は入社して半年以上の間、上司である椿原麗香からの執拗なパワハラに苦しめられていた。 しかしそんな屈辱的な時間の中で毎回発生するラッキースケベな展開が、パワハラによる苦しみを相殺させている。 高身長でスタイルのいい超美人。おまけにすごく巨乳。性格以外は最高に魅力的な美人上司が、パワハラ中に引き起こす無自覚ラッキースケベの数々。 パワハラはしんどくて嫌だけれど、ムフフが美味しすぎて堪らない。そんな彼の日常の中のとある日の物語。 ※他サイト(小説家になろう・カクヨム・ノベルアッププラス)でも掲載。

パパLOVE

卯月青澄
ライト文芸
高校1年生の西島香澄。 小学2年生の時に両親が突然離婚し、父は姿を消してしまった。 香澄は母を少しでも楽をさせてあげたくて部活はせずにバイトをして家計を助けていた。 香澄はパパが大好きでずっと会いたかった。 パパがいなくなってからずっとパパを探していた。 9年間ずっとパパを探していた。 そんな香澄の前に、突然現れる父親。 そして香澄の生活は一変する。 全ての謎が解けた時…きっとあなたは涙する。 ☆わたしの作品に目を留めてくださり、誠にありがとうございます。 この作品は登場人物それぞれがみんな主役で全てが繋がることにより話が完成すると思っています。 最後まで読んで頂けたなら、この言葉の意味をわかってもらえるんじゃないかと感じております。 1ページ目から読んで頂く楽しみ方があるのはもちろんですが、私的には「三枝快斗」篇から読んでもらえると、また違った楽しみ方が出来ると思います。 よろしければ最後までお付き合い頂けたら幸いです。

本日、私の大好きな幼馴染が大切な姉と結婚式を挙げます

結城芙由奈@12/27電子書籍配信中
恋愛
本日、私は大切な人達を2人同時に失います <子供の頃から大好きだった幼馴染が恋する女性は私の5歳年上の姉でした。> 両親を亡くし、私を養ってくれた大切な姉に幸せになって貰いたい・・・そう願っていたのに姉は結婚を約束していた彼を事故で失ってしまった。悲しみに打ちひしがれる姉に寄り添う私の大好きな幼馴染。彼は決して私に振り向いてくれる事は無い。だから私は彼と姉が結ばれる事を願い、ついに2人は恋人同士になり、本日姉と幼馴染は結婚する。そしてそれは私が大切な2人を同時に失う日でもあった―。 ※ 本編完結済。他視点での話、継続中。 ※ 「カクヨム」「小説家になろう」にも掲載しています ※ 河口直人偏から少し大人向けの内容になります

井の頭第三貯水池のラッコ

海獺屋ぼの
ライト文芸
井の頭第三貯水池にはラッコが住んでいた。彼は貝や魚を食べ、そして小説を書いて過ごしていた。 そんな彼の周りで人間たちは様々な日常を送っていた。 ラッコと人間の交流を描く三編のオムニバスライト文芸作品。

Bo★ccia!!―アィラビュー×コザィラビュー*

gaction9969
ライト文芸
 ゴッドオブスポーツ=ボッチャ!!  ボッチャとはッ!! 白き的球を狙いて自らの手球を投擲し、相手よりも近づけた方が勝利を得るというッ!! 年齢人種性別、そして障害者/健常者の区別なく、この地球の重力を背負いし人間すべてに平等たる、完全なる球技なのであるッ!!  そしてこの物語はッ!! 人智を超えた究極競技「デフィニティボッチャ」に青春を捧げた、五人の青年のッ!! 愛と希望のヒューマンドラマであるッ!!

隣の家の幼馴染は学園一の美少女だが、ぼっちの僕が好きらしい

四乃森ゆいな
ライト文芸
『この感情は、幼馴染としての感情か。それとも……親友以上の感情だろうか──。』  孤独な読書家《凪宮晴斗》には、いわゆる『幼馴染』という者が存在する。それが、クラスは愚か学校中からも注目を集める才色兼備の美少女《一之瀬渚》である。  しかし、学校での直接的な接触は無く、あってもメッセージのやり取りのみ。せいぜい、誰もいなくなった教室で一緒に勉強するか読書をするぐらいだった。  ところが今年の春休み──晴斗は渚から……、 「──私、ハル君のことが好きなの!」と、告白をされてしまう。  この告白を機に、二人の関係性に変化が起き始めることとなる。  他愛のないメッセージのやり取り、部室でのお昼、放課後の教室。そして、お泊まり。今までにも送ってきた『いつもの日常』が、少しずつ〝特別〟なものへと変わっていく。  だが幼馴染からの僅かな関係の変化に、晴斗達は戸惑うばかり……。  更には過去のトラウマが引っかかり、相手には迷惑をかけまいと中々本音を言い出せず、悩みが生まれてしまい──。  親友以上恋人未満。  これはそんな曖昧な関係性の幼馴染たちが、本当の恋人となるまでの“一年間”を描く青春ラブコメである。

イケメン彼氏は警察官!甘い夜に私の体は溶けていく。

すずなり。
恋愛
人数合わせで参加した合コン。 そこで私は一人の男の人と出会う。 「俺には分かる。キミはきっと俺を好きになる。」 そんな言葉をかけてきた彼。 でも私には秘密があった。 「キミ・・・目が・・?」 「気持ち悪いでしょ?ごめんなさい・・・。」 ちゃんと私のことを伝えたのに、彼は食い下がる。 「お願いだから俺を好きになって・・・。」 その言葉を聞いてお付き合いが始まる。 「やぁぁっ・・!」 「どこが『や』なんだよ・・・こんなに蜜を溢れさせて・・・。」 激しくなっていく夜の生活。 私の身はもつの!? ※お話の内容は全て想像のものです。現実世界とはなんら関係ありません。 ※表現不足は重々承知しております。まだまだ勉強してまいりますので温かい目で見ていただけたら幸いです。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 では、お楽しみください。

処理中です...