心の落とし物

緋色刹那

文字の大きさ
上 下
139 / 314
冬編②『行く年来る年、ぬくもりは紅玉(ルビィ)色』

第四話「渡せなかったオクリモノ」⑷

しおりを挟む
「皆さん、今日はご苦労様でした。来年もよろしくお願いします」
「もちろんです! 店長も、よいお年を!」
 日が沈む頃、LAMPの大掃除は完了した。
 由良は店先へ出て、集まってくれた従業員達を見送る。掃除が終わった後には一人一人にコーヒーを振る舞い、労った。
「来年もみんなと働けたらいいなぁ」
 そんなささやかな願いを呟きつつ、ドアを閉めようとする。
 その直前、外から手が伸び、閉じようとしていたドアをつかんだ。
「ちょい待ち!」
「うわっ!」
 一瞬、あの〈探し人〉の女性かと思ったが、手の主は日向子だった。
「ごめん、由良! ほんのちょっとだけ店開けてくんない? うちの後輩君が失恋しちゃってさぁ」
 彼女の横には、大学卒業したてくらいの年頃の青年がいた。目の周りを真っ赤に泣き腫らし、ぐすぐすと泣いている。
「失恋じゃないっす! 俺が過剰に期待してただけっす!」
「それを世間では失恋と呼ぶのだよ?」
「嫌だー! 認めたくないぃー!」

 日向子が連れて来たのは、後輩の記者だった。
 なんでも、ある女性に片想いしていたのだが、先日たまたま彼女がデートしているところを見てしまったらしい。
「俺とは真逆の、社交的そうなイケメンだったっす。彼女に手作りのマフラーを巻いてもらってて、すごく羨ましかったっす……」
「今どき、手作りのマフラー送る女なんていないって! どうせ、既製品よ!」
 しょげる後輩君の背を、日向子はバンッと力強く叩く。
 後輩君は「心も背中も痛いっす」と生クリーム入りココアを悲しげにすすった。
「いいっす、既製品でも。大切な人からの贈り物ってところが大事なんっす」
「この子、好きな子からマフラーをもらいたいからって、今年ずっとマフラーつけずに過ごしてたのよ? 信じられないでしょ?」
「あぁ……どうりで寒そうだと思った」
 後輩君は首周りに何もつけず、肌を外気に晒していた。いかにも寒そうに見せることで、マフラーを贈ってもらおうと考えていたのだろう。
「マフラーを贈ってもらう以前に、その彼女ともっと親しくなっておくべきでしたね」
「そうだぞ、後輩君!」
「うぅ……こんな惨めな思いをしたのに、結局自分で買うことになるなんて。もう誰でもいいから、マフラーください」
 その時、後輩君の背後から誰かが真っ赤な毛糸のマフラーをかけた。首が寒くならないよう、ふんわり巻く。
 巻いていたのは、昼間のLAMPに二度現れた〈探し人〉の女性だった。
「あっ」
 思わず目を見張る。
 〈探し人〉の女性は「しー」っと口の前に人差し指を当てた。
「マフラー、先輩のために一年かけて編んだんです。他のプレゼントは人にあげたり、自分で使ったり、泣く泣く捨てたりしたんですけど、これだけはどうしようも出来なくて……ずっと悩んでいたけど、先輩に渡せて良かったです」
 〈探し人〉の女性は満足そうに微笑み、スーッと消えた。
「……あれ? なんか首元があったかいような?」
 後輩君は首に手を当て、不思議そうに眉をひそめる。彼には〈心の落とし物〉のマフラーが見えていないらしい。
 日向子にも見えないらしく「気のせいよー」と笑っていた。
「後輩君さん、高校時代に親しかった後輩の女子はいませんでしたか?」
「え、急になんすか?」
「お! 由良、何か見えたの?」
 日向子は食い気味に尋ねてくる。
 見えたどころか、ついさっきまでいたのだが、後輩君もいるので「まぁ、そんなとこ」と濁しておいた。
「親しかった後輩の女子かー……特に思いつかないなぁ。高校の時は文芸部だったんで、後輩のほとんどが女子だったっすけど」
「ラブレターやバレンタインチョコを贈りたそうにしてる子は?」
「いやいや! そんな子いたら、俺の方から声かけますって!」
 後輩君は激しく否定した。
 彼が知らないだけで、後輩からは人気の先輩だったのかもしれない。少なくとも〈探し人〉の女性にとっては、今もなお恋焦がれる相手のようだった。
「文芸部で同窓会でもしてみてはいかがですか? お一人くらいは手作りのマフラーを贈って下さる方がいらっしゃるかもしれませんよ」
「本当っすか! 今度、帰省するんで計画してみます!」
 後輩君は泣きやみ、元気を取り戻す。
 彼の首に本物の彼女のマフラーが巻かれる日は、そう遠くないのかもしれない。

『行く年来る年、ぬくもりは紅玉(ルビィ)色』第四話「渡せなかったオクリモノ」終わり
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

