贄原くんと3匹の鬼

緋色刹那

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第15.5話(第2部 第4.5話)「幽空の過去〈鳥に憧れた少年〉」

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 鳥が飛んでいた。
 縁側に腰かけ、夕暮れを眺めていた少年の頭上を、鳥が飛んでいた。
 鳥は燃えるような夕日に向かって、どこまでもどこまでも飛んでいく。あのまま山を越え、谷を越え、少年が一生見ることのない景色をたくさん見るのだろう。
「いいなぁ……僕も鳥になりたい。鳥になって、どこへでも自由に行ける翼が欲しい。そうすれば、僕も兄さんや姉さんのように働きに出られるのに。こんな……なんの役にも立たない足なんて、いらないのに」
 少年は寂しげに目を伏せ、足をさする。少年の足は病的にやせ細り、歩くための筋肉を備えていなかった。
 少年は生まれつき、歩くことができなかった。
 這って移動するのがやっとで、両親や他の兄弟のように外で働くことができず、一日中家にこもりきっていた。他の村人達からは腫れもののように扱われ、家族だけが少年を守ってくれた。
「……そろそろ、部屋に戻ろうかな」
 少年が奥へ引っ込もうとしたその時、「もし、」と見知らぬ三人組に声をかけられた。
「ごめんください。旅の者ですが、一晩泊めていただけないでしょうか?」
「え?」

     ◯

 少年に声をかける数十分ほど前、紫野ノ瑪、羅門、朱禅は、山の中を歩いていた。日は傾き、じきに暮れようとしている。
 紫野ノ瑪は沈みゆく夕日を見つめ、重く息を吐いた。
「はぁ……今日も野宿ですか。実家の畳と布団が恋しいです」
「贅沢言うな。これだからボンボンは困る」
「このあたりは宿もないし、諦めたほうがいいかもね。ちょっと行けば人間の村があるけど、閉鎖的なとこみたいだし、泊めてくれるかどうかは分かんないかな」
「テキトーに空き家見つけて、泊まればいんじゃね?」
「なりません! いくら姿が見えないと言えど、好き放題振る舞っては!」
「じゃあ、野宿するか?」
「それは……ぐぬぬ……」
 紫野ノ瑪は思わず、頭を抱える。
 旅を始めたばかりの頃は、
「星がよく見える」
 と、野宿するたびに喜んでいた。
 だが、寝ている間に他の異形に襲撃されたり、虫や小動物が落ちてきたりなど、屋外ならではのハプニングに遭い続けた結果、
「屋内じゃないと寝ない! 畳と布団があれば、なお良し!」
 と豪語するまでに変貌してしまった。
 旅の先輩である羅門と朱禅は、鬼になる前から野宿に抵抗がない……どころか、宿ため、紫野ノ瑪が野宿を嫌がる気持ちをよく分かっていなかった。
「……わかりました。一か八か、その村へ行ってみましょう。最悪、馬小屋でも構いません」
「仕方ねぇなぁ」
「いいの?! 馬小屋で?!」
 三人は紫野ノ瑪の案に乗り、村へ立ち寄ることにした。
 怪しまれないよう、人間に化け、ツノを隠す。紫野ノ瑪も訓練の末、ツノを隠せるようになっていた。
 やがて村が見えてきた。小さな集落で、数えられるほどの家しかない。
 村の入口には大きなカゴを背負った、行商の老婆が立っていた。
「お兄さんら、何かいらんかね? カッパの皿、天狗の翼、九尾の狐の尾……いろいろ揃っとるよ」
 羅門はニヤニヤしながら尋ねた。
「鬼のツノはあるかい?」
「あるとも。ほれ」
 老婆はカゴの中へ手を突っ込み、差し出す。似ているが、牛のツノだった。
「婆さん、売る相手を間違えたな。騙すなら、もっとバカそうなヤツにしねぇと。こいつとか」
 羅門は隣にいた紫野ノ瑪を指差す。
 紫野ノ瑪は「失礼な」と羅門を睨んだ。
「すみません、我々には必要ありません。他を当たってください」
 三人は老婆と別れ、村へ入る。
 老婆は紫野ノ瑪をジッと見つめ、ニタリと不気味に笑った。
「綺麗な男だねぇ。あの髪、あの顔、あの体……奪ってやろうか?」

     ◯

 三人は村に入ってすぐ、縁側に腰かけている少年を見つけた。
 羅門は口が悪く、朱禅は大柄で威圧感がある。少年を怖がらせないよう、一番まともに話ができそうな紫野ノ瑪が声をかけることになった。
「ごめんください。旅の者ですが、一晩泊めていただけないでしょうか?」
「え?」
 少年は驚いた様子で、顔を上げる。急な来客に驚いたというより、他人から話しかけられたことに驚いているようだった。
 少年は緊張して、しどろもどろになりながらも答えた。
「え、えっと、泊めてあげたいのは山々なんだけど、僕が勝手に決めるわけにはいかないから……。もうすぐ、母さんか兄さんが帰ってくるはずだから、それまで待っててもらってもいい? ですか?」
「分かりました。では、待たせてもらいますね」
 少年は畳を這い、来客用の座布団を三枚持ってくる。縁側に並べ、「どうぞ」と三人にすすめた。少年の手や腕はすれて、傷ができていた。
「お茶でも出せたら良かったんですけど、僕じゃ淹れられなくって……ごめんなさい」
「構わねぇよ」
「座布団、持ってきてくれてありがとね」
 羅門と朱禅は何食わぬ顔で腰を下ろす。
 紫野ノ瑪もしばらく立ち尽くしていたが、恭しく座布団の上に座った。
「君は……歩けないのですか?」
「うん、生まれつきね。だからみんなは働きに出てるけど、僕だけ留守番なの」
「すみません、一人で持ってこさせてしまって。大変だったでしょう?」
「気にしないで! 三人はお客さんなんだから!」
 「そうだ!」と少年は目を輝かせた。
「お兄さん達の旅のお話を聞かせてよ! 僕、この村から出たことないから興味あるんだぁ」
「いいですよ」
「俺は寝る。あとは頼んだ」
「えー? 兄ちゃんもおしゃべりすればいいのにー」
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