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冬編①『雪色暗幕、幻燈夜』
第一話「酔客のコイブミ」⑷
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男性曰く、彼女から別れの手紙が送られてきたことにショックを受け、自暴自棄になった彼は、どうにも酒が飲みたくなり、家を飛び出した。
どの居酒屋はまだ開店前で、仕方なく喫茶 懐虫電燈へ転がり込んだ。
由良の祖父は「うちは居酒屋じゃないんだが」とボヤきながらも、男性の悩みを熱心に聞いてくれたという。
「そうしたら、懐虫電燈のご主人が仰ったんです。『諦めきれないのなら、そんな手紙は捨ててしまえばいい。そして彼女を追いかけなさい。君はこんなところで油を売っている場合ではない』ってね」
「おじいちゃん……意外と思い切ったことを言う人だったのね」
「そりゃもう、即答でしたよ。『なぜ悩む必要がある? さっさと行ってこい』と店を追い出されました。それでも私は勇気が出なくて居酒屋を転々として……すると段々、悩んでいることが馬鹿らしくなってきたんです」
男性は手紙を破り捨てると、その足で彼女が住んでいるアパートへ走り、謝った。
「彼女、驚いてました。『貴方は仕事のことばかり考えているから、私のことなんてどうでもいいんだと思ってた』って。どうも、デートの最中もずっと出張のことしかを話していなかったせいで、嫌われてしまったようです。結果的に、懐虫電燈のご主人に言われて謝りに行ったおかげで、僕らは別れずに済みました」
「それは良かったですね」
事の顛末を聞き、由良は手紙を探さなくて済んだとホッとした。
しかし同時に、疑問に思った。
「でも、どうして手紙を探されていたんですか? お二人は別れずに済んだのですから、もう必要ないのでは?」
「いやいや。いくら別れの手紙であろうと、今は亡き大事な妻から送られた、最初で最後の手紙ですから。死ぬ前にどうしても見つけ出したかったんですよ。どうか、懐虫電燈のご主人にお礼を言っておいて下さい。封筒を残していてくれてありがとうございます、と」
そう言って男性は微笑むと、由良の目の前からパッと消えた。
後日、あの男性の孫を名乗る若い女性がLAMPを訪れた。
一週間前に死んだ男性が最後に言い残した遺言に従い、彼がLAMPに置き忘れて行った封筒を受け取りに来たという。
女性は由良が例の封筒を持ってくると、ひどく驚いていた。何度も男性とその彼女の筆跡と、封筒に貼られた切手を見返し、本物かどうか確かめた。
やがて本当に祖母が送った物だと分かると、信じられないと言わんばかりに深く息を吐いた。
「……祖父が息を引き取る直前、突然『洋燈町のLAMPという店に、封筒を取りに行って欲しい』と言われたんです。認知症を患っていたので、本当に封筒があるかどうか半信半疑だったし、たかが封筒なんてわざわざ取りに行くほどの物かなって疑っていました。だけど……実際に、封筒を見て納得しました。これは祖母が祖父に宛てて送った、ラブレターだったんですね」
女性は封筒に書かれた祖父母の名前を愛おしそうに見つめ、穏やかに微笑んだ。
ふと、彼女は由良に尋ねた。
「一体、手紙には何と書かれていたんでしょうね?」
「さぁ……先代からは何も聞かされておりませんので」
由良は手紙の内容が別れ話だったとは明かさず、答えた。
「きっと、どんなに時が経とうとも忘れられない、心に深く残るような言葉が書いてあったのではないでしょうか?」
「だといいんですけど。にしても、そんな大事な手紙を失くしちゃうなんて、本当にドジな祖父ですよね」
女性は何も知らずに、クスクスと笑う。
由良も「そうですね」と、手紙どころか、記憶すらも失くしていた男性を思い出し、フッと微笑んだ。
『雪色暗幕、幻燈夜』第一話「酔客のコイブミ」終わり
どの居酒屋はまだ開店前で、仕方なく喫茶 懐虫電燈へ転がり込んだ。
由良の祖父は「うちは居酒屋じゃないんだが」とボヤきながらも、男性の悩みを熱心に聞いてくれたという。
「そうしたら、懐虫電燈のご主人が仰ったんです。『諦めきれないのなら、そんな手紙は捨ててしまえばいい。そして彼女を追いかけなさい。君はこんなところで油を売っている場合ではない』ってね」
「おじいちゃん……意外と思い切ったことを言う人だったのね」
「そりゃもう、即答でしたよ。『なぜ悩む必要がある? さっさと行ってこい』と店を追い出されました。それでも私は勇気が出なくて居酒屋を転々として……すると段々、悩んでいることが馬鹿らしくなってきたんです」
男性は手紙を破り捨てると、その足で彼女が住んでいるアパートへ走り、謝った。
「彼女、驚いてました。『貴方は仕事のことばかり考えているから、私のことなんてどうでもいいんだと思ってた』って。どうも、デートの最中もずっと出張のことしかを話していなかったせいで、嫌われてしまったようです。結果的に、懐虫電燈のご主人に言われて謝りに行ったおかげで、僕らは別れずに済みました」
「それは良かったですね」
事の顛末を聞き、由良は手紙を探さなくて済んだとホッとした。
しかし同時に、疑問に思った。
「でも、どうして手紙を探されていたんですか? お二人は別れずに済んだのですから、もう必要ないのでは?」
「いやいや。いくら別れの手紙であろうと、今は亡き大事な妻から送られた、最初で最後の手紙ですから。死ぬ前にどうしても見つけ出したかったんですよ。どうか、懐虫電燈のご主人にお礼を言っておいて下さい。封筒を残していてくれてありがとうございます、と」
そう言って男性は微笑むと、由良の目の前からパッと消えた。
後日、あの男性の孫を名乗る若い女性がLAMPを訪れた。
一週間前に死んだ男性が最後に言い残した遺言に従い、彼がLAMPに置き忘れて行った封筒を受け取りに来たという。
女性は由良が例の封筒を持ってくると、ひどく驚いていた。何度も男性とその彼女の筆跡と、封筒に貼られた切手を見返し、本物かどうか確かめた。
やがて本当に祖母が送った物だと分かると、信じられないと言わんばかりに深く息を吐いた。
「……祖父が息を引き取る直前、突然『洋燈町のLAMPという店に、封筒を取りに行って欲しい』と言われたんです。認知症を患っていたので、本当に封筒があるかどうか半信半疑だったし、たかが封筒なんてわざわざ取りに行くほどの物かなって疑っていました。だけど……実際に、封筒を見て納得しました。これは祖母が祖父に宛てて送った、ラブレターだったんですね」
女性は封筒に書かれた祖父母の名前を愛おしそうに見つめ、穏やかに微笑んだ。
ふと、彼女は由良に尋ねた。
「一体、手紙には何と書かれていたんでしょうね?」
「さぁ……先代からは何も聞かされておりませんので」
由良は手紙の内容が別れ話だったとは明かさず、答えた。
「きっと、どんなに時が経とうとも忘れられない、心に深く残るような言葉が書いてあったのではないでしょうか?」
「だといいんですけど。にしても、そんな大事な手紙を失くしちゃうなんて、本当にドジな祖父ですよね」
女性は何も知らずに、クスクスと笑う。
由良も「そうですね」と、手紙どころか、記憶すらも失くしていた男性を思い出し、フッと微笑んだ。
『雪色暗幕、幻燈夜』第一話「酔客のコイブミ」終わり
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