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冬編②『行く年来る年、ぬくもりは紅玉(ルビィ)色』
第四話「渡せなかったオクリモノ」⑷
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「皆さん、今日はご苦労様でした。来年もよろしくお願いします」
「もちろんです! 店長も、よいお年を!」
日が沈む頃、LAMPの大掃除は完了した。
由良は店先へ出て、集まってくれた従業員達を見送る。掃除が終わった後には一人一人にコーヒーを振る舞い、労った。
「来年もみんなと働けたらいいなぁ」
そんなささやかな願いを呟きつつ、ドアを閉めようとする。
その直前、外から手が伸び、閉じようとしていたドアをつかんだ。
「ちょい待ち!」
「うわっ!」
一瞬、あの〈探し人〉の女性かと思ったが、手の主は日向子だった。
「ごめん、由良! ほんのちょっとだけ店開けてくんない? うちの後輩君が失恋しちゃってさぁ」
彼女の横には、大学卒業したてくらいの年頃の青年がいた。目の周りを真っ赤に泣き腫らし、ぐすぐすと泣いている。
「失恋じゃないっす! 俺が過剰に期待してただけっす!」
「それを世間では失恋と呼ぶのだよ?」
「嫌だー! 認めたくないぃー!」
日向子が連れて来たのは、後輩の記者だった。
なんでも、ある女性に片想いしていたのだが、先日たまたま彼女がデートしているところを見てしまったらしい。
「俺とは真逆の、社交的そうなイケメンだったっす。彼女に手作りのマフラーを巻いてもらってて、すごく羨ましかったっす……」
「今どき、手作りのマフラー送る女なんていないって! どうせ、既製品よ!」
しょげる後輩君の背を、日向子はバンッと力強く叩く。
後輩君は「心も背中も痛いっす」と生クリーム入りココアを悲しげにすすった。
「いいっす、既製品でも。大切な人からの贈り物ってところが大事なんっす」
「この子、好きな子からマフラーをもらいたいからって、今年ずっとマフラーつけずに過ごしてたのよ? 信じられないでしょ?」
「あぁ……どうりで寒そうだと思った」
後輩君は首周りに何もつけず、肌を外気に晒していた。いかにも寒そうに見せることで、マフラーを贈ってもらおうと考えていたのだろう。
「マフラーを贈ってもらう以前に、その彼女ともっと親しくなっておくべきでしたね」
「そうだぞ、後輩君!」
「うぅ……こんな惨めな思いをしたのに、結局自分で買うことになるなんて。もう誰でもいいから、マフラーください」
その時、後輩君の背後から誰かが真っ赤な毛糸のマフラーをかけた。首が寒くならないよう、ふんわり巻く。
巻いていたのは、昼間のLAMPに二度現れた〈探し人〉の女性だった。
「あっ」
思わず目を見張る。
〈探し人〉の女性は「しー」っと口の前に人差し指を当てた。
「マフラー、先輩のために一年かけて編んだんです。他のプレゼントは人にあげたり、自分で使ったり、泣く泣く捨てたりしたんですけど、これだけはどうしようも出来なくて……ずっと悩んでいたけど、先輩に渡せて良かったです」
〈探し人〉の女性は満足そうに微笑み、スーッと消えた。
「……あれ? なんか首元があったかいような?」
後輩君は首に手を当て、不思議そうに眉をひそめる。彼には〈心の落とし物〉のマフラーが見えていないらしい。
日向子にも見えないらしく「気のせいよー」と笑っていた。
「後輩君さん、高校時代に親しかった後輩の女子はいませんでしたか?」
「え、急になんすか?」
「お! 由良、何か見えたの?」
日向子は食い気味に尋ねてくる。
見えたどころか、ついさっきまでいたのだが、後輩君もいるので「まぁ、そんなとこ」と濁しておいた。
「親しかった後輩の女子かー……特に思いつかないなぁ。高校の時は文芸部だったんで、後輩のほとんどが女子だったっすけど」
「ラブレターやバレンタインチョコを贈りたそうにしてる子は?」
「いやいや! そんな子いたら、俺の方から声かけますって!」
後輩君は激しく否定した。
彼が知らないだけで、後輩からは人気の先輩だったのかもしれない。少なくとも〈探し人〉の女性にとっては、今もなお恋焦がれる相手のようだった。
「文芸部で同窓会でもしてみてはいかがですか? お一人くらいは手作りのマフラーを贈って下さる方がいらっしゃるかもしれませんよ」
「本当っすか! 今度、帰省するんで計画してみます!」
後輩君は泣きやみ、元気を取り戻す。
