126 / 314
冬編②『行く年来る年、ぬくもりは紅玉(ルビィ)色』
第一話「燐寸と双子とルビー」⑶
しおりを挟む
双子の処遇が決まったところで、由良は本題を切り出した。
「時に、渡来屋さん。実は私も探し物が見つからなくて困っているの」
「急に来たと思ったら、そういうことか。何を探しに来た?」
「懐虫電燈のマッチ。当時かよっていたお客様が探してらっしゃって、わざわざうちに訪ねて来られたの。私も久しぶりに見たかったし、すぐに珠緒に問い合わせたんだけど……いつのまにか消えてたって。渡来屋さん、何か知らない?」
「知ってるも何も、マッチは俺が持っているが?」
「……え?」
渡来屋は懐から古いマッチ箱を取り出し、由良に見せる。
記憶していたよりも若干色合わせてはいるが、確かに懐虫電燈のマッチだった。
「本物、よね? 〈心の落とし物〉じゃなく?」
「人の手に渡るのが惜しくなってな、拝借させてもらった」
フタをスライドさせ、中身を確認する。
元々無かったのか、渡来屋が使ったのか、残っていたマッチは二本だけだった。
「何に使ったの?」
「何でもいいだろ」
「まさか煙草吸ってないでしょうね? この部屋、たまに臭うんだけど」
「今は彼女達がいるから禁煙している」
「やっぱり! 今すぐ返しなさい!」
由良はマッチ箱を奪い返そうと、手を伸ばす。
渡来屋は由良に奪われる前に、マッチ箱をサッと懐へ隠した。
「お前がそこまで言うなら、マッチを返してやってもいい。ただし、」
「ただし?」
渡来屋はカウチにふんぞり返り、ニヤリと笑った。
「代わりにLAMPのマッチを寄越せ」
「……うちの店、マッチなんて取り扱ってないけど」
LAMPは今まで様々なオリジナルグッズを作ってきたが、マッチは今まで一度も作ったことがなかった。
祖父が喫茶店でマッチを売っていたことから、憧れこそあったものの「需要がない」と諦めていた。
「無ければ作れ。彼女達がいなくなるまでは待ってやる」
「無茶よ。いつ消えるか分からないのに」
「無茶なものか。自信がないならマッチは既製品にして、箱だけ作ってもいい」
「それ、渡来屋さんがマッチ欲しいだけじゃないですか。箱作る必要あります?」
「ある」
渡来屋は断言した。
なぜ、彼がそこまでLAMPのマッチを欲しがるのか、由良には理解できなかった。もしかしたらLAMPのマッチ箱を手に入れることも、渡来屋の使命とやらの一つなのかもしれない。
なんにせよ、新たにマッチを作りさえすれば、懐虫電燈のマッチは手に入る……作らない手はなかった。
「……分かりました。作りましょう、LAMPのオリジナルマッチ」
「あぁ、楽しみにしている」
由良は条件を受け入れ、頷く。
そのやり取りを聞いていた双子達は物欲しそうな顔で、由良を見た。
「いいなー」
「私達もマッチ欲しーい」
「……貴方達には新作のお菓子を持ってきてあげるから、それで我慢してくれる?」
「ほんとぉ?」
「楽しみぃ」
双子はクスクスと笑う。
心なしか渡来屋の期待よりも、彼女達の期待の方がハードルが高いように感じた。
(こりゃ、下手な試作品は持って来られないわね)
由良はLAMPへ戻ると、さっそく知り合いマッチ業者にオリジナルマッチの製作を依頼した。
渡来屋は「箱だけでいい」と言ったが、
「せっかく作るなら、お店でも売りたい」
「購入したお客様に満足してもらいたい」
と、本気で作ることにした。
「嬉しいなぁ。添野さんのお祖父様が営んでいらっしゃった喫茶店のマッチも、うちの工場で作っていたんですよ」
相手の業者は小さなマッチ工場を経営しており、洋燈商店街に直営店を構えていた。
急な依頼だったが、以前から「うちでマッチを作らせてくれませんか?」と話をもらっていた関係から、快く引き受けてくれた。
「本当ですか?! 在庫は?!」
LAMPで打ち合わせ中、懐虫電燈のマッチの話になり、由良は思わず食いついた。
渡来屋から奪わなくてもマッチが手に入るかもしれないと期待したが、業者は「さ、さすがに残っていませんよ」と慌てて首を振った。
