贄原くんと3匹の鬼

緋色刹那

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第15.5話(第2部 第4.5話)「幽空の過去〈鳥に憧れた少年〉」

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「……紫野ノ瑪、遅いね」
 朱禅は何杯目か分からない玄米をむさぼり、呟く。
 既に食事を済ませた羅門は、「知らね」とそっけなく返した。
「浄化されるのが嫌で、逃げ出したんだろ? 今頃、村を出てるかもな」
「そんな……兄ちゃんじゃあるまいし、紫野ノ瑪は俺達を置いて行きやしないよ。ね、偽紫野ノ瑪?」
 朱禅が問うと、紫野ノ瑪の分身は漬物をポリポリ食べながら頷いた。
「おつけものおいひい」
「ほら、偽紫野ノ瑪も"そうだぞ"って言ってる」
「言ってねぇよ。呑気に漬物食ってるだけじゃねぇか」
「きっと、祈祷師の家がものすごぉーく遠いんだよ。だから紫野ノ瑪も帰りが遅くなってるんだ。そうだよね、偽紫野ノ瑪?」
 紫野ノ瑪の分身はご飯を食べながら、再び頷いた。
「げんまいうまうま」
「ほらぁ~」
「だから、言ってねぇって」
 その時、部屋の外から使用人が声をかけてきた。
「祈祷師様がご到着されました。お客様の食事がお済みになりましたら、浄化の儀に入らせていただきます」
「え?」
 朱禅は目を白黒させる。紫野ノ瑪の気配はしない。
「逃げたな」
 羅門は「してやったり」とばかりに、ニヤつく。
「逃げてない! ……たぶん」
 朱禅は自信なさげに、目をそらす。
 残りのご飯にみそ汁をかけ、一気にかっ込んだ。紫野ノ瑪の分身も朱禅の真似をし、ご飯にみそ汁をかけて飲み干した。
「なんだ、お前も紫野ノ瑪を疑ってるんじゃねぇか」
「だって紫野ノ瑪と知り合って、まだひと月しか経ってないんだよ? 見返りもないのに、わざわざ俺達のために戻って来ると思う?」
「……思わねぇな。は、戻ってこねー前提で動く」
「でしょ?」
「げぷぁ」
「俺も逃げっかなぁー。朱禅、後は任せた」
「兄ちゃん……?」
「冗談だって。そんな怖ぇ顔すんなよ」
「おつゆ、うまうま」
 その後、紫野ノ瑪は羅門と朱禅の読みどおり、浄化の儀が始まっても戻って来なかった。

     ◯

 幽四郎の母、ハタは畑から家に帰る道中、聞こえるはずのない声を聞いた。
「……ッ! ……ッ!」
(……? 変だね、幽四郎の声がする)
 空耳かと思ったが、共に畑仕事へ出ていた幽四郎の弟妹も騒ぎ出した。
「おっかあ、四郎兄の声がするよ!」
「遠くからじゃないよ! お空から聞こえるよ!」
 言われるまま、夕日で不気味なほど赤くそまった空を見ると、背中に白い翼を生やした幽四郎が飛んでいた。
「母さん! 夕五郎ゆうごろう! タエ!」
 幽四郎は三人を見つけると高度を下げ、彼らの前に現れた。着物のすそから先はなくなっていた。
 ハタと幽四郎の弟妹は呆然と、幽四郎を見上げた。
「見てみてぇ! 行商のおばあさんに頼んで、足と交換してもらったんだよぉ! 地面には降りられなくなっちゃったけど、これでみんなの手伝いができるねぇ!」
 弟妹は怯え、ハタの背後へ隠れる。
 ハタも恐怖を押し殺し、諭すように幽四郎に言った。
「何を言ってるんだい、幽四郎。お前は何もしなくていいって言っただろ? 今までどおり、家の中で大人しくしていておくれ」
「でも……」
「そんな姿を、よそ様に晒すなって言ってるんだよッ!」
「ッ?!」
 ハタはこらえていたものを吐き出すように、怒号を上げた。
 豹変した母に、幽四郎の笑顔が凍りつく。まるで別人だった。
「ど、どうしたの母さん? 僕が外に出られるようになって、嬉しくないの?」
「嬉しいはずないだろ?! 今までだって、お前の呪いとやらのせいで村八分にされてきたんだ! 出稼ぎに行ったお前の父さんと夕太郎も、"居心地が悪い"と帰ってこなくなった! 全部、お前のせいなんだよ!」
 ハタはそれまでこらえてきたものを吐き出すように、幽四郎に当たった。弟妹も、幽四郎を責めるように睨んでくる。
 幽四郎は悲しかった。家族を想って翼を手に入れたのに、喜んではくれなかった。それどころか、心の中では幽四郎を恨んですらいた。
(僕……間違ったことをしちゃったのかなぁ? 母さんの言うとおり、家に閉じこもってた方が良かったのかなぁ?)

     ◯

「そんな妖怪みたいな格好してたら、もっと酷い目に遭うかもしれないだろ?! 母さんが取ってやるから、大人しくしてな!」
 ハタは幽四郎の片翼をつかむと、力づくで引きちぎろうとした。
「痛っ! やめて! やめてよ!」
「うるさい! この村を追い出されたら終わりなんだ! お前も追い出されたくなかったら、言うこと聞きな!」
 弟妹も「そうだ、そうだ!」と、もう一方の翼へ石を投げる。
 実体化しているためすり抜けず、石が当たるたびに鈍い音がした。時折、幽四郎の頭や体にも当たった。
「四郎兄のせいで、タミ姉は好きな人と結婚できなかったんだからね!」
「次郎兄だって、そうだ! 本当は町で働きたいのに、僕達のために我慢して残ってくれてるんだぞ!」
 そこへ、家からいなくなった幽四郎を探していた夕次郎と姉のタミが駆け寄ってきた。
「三人とも、何をしてるんだ?!」
「その化け物……まさか、幽四郎?!」
 二人も変わり果てた幽四郎の姿を見て、絶句する。
 立ち尽くす二人に、ハタが声を荒げた。
「なにボーッと突っ立ってんだい?! お前達も手伝いな!」
「でも、幽四郎が痛がってますよ?」
「だったら、なんだい?! これ以上、ここでの生活が苦しくなってもいいのかい?!」
「っ!」
 夕次郎とタミはハッとした。
 幽四郎と、自分達の暮らし……選ぶのは簡単だった。夕次郎は母と共に翼をつかみ、タミは幽四郎をはがいじめにした。
「兄さん、姉さん?!」
「幽四郎、お前が悪いんだぞ。お前が余計なことをしなければ……!」
「そうよ! 私達だって、ホントはこんなことしたくないんだから!」
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