彼の首に本物の彼女のマフラーが巻かれる日は、そう遠くないのかもしれない。
『行く年来る年、ぬくもりは紅玉(ルビィ)色』第四話「渡せなかったオクリモノ」終わり
「もちろんです! 店長も、よいお年を!」
日が沈む頃、LAMPの大掃除は完了した。
由良は店先へ出て、集まってくれた従業員達を見送る。掃除が終わった後には一人一人にコーヒーを振る舞い、労った。
「来年もみんなと働けたらいいなぁ」
そんなささやかな願いを呟きつつ、ドアを閉めようとする。
その直前、外から手が伸び、閉じようとしていたドアをつかんだ。
「ちょい待ち!」
「うわっ!」
一瞬、あの〈探し人〉の女性かと思ったが、手の主は日向子だった。
「ごめん、由良! ほんのちょっとだけ店開けてくんない? うちの後輩君が失恋しちゃってさぁ」
彼女の横には、大学卒業したてくらいの年頃の青年がいた。目の周りを真っ赤に泣き腫らし、ぐすぐすと泣いている。
「失恋じゃないっす! 俺が過剰に期待してただけっす!」
「それを世間では失恋と呼ぶのだよ?」
「嫌だー! 認めたくないぃー!」
日向子が連れて来たのは、後輩の記者だった。
なんでも、ある女性に片想いしていたのだが、先日たまたま彼女がデートしているところを見てしまったらしい。
「俺とは真逆の、社交的そうなイケメンだったっす。彼女に手作りのマフラーを巻いてもらってて、すごく羨ましかったっす……」
「今どき、手作りのマフラー送る女なんていないって! どうせ、既製品よ!」
しょげる後輩君の背を、日向子はバンッと力強く叩く。
後輩君は「心も背中も痛いっす」と生クリーム入りココアを悲しげにすすった。
「いいっす、既製品でも。大切な人からの贈り物ってところが大事なんっす」
「この子、好きな子からマフラーをもらいたいからって、今年ずっとマフラーつけずに過ごしてたのよ? 信じられないでしょ?」
「あぁ……どうりで寒そうだと思った」
後輩君は首周りに何もつけず、肌を外気に晒していた。いかにも寒そうに見せることで、マフラーを贈ってもらおうと考えていたのだろう。
「マフラーを贈ってもらう以前に、その彼女ともっと親しくなっておくべきでしたね」
「そうだぞ、後輩君!」
「うぅ……こんな惨めな思いをしたのに、結局自分で買うことになるなんて。もう誰でもいいから、マフラーください」
その時、後輩君の背後から誰かが真っ赤な毛糸のマフラーをかけた。首が寒くならないよう、ふんわり巻く。
巻いていたのは、昼間のLAMPに二度現れた〈探し人〉の女性だった。
「あっ」
思わず目を見張る。
〈探し人〉の女性は「しー」っと口の前に人差し指を当てた。
「マフラー、先輩のために一年かけて編んだんです。他のプレゼントは人にあげたり、自分で使ったり、泣く泣く捨てたりしたんですけど、これだけはどうしようも出来なくて……ずっと悩んでいたけど、先輩に渡せて良かったです」
〈探し人〉の女性は満足そうに微笑み、スーッと消えた。
「……あれ? なんか首元があったかいような?」
後輩君は首に手を当て、不思議そうに眉をひそめる。彼には〈心の落とし物〉のマフラーが見えていないらしい。
日向子にも見えないらしく「気のせいよー」と笑っていた。
「後輩君さん、高校時代に親しかった後輩の女子はいませんでしたか?」
「え、急になんすか?」
「お! 由良、何か見えたの?」
日向子は食い気味に尋ねてくる。
見えたどころか、ついさっきまでいたのだが、後輩君もいるので「まぁ、そんなとこ」と濁しておいた。
「親しかった後輩の女子かー……特に思いつかないなぁ。高校の時は文芸部だったんで、後輩のほとんどが女子だったっすけど」
「ラブレターやバレンタインチョコを贈りたそうにしてる子は?」
「いやいや! そんな子いたら、俺の方から声かけますって!」
後輩君は激しく否定した。
彼が知らないだけで、後輩からは人気の先輩だったのかもしれない。少なくとも〈探し人〉の女性にとっては、今もなお恋焦がれる相手のようだった。
「文芸部で同窓会でもしてみてはいかがですか? お一人くらいは手作りのマフラーを贈って下さる方がいらっしゃるかもしれませんよ」
「本当っすか! 今度、帰省するんで計画してみます!」
後輩君は泣きやみ、元気を取り戻す。
彼の首に本物の彼女のマフラーが巻かれる日は、そう遠くないのかもしれない。
『行く年来る年、ぬくもりは紅玉(ルビィ)色』第四話「渡せなかったオクリモノ」終わり
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