194 / 314
秋編③『誰ソ彼刻の紫面楚歌(マジックアワー)』
第二話「残りの千歳飴」⑵
しおりを挟む
今年のオータムフェスはあいにくの雨だった。
幸い、アーケードが雨から守ってくれるので、濡れる心配はない。例年と変わらず、大勢の客で賑わっていた。
「温かいほうじ茶はいかがですかー! 紫芋のスイートポテトもおすすめですよー!」
中林がLAMPのキッチンカーの前に立ち、お客さんを呼び込む。店先に吊るしたブドウのランプが淡く紫色に輝いていた。
「紅葉谷さんは?」
由良はキッチンカーの陰から顔を出し、中林に尋ねる。紅葉谷に見つからないよう、コートのフードを目深に被り、サングラスとマスクで変装していた。
中林は正面を向いたまま、小声で答えた。
「まだ来ていません。今日は雨ですし、来ないんじゃないですか?」
「……だといいけど」
LAMPは今年、満を持してオータムフェスに出店した。
待望の出店だったが、紅葉谷と鉢合わせになるのはマズい。やむなく、出張店の営業は中林や他の店員に任せることにした。
由良は本店の厨房に立ちつつ、頃合いを見て洋燈商店街へ移動。オータムフェスで店の備品や食材の買い付けに走った。
「今日は向かいのお店を見て回るつもり。どこかオススメのお店、ある?」
「うちと一緒で、今年初めて出店された飴細工屋さんがありますよ。いろんな飴を趣味で作ってらっしゃるらしくて、千歳飴や金太郎飴なんかも売ってました。私もブルーベリー味のオバケを飴細工で作ってもらいましたよ」
「飴細工か……面白そうね。ブルーベリー味のオバケ?」
「見た目ごとに、おまかせで味をつけてもらえるんです。真冬ちゃんは雪だるまの飴細工を作ってもらったそうなんですけど、杏仁豆腐味でした」
オータムフェス帰りのLAMPの客の中にも、飴細工を持っている者を何人か見かけた。動物や植物、キャラクターなど、ガラス細工のように精巧で美しかった。
飴細工は持ち帰るのが難しいからか、千歳飴や金太郎飴も人気だった。レモンやコーラなど、普通の千歳飴にはない味に、由良も興味を惹かれていた。
「紅葉谷さんがいたら、連絡して。出張店、頑張ってね」
「らじゃ」
由良は人混みに紛れつつ、中林に教えてもらった飴細工屋を目指した。紅葉谷らしき人影は見当たらない。
まもなく、「飴屋いづつ」の暖簾が見えてきた。熱された飴の甘い匂いが漂ってくる。人気の店なのか、屋台の前には列が出来ていた。
店主は由良と同い年か、二、三年下くらいの男性だった。薄紫色の作務衣をまとい、頭に千歳飴の袋柄の手拭いを巻いている。
熱々の飴の塊にハサミで細かく切り込みを入れ、形を作っていく。最後に色をつけると、オレンジと白のマダラが美しい金魚へと変貌を遂げた。
出来上がった金魚の腹に棒を刺し、上からビニールをかぶせる。飴細工が完成した瞬間、観衆から拍手が起こった。
「はい、ご注文のらんちゅうの飴細工です。落とさないよう気をつけてね」
店主は表へ出て、屋台の前で待っていた子供に飴細工を手渡した。
子供は出来上がった飴細工に目を輝かせつつ、「ありがとうございます」と丁寧に礼を言った。
(聞いたことのある声だなぁ)
と由良が思っていると、子供がこちらを振り返った。
子供は、金魚楼の店主の孫娘だった。隣には孫娘の舎弟、もとい金魚楼のバイトの波止場もいる。
二人は由良に気づかず、彼女の横を通り過ぎていった。孫娘はさっそくビニールを剥ぎ、飴をペロペロと舐めていた。
「オレンジのところはマンゴーで、白いところはミルクの味がする。合わせて舐めたら、マンゴーミルク味ね。波止場君も食べる?」
「いや、遠慮しとくっす。金魚の形はちょっと……」
「そう? 美味しいのに。次は黒いデメキンを頼もうかな。黒って何味なんだろ?」
