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夏編③『水平線の彼方、青色蜃気楼』
第五話「花火大会の幻影」⑷
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あらかた屋台を遊び尽くした頃には、花火が打ち上がる時間が迫っていた。
通りにいた人々は続々と海岸へ移動する。花火は通りからも見えるが、海上から打ち上げられるので海岸にいた方がよく見えるのだ。
「私達も移動しましょうか」
「そうですね」
由良と紅葉谷〈心〉も海岸へ向かおうとする。その時、由良は一人の少年に目が止まった。
少年はそわそわと、輪投げで盛り上がっている小学生の一団を遠巻きに眺めている。誰かの〈探し人〉なのか、小学生の一団はおろか、由良以外の人間には少年の姿が見えていないようだった。
「紅葉谷さん、すみません。少しここで待っててもらってもいいですか?」
「? 何か買い忘れでも?」
「そんなところです」
由良は紅葉谷〈心〉を先に海岸へ行かせ、少年のもとへ駆け寄った。
「ねぇ、君」
「な、何ですか?」
少年は警戒した様子で、由良を見上げる。
いつもなら〈探し人〉になった事情を聞くところだが、今は時間がない。由良は猫のお面を外し、少年に差し出した。
「これ、付けてみて。今夜だけしか使えないらしいけど、役に立つと思う。顔だと隠れちゃうから、頭に付けた方がいいかも」
「あ、ありがとうございます……?」
少年は言われるがままお面を受け取り、頭に装着した。
直後、輪投げをしていた小学生の一団の一人が、ハッと少年に気づいた。
「おーい! こっちこっち!」
「え? え?」
少年はビクッと肩を震わせ、驚く。気づいてもらえたことが信じられないのか、目を白黒させていた。
他のメンバーも少年に気づき、手を振る。彼らが本当に自分に気づいてくれたのだと分かると、少年は表情をぱぁっと明るくさせた。
「ありがとう、お姉さん。みんな、全然僕に気づいてくれないから困ってたんだ」
「どういたしまして。お面、外れないように気をつけてね」
「うん!」
少年は改めて由良に礼を言うと、小学生の一団のもとへ走っていった。
「今日、塾で来られないって言ってなかったっけ?」
「うん。でも、花火だけはどうしても見たかったから、途中で抜けてきたんだ」
「やるじゃん! 早く行こうぜ!」
小学生の一団は輪投げをやめ、海岸へと走っていく。
由良も紅葉谷〈心〉のもとへ戻った。紅葉谷〈心〉は真っ青なポップコーンを食べながら、金魚すくいの屋台の水槽で泳ぐ金魚を眺めていた。
「お待たせしました」
「あれ? 添野さん、お面は?」
「仕舞いました。じきに花火が始まりますし、もう必要ないでしょう」
「では、僕も。ポップコーンどうぞ」
「ありがとうございます……これ、何味ですか?」
「ブルーオーシャンソルトだそうです」
紅葉谷〈心〉は由良にポップコーンをたくし、眼鏡つきの狐のお面を外す。
お面から眼鏡を外し、かけ直すまでの一瞬、彼の整った素顔が露わになった。二年前の秋染川での出来事が、脳裏によぎる。
紅葉谷〈心〉と眼鏡のレンズ越しに目があった。思わず、心臓が高鳴った。
「僕の口に何かついてます?」
「……いえ、何も」
由良は誤魔化そうと、ポップコーンを口へ放る。奇抜なのは色だけで、味はありふれた塩味だった。
海岸には大勢の人が集まっていた。波打ち際は危険なので、ロープが張られて行けないようになっている。
目を凝らして探すが、中林達と日向子は見つからない。スマホで連絡しても応答はない。おおかた、花火と仕事で頭がいっぱいなのだろう。
「……もしかして私、忘れられてる?」
「これだけ人がいるんじゃあ、連絡がついても会えるかどうか分かりませんよ。花火が終わってから探しに行かれた方がいいんじゃないですか?」
「それもそうですね」
由良は内心、ホッとしていた。
中林達と日向子に紅葉谷〈心〉と二人きりで屋台を回ったと知られたら、絶対に茶化されるに決まっている。そんな中で花火を見るのは嫌だった。
それに、由良には紅葉谷〈心〉に伝えておきたいことがあった。
「紅葉谷さん」
「はい?」
紅葉谷〈心〉はカラになったポップコーンのフタを折り畳み、振り返る。