「人気商品でしたからね、在庫は残らず全て懐虫電燈さんに卸していました。私も見本品として一つ譲ってもらえれば良かったと後悔しております」
「そうですか……」
頼みの綱を失い、由良は肩を落とす。
残念に思う反面、そこまで懐虫電燈のマッチは人気があったのかと嬉しかった。
打ち合わせの末、箱はLAMPのロゴ入り、マッチ棒は豆電球をモチーフに先端を黄色、棒を黒に色付けすると決まった。
普段マッチを使わない人にも買ってもらいたいと、洋燈商店街にある蝋燭店とも提携し、オリジナルのアロマキャンドルも作った。側面にLAMPのロゴが彫られた赤いマグカップ型のキャンドルで、火をつけるとほのかにコーヒーの香りがする。柔らかいコーヒーの香りは、疲れた心を落ち着かせた。
いよいよ納品の期日が迫った頃、由良は双子と交わした約束を思い出した。
「そういえば……あの子達にあげるお菓子、決めて無かったな。マッチを持っていくついでに渡そうと思ってたのに」
何も持たずに行ったら、またあの大きくて黒い目で凝視されるかもしれない。
由良は見本品のマッチを眺めながら、どんなお菓子を渡そうか考えた。しばらくマッチを眺めていると、唐突に「あっ」とひらめいた。
「あの子達が探してたルビーの正体、分かったかも」
「時に、渡来屋さん。実は私も探し物が見つからなくて困っているの」
「急に来たと思ったら、そういうことか。何を探しに来た?」
「懐虫電燈のマッチ。当時かよっていたお客様が探してらっしゃって、わざわざうちに訪ねて来られたの。私も久しぶりに見たかったし、すぐに珠緒に問い合わせたんだけど……いつのまにか消えてたって。渡来屋さん、何か知らない?」
「知ってるも何も、マッチは俺が持っているが?」
「……え?」
渡来屋は懐から古いマッチ箱を取り出し、由良に見せる。
記憶していたよりも若干色合わせてはいるが、確かに懐虫電燈のマッチだった。
「本物、よね? 〈心の落とし物〉じゃなく?」
「人の手に渡るのが惜しくなってな、拝借させてもらった」
フタをスライドさせ、中身を確認する。
元々無かったのか、渡来屋が使ったのか、残っていたマッチは二本だけだった。
「何に使ったの?」
「何でもいいだろ」
「まさか煙草吸ってないでしょうね? この部屋、たまに臭うんだけど」
「今は彼女達がいるから禁煙している」
「やっぱり! 今すぐ返しなさい!」
由良はマッチ箱を奪い返そうと、手を伸ばす。
渡来屋は由良に奪われる前に、マッチ箱をサッと懐へ隠した。
「お前がそこまで言うなら、マッチを返してやってもいい。ただし、」
「ただし?」
渡来屋はカウチにふんぞり返り、ニヤリと笑った。
「代わりにLAMPのマッチを寄越せ」
「……うちの店、マッチなんて取り扱ってないけど」
LAMPは今まで様々なオリジナルグッズを作ってきたが、マッチは今まで一度も作ったことがなかった。
祖父が喫茶店でマッチを売っていたことから、憧れこそあったものの「需要がない」と諦めていた。
「無ければ作れ。彼女達がいなくなるまでは待ってやる」
「無茶よ。いつ消えるか分からないのに」
「無茶なものか。自信がないならマッチは既製品にして、箱だけ作ってもいい」
「それ、渡来屋さんがマッチ欲しいだけじゃないですか。箱作る必要あります?」
「ある」
渡来屋は断言した。
なぜ、彼がそこまでLAMPのマッチを欲しがるのか、由良には理解できなかった。もしかしたらLAMPのマッチ箱を手に入れることも、渡来屋の使命とやらの一つなのかもしれない。
なんにせよ、新たにマッチを作りさえすれば、懐虫電燈のマッチは手に入る……作らない手はなかった。
「……分かりました。作りましょう、LAMPのオリジナルマッチ」
「あぁ、楽しみにしている」
由良は条件を受け入れ、頷く。
そのやり取りを聞いていた双子達は物欲しそうな顔で、由良を見た。
「いいなー」
「私達もマッチ欲しーい」
「……貴方達には新作のお菓子を持ってきてあげるから、それで我慢してくれる?」
「ほんとぉ?」
「楽しみぃ」
双子はクスクスと笑う。
心なしか渡来屋の期待よりも、彼女達の期待の方がハードルが高いように感じた。
(こりゃ、下手な試作品は持って来られないわね)
由良はLAMPへ戻ると、さっそく知り合いマッチ業者にオリジナルマッチの製作を依頼した。
渡来屋は「箱だけでいい」と言ったが、
「せっかく作るなら、お店でも売りたい」
「購入したお客様に満足してもらいたい」
と、本気で作ることにした。
「嬉しいなぁ。添野さんのお祖父様が営んでいらっしゃった喫茶店のマッチも、うちの工場で作っていたんですよ」
相手の業者は小さなマッチ工場を経営しており、洋燈商店街に直営店を構えていた。
急な依頼だったが、以前から「うちでマッチを作らせてくれませんか?」と話をもらっていた関係から、快く引き受けてくれた。
「本当ですか?! 在庫は?!」
LAMPで打ち合わせ中、懐虫電燈のマッチの話になり、由良は思わず食いついた。
渡来屋から奪わなくてもマッチが手に入るかもしれないと期待したが、業者は「さ、さすがに残っていませんよ」と慌てて首を振った。
「人気商品でしたからね、在庫は残らず全て懐虫電燈さんに卸していました。私も見本品として一つ譲ってもらえれば良かったと後悔しております」
「そうですか……」
頼みの綱を失い、由良は肩を落とす。
残念に思う反面、そこまで懐虫電燈のマッチは人気があったのかと嬉しかった。
打ち合わせの末、箱はLAMPのロゴ入り、マッチ棒は豆電球をモチーフに先端を黄色、棒を黒に色付けすると決まった。
普段マッチを使わない人にも買ってもらいたいと、洋燈商店街にある蝋燭店とも提携し、オリジナルのアロマキャンドルも作った。側面にLAMPのロゴが彫られた赤いマグカップ型のキャンドルで、火をつけるとほのかにコーヒーの香りがする。柔らかいコーヒーの香りは、疲れた心を落ち着かせた。
いよいよ納品の期日が迫った頃、由良は双子と交わした約束を思い出した。
「そういえば……あの子達にあげるお菓子、決めて無かったな。マッチを持っていくついでに渡そうと思ってたのに」
何も持たずに行ったら、またあの大きくて黒い目で凝視されるかもしれない。
由良は見本品のマッチを眺めながら、どんなお菓子を渡そうか考えた。しばらくマッチを眺めていると、唐突に「あっ」とひらめいた。
「あの子達が探してたルビーの正体、分かったかも」
0
お気に入りに追加
16
あなたにおすすめの小説
とべない天狗とひなの旅
ちはやれいめい
歴史・時代
人間嫌いで悪行の限りを尽してきた天狗、フェノエレーゼ。
主君サルタヒコの怒りを買い、翼を封じられ人里に落とされてしまう。
「心から人間に寄り添い助けろ。これ以上悪さをすると天狗に戻れなくなるぞ」
とべなくなったフェノエレーゼの事情を知って、人里の童女ヒナが、旅についてきた。
人間嫌いの偏屈天狗と、天真爛漫な幼女。
翼を取り戻すため善行を積む旅、はじまりはじまり。
絵・文 ちはやれいめい
https://mypage.syosetu.com/487329/
フェノエレーゼデザイン トトさん
https://mypage.syosetu.com/432625/
ノイジーガール ~ちょっとそこの地下アイドルさん適性間違っていませんか?~
草野猫彦
ライト文芸
恵まれた環境に生まれた青年、渡辺俊は音大に通いながら、作曲や作詞を行い演奏までしつつも、ある水準を超えられない自分に苛立っていた。そんな彼は友人のバンドのヘルプに頼まれたライブスタジオで、対バンした地下アイドルグループの中に、インスピレーションを感じる声を持つアイドルを発見する。
欠点だらけの天才と、天才とまでは言えない技術者の二人が出会った時、一つの音楽の物語が始まった。
それは生き急ぐ若者たちの物語でもあった。
雪町フォトグラフ
涼雨 零音(すずさめ れいん)
ライト文芸
北海道上川郡東川町で暮らす高校生の深雪(みゆき)が写真甲子園の本戦出場を目指して奮闘する物語。
