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春編①『桜花爛漫、世は薄紅色』
第三話「花見客の失くしもの」⑶
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「何だったんです? 失くした物って」
「トランペットですよ。子供の頃から趣味で吹いていたんです。一時期はトランペット奏者を夢見たこともありました。最終的には安定した職を選び、すっぱり辞めましたが」
男は当時を思い出し、遠い目をして語った。
「でも一度だけ、辞めた後に人前で吹いたことがありました。入社して一年目の花見会の時です。上司や同僚、その家族の前で吹き、大層喜んでもらえました。あの拍手を耳にした瞬間、もう一度トランペットがやりたいという思いが再燃しました」
「そんなに大事なトランペットだったのに、失くされてしまったんですか?」
「えぇ、上機嫌に飲み過ぎました。何処の木の上かは分からないのですが、酔って木に上って、そこからトランペットを吹いていたんですよ。で、ちょうど枝と枝の間にトランペットを挟めそうな隙間があったので、置いてきてしまいました。後から失くしたことに気づいて公園へ探しに行きましたが、何処でトランペットを失くしたのか思い出せず、見つけられませんでした」
ですが、と男は笑った。
「当時は見つけられなくて良かったかもしれません。その花見会が終わってすぐに仕事が多忙になり、趣味にかまけている暇なんて無くなりましたから。自分の好きなことだけをして生きていい期間は終わった……これからは仕事を生き甲斐にしよう、と。以来、トランペットを吹くのが好きなことも、公園で失くしたものがトランペットであったことも、今の今まで全て忘れていました」
「しかし……貴方はトランペットを探しに戻って来ました。何故急に?」
由良に言われ、男は頷いた。
「トランペットのことを忘れた後も、この公園の近くを通るたびに、大事な何かを忘れている気がしてならなかったのです。ずっと探したいと思っていた……でも、今さら探すなんて遅すぎると諦めていました。でも、探す前から諦めるなんて良くないですよね」
男は「探しに行って来ます」と背を向け、走り去っていった。目についた桜を片っ端から見上げ、トランペットが残されていないか確かめる。
男が本当はいくつなのか、本当はいつトランペットを失くしたのかは定かではない。年数次第では、トランペットが見つかる可能性はゼロに近いだろう。公園の桜は不定期に整備されており、もし本当にトランペットを桜の枝と枝の隙間に残してきたのだとすれば、整備の者達が気づかないはずはないのだ。
「中林さん、スピーカー止めていいわよ」
「〈探し人〉さんはどうなりました?」
「失くした物を探しに行ったわ。どうやらスピーカーで流していた曲を聴いて、何を失くしていたのか思い出したみたい」
「それって、私達が〈探し人〉さんのお役に立てたってことですか?」
「そうなるわね」
「やったー! 落とし物、見つかるといいですね!」
中林は呑気に喜び、スピーカーの電源を切った。
男は中林の期待を裏切り、手ぶらで戻ってきた。
しかし何も収穫がなかったわけではなかったようで、その顔は晴れやかだった。
「トランペット、見つけました!」
「取って来なかったんですか?」
「一人では手が届かない高さだったので……椅子か台をお借り出来ませんか?」
キッチンカーのLAMPは持ち帰りのみを受け付けており、椅子の用意はない。踏み台に利用できそうな台も見当たらなかった。
「申し訳ありません。踏み台に出来そうな物はここへは持って来ていないんです」
由良は正直に打ち明けたのち、「なので、」と中林を一瞥し、言った。
「我々が協力しますよ。ね、中林さん?」
「ほえ?」
急に名前を呼ばれ、中林は目をパチクリさせた。
「トランペットですよ。子供の頃から趣味で吹いていたんです。一時期はトランペット奏者を夢見たこともありました。最終的には安定した職を選び、すっぱり辞めましたが」
男は当時を思い出し、遠い目をして語った。
「でも一度だけ、辞めた後に人前で吹いたことがありました。入社して一年目の花見会の時です。上司や同僚、その家族の前で吹き、大層喜んでもらえました。あの拍手を耳にした瞬間、もう一度トランペットがやりたいという思いが再燃しました」
「そんなに大事なトランペットだったのに、失くされてしまったんですか?」
「えぇ、上機嫌に飲み過ぎました。何処の木の上かは分からないのですが、酔って木に上って、そこからトランペットを吹いていたんですよ。で、ちょうど枝と枝の間にトランペットを挟めそうな隙間があったので、置いてきてしまいました。後から失くしたことに気づいて公園へ探しに行きましたが、何処でトランペットを失くしたのか思い出せず、見つけられませんでした」
ですが、と男は笑った。
「当時は見つけられなくて良かったかもしれません。その花見会が終わってすぐに仕事が多忙になり、趣味にかまけている暇なんて無くなりましたから。自分の好きなことだけをして生きていい期間は終わった……これからは仕事を生き甲斐にしよう、と。以来、トランペットを吹くのが好きなことも、公園で失くしたものがトランペットであったことも、今の今まで全て忘れていました」
「しかし……貴方はトランペットを探しに戻って来ました。何故急に?」
由良に言われ、男は頷いた。
「トランペットのことを忘れた後も、この公園の近くを通るたびに、大事な何かを忘れている気がしてならなかったのです。ずっと探したいと思っていた……でも、今さら探すなんて遅すぎると諦めていました。でも、探す前から諦めるなんて良くないですよね」
男は「探しに行って来ます」と背を向け、走り去っていった。目についた桜を片っ端から見上げ、トランペットが残されていないか確かめる。
男が本当はいくつなのか、本当はいつトランペットを失くしたのかは定かではない。年数次第では、トランペットが見つかる可能性はゼロに近いだろう。公園の桜は不定期に整備されており、もし本当にトランペットを桜の枝と枝の隙間に残してきたのだとすれば、整備の者達が気づかないはずはないのだ。
「中林さん、スピーカー止めていいわよ」
「〈探し人〉さんはどうなりました?」
「失くした物を探しに行ったわ。どうやらスピーカーで流していた曲を聴いて、何を失くしていたのか思い出したみたい」
「それって、私達が〈探し人〉さんのお役に立てたってことですか?」
「そうなるわね」
「やったー! 落とし物、見つかるといいですね!」
中林は呑気に喜び、スピーカーの電源を切った。
男は中林の期待を裏切り、手ぶらで戻ってきた。
しかし何も収穫がなかったわけではなかったようで、その顔は晴れやかだった。
「トランペット、見つけました!」
「取って来なかったんですか?」
「一人では手が届かない高さだったので……椅子か台をお借り出来ませんか?」
キッチンカーのLAMPは持ち帰りのみを受け付けており、椅子の用意はない。踏み台に利用できそうな台も見当たらなかった。
「申し訳ありません。踏み台に出来そうな物はここへは持って来ていないんです」
由良は正直に打ち明けたのち、「なので、」と中林を一瞥し、言った。
「我々が協力しますよ。ね、中林さん?」
「ほえ?」
急に名前を呼ばれ、中林は目をパチクリさせた。
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