由良は決心が揺らがぬよう、間髪入れずに告げた。
「好きです」
通りにいた人々は続々と海岸へ移動する。花火は通りからも見えるが、海上から打ち上げられるので海岸にいた方がよく見えるのだ。
「私達も移動しましょうか」
「そうですね」
由良と紅葉谷〈心〉も海岸へ向かおうとする。その時、由良は一人の少年に目が止まった。
少年はそわそわと、輪投げで盛り上がっている小学生の一団を遠巻きに眺めている。誰かの〈探し人〉なのか、小学生の一団はおろか、由良以外の人間には少年の姿が見えていないようだった。
「紅葉谷さん、すみません。少しここで待っててもらってもいいですか?」
「? 何か買い忘れでも?」
「そんなところです」
由良は紅葉谷〈心〉を先に海岸へ行かせ、少年のもとへ駆け寄った。
「ねぇ、君」
「な、何ですか?」
少年は警戒した様子で、由良を見上げる。
いつもなら〈探し人〉になった事情を聞くところだが、今は時間がない。由良は猫のお面を外し、少年に差し出した。
「これ、付けてみて。今夜だけしか使えないらしいけど、役に立つと思う。顔だと隠れちゃうから、頭に付けた方がいいかも」
「あ、ありがとうございます……?」
少年は言われるがままお面を受け取り、頭に装着した。
直後、輪投げをしていた小学生の一団の一人が、ハッと少年に気づいた。
「おーい! こっちこっち!」
「え? え?」
少年はビクッと肩を震わせ、驚く。気づいてもらえたことが信じられないのか、目を白黒させていた。
他のメンバーも少年に気づき、手を振る。彼らが本当に自分に気づいてくれたのだと分かると、少年は表情をぱぁっと明るくさせた。
「ありがとう、お姉さん。みんな、全然僕に気づいてくれないから困ってたんだ」
「どういたしまして。お面、外れないように気をつけてね」
「うん!」
少年は改めて由良に礼を言うと、小学生の一団のもとへ走っていった。
「今日、塾で来られないって言ってなかったっけ?」
「うん。でも、花火だけはどうしても見たかったから、途中で抜けてきたんだ」
「やるじゃん! 早く行こうぜ!」
小学生の一団は輪投げをやめ、海岸へと走っていく。
由良も紅葉谷〈心〉のもとへ戻った。紅葉谷〈心〉は真っ青なポップコーンを食べながら、金魚すくいの屋台の水槽で泳ぐ金魚を眺めていた。
「お待たせしました」
「あれ? 添野さん、お面は?」
「仕舞いました。じきに花火が始まりますし、もう必要ないでしょう」
「では、僕も。ポップコーンどうぞ」
「ありがとうございます……これ、何味ですか?」
「ブルーオーシャンソルトだそうです」
紅葉谷〈心〉は由良にポップコーンをたくし、眼鏡つきの狐のお面を外す。
お面から眼鏡を外し、かけ直すまでの一瞬、彼の整った素顔が露わになった。二年前の秋染川での出来事が、脳裏によぎる。
紅葉谷〈心〉と眼鏡のレンズ越しに目があった。思わず、心臓が高鳴った。
「僕の口に何かついてます?」
「……いえ、何も」
由良は誤魔化そうと、ポップコーンを口へ放る。奇抜なのは色だけで、味はありふれた塩味だった。
海岸には大勢の人が集まっていた。波打ち際は危険なので、ロープが張られて行けないようになっている。
目を凝らして探すが、中林達と日向子は見つからない。スマホで連絡しても応答はない。おおかた、花火と仕事で頭がいっぱいなのだろう。
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「これだけ人がいるんじゃあ、連絡がついても会えるかどうか分かりませんよ。花火が終わってから探しに行かれた方がいいんじゃないですか?」
「それもそうですね」
由良は内心、ホッとしていた。
中林達と日向子に紅葉谷〈心〉と二人きりで屋台を回ったと知られたら、絶対に茶化されるに決まっている。そんな中で花火を見るのは嫌だった。
それに、由良には紅葉谷〈心〉に伝えておきたいことがあった。
「紅葉谷さん」
「はい?」
紅葉谷〈心〉はカラになったポップコーンのフタを折り畳み、振り返る。
由良は決心が揺らがぬよう、間髪入れずに告げた。
「好きです」
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