心の落とし物

緋色刹那

文字の大きさ
上 下
137 / 314
冬編②『行く年来る年、ぬくもりは紅玉(ルビィ)色』

第四話「渡せなかったオクリモノ」⑵

しおりを挟む
(ん……待てよ? ラブレター?)
 ふと、由良はひらめいた。
「あの、」
「何ですか? 今、どのお相手のところへ行こうか厳選してたんですけど」
 女性は恨めしそうに由良を睨む。
 「逆恨みもいいところだ」と由良は呆れつつも、今しがた思いついたことを提案してみた。
「手紙、売りませんか?」
「……はい?」

「たしかにうちは今、手紙屋だ。が……まさかお前からラブレターの在庫を持って来るとは思わなかったよ」
「そう思うなら、もっと喜ばれてもいいんじゃないですか? 渡来屋さん」
「お二人、そっくりですね。親戚の方ですか?」
「違う」
「違います」
 由良は「ゴミ捨てに行ってくる」と従業員達に言い残し、女性を渡来屋のもとへ連れて来た。
 店内には数人の〈探し人〉が客として来ており、目当ての〈心の落とし物〉を探し求めていた。便箋の字を目でたどっては、落胆した様子で手紙を棚に戻す。膨大な手紙から目当てのものを探し当てるのはさぞ大変だろう、と由良は彼らに同情した。
 渡来屋は由良を怪しみながらも女性から段ボール箱を受け取り、ガムテープをカッターで切り裂く。箱を開けると、古びた手紙が隙間なく詰められていた。
「二百……いや、三百枚はあるか? 本当に手放していいんだな?」
「はい。どんな形であれ、"手紙を処分しておきたかった"というのが、私の〈心の落とし物〉ですから。むしろ、誰かのお役に立てるなら本望です」
 女性は憑き物が落ちたような清々しい笑顔で頷く。
 〈探し人〉の彼女がこれほど満足しているなら、彼女の本人もためらいなく手紙を処分できるに違いない。
「いいだろう。手紙は俺が責任持って取り扱わせてもらう」
「お願いします」
「買取金はないんですか?」
「〈探し人〉の未練を叶えてやるんだ、これ以上の報酬があるか?」
「……それを売って利益を得ているくせに」
 由良は腑に落ちなかったが、女性は「渡来屋さんの言う通りです」と満足そうだった。
「これで安心して掃除を続けられます。ありがとうございました」
 そう言って、女性は笑顔で消えた。
「〈探し人〉の方が聞き分けがいいじゃないか」
「……これで許されたとは思わないでよ」
 由良は納得しないまま、渡来屋を後にした。

「由良さん、おかえりなさい! お昼、先に戴いちゃってます」
「うん。お疲れ様ー」
 LAMPに戻ると皆、昼食を取っていた。午後はワックスなど、仕上げの作業をする予定だ。
 昼食は由良と数人の従業員があらかじめ作っておいた梅干しおにぎりと豚汁、白菜の浅漬けだった。LAMPのメニューにはない簡単な和食だが、漬け物と梅干しの酸味と豚汁の温かみが疲れを癒し、消費したエネルギーを米と豚肉が補充してくれた。
「おにぎりうまー」
「豚汁さいこー」
「浅漬けの塩加減が絶妙ですね。隠し味のゆずが効いていて美味しいです」
 従業員達が絶賛する中、一人部外者が混じっていた。
「あの、」
「……はい」
 思わず声をかける。ちょうど中林の隣に座っていたため、周囲には怪しまれずに済んだ。
 彼女も自覚しているようで、申し訳なさそうに視線をそらす。その手にはちゃっかり、おにぎりを持っていた。
「何でいるんですか? さっきいなくなったはずですよね?」
 従業員に混じっていたのは、先程渡来屋で消えたはずの〈探し人〉の女性だった。女性も困惑している様子で、「あー……ハハハ」と笑って誤魔化す。
 一番困惑していたのは〈探し人〉の隣に座っていた中林で、突然誰もいないところへ話しかけた由良に驚いていた。
「由良さん、どうかしたんですか?」
「……さっきの〈探し人〉が、貴方の横に座って呑気におにぎり食べてる」
「えぇー?!」
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

とべない天狗とひなの旅

ちはやれいめい
歴史・時代
人間嫌いで悪行の限りを尽してきた天狗、フェノエレーゼ。 主君サルタヒコの怒りを買い、翼を封じられ人里に落とされてしまう。 「心から人間に寄り添い助けろ。これ以上悪さをすると天狗に戻れなくなるぞ」 とべなくなったフェノエレーゼの事情を知って、人里の童女ヒナが、旅についてきた。 人間嫌いの偏屈天狗と、天真爛漫な幼女。 翼を取り戻すため善行を積む旅、はじまりはじまり。 絵・文 ちはやれいめい https://mypage.syosetu.com/487329/ フェノエレーゼデザイン トトさん https://mypage.syosetu.com/432625/