顔見知りの彼らでも気づかないなら、安心だ。
由良は列に並び、何を作ってもらうか考えながら順番を待った。
幸い、アーケードが雨から守ってくれるので、濡れる心配はない。例年と変わらず、大勢の客で賑わっていた。
「温かいほうじ茶はいかがですかー! 紫芋のスイートポテトもおすすめですよー!」
中林がLAMPのキッチンカーの前に立ち、お客さんを呼び込む。店先に吊るしたブドウのランプが淡く紫色に輝いていた。
「紅葉谷さんは?」
由良はキッチンカーの陰から顔を出し、中林に尋ねる。紅葉谷に見つからないよう、コートのフードを目深に被り、サングラスとマスクで変装していた。
中林は正面を向いたまま、小声で答えた。
「まだ来ていません。今日は雨ですし、来ないんじゃないですか?」
「……だといいけど」
LAMPは今年、満を持してオータムフェスに出店した。
待望の出店だったが、紅葉谷と鉢合わせになるのはマズい。やむなく、出張店の営業は中林や他の店員に任せることにした。
由良は本店の厨房に立ちつつ、頃合いを見て洋燈商店街へ移動。オータムフェスで店の備品や食材の買い付けに走った。
「今日は向かいのお店を見て回るつもり。どこかオススメのお店、ある?」
「うちと一緒で、今年初めて出店された飴細工屋さんがありますよ。いろんな飴を趣味で作ってらっしゃるらしくて、千歳飴や金太郎飴なんかも売ってました。私もブルーベリー味のオバケを飴細工で作ってもらいましたよ」
「飴細工か……面白そうね。ブルーベリー味のオバケ?」
「見た目ごとに、おまかせで味をつけてもらえるんです。真冬ちゃんは雪だるまの飴細工を作ってもらったそうなんですけど、杏仁豆腐味でした」
オータムフェス帰りのLAMPの客の中にも、飴細工を持っている者を何人か見かけた。動物や植物、キャラクターなど、ガラス細工のように精巧で美しかった。
飴細工は持ち帰るのが難しいからか、千歳飴や金太郎飴も人気だった。レモンやコーラなど、普通の千歳飴にはない味に、由良も興味を惹かれていた。
「紅葉谷さんがいたら、連絡して。出張店、頑張ってね」
「らじゃ」
由良は人混みに紛れつつ、中林に教えてもらった飴細工屋を目指した。紅葉谷らしき人影は見当たらない。
まもなく、「飴屋いづつ」の暖簾が見えてきた。熱された飴の甘い匂いが漂ってくる。人気の店なのか、屋台の前には列が出来ていた。
店主は由良と同い年か、二、三年下くらいの男性だった。薄紫色の作務衣をまとい、頭に千歳飴の袋柄の手拭いを巻いている。
熱々の飴の塊にハサミで細かく切り込みを入れ、形を作っていく。最後に色をつけると、オレンジと白のマダラが美しい金魚へと変貌を遂げた。
出来上がった金魚の腹に棒を刺し、上からビニールをかぶせる。飴細工が完成した瞬間、観衆から拍手が起こった。
「はい、ご注文のらんちゅうの飴細工です。落とさないよう気をつけてね」
店主は表へ出て、屋台の前で待っていた子供に飴細工を手渡した。
子供は出来上がった飴細工に目を輝かせつつ、「ありがとうございます」と丁寧に礼を言った。
(聞いたことのある声だなぁ)
と由良が思っていると、子供がこちらを振り返った。
子供は、金魚楼の店主の孫娘だった。隣には孫娘の舎弟、もとい金魚楼のバイトの波止場もいる。
二人は由良に気づかず、彼女の横を通り過ぎていった。孫娘はさっそくビニールを剥ぎ、飴をペロペロと舐めていた。
「オレンジのところはマンゴーで、白いところはミルクの味がする。合わせて舐めたら、マンゴーミルク味ね。波止場君も食べる?」
「いや、遠慮しとくっす。金魚の形はちょっと……」
「そう? 美味しいのに。次は黒いデメキンを頼もうかな。黒って何味なんだろ?」
顔見知りの彼らでも気づかないなら、安心だ。
