心の落とし物

緋色刹那

文字の大きさ
上 下
19 / 314
夏編①『夏の太陽、檸檬色』

第五話「再び灯ったユメ」⑷

しおりを挟む
 料理を食べ終えると、由良は泣くのをやめ、祖父に言った。
「おじいちゃん。私、本当は何になりたかったのか思い出した。私ね、本当はおじいちゃんと一緒に喫茶店で働きたかったの。おじいちゃんが死んだ後も諦めきれなくて、製菓の専門学校に進学したけど、親に反対されて、大学卒業した後に普通の会社に就職したんだ」
 でも、と由良は真っ直ぐ強い眼差しで祖父を見据え、断言した。
「もう忘れたりなんかしない。やっと見つけ出したこの夢を、捨てたりなんかしない! おじいちゃんがいなくても、私だけでこのお店みたいな……ううん、それ以上に素敵なお店を作ってみせる!」
 祖父は由良の決意を聞くと「そうか」と安心した様子で頷き、由良に背を向けた。そのまま地下室に通じるドアを開き、出て行く。
「ま、待って!」
 由良は慌てて椅子から立ち上がり、祖父を追った。カウンターを回り込み、閉じそうになっていたドアを押し開く。
 開いた先には空間はなく、建物と建物の隙間にある路地裏に通じていた。
「えっ……」
 ドアも安っぽいスチール製に変わり、店内はホコリの臭いが立ち込める元の空きテナントに戻っていた。
 がらんとした店内には椅子も机もなく、照明は割れた剥き出しの蛍光灯に変わっていた。否、と称するのが正しいのかもしれない。
 路地裏に面したドアから外へ出て、表へ回る。懐虫電燈があった場所には、あの空きテナントが建っていた。
「……やっぱり、幻覚だったか」
 由良は空きテナントを見上げ、失笑した。不思議と「騙された」という意識はなく、無性に力がみなぎっていた。
 由良は空きテナントの入り口に貼られていた不動産屋への連絡先をメモし、意気揚々と家に帰っていった。
 街灯が由良の行く道を照らすように、地面に光を落としていた。



「で、次の日に不動産屋に電話してテナント借りて、会社に辞表を出したってわけ。それからどういうわけか、〈探し人〉に気づきやすくなったのよ」
「〈探し人〉が由良さんにそこまでさせるなんて、すごいですね」
 店を閉めた後、由良と中林は秋の新作の試食がてら、由良が初めて〈心の落とし物〉と関わった時の話を聴いていた。
「でも、それって〈探し人〉じゃなくて、店長の〈心の落とし物〉そのものですよね? 自分で自分の〈心の落とし物〉を見つけるなんて出来るんですか?」
「〈心の落とし物〉から目を背けなければね。追い求め、探し続ければ、自ずと見つかるものなんじゃないかしら? まぁ、私以外に見つけた人って会ったことないけど。私が〈探し人〉に気づきやすくなったのも、時期的にそれが原因なんでしょうね」
「私は過去から目を背けていたから、〈心の落とし物〉を見つけられなかったんだ……。でも、日向子さんは? ずっと人形を探していらっしゃったじゃないですか?」
「日向子は人形を忘れてはいなかったけど、わざわざ出向いて探しには行かなかったのよ。仕事が忙しくて、探す時間が取れなかったの。だから、あの子の代わりに〈探し人〉が人形を探しててくれてたってわけ」
「なかなか難しいんですね、〈心の落とし物〉や〈探し人〉を見つけるのって」
「まぁ、わざわざ探すことのないよう、悔いのない生き方をするのが大事なんだけどね」



 新作の試食を済ませると、二人は帰り支度をしてLAMPを出た。
 きちんと戸締りをし、店を見上げる。殺風景だった空きテナントは、懐虫電燈を思わせるレトロな喫茶店へと生まれ変わっていた。
「……おじいちゃん。夢、叶えたよ。これからもっともっと良い店にしていくからね」
 由良は今は亡き祖父と自分自身に言い聞かせ、自宅へと帰っていった。
 夏の夜空に浮かぶ黄金の満月は穏やかに由良を照らし、見守っていた。



(夏編①『夏の太陽、檸檬色』終わり)
(秋編①『紅葉散り散り、夕暮れ色』へ続く)
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

とべない天狗とひなの旅

ちはやれいめい
歴史・時代
人間嫌いで悪行の限りを尽してきた天狗、フェノエレーゼ。 主君サルタヒコの怒りを買い、翼を封じられ人里に落とされてしまう。 「心から人間に寄り添い助けろ。これ以上悪さをすると天狗に戻れなくなるぞ」 とべなくなったフェノエレーゼの事情を知って、人里の童女ヒナが、旅についてきた。 人間嫌いの偏屈天狗と、天真爛漫な幼女。 翼を取り戻すため善行を積む旅、はじまりはじまり。 絵・文 ちはやれいめい https://mypage.syosetu.com/487329/ フェノエレーゼデザイン トトさん https://mypage.syosetu.com/432625/

