心の落とし物

緋色刹那

文字の大きさ
上 下
83 / 314
夏編②『梅雨空しとしと、ラムネ色』

第一話「雨は嫌い」⑵

しおりを挟む
 由良は女性を連れ、従業員用の通用口からLAMPの裏へと出た。表の洗練された街並みとは異なり、雑草が点々と生えているだけの空き地が広がっている。
 地面がぬかるみ、ぐちゃぐちゃになっていたが、通用口の軒先は空色の丸いテントが雨から守ってくれていたため、無事だった。「ボツボツ」と雨粒がテントを叩く音が、止めどなく響いていた。
「庭って、あの空き地のこと?」
「違いますよ」
 女性の問いに、由良はLAMPの裏の壁を指差す。
 そこには二階と屋上へと続く、こげ茶色の鉄骨階段が壁を這うように取り付けられていた。天井には通用口の軒先にあるものと同じ、空色のテントが張られている。
「この上です。行きましょう」
 そう言うと由良は階段を上り始めた。雨の音に混じり、「カン、カン」と足音が響く。
「……本当にこの先に庭なんてあるのかしら?」
 女性は半信半疑になりながらも、由良の後をついて行った。

 先行している由良は二階を素通りし、さらに上を目指して階段を上っていく。
 二階は住居になっているらしく、ドアの横にポストとインターホンが取り付けられている。玄関の軒先には通用口と同じ、空色の丸いテントが張られていた。
「ここは何の部屋なんです?」
 女性が二階を指差し、尋ねる。
 由良は階段を上っている途中で振り返り、「私の家ですよ」と答えた。
「前は別の場所に住んでいたんですけど、店に何かあったらすぐに駆けつけられるよう、引っ越したんです」
「いいですね、雨の中通勤せずに済んで。私も会社に住もうかしら」
「……それは会社の方と相談して下さい」
 やがて二人は階段を上りきり、屋上の塔屋へとたどり着いた。コンクリート造の塔屋で、ところどころに赤錆がついた古めかしい空色の鉄扉が階段に向かって取り付けられている。
 レンガを模した塀が屋上の周りを囲っているため、非常階段からでは屋上の様子をうかがい知ることは出来ない。しかし何やら涼やかな音色が不規則に鳴り響いているのが、塀越しに聞こえていた。
「この音……風鈴?」
 女性は音に気づき、耳を澄ます。
 由良も「えぇ」と頷いた。
「良い音でしょう? "庭"で飾っているんです」
 由良はポケットからアジサイのキーホルダーがついた鍵を取り出し、扉の鍵を開けた。鍵の開いた扉を押すと「キィ」と音が鳴り、開いた。
 塔屋は天井がガラス張りになっており、薄明るかった。見上げると、空から雨が降り注いでくる様が、服を濡らさずとも見られる。
 室内は見通しが良く、空色のプラスチックチェアが二脚、無造作に置かれている。隅には、葉が大きな観葉植物が植木鉢に植えられ、殺風景な塔屋に彩りを添えていた。
「あちらがLAMPの庭です」
 由良は入ってきた扉の先にあるガラスの扉を手で示し、外の光景を女性に見せた。
 そこには青や紫やピンクといった色鮮やかなアジサイが、塀沿いに咲いていた。アスファルトの床から生えているのではなく、一株ずつ植木鉢に植えられている。
 またアジサイの前には、一人暮らしの由良では持て余すほどの量の物干し竿が等間隔で置かれ、それら全てに大量の風鈴が吊るされていた。
 風鈴達は風に吹かれ、雨粒がぶつかるたびに、涼やかな音色を発し、揺れる。女性が塔屋の前で聞いたのは、あれらの風鈴の音色だったのだ。
 女性は屋上とは思えない景色に呆然と見入ったのちに、由良に尋ねた。
「風鈴、多過ぎやしないですか?」
「全部、骨董市やリサイクルショップで買った安物ですけどね。気づいたら無茶苦茶増えてました」
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

とべない天狗とひなの旅

ちはやれいめい
歴史・時代
人間嫌いで悪行の限りを尽してきた天狗、フェノエレーゼ。 主君サルタヒコの怒りを買い、翼を封じられ人里に落とされてしまう。 「心から人間に寄り添い助けろ。これ以上悪さをすると天狗に戻れなくなるぞ」 とべなくなったフェノエレーゼの事情を知って、人里の童女ヒナが、旅についてきた。 人間嫌いの偏屈天狗と、天真爛漫な幼女。 翼を取り戻すため善行を積む旅、はじまりはじまり。 絵・文 ちはやれいめい https://mypage.syosetu.com/487329/ フェノエレーゼデザイン トトさん https://mypage.syosetu.com/432625/