由良は列に並び、何を作ってもらうか考えながら順番を待った。
0
お気に入りに追加
16
あなたにおすすめの小説
とべない天狗とひなの旅
ちはやれいめい
歴史・時代
人間嫌いで悪行の限りを尽してきた天狗、フェノエレーゼ。
主君サルタヒコの怒りを買い、翼を封じられ人里に落とされてしまう。
「心から人間に寄り添い助けろ。これ以上悪さをすると天狗に戻れなくなるぞ」
とべなくなったフェノエレーゼの事情を知って、人里の童女ヒナが、旅についてきた。
人間嫌いの偏屈天狗と、天真爛漫な幼女。
翼を取り戻すため善行を積む旅、はじまりはじまり。
絵・文 ちはやれいめい
https://mypage.syosetu.com/487329/
フェノエレーゼデザイン トトさん
https://mypage.syosetu.com/432625/
隔ての空
宮塚恵一
ライト文芸
突如として空に現れた謎の円。
それは世界中のどこからでも見ることのできる不思議な円で、この世界にはあの円を見える人間とそうでない人間がいて、見える人間はひどく少ない。
僕もまたあの円が見える数少ない一人だった。
雪町フォトグラフ
涼雨 零音(すずさめ れいん)
ライト文芸
北海道上川郡東川町で暮らす高校生の深雪(みゆき)が写真甲子園の本戦出場を目指して奮闘する物語。
メンバーを集めるのに奔走し、写真の腕を磨くのに精進し、数々の問題に直面し、そのたびに沸き上がる名前のわからない感情に翻弄されながら成長していく姿を瑞々しく描いた青春小説。
※表紙の絵は画家の勅使河原 優さん(@M4Teshigawara)に描いていただきました。
【本編完結】繚乱ロンド
由宇ノ木
ライト文芸
番外編更新日 12/25日
*『とわずがたり~思い出を辿れば~1 』
本編は完結。番外編を不定期で更新。
11/11,11/15,11/19
*『夫の疑問、妻の確信1~3』
10/12
*『いつもあなたの幸せを。』
9/14
*『伝統行事』
8/24
*『ひとりがたり~人生を振り返る~』
お盆期間限定番外編 8月11日~8月16日まで
*『日常のひとこま』は公開終了しました。
7月31日
*『恋心』・・・本編の171、180、188話にチラッと出てきた京司朗の自室に礼夏が現れたときの話です。
6/18
*『ある時代の出来事』
6/8
*女の子は『かわいい』を見せびらかしたい。全1頁。
*光と影 全1頁。
-本編大まかなあらすじ-
*青木みふゆは23歳。両親も妹も失ってしまったみふゆは一人暮らしで、花屋の堀内花壇の支店と本店に勤めている。花の仕事は好きで楽しいが、本店勤務時は事務を任されている二つ年上の林香苗に妬まれ嫌がらせを受けている。嫌がらせは徐々に増え、辟易しているみふゆは転職も思案中。
林香苗は堀内花壇社長の愛人でありながら、店のお得意様の、裏社会組織も持つといわれる惣領家の当主・惣領貴之がみふゆを気に入ってかわいがっているのを妬んでいるのだ。
そして、惣領貴之の懐刀とされる若頭・仙道京司朗も海外から帰国。みふゆが貴之に取り入ろうとしているのではないかと、京司朗から疑いをかけられる。
みふゆは自分の微妙な立場に悩みつつも、惣領貴之との親交を深め養女となるが、ある日予知をきっかけに高熱を出し年齢を退行させてゆくことになる。みふゆの心は子供に戻っていってしまう。
令和5年11/11更新内容(最終回)
*199. (2)
*200. ロンド~踊る命~ -17- (1)~(6)
*エピローグ ロンド~廻る命~
本編最終回です。200話の一部を199.(2)にしたため、199.(2)から最終話シリーズになりました。
※この物語はフィクションです。実在する団体・企業・人物とはなんら関係ありません。架空の町が舞台です。