ノイジーガール ~ちょっとそこの地下アイドルさん適性間違っていませんか?~

草野猫彦
ライト文芸
恵まれた環境に生まれた青年、渡辺俊は音大に通いながら、作曲や作詞を行い演奏までしつつも、ある水準を超えられない自分に苛立っていた。そんな彼は友人のバンドのヘルプに頼まれたライブスタジオで、対バンした地下アイドルグループの中に、インスピレーションを感じる声を持つアイドルを発見する。 欠点だらけの天才と、天才とまでは言えない技術者の二人が出会った時、一つの音楽の物語が始まった。 それは生き急ぐ若者たちの物語でもあった。

雪町フォトグラフ

涼雨 零音(すずさめ れいん)
ライト文芸
北海道上川郡東川町で暮らす高校生の深雪(みゆき)が写真甲子園の本戦出場を目指して奮闘する物語。 メンバーを集めるのに奔走し、写真の腕を磨くのに精進し、数々の問題に直面し、そのたびに沸き上がる名前のわからない感情に翻弄されながら成長していく姿を瑞々しく描いた青春小説。 ※表紙の絵は画家の勅使河原 優さん(@M4Teshigawara)に描いていただきました。

託され行くもの達

ar
ファンタジー
一人の少年騎士の一週間と未来の軌跡。 エウルドス王国の少年騎士ロファース。初陣の日に彼は疑問を抱いた。 少年は己が存在に悩み、進む。 ※「一筋の光あらんことを」の後日談であり過去編

瀬々市、宵ノ三番地

茶野森かのこ
キャラ文芸
瀬々市愛、二十六才。「宵の三番地」という名前の探し物屋で、店長代理を務める青年。 右目に濁った翡翠色の瞳を持つ彼は、物に宿る化身が見える不思議な力を持っている。 御木立多田羅、二十六才。人気歌舞伎役者、八矢宗玉を弟に持つ、普通の青年。 愛とは幼馴染みで、会って間もない頃は愛の事を女の子と勘違いしてプロポーズした事も。大人になって再会し、現在は「宵の三番地」の店員、愛のお世話係として共同生活をしている。 多々羅は、常に弟の名前がついて回る事にコンプレックスを感じていた。歌舞伎界のプリンスの兄、そう呼ばれる事が苦痛だった。 愛の店で働き始めたのは、愛の祖父や姉の存在もあるが、ここでなら、自分は多々羅として必要としてくれると思ったからだ。 愛が男だと分かってからも、子供の頃は毎日のように一緒にいた仲だ。あの楽しかった日々を思い浮かべていた多々羅だが、愛は随分と変わってしまった。 依頼人以外は無愛想で、楽しく笑って過ごした日々が嘘のように可愛くない。一人で生活出来る能力もないくせに、ことあるごとに店を辞めさせようとする、距離をとろうとする。 それは、物の化身と対峙するこの仕事が危険だからであり、愛には大事な人を傷つけた過去があったからだった。 だから一人で良いと言う愛を、多々羅は許す事が出来なかった。どんなに恐れられようとも、愛の瞳は美しく、血が繋がらなくても、愛は家族に愛されている事を多々羅は知っている。 「宵の三番地」で共に過ごす化身の用心棒達、持ち主を思うネックレス、隠された結婚指輪、黒い影を纏う禍つもの、禍つものになりかけたつくも神。 瀬々市の家族、時の喫茶店、恋する高校生、オルゴールの少女、零番地の壮夜。 物の化身の思いを聞き、物達の思いに寄り添いながら、思い悩み繰り返し、それでも何度も愛の手を引く多々羅に、愛はやがて自分の過去と向き合う決意をする。 そんな、物の化身が見える青年達の、探し物屋で起こる日々のお話です。現代のファンタジーです。

ユメ/うつつ

hana4
ライト文芸
例えばここからが本編だったとしたら、プロローグにも満たない俺らはきっと短く纏められて、誰かの些細な回想シーンの一部でしかないのかもしれない。 もし俺の人生が誰かの創作物だったなら、この記憶も全部、比喩表現なのだろう。 それかこれが夢であるのならば、いつまでも醒めないままでいたかった。

月は夜をかき抱く ―Alkaid―

深山瀬怜
ライト文芸
地球に七つの隕石が降り注いでから半世紀。隕石の影響で生まれた特殊能力の持ち主たち《ブルーム》と、特殊能力を持たない無能力者《ノーマ》たちは衝突を繰り返しながらも日常生活を送っていた。喫茶〈アルカイド〉は表向きは喫茶店だが、能力者絡みの事件を解決する調停者《トラブルシューター》の仕事もしていた。 アルカイドに新人バイトとしてやってきた瀧口星音は、そこでさまざまな事情を抱えた人たちに出会う。

喫茶店オルクスには鬼が潜む

奏多
キャラ文芸
美月が通うようになった喫茶店は、本一冊読み切るまで長居しても怒られない場所。 そこに通うようになったのは、片思いの末にどうしても避けたい人がいるからで……。 そんな折、不可思議なことが起こり始めた美月は、店員の青年に助けられたことで、その秘密を知って行って……。 なろうでも連載、カクヨムでも先行連載。

処理中です...