心の落とし物

緋色刹那

文字の大きさ
上 下
85 / 314
夏編②『梅雨空しとしと、ラムネ色』

第一話「雨は嫌い」⑷

しおりを挟む
 その後、由良と〈探し人〉の女性は無心になってシャボン玉を飛ばした。
 互いに会話はなく、ひたすらシャボン玉を作っては、その行く末を無言で見守る。雨が非常階段のテントを叩く音だけが、静まり返った非常階段に響いていた。
 やがてシャボン玉液が入ったボトルがカラになると、〈探し人〉の女性はボソッと呟いた。
「私、こうして雨の日に誰かと遊んだことってなかったんです」
「遊んだことがないって、一度も?」
「えぇ。外でも、家の中でも。湿気でうねった髪を、周りの人達に揶揄からかわれたくなかったから」
 女性は整髪料で固めた前髪を忌々しそうにつまみ、睨んだ。
「今は色々ケアしているのでマシになりましたけど、子供の頃は何もしていなかったので、雨が降るたびにライオンのたてがみのように爆発していたんです。その頭で学校へ行くと、決まってクラスの何人かは揶揄からかってくる。何も言わなくても、無遠慮にジロジロと見てくる。それがたまらなく嫌でした」
 女性は当時のことを、とうとうと語る。
 彼女には悪いが、ライオンのたてがみと見紛うほどの癖毛を無視する自信は由良にもなかった。しかしながら、不本意な形で他人に見られるのは、確かにいい気はしないだろうと共感した。
「だから雨の日は学校が終わったら、真っ直ぐ家に帰って、ずっと部屋に閉じこもっていました。私が雨嫌いになったのは、そのせいでしょう。これまでは何となく雨を嫌っていただけでしたが、今ハッキリとその理由を思い出しました。今後も雨を好きになることはないでしょう」
 ですが、と女性は吹き棒とカラになったシャボン玉液のボトルを由良に渡し、目を細めた。
「雨を楽しむ余裕くらいは持ってもいいかもしれません。自分でも、雨を楽しめる方法を探してみようと思います」
「でしたら、次は営業日にLAMPへいらっしゃって下さい。雨が楽しくなるような、梅雨限定のメニューを多数取り揃えておりますから」
「へぇ、楽しみ。雨が楽しくなるメニューなんて想像もつかないわ」
 女性は梅雨限定のメニューに期待を向けるうちに、由良の目の前からパッと姿を消した。
 最後まで雨を好きになることはなかったが、あの調子ならいずれ過去を克服する日が来るかもしれない。
「……"雨が楽しくなる"なんて、ついハードルを上げてしまった。今日は気合い入れて仕込みしないと」
 由良は持参した道具を慌てて自宅へ運び、店に戻った。
 しかし仕込みを進めるうちにふと、先程〈探し人〉の女性と共に飛ばしたシャボン玉の群れが脳裏をよぎり、作業の手が止まった。あの光景をドリンクで表現出来ないかと思い立ったのだ。
「シャボン玉は大粒の白タピオカに薄っすら色をつけて似せるとして、問題はどのドリンクと組み合わせるかよね。タピオカの色が映える、透明に近いドリンク……フルーツフレーバーのサイダー……いっそ、色をつけて空を表現するのもありか……?」
 由良はブツブツと呟きながら、頭の中で新メニューのアイデアを形にしていく。
 いつか〈探し人〉の女性がLAMPを訪れ、このドリンクを目にした時……大嫌いな雨が降りしきる中、由良とシャボン玉を飛ばしたことを思い出すのではないかと、わずかに期待しながら……。

『梅雨空しとしと、ラムネ色』第一話「雨は嫌い」終わり
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

Bo★ccia!!―アィラビュー×コザィラビュー*

gaction9969
ライト文芸
 ゴッドオブスポーツ=ボッチャ!!  ボッチャとはッ!! 白き的球を狙いて自らの手球を投擲し、相手よりも近づけた方が勝利を得るというッ!! 年齢人種性別、そして障害者/健常者の区別なく、この地球の重力を背負いし人間すべてに平等たる、完全なる球技なのであるッ!!  そしてこの物語はッ!! 人智を超えた究極競技「デフィニティボッチャ」に青春を捧げた、五人の青年のッ!! 愛と希望のヒューマンドラマであるッ!!

井の頭第三貯水池のラッコ

海獺屋ぼの
ライト文芸
井の頭第三貯水池にはラッコが住んでいた。彼は貝や魚を食べ、そして小説を書いて過ごしていた。 そんな彼の周りで人間たちは様々な日常を送っていた。 ラッコと人間の交流を描く三編のオムニバスライト文芸作品。

イケメン彼氏は警察官!甘い夜に私の体は溶けていく。

すずなり。
恋愛
人数合わせで参加した合コン。 そこで私は一人の男の人と出会う。 「俺には分かる。キミはきっと俺を好きになる。」 そんな言葉をかけてきた彼。 でも私には秘密があった。 「キミ・・・目が・・?」 「気持ち悪いでしょ?ごめんなさい・・・。」 ちゃんと私のことを伝えたのに、彼は食い下がる。 「お願いだから俺を好きになって・・・。」 その言葉を聞いてお付き合いが始まる。 「やぁぁっ・・!」 「どこが『や』なんだよ・・・こんなに蜜を溢れさせて・・・。」 激しくなっていく夜の生活。 私の身はもつの!? ※お話の内容は全て想像のものです。現実世界とはなんら関係ありません。 ※表現不足は重々承知しております。まだまだ勉強してまいりますので温かい目で見ていただけたら幸いです。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 では、お楽しみください。

エデンの花園

モナカ(サブ)
ライト文芸
花に支配された世界で、少女は生き抜く

転生したけど赤ちゃんの頃から運命に囲われてて鬱陶しい

翡翠飾
BL
普通に高校生として学校に通っていたはずだが、気が付いたら雨の中道端で動けなくなっていた。寒くて死にかけていたら、通りかかった馬車から降りてきた12歳くらいの美少年に拾われ、何やら大きい屋敷に連れていかれる。 それから温かいご飯食べさせてもらったり、お風呂に入れてもらったり、柔らかいベッドで寝かせてもらったり、撫でてもらったり、ボールとかもらったり、それを投げてもらったり───ん? 「え、俺何か、犬になってない?」 豹獣人の番大好き大公子(12)×ポメラニアン獣人転生者(1)の話。 ※どんどん年齢は上がっていきます。 ※設定が多く感じたのでオメガバースを無くしました。

幸せの椅子【完結】

竹比古
ライト文芸
 泣き叫び、哀願し、媚び諂い……思いつくことは、何でもした。  それでも、男は、笑って、いた……。  一九八五年、華南経済圏繁栄の噂が広がり始めた中国、母親の死をきっかけに、四川省の農家から、二人の幼子が金持ちになることを夢見て、繁栄する華南経済圏の一省、福建省を目指す。二人の最終目的地は、自由の国、美国(アメリカ)であった。  一人は国龍(グオロン)、もう一人は水龍(シュイロン)、二人は、やっと八つになる幼子だ。  美国がどこにあるのか、福建省まで何千キロの道程があるのかも知らない二人は、途中に出会った男に無事、福建省まで連れて行ってもらうが、その馬車代と、体の弱い水龍の薬代に、莫大な借金を背負うことになり、福州の置屋に売られる。  だが、計算はおろか、数の数え方も知らない二人の借金が減るはずもなく、二人は客を取らされる日を前に、逃亡を決意する。  しかし、それは適うことなく潰え、二人の長い別れの日となった……。  ※表紙はフリー画像を加工したものです。

大嫌いな歯科医は変態ドS眼鏡!

霧内杳/眼鏡のさきっぽ
恋愛
……歯が痛い。 でも、歯医者は嫌いで痛み止めを飲んで我慢してた。 けれど虫歯は歯医者に行かなきゃ治らない。 同僚の勧めで痛みの少ない治療をすると評判の歯科医に行ったけれど……。 そこにいたのは変態ドS眼鏡の歯科医だった!?

処理中です...