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冬編①『雪色暗幕、幻燈夜』
第五話「真冬の寂しがり屋」⑴
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『雪ヶ原ー、雪ヶ原ー。お忘れ物のないよう、お降り下さい……』
女子高生は温かな電灯が照らす電車の車内から、薄暗いアスファルトのプラットホームへと降り立つ。
「寒っ」
冷え切った夜風が吹き抜け、首をすくめる。思わず、首に巻いていた雪色のマフラーを口元まで引き上げた。
同じ電車に乗っていた数人の乗客達が足早に改札へ向かう中、女子高生はその場で立ち止まり、去っていく彼らの背中を見送った。
「……私はまだ帰りたくないなぁ」
ハァ、と重く溜め息を吐き、すぐ近くにあったベンチに座る。ずっと外気に晒されていたせいか、プラスチックのベンチは氷の板のように冷え切っていた。
女子高生が降りた雪ヶ原駅は小さな無人駅であるため、雨風や寒さを凌げる待合室はない。売店も何年か前に閉鎖され、今は自販機が一台だけポツンと置かれていた。
女子高生が乗ってきた電車が発車し、線路の先へ去っていく。他の乗客達も駅からいなくなり、女子高生は一人になった。
灰色に曇った夜空を見上げ、白い息を吐く。いっそ雪でも降れば、楽しい気分になるのに、と女子高生は思った。
こうして誰もいないプラットホームにいると、自分だけが世界でただ一人取り残されたような気分になる。しかし不思議と、寂しくはなかった。
駅には電車がある。その気になれば、何処へだって行ける。あの線路が続く先には、まだ見ぬ素敵な出会いが待っているのだ。
「……あの喫茶店、また行きたいなぁ。いっそ、雪ヶ原駅の売店があの喫茶店だったらいいのに」
女子高生はベンチに寝そべると、線路を眺めながら妄想した。
「電車から降りると、喫茶店からコーヒーの香りが漂ってくるの。今月はお小遣いがピンチだから寄らないって決めてたんだけど、私は香りに釣られて、気がつくとお店に入っちゃう。何も頼まずに出ていくのは失礼だから、一番安いホットコーヒーを頼むと、店員のお姉さんが『もうすぐ閉店時間だから、サービス』って、コーヒーに生クリームを添えてくれたりなんかして……」
次第に女子高生のまぶたが重くなっていく。いつもなら、とっくに布団に入っている時間だ。やがて女子高生は寝息を立てた。
彼女の願いが通じたのか、夜の駅には雪が散らつき始めた。そして……もう一つの願いも叶うことになる。
閉店時間になり、由良が看板を店内に引き上げようと外へ出ると、そこは見知らぬ無人駅だった。雪ヶ原という名前に相応しく、駅には真っ白な雪が散らついている。
外に出てみると、LAMPの建物が丸ごと駅の構内に移転されていた。
「……厨房が南極になった次は、店ごと駅に飛ばされるとは。もう驚かんぞ」
南極での一件で耐性がついたのか、由良は冷静に建物を見上げる。もしこの場に中林がいたら、由良はどのような状態になっているように見えていたのだろうか?
