心の落とし物

緋色刹那

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秋編①『紅葉散り散り、夕暮れ色』

第三話「過去のヒト」⑵

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 本場の希少な茶葉を使ったチャイは香りが良く、料理下手な珠緒が淹れたにしては美味だった。
「ごちそうさま。残りのオータムフェス、頑張ってね」
「んー。由良も楽しんでってー」
 由良はLost&Foundを後にすると、その足で言の葉の森へ立ち寄った。
 言の葉の森は瓦屋根の蔵を移築し、リノベーションした古書店である。店内は木の温もりを感じられる落ち着いた雰囲気で、歴史的価値のある古書から近代の古本まで、数多く取り揃えられている。
 言の葉の森もオータムフェスに参加しているらしく、店の前に廃棄寸前の大量の古本が置かれ、リーズナブルな値段で売られていた。
 しかし由良の目的は本を購入することではなく、言の葉の森の店長から紅葉谷秋生について尋ねるためだった。
 店長は古書店の店長を担っているだけあって、本や作家に詳しかった。誰も知らないマイナーな作品にハマっては、共に語り明かせる仲間がいないことに落胆していた。

「……いた」
 先に見つけたのは、店長ではなく紅葉谷だった。
 店の前に置かれた古本を手に取り、何やら悩んでいる。持っていたのは、紅葉の写真集だった。
「買おうかなぁ……でも今月は厳しいんだよなぁ……」
「紅葉谷さん」
「んあ?」
 由良が声をかけると、紅葉谷は気の抜けた顔で振り向いた。先程まで由良を振り回していたことなど、覚えていないようだった。
 〈探し人〉の記憶は元の人間にも継承されるが、それが現実にあったことだと自覚できる人間は少ない。彼もそのタイプだろう、と由良は思った。
「秋色インク、見つかって良かったですね」
 由良は全てを知っている上で、紅葉谷に言った。
 振り回された腹いせに驚かせようと思ったのだが、彼は「それ、なんだったっけ?」と興味なさげに首を傾げた。
「秋色インクですよ。貴方が去年、買いそびれたと思い込んでいた商品……覚えていないんですか?」
 由良は訝しげに眉をひそめる。
 紅葉谷は由良に言われて思い出したのか、「あー」と手を打った。
「そういや、そんなの買ったなぁ。確か、机の上に置いてたんだ。でも、後から詰んでいった本の山に埋もれて、どっか行っちゃったんだよねぇ」
「そんな、もったいない……限定五つだったんですよ? 今年は仕入れてないらしいですし」
「いいよ、別に。どうせインクなんて使わないんだからさ。手書きの時代は終わったんだ。これからはデジタルだけが受け入れられるのさ」
 紅葉谷は皮肉混じりに返し、肩をすくめる。あんなに秋色インクに執着していた人物と同じ男だとは思えなかった。
「そんなことより、これ見てくれないか?! すっごく美しいだろう?!」
 紅葉谷は先程までの態度とは打って変わり、目をキラキラさせて由良の目の前に写真集を突き出した。
 オレンジ、赤、黄色、緑、と、色とりどりの葉を持つ秋の樹木が、深い渓谷を彩っている写真が、表紙を飾っていた。
「日本全国百カ所以上もの紅葉が、この一冊に収められているんだ! しかもこのボリュームで、たった千円! 定価を考えたら、破格の値段だよ!」
「はぁ……」
 由良は紅葉谷の気迫に押され、たじろぐ。
 他の客に怪しまれないよう、本を物色するフリをしながら、紅葉谷に言った。
「そんなに欲しいなら、買えばいいじゃないですか。破格の値段なんでしょう?」
 すると紅葉谷は「そうなんだけどねぇ」と腕を組み、険しい顔で言った。
「いくら破格でも、今月は一銭も無駄に使えないほど逼迫ひっぱくしているんだよ。たかが千円、されど千円。生きるためのかてとするか、より良い創作を育む肥やしとするか……悩みどころだとは思わないかい?」
「全然」
 由良は紅葉谷の悩みをスッパリ切り捨てた。
 ここまでのやり取りから、なんとなく彼が本物の彼ではないと察していた。いつまでも不毛な悩み事に付き合えるほど、今の由良は暇ではなかった。
「どうせ買わなかったら買わなかったで、後から後悔するんでしょう? だったら、買っておけばいいじゃないですか。お金がなくなったら、山積みになっている本を売ればいい」
「えー、売るのは嫌だなぁ。でも買わずに後悔するより、買って後悔した方がいいと見た。僕はこの本を買おう」
 紅葉谷が頷いた瞬間、彼はその場から一瞬で消え失せた。
 彼が持っていた写真集は重力に従い、落下する。危うく地面に叩きつけられるところだったが、すんでのところで由良が反射的に受け止めた。
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