雪町フォトグラフ

涼雨 零音(すずさめ れいん)
ライト文芸
北海道上川郡東川町で暮らす高校生の深雪(みゆき)が写真甲子園の本戦出場を目指して奮闘する物語。 メンバーを集めるのに奔走し、写真の腕を磨くのに精進し、数々の問題に直面し、そのたびに沸き上がる名前のわからない感情に翻弄されながら成長していく姿を瑞々しく描いた青春小説。 ※表紙の絵は画家の勅使河原 優さん(@M4Teshigawara)に描いていただきました。

瀬々市、宵ノ三番地

茶野森かのこ
キャラ文芸
瀬々市愛、二十六才。「宵の三番地」という名前の探し物屋で、店長代理を務める青年。 右目に濁った翡翠色の瞳を持つ彼は、物に宿る化身が見える不思議な力を持っている。 御木立多田羅、二十六才。人気歌舞伎役者、八矢宗玉を弟に持つ、普通の青年。 愛とは幼馴染みで、会って間もない頃は愛の事を女の子と勘違いしてプロポーズした事も。大人になって再会し、現在は「宵の三番地」の店員、愛のお世話係として共同生活をしている。 多々羅は、常に弟の名前がついて回る事にコンプレックスを感じていた。歌舞伎界のプリンスの兄、そう呼ばれる事が苦痛だった。 愛の店で働き始めたのは、愛の祖父や姉の存在もあるが、ここでなら、自分は多々羅として必要としてくれると思ったからだ。 愛が男だと分かってからも、子供の頃は毎日のように一緒にいた仲だ。あの楽しかった日々を思い浮かべていた多々羅だが、愛は随分と変わってしまった。 依頼人以外は無愛想で、楽しく笑って過ごした日々が嘘のように可愛くない。一人で生活出来る能力もないくせに、ことあるごとに店を辞めさせようとする、距離をとろうとする。 それは、物の化身と対峙するこの仕事が危険だからであり、愛には大事な人を傷つけた過去があったからだった。 だから一人で良いと言う愛を、多々羅は許す事が出来なかった。どんなに恐れられようとも、愛の瞳は美しく、血が繋がらなくても、愛は家族に愛されている事を多々羅は知っている。 「宵の三番地」で共に過ごす化身の用心棒達、持ち主を思うネックレス、隠された結婚指輪、黒い影を纏う禍つもの、禍つものになりかけたつくも神。 瀬々市の家族、時の喫茶店、恋する高校生、オルゴールの少女、零番地の壮夜。 物の化身の思いを聞き、物達の思いに寄り添いながら、思い悩み繰り返し、それでも何度も愛の手を引く多々羅に、愛はやがて自分の過去と向き合う決意をする。 そんな、物の化身が見える青年達の、探し物屋で起こる日々のお話です。現代のファンタジーです。

喫茶店オルクスには鬼が潜む

奏多
キャラ文芸
美月が通うようになった喫茶店は、本一冊読み切るまで長居しても怒られない場所。 そこに通うようになったのは、片思いの末にどうしても避けたい人がいるからで……。 そんな折、不可思議なことが起こり始めた美月は、店員の青年に助けられたことで、その秘密を知って行って……。 なろうでも連載、カクヨムでも先行連載。

ユメ/うつつ

hana4
ライト文芸
例えばここからが本編だったとしたら、プロローグにも満たない俺らはきっと短く纏められて、誰かの些細な回想シーンの一部でしかないのかもしれない。 もし俺の人生が誰かの創作物だったなら、この記憶も全部、比喩表現なのだろう。 それかこれが夢であるのならば、いつまでも醒めないままでいたかった。

託され行くもの達

ar
ファンタジー
一人の少年騎士の一週間と未来の軌跡。 エウルドス王国の少年騎士ロファース。初陣の日に彼は疑問を抱いた。 少年は己が存在に悩み、進む。 ※「一筋の光あらんことを」の後日談であり過去編

狐狸の類

なたね由
ライト文芸
年に一度の秋祭り、神社に伝わるかどわかしの話。 ずっとずっと昔、いつだったか思い出せないほど遠くの昔に狐にさらわれた子供と、神様にされてしまった狐の二人暮らしのものがたり。

月は夜をかき抱く ―Alkaid―

深山瀬怜
ライト文芸
地球に七つの隕石が降り注いでから半世紀。隕石の影響で生まれた特殊能力の持ち主たち《ブルーム》と、特殊能力を持たない無能力者《ノーマ》たちは衝突を繰り返しながらも日常生活を送っていた。喫茶〈アルカイド〉は表向きは喫茶店だが、能力者絡みの事件を解決する調停者《トラブルシューター》の仕事もしていた。 アルカイドに新人バイトとしてやってきた瀧口星音は、そこでさまざまな事情を抱えた人たちに出会う。

処理中です...