ノイジーガール ~ちょっとそこの地下アイドルさん適性間違っていませんか?~

草野猫彦
ライト文芸
恵まれた環境に生まれた青年、渡辺俊は音大に通いながら、作曲や作詞を行い演奏までしつつも、ある水準を超えられない自分に苛立っていた。そんな彼は友人のバンドのヘルプに頼まれたライブスタジオで、対バンした地下アイドルグループの中に、インスピレーションを感じる声を持つアイドルを発見する。 欠点だらけの天才と、天才とまでは言えない技術者の二人が出会った時、一つの音楽の物語が始まった。 それは生き急ぐ若者たちの物語でもあった。

雪町フォトグラフ

涼雨 零音(すずさめ れいん)
ライト文芸
北海道上川郡東川町で暮らす高校生の深雪(みゆき)が写真甲子園の本戦出場を目指して奮闘する物語。 メンバーを集めるのに奔走し、写真の腕を磨くのに精進し、数々の問題に直面し、そのたびに沸き上がる名前のわからない感情に翻弄されながら成長していく姿を瑞々しく描いた青春小説。 ※表紙の絵は画家の勅使河原 優さん(@M4Teshigawara)に描いていただきました。

託され行くもの達

ar
ファンタジー
一人の少年騎士の一週間と未来の軌跡。 エウルドス王国の少年騎士ロファース。初陣の日に彼は疑問を抱いた。 少年は己が存在に悩み、進む。 ※「一筋の光あらんことを」の後日談であり過去編

瀬々市、宵ノ三番地

茶野森かのこ
キャラ文芸
瀬々市愛、二十六才。「宵の三番地」という名前の探し物屋で、店長代理を務める青年。 右目に濁った翡翠色の瞳を持つ彼は、物に宿る化身が見える不思議な力を持っている。 御木立多田羅、二十六才。人気歌舞伎役者、八矢宗玉を弟に持つ、普通の青年。 愛とは幼馴染みで、会って間もない頃は愛の事を女の子と勘違いしてプロポーズした事も。大人になって再会し、現在は「宵の三番地」の店員、愛のお世話係として共同生活をしている。 多々羅は、常に弟の名前がついて回る事にコンプレックスを感じていた。歌舞伎界のプリンスの兄、そう呼ばれる事が苦痛だった。 愛の店で働き始めたのは、愛の祖父や姉の存在もあるが、ここでなら、自分は多々羅として必要としてくれると思ったからだ。 愛が男だと分かってからも、子供の頃は毎日のように一緒にいた仲だ。あの楽しかった日々を思い浮かべていた多々羅だが、愛は随分と変わってしまった。 依頼人以外は無愛想で、楽しく笑って過ごした日々が嘘のように可愛くない。一人で生活出来る能力もないくせに、ことあるごとに店を辞めさせようとする、距離をとろうとする。 それは、物の化身と対峙するこの仕事が危険だからであり、愛には大事な人を傷つけた過去があったからだった。 だから一人で良いと言う愛を、多々羅は許す事が出来なかった。どんなに恐れられようとも、愛の瞳は美しく、血が繋がらなくても、愛は家族に愛されている事を多々羅は知っている。 「宵の三番地」で共に過ごす化身の用心棒達、持ち主を思うネックレス、隠された結婚指輪、黒い影を纏う禍つもの、禍つものになりかけたつくも神。 瀬々市の家族、時の喫茶店、恋する高校生、オルゴールの少女、零番地の壮夜。 物の化身の思いを聞き、物達の思いに寄り添いながら、思い悩み繰り返し、それでも何度も愛の手を引く多々羅に、愛はやがて自分の過去と向き合う決意をする。 そんな、物の化身が見える青年達の、探し物屋で起こる日々のお話です。現代のファンタジーです。

ユメ/うつつ

hana4
ライト文芸
例えばここからが本編だったとしたら、プロローグにも満たない俺らはきっと短く纏められて、誰かの些細な回想シーンの一部でしかないのかもしれない。 もし俺の人生が誰かの創作物だったなら、この記憶も全部、比喩表現なのだろう。 それかこれが夢であるのならば、いつまでも醒めないままでいたかった。

月は夜をかき抱く ―Alkaid―

深山瀬怜
ライト文芸
地球に七つの隕石が降り注いでから半世紀。隕石の影響で生まれた特殊能力の持ち主たち《ブルーム》と、特殊能力を持たない無能力者《ノーマ》たちは衝突を繰り返しながらも日常生活を送っていた。喫茶〈アルカイド〉は表向きは喫茶店だが、能力者絡みの事件を解決する調停者《トラブルシューター》の仕事もしていた。 アルカイドに新人バイトとしてやってきた瀧口星音は、そこでさまざまな事情を抱えた人たちに出会う。

喫茶店オルクスには鬼が潜む

奏多
キャラ文芸
美月が通うようになった喫茶店は、本一冊読み切るまで長居しても怒られない場所。 そこに通うようになったのは、片思いの末にどうしても避けたい人がいるからで……。 そんな折、不可思議なことが起こり始めた美月は、店員の青年に助けられたことで、その秘密を知って行って……。 なろうでも連載、カクヨムでも先行連載。

処理中です...