「でも、このまま洋燈町に戻れないとマズいな。駅の何処かに、戻るためのヒントでもないかしら」
由良は看板を店内に仕舞うと、手がかりを探しに向かった。駅に置き去りにされないよう、念のためLAMPの入口のドアは開けたままにしておいた。
路線図を確認したところ、雪ヶ原は洋燈駅が始発駅になっている路線の終着駅だった。間に七駅ほどあり、洋燈町まで歩いて帰れる距離ではなかった。しかも、次の電車が来るまで一時間ある。
「これは、〈探し人〉か〈心の落とし物〉を探した方が早そうだな」
その時、プラットホームのベンチから「くしゅんっ」と可愛らしいクシャミの声が聞こえた。
てっきり駅には誰もいないと思っていたので、由良は思わずビクッと肩を震わせた。反射的にベンチを振り向く。
ベンチには、先程まで寝ていた女子高生が起き上がり、寒そうに両腕をさすっていた。寝そべっていたせいで、ちょうど由良には見えなかったらしい。
「うぅ、さむさむ。うっかり寝ちゃってたぁ」
「……い、いたんだ。人」
「ほぇ?」
女子高生も由良に気づき、目を留める。
すると、それまで寝ぼけ眼だった瞳が、パッと見開かれ、女子高生は嬉しそうに立ち上がった。
「あっ、LAMPのお姉さん! まさか、本当に会えるなんて!」
女子高生は温かな電灯が照らす電車の車内から、薄暗いアスファルトのプラットホームへと降り立つ。
「寒っ」
冷え切った夜風が吹き抜け、首をすくめる。思わず、首に巻いていた雪色のマフラーを口元まで引き上げた。
同じ電車に乗っていた数人の乗客達が足早に改札へ向かう中、女子高生はその場で立ち止まり、去っていく彼らの背中を見送った。
「……私はまだ帰りたくないなぁ」
ハァ、と重く溜め息を吐き、すぐ近くにあったベンチに座る。ずっと外気に晒されていたせいか、プラスチックのベンチは氷の板のように冷え切っていた。
女子高生が降りた雪ヶ原駅は小さな無人駅であるため、雨風や寒さを凌げる待合室はない。売店も何年か前に閉鎖され、今は自販機が一台だけポツンと置かれていた。
女子高生が乗ってきた電車が発車し、線路の先へ去っていく。他の乗客達も駅からいなくなり、女子高生は一人になった。
灰色に曇った夜空を見上げ、白い息を吐く。いっそ雪でも降れば、楽しい気分になるのに、と女子高生は思った。
こうして誰もいないプラットホームにいると、自分だけが世界でただ一人取り残されたような気分になる。しかし不思議と、寂しくはなかった。
駅には電車がある。その気になれば、何処へだって行ける。あの線路が続く先には、まだ見ぬ素敵な出会いが待っているのだ。
「……あの喫茶店、また行きたいなぁ。いっそ、雪ヶ原駅の売店があの喫茶店だったらいいのに」
女子高生はベンチに寝そべると、線路を眺めながら妄想した。
「電車から降りると、喫茶店からコーヒーの香りが漂ってくるの。今月はお小遣いがピンチだから寄らないって決めてたんだけど、私は香りに釣られて、気がつくとお店に入っちゃう。何も頼まずに出ていくのは失礼だから、一番安いホットコーヒーを頼むと、店員のお姉さんが『もうすぐ閉店時間だから、サービス』って、コーヒーに生クリームを添えてくれたりなんかして……」
次第に女子高生のまぶたが重くなっていく。いつもなら、とっくに布団に入っている時間だ。やがて女子高生は寝息を立てた。
彼女の願いが通じたのか、夜の駅には雪が散らつき始めた。そして……もう一つの願いも叶うことになる。
閉店時間になり、由良が看板を店内に引き上げようと外へ出ると、そこは見知らぬ無人駅だった。雪ヶ原という名前に相応しく、駅には真っ白な雪が散らついている。
外に出てみると、LAMPの建物が丸ごと駅の構内に移転されていた。
「……厨房が南極になった次は、店ごと駅に飛ばされるとは。もう驚かんぞ」
南極での一件で耐性がついたのか、由良は冷静に建物を見上げる。もしこの場に中林がいたら、由良はどのような状態になっているように見えていたのだろうか?
「でも、このまま洋燈町に戻れないとマズいな。駅の何処かに、戻るためのヒントでもないかしら」
由良は看板を店内に仕舞うと、手がかりを探しに向かった。駅に置き去りにされないよう、念のためLAMPの入口のドアは開けたままにしておいた。
路線図を確認したところ、雪ヶ原は洋燈駅が始発駅になっている路線の終着駅だった。間に七駅ほどあり、洋燈町まで歩いて帰れる距離ではなかった。しかも、次の電車が来るまで一時間ある。
「これは、〈探し人〉か〈心の落とし物〉を探した方が早そうだな」
その時、プラットホームのベンチから「くしゅんっ」と可愛らしいクシャミの声が聞こえた。
てっきり駅には誰もいないと思っていたので、由良は思わずビクッと肩を震わせた。反射的にベンチを振り向く。
ベンチには、先程まで寝ていた女子高生が起き上がり、寒そうに両腕をさすっていた。寝そべっていたせいで、ちょうど由良には見えなかったらしい。
「うぅ、さむさむ。うっかり寝ちゃってたぁ」
「……い、いたんだ。人」
「ほぇ?」
女子高生も由良に気づき、目を留める。
すると、それまで寝ぼけ眼だった瞳が、パッと見開かれ、女子高生は嬉しそうに立ち上がった。
「あっ、LAMPのお姉さん! まさか、本当に会えるなんて!」
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