心の落とし物

緋色刹那

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春編③『緑涼やか、若竹の囁き』

第二話「憧れのツリーハウス」⑷

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 由良はいつもより早く店を閉め、玉蟲匣へ戻った。
 早いと言っても、とっくに日は落ちている。順調にツリーハウスを作り進めていれば、既に完成しているはずだ。〈心の落とし物〉であるツリーハウスも、ツリーハウスを作って満足したトクサ達も消えているだろう。
 それでも由良は向かわずにはいられなかった。彼らがどのようなツリーハウスを作ったのか、渡来屋から聞いておきたかった。



 屋根裏部屋へ続く階段を上ると、ドアの隙間から仄白い月明かりが差し込んでいた。
 昼間あれだけ騒がしかったというのに、今は誰の声も聞こえてこない。無人かと疑うほど、静まり返っていた。
「こんばんは」
 声をひそめ、きしむドアを開く。
 昼間は何もなかったカエデの木の上に、三角屋根のツリーハウスが建っていた。木材を組み立てただけのシンプルなものだが、地上へ続くハシゴがかけられたウッドデッキまである。他にも少年達の理想通り、枝からハンモックが吊り下げられ、すべり台が幹に沿って螺旋らせん状に巻きついていた。
 トクサと依頼人の少年はウッドデッキに敷いたマットの上で折り重なるように眠っていた。ずいぶん暇を持て余していたのか、彼らの周りにはトランプやボードゲーム、図鑑の類いが大量に転がっていた。
 渡来屋もお気に入りのカウチに寝そべり、本を読んでいる。こちらはすぐに由良の存在に気がつき、起き上がった。
「やっと来たか。あいつら、待ちくたびれて眠ってしまったぞ」
「待ってたって、私を?」
「他に誰がいる?」
 渡来屋は下から手を伸ばし、トクサと依頼人の少年を揺り起こした。二人とも寝足りないのか、寝ぼけ眼をこすり、大きくあくびをしている。
 先に由良に気づいたのはトクサだった。
「遅い! いつまで仕事してるんだよ!」
 と、ウッドデッキの柵越しに詰め寄ってきた。
「今日は早く終わった方ですよ。いつもなら、まだ店にいる時間ですから」
「……まぁいいや。そんなことより、どうよこれ! 俺達で作ったんだぜ! すごいだろ!」
 トクサは依頼人の少年と肩を組み、誇らしげにツリーハウスを自慢した。
「本当は日が落ちたら帰らなくちゃいけないんだけど、ここへ連れて来てくれたアンタに見せたくて待ってたんだ。今日は今までのゴールデンウィークで一番楽しかったぜ。いい思い出が出来たよ、ありがとな」
「僕からもお礼を言わせてください。トクサ君がいろんなアイデアを出してくれたおかげで、こんな素敵なツリーハウスが作ることが出来ました。ありがとうございます」
 依頼人の少年も目をショボショボさせながらも、感謝の言葉を口にする。
 二人はツリーハウスの製作を経て、仲良くなったらしい。これっきりでお別れとも知らず「また遊ぼうな」と約束していた。
「……お二人とも満足してくださって、安心しました。立派なツリーハウスが完成して良かったですね」
 二人は由良の言葉にニッと笑うと、姿を消した。
 〈心の落とし物〉であるツリーハウスも、カエデの木ごと消える。木が生えていた床には薄っすらとホコリが溜まっていた。
「で? あの子達にいくら払わせたの?」
 由良は去り際、渡来屋に尋ねた。
 渡来屋は由良の言い方が気に食わなかったのか、「そんなにもらってねぇよ」と顔をしかめていた。
「材料は余ってた廃材を使ったからな、手間賃だけもらった。お前が連れて来た〈探し人〉の小僧は"いらない"と言ったが、仕事である以上、報酬は必要だろう? 仕事に責任を持つためにもな」
「……それもそうね」
 渡来屋は渡来屋なりに、〈探し人〉を想っているのかもしれない。
 由良は少し意外に思いながらも、あえて指摘はしなかった。



 帰り道、二人の会社員の男性達とすれ違った。
 聞こえてきた会話によれば、長期休暇中に一人で家にいる子供を対象に、イベントを企画しているらしい。二人は歩きながら、アイデアを出し合っていた。
「森の中でツリーハウスを作るって、どうよ? 他にも、森でしか出来ない体験もさせてあげられそうじゃないか?」
「いいね! 僕も昔、憧れてたんだー」
 彼らの会話を聞いているうちに、由良は「自分にも何か出来ないか」と思わずにはいられなかった。
 


(春編②『緑涼やか、若竹の囁き』第三話へ続く)
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