現在の関連作品
『邪眼の娘』更新 令和6年1/7
『月光に咲く花』(ショートショート)
以上2作品はみふゆの母親・水無瀬礼夏(青木礼夏)の物語。
『恋人はメリーさん』(主人公は京司朗の後輩・東雲結)
『繚乱ロンド』の元になった2作品
『花物語』に入っている『カサブランカ・ダディ(全五話)』『花冠はタンポポで(ショートショート)』
託され行くもの達
ar
ファンタジー
一人の少年騎士の一週間と未来の軌跡。
エウルドス王国の少年騎士ロファース。初陣の日に彼は疑問を抱いた。
少年は己が存在に悩み、進む。
※「一筋の光あらんことを」の後日談であり過去編
瀬々市、宵ノ三番地
茶野森かのこ
キャラ文芸
瀬々市愛、二十六才。「宵の三番地」という名前の探し物屋で、店長代理を務める青年。
右目に濁った翡翠色の瞳を持つ彼は、物に宿る化身が見える不思議な力を持っている。
御木立多田羅、二十六才。人気歌舞伎役者、八矢宗玉を弟に持つ、普通の青年。
愛とは幼馴染みで、会って間もない頃は愛の事を女の子と勘違いしてプロポーズした事も。大人になって再会し、現在は「宵の三番地」の店員、愛のお世話係として共同生活をしている。
多々羅は、常に弟の名前がついて回る事にコンプレックスを感じていた。歌舞伎界のプリンスの兄、そう呼ばれる事が苦痛だった。
愛の店で働き始めたのは、愛の祖父や姉の存在もあるが、ここでなら、自分は多々羅として必要としてくれると思ったからだ。
愛が男だと分かってからも、子供の頃は毎日のように一緒にいた仲だ。あの楽しかった日々を思い浮かべていた多々羅だが、愛は随分と変わってしまった。
依頼人以外は無愛想で、楽しく笑って過ごした日々が嘘のように可愛くない。一人で生活出来る能力もないくせに、ことあるごとに店を辞めさせようとする、距離をとろうとする。
それは、物の化身と対峙するこの仕事が危険だからであり、愛には大事な人を傷つけた過去があったからだった。
だから一人で良いと言う愛を、多々羅は許す事が出来なかった。どんなに恐れられようとも、愛の瞳は美しく、血が繋がらなくても、愛は家族に愛されている事を多々羅は知っている。
「宵の三番地」で共に過ごす化身の用心棒達、持ち主を思うネックレス、隠された結婚指輪、黒い影を纏う禍つもの、禍つものになりかけたつくも神。
瀬々市の家族、時の喫茶店、恋する高校生、オルゴールの少女、零番地の壮夜。
物の化身の思いを聞き、物達の思いに寄り添いながら、思い悩み繰り返し、それでも何度も愛の手を引く多々羅に、愛はやがて自分の過去と向き合う決意をする。
そんな、物の化身が見える青年達の、探し物屋で起こる日々のお話です。現代のファンタジーです。
ユメ/うつつ
hana4
ライト文芸
例えばここからが本編だったとしたら、プロローグにも満たない俺らはきっと短く纏められて、誰かの些細な回想シーンの一部でしかないのかもしれない。
もし俺の人生が誰かの創作物だったなら、この記憶も全部、比喩表現なのだろう。
それかこれが夢であるのならば、いつまでも醒めないままでいたかった。
月は夜をかき抱く ―Alkaid―
深山瀬怜
ライト文芸
地球に七つの隕石が降り注いでから半世紀。隕石の影響で生まれた特殊能力の持ち主たち《ブルーム》と、特殊能力を持たない無能力者《ノーマ》たちは衝突を繰り返しながらも日常生活を送っていた。喫茶〈アルカイド〉は表向きは喫茶店だが、能力者絡みの事件を解決する調停者《トラブルシューター》の仕事もしていた。
アルカイドに新人バイトとしてやってきた瀧口星音は、そこでさまざまな事情を抱えた人たちに出会う。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる