心の落とし物

緋色刹那

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秋編②『金貨六枚分のきらめき』

第三話「金を継ぐ」⑵

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 茅田が皿を割った数日後、定休日。
 由良はLAMPの二階にある自宅へ茅田を招いた。
「いらっしゃい」
「お邪魔します」
 茅田は事前に由良が「汚れてもいい服装で来て」と指示した通り、無地の黒い七分袖のトレーナーにジーパンというラフな格好で訪ねてきた。
 言い出しっぺの由良も「珈琲豆」と大きく書かれたベージュのパーカーに、黒いジャージのズボンという、およそ客をもてなすに適さない格好で茅田を迎えた。
「大学の講義、午後からだったよね? それまでには済ませちゃおうか」
「済ませるって、何を?」
「金粉蒔き」
 そう言って由良が案内したのは、風呂場だった。
 浴槽はカラで、大きな木箱が底に置いてある。茅田は由良の背後からその奇妙な光景を覗き見、怪訝な顔をした。
「その箱なんです? どうして浴槽の中に?」
「湿気が大事だって聞いたからね。おかげで、ここしばらくは銭湯通いよ。本当は屋上のサンルームでやりたかったんだけど、あそこまで運ぶのは大変だから。うっかり落として、割っちゃうかもしれないし」
 由良は両手にゴム手袋をはめると、箱を開き、中に仕舞っていた物を次から次へと取り出した。
 それはLAMPで使っていた陶器のカップや皿だった。どれもぶつけるなどしてフチが欠け、使い物にならなくなったものばかりだ。以前は欠けた部分が尖っていて危険だったが、今は欠けた破片の代わりに茶色い塊が埋まっていた。
「この前、お店で言ったでしょう? 今までLAMPで割った皿を、業者さんに金継ぎしてもらおうと思ってるって。本当はこの食器も業者さんに頼もうと思ってたんだけど、全部入れたら笑っちゃうくらいの見積もり金額になっちゃってね。だったら、自分で直せそうなものは自分で直そうかなって。駅前の雑貨屋で初心者向けの金継ぎキットも売ってたし」
「もしかして、私もそのお手伝いを……?」
「皿を弁償する代わりにね。本当は割った皿の金継ぎをさせてあげたかったんだけど、あれは素人には難しいって業者さんに言われちゃったから」
 そう言うと由良は茅田にゴム手袋を差し出した。
「三十分前に、修復するところに漆を塗ったから、触ってかぶれないよう手袋を付けて作業してね。スリッパも履いたままでいいから。一応かぶれ防止に、オイル塗っておいて」
「は、はい」
 茅田は言われるままにゴム手袋をはめ、スリッパのまま風呂場へ入った。

 金継ぎにはいくつか工程がある。
 中でも茅田に任された金粉蒔きは、陶器の欠けを埋めた箇所に金粉をまぶすという重要な作業の一つである。真綿に金粉を付け、まぶしていくのだが、時間が経つと下地の漆の色が表に出てきてしまう。下地が出てきたらその都度、金粉を足す必要があった。
「あぁ、また下地が! 今度こそ完璧に塗れたと思ったのに!」
「金粉はけちらず使った方がいいよ。余ったら、次の食器に使えばいいんだし」
 慣れない作業に、茅田は悪戦苦闘する。白い無地のマグカップで、わずかに欠けている飲み口が修復箇所だった。
 何度も金粉をまぶし、ようやく下地が見えなくなった頃には、味気なかった白いマグカップに金色の小さなワンポイントが現れていた。綺麗な逆三角形で、最初からそういうデザインだったとしてもおかしくないほど、マグカップにピッタリだった。
「出来た……出来ましたよ、店長!」
「うん、ちゃんと塗れてるね。その調子で、次のお皿もお願いね」
「はい!」
 茅田は嬉々として、次の食器の金粉蒔きに取り掛かる。この分なら、皿を割ったショックから立ち直れるだろう。
 由良は難易度の高そうな食器をそれとなく選び、手際良く金粉蒔きを施していった。ここまでの工程を一人でこなしてきた由良の手つきは、もはやプロ並みだった。

 全ての食器に金粉蒔きを施すと、再度浴槽の木箱へ仕舞った。
「あとは三、四日乾かす。乾いたら、余分な金粉を取り除いて、必要な金粉だけを定着させる。で、一晩乾かして完成」
「その際は、またお声をかけて下さい。スケジュール合わせますから」
「いいの? 皿を割った罰は、今日の作業で十分なんだけど」
 茅田は「えぇ」と憑き物が落ちたように微笑み、言った。
「あの食器達がどんな仕上がりになるのか、この目で見届けたいので」
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