心の落とし物

緋色刹那

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夏編①『夏の太陽、檸檬色』

第五話「再び灯ったユメ」⑶

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「おじいちゃん……?!」
 地下室へと続くドアから現れたのは、死んだはずの由良の祖父だった。由良はあまりの衝撃に言葉を失い、立ち尽くす。
 祖父は何食わぬ顔でカウンターに立つと、準備をしながら由良に言った。
「ほら、そんなとこで立ってないで、椅子に座りなさい。決まらないなら、いつものでいいかい?」
「う、うん……」
 由良は祖父に言われるがまま、カウンターの席に座る。
 昔、由良がよく座っていた席だった。幼い頃は自分で座れず、祖父に抱え上げてもらっていたのを覚えている。小学生に上がると自分で座れるようになったが、甘えて祖父に座らせてもらっていた。



 祖父がコーヒーミルのハンドルを回す音を聞きながら、由良は自分が今どういう状況に置かれているのか考えた。
(さっきスマホで見た地図が間違っていて、別の店に入ったのかもしれない。あるいは、誰かが仕掛けたドッキリとか。日向子ならテレビに応募しかねないし、あり得ないことはない……)
 様々な可能性を考え、最終的に由良が「これだ」と思った結論は、至ってシンプルだった。
(……きっと、幻覚を見てるんだわ。最近働き詰めだったし、疲れが溜まってるのかも。よりにもよって、おじいちゃんの幻覚を見るなんて……しばらく有給取って、休もうかな)



「はい、お待たせ」
 考えがまとまったタイミングで、祖父が木のトレーに乗せた「いつもの」を出した。由良はそれらを見て、再度言葉を失った。
 木のトレーに乗っていたのは、アイスのウィンナーコーヒーと、メイプルシロップがたっぷりかかったパンケーキだった。由良は昔よく懐虫電燈で食べていたおやつそのままで、皿、フォーク、ナイフ、コップ、ストローに至るまで、何もかも一致していた。
(同じだ……私が食べてたおやつと全く一緒! 本当にこれも幻覚なの?)
「さぁ、冷めないうちにお食べ」
 祖父はパニックになっている由良に構わず、笑顔で促す。
 由良は半信半疑で手を合わせ、「……いただきます」とコーヒーへ手を伸ばした。
 コーヒーは縦長の透明なガラスのコップに入っており、中に入っているコーヒーと氷が透けて見えた。結露し、コップに水滴がついている。
(……これも幻覚なんだよね? VRみたいに、実際には存在しないのよね?)
 由良は手がコップをすり抜けるのを覚悟し、コップを握った。
 すると、ひんやりとした硬質なコップの触感と、水滴で手が濡れる感覚がはっきりと伝わってきた。まさしく、本物だった。
「嘘……」
 由良は慌ててストローでコーヒーを飲んだ。子供でも飲める、ほどよい苦味と、クリームの甘さが混ざり合い、子供の頃に飲んでいたそのままの懐かしい味がした。
 パンケーキもふかふかで、ナイフを通して柔らかさが伝わってきた。口へ入れると、生地の甘さとメープルシロップの甘さが口いっぱいに広がり、幸せな気分になった。
 気がつくと由良は無我夢中でウィンナーコーヒーとパンケーキを口へ運んでいた。忘れていた何かを急いで補うように食べ、胃も心も満たした。
 次第に目に涙が浮かび、視界が歪んだ。止めどなくあふれてくる涙が料理にこぼれないよう、袖で何度も目元を拭う。見かねた祖父がハンカチを取り出し、由良の涙を拭いてやった。
「由良、美味しいかい?」
「うん……うん……」
 由良は何度も頷き、ハンカチで涙を拭ってくれている祖父の手に触れた。
 痩せて骨張った大きな手は、とても温かかった。
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