パワハラ女上司からのラッキースケベが止まらない

セカイ
ライト文芸
新入社員の『俺』草野新一は入社して半年以上の間、上司である椿原麗香からの執拗なパワハラに苦しめられていた。 しかしそんな屈辱的な時間の中で毎回発生するラッキースケベな展開が、パワハラによる苦しみを相殺させている。 高身長でスタイルのいい超美人。おまけにすごく巨乳。性格以外は最高に魅力的な美人上司が、パワハラ中に引き起こす無自覚ラッキースケベの数々。 パワハラはしんどくて嫌だけれど、ムフフが美味しすぎて堪らない。そんな彼の日常の中のとある日の物語。 ※他サイト(小説家になろう・カクヨム・ノベルアッププラス)でも掲載。

パパLOVE

卯月青澄
ライト文芸
高校1年生の西島香澄。 小学2年生の時に両親が突然離婚し、父は姿を消してしまった。 香澄は母を少しでも楽をさせてあげたくて部活はせずにバイトをして家計を助けていた。 香澄はパパが大好きでずっと会いたかった。 パパがいなくなってからずっとパパを探していた。 9年間ずっとパパを探していた。 そんな香澄の前に、突然現れる父親。 そして香澄の生活は一変する。 全ての謎が解けた時…きっとあなたは涙する。 ☆わたしの作品に目を留めてくださり、誠にありがとうございます。 この作品は登場人物それぞれがみんな主役で全てが繋がることにより話が完成すると思っています。 最後まで読んで頂けたなら、この言葉の意味をわかってもらえるんじゃないかと感じております。 1ページ目から読んで頂く楽しみ方があるのはもちろんですが、私的には「三枝快斗」篇から読んでもらえると、また違った楽しみ方が出来ると思います。 よろしければ最後までお付き合い頂けたら幸いです。

本日、私の大好きな幼馴染が大切な姉と結婚式を挙げます

結城芙由奈@12/27電子書籍配信中
恋愛
本日、私は大切な人達を2人同時に失います <子供の頃から大好きだった幼馴染が恋する女性は私の5歳年上の姉でした。> 両親を亡くし、私を養ってくれた大切な姉に幸せになって貰いたい・・・そう願っていたのに姉は結婚を約束していた彼を事故で失ってしまった。悲しみに打ちひしがれる姉に寄り添う私の大好きな幼馴染。彼は決して私に振り向いてくれる事は無い。だから私は彼と姉が結ばれる事を願い、ついに2人は恋人同士になり、本日姉と幼馴染は結婚する。そしてそれは私が大切な2人を同時に失う日でもあった―。 ※ 本編完結済。他視点での話、継続中。 ※ 「カクヨム」「小説家になろう」にも掲載しています ※ 河口直人偏から少し大人向けの内容になります

井の頭第三貯水池のラッコ

海獺屋ぼの
ライト文芸
井の頭第三貯水池にはラッコが住んでいた。彼は貝や魚を食べ、そして小説を書いて過ごしていた。 そんな彼の周りで人間たちは様々な日常を送っていた。 ラッコと人間の交流を描く三編のオムニバスライト文芸作品。

隣の家の幼馴染は学園一の美少女だが、ぼっちの僕が好きらしい

四乃森ゆいな
ライト文芸
『この感情は、幼馴染としての感情か。それとも……親友以上の感情だろうか──。』  孤独な読書家《凪宮晴斗》には、いわゆる『幼馴染』という者が存在する。それが、クラスは愚か学校中からも注目を集める才色兼備の美少女《一之瀬渚》である。  しかし、学校での直接的な接触は無く、あってもメッセージのやり取りのみ。せいぜい、誰もいなくなった教室で一緒に勉強するか読書をするぐらいだった。  ところが今年の春休み──晴斗は渚から……、 「──私、ハル君のことが好きなの!」と、告白をされてしまう。  この告白を機に、二人の関係性に変化が起き始めることとなる。  他愛のないメッセージのやり取り、部室でのお昼、放課後の教室。そして、お泊まり。今までにも送ってきた『いつもの日常』が、少しずつ〝特別〟なものへと変わっていく。  だが幼馴染からの僅かな関係の変化に、晴斗達は戸惑うばかり……。  更には過去のトラウマが引っかかり、相手には迷惑をかけまいと中々本音を言い出せず、悩みが生まれてしまい──。  親友以上恋人未満。  これはそんな曖昧な関係性の幼馴染たちが、本当の恋人となるまでの“一年間”を描く青春ラブコメである。

Bo★ccia!!―アィラビュー×コザィラビュー*

gaction9969
ライト文芸
 ゴッドオブスポーツ=ボッチャ!!  ボッチャとはッ!! 白き的球を狙いて自らの手球を投擲し、相手よりも近づけた方が勝利を得るというッ!! 年齢人種性別、そして障害者/健常者の区別なく、この地球の重力を背負いし人間すべてに平等たる、完全なる球技なのであるッ!!  そしてこの物語はッ!! 人智を超えた究極競技「デフィニティボッチャ」に青春を捧げた、五人の青年のッ!! 愛と希望のヒューマンドラマであるッ!!

いいぞ頑張れファルコンズ 燃やせ草野球スピリット

夏野かろ
ライト文芸
男子大学生の西詰歩くんが草野球チームの遠山ファルコンズに入って頑張るお話。 投手陣はへなちょこ、四番バッターは中年のおっさん、帰国子女やら運動音痴やら、曲者ぞろいのファルコンズで彼は頑張れるのか……? 最後まで楽しんで読んでいただけたら嬉しいです。 追伸:逝去された星野仙一氏にこの作品を捧げます。監督、ありがとうございました!

処理中です...