メンバーを集めるのに奔走し、写真の腕を磨くのに精進し、数々の問題に直面し、そのたびに沸き上がる名前のわからない感情に翻弄されながら成長していく姿を瑞々しく描いた青春小説。
※表紙の絵は画家の勅使河原 優さん(@M4Teshigawara)に描いていただきました。
託され行くもの達
ar
ファンタジー
一人の少年騎士の一週間と未来の軌跡。
エウルドス王国の少年騎士ロファース。初陣の日に彼は疑問を抱いた。
少年は己が存在に悩み、進む。
※「一筋の光あらんことを」の後日談であり過去編
瀬々市、宵ノ三番地
茶野森かのこ
キャラ文芸
瀬々市愛、二十六才。「宵の三番地」という名前の探し物屋で、店長代理を務める青年。
右目に濁った翡翠色の瞳を持つ彼は、物に宿る化身が見える不思議な力を持っている。
御木立多田羅、二十六才。人気歌舞伎役者、八矢宗玉を弟に持つ、普通の青年。
愛とは幼馴染みで、会って間もない頃は愛の事を女の子と勘違いしてプロポーズした事も。大人になって再会し、現在は「宵の三番地」の店員、愛のお世話係として共同生活をしている。
多々羅は、常に弟の名前がついて回る事にコンプレックスを感じていた。歌舞伎界のプリンスの兄、そう呼ばれる事が苦痛だった。
愛の店で働き始めたのは、愛の祖父や姉の存在もあるが、ここでなら、自分は多々羅として必要としてくれると思ったからだ。
愛が男だと分かってからも、子供の頃は毎日のように一緒にいた仲だ。あの楽しかった日々を思い浮かべていた多々羅だが、愛は随分と変わってしまった。
依頼人以外は無愛想で、楽しく笑って過ごした日々が嘘のように可愛くない。一人で生活出来る能力もないくせに、ことあるごとに店を辞めさせようとする、距離をとろうとする。
それは、物の化身と対峙するこの仕事が危険だからであり、愛には大事な人を傷つけた過去があったからだった。
だから一人で良いと言う愛を、多々羅は許す事が出来なかった。どんなに恐れられようとも、愛の瞳は美しく、血が繋がらなくても、愛は家族に愛されている事を多々羅は知っている。
「宵の三番地」で共に過ごす化身の用心棒達、持ち主を思うネックレス、隠された結婚指輪、黒い影を纏う禍つもの、禍つものになりかけたつくも神。
瀬々市の家族、時の喫茶店、恋する高校生、オルゴールの少女、零番地の壮夜。
物の化身の思いを聞き、物達の思いに寄り添いながら、思い悩み繰り返し、それでも何度も愛の手を引く多々羅に、愛はやがて自分の過去と向き合う決意をする。
そんな、物の化身が見える青年達の、探し物屋で起こる日々のお話です。現代のファンタジーです。
ユメ/うつつ
hana4
ライト文芸
例えばここからが本編だったとしたら、プロローグにも満たない俺らはきっと短く纏められて、誰かの些細な回想シーンの一部でしかないのかもしれない。
もし俺の人生が誰かの創作物だったなら、この記憶も全部、比喩表現なのだろう。
それかこれが夢であるのならば、いつまでも醒めないままでいたかった。
月は夜をかき抱く ―Alkaid―
深山瀬怜
ライト文芸
地球に七つの隕石が降り注いでから半世紀。隕石の影響で生まれた特殊能力の持ち主たち《ブルーム》と、特殊能力を持たない無能力者《ノーマ》たちは衝突を繰り返しながらも日常生活を送っていた。喫茶〈アルカイド〉は表向きは喫茶店だが、能力者絡みの事件を解決する調停者《トラブルシューター》の仕事もしていた。
アルカイドに新人バイトとしてやってきた瀧口星音は、そこでさまざまな事情を抱えた人たちに出会う。
喫茶店オルクスには鬼が潜む
奏多
キャラ文芸
美月が通うようになった喫茶店は、本一冊読み切るまで長居しても怒られない場所。
そこに通うようになったのは、片思いの末にどうしても避けたい人がいるからで……。
そんな折、不可思議なことが起こり始めた美月は、店員の青年に助けられたことで、その秘密を知って行って……。
なろうでも連載、カクヨムでも先行連載。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる