贄原くんと3匹の鬼

緋色刹那

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第13話(第2部 第2話)「新入生ハント」

壱:新しい朝

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「蒼劔君、おやすみー」
「あぁ。おやすみ」
 始業式、前夜。
 陽斗は明日に備えて、早めに就寝することにした。一分も経たないうちに、寝息を立て始める。
「……外は異形だらけだというのに、相変わらず寝つくのが早いな」
 蒼劔は呆れつつも、陽斗の寝顔を覗き込む。警戒心のカケラもない幸せそうな寝顔に、自然と口元が緩んだ。
 そこへ、コンコンと外から窓を叩かれた。
「あーおーいーくぅーん。あーそーぼー」
「……」
 見ると、乱魔が満面の笑みで窓の外に立っていた。
 緩んでいた蒼劔の表情が、一気に引き締まる。やれやれと立ち上がり、刀を左手から抜いた。
「はぁ……お前は毎日のように来るな。他にすることはないのか?」
「ないよ? 僕の使命はアオイ君を倒すことだもの」
 乱魔は小首を傾げる。
 右手から桜色の大剣を抜き、構えた。
「早く出て来なよ。僕が結界を破壊する前にさ」
「……ったく」
 蒼劔は窓をすり抜け、乱魔に斬りかかる。
 それを乱魔は大剣で受け止め、近くの空家へ流した。蒼劔は空家の屋根瓦を破壊しつつ、着地する。
 刀を構え直した頃には、乱魔が眼前まで迫っていた。
「いいねェ! そうこなくっちゃ!」
 乱魔はイカれた笑みを浮かべ、斬りかかってくる。
 蒼劔は怒りを込め、叫んだ。
「こンの、戦闘狂が!」

     ◯

 蒼劔が飛び出していった後、陽斗の部屋の窓から丈の短い着物姿の子供が現れた。素足に下駄を履いている。
 アルミホイルを折って取り付けたような、妙に光沢のある銀色の髪と目をしている。中性的な顔立ちで、男か女か判別がつかない。
 どこか作り物めいた雰囲気で、人の形をしているはずなのに、人の気配がしなかった。
「……」
 子供は窓から陽斗の部屋へ降り立つと、寝ている陽斗のそばへ、ちょこんと正座した。
 そして夜ごと蒼劔がしているように、朝まで静かに陽斗を見守った。

     ◯

 日が昇っても蒼劔は戻らず、やがて陽斗が起床する時間になった。
「蒼劔君、おはよ……って、誰?!」
「……」
 着物の子供は陽斗の顔をジッと見つめるばかりで、口をつぐんでいる。
「君、どこの子? どっから入ってきたの?」
「……」
 陽斗が恐る恐る尋ねると、着物の子供は黙って窓を指差した。
「窓? 外から入ってきたってこと?」
「……」
 着物の子供はフルフルと首を振る。
 そこへ蒼劔が窓をすり抜け、戻ってきた。夜通し乱魔と戦っていたせいで、すっかり疲弊している。
「陽斗、起きたか」
「蒼劔君、大変! 知らない子がいる!」
「知らない子……?」
 蒼劔は着物の子供を見て、「あぁ」と答えた。
「そいつは飯沼の式神のおキョウだ。春休みにお前と黒縄を鏡の世界へ引き込んだ、雲外鏡だよ。爪痕に妖力を与えられたせいで、力が高まって人型になったらしい。俺が乱魔の相手をしている間、お前の護衛を任せていたんだ」
「へぇー! あの姿見がこの子なの?!」
 陽斗は改めて、おキョウを確認する。
 言われてみると、彼(彼女?)の髪や目、服は鏡でできているようにも見えた。
「まだ話すのは苦手だが、こちらの言っている意味は理解している。そのうち話せるようになるだろう」
「そっかぁ。早く喋れるようになるといいね」
 陽斗はおキョウの頭をなでる。表面がツルツルとして、ひんやり冷たかった。
 おキョウはされるがままで、正座の状態から動こうとしなかった。
「おキョウ、いる?」
「あ、飯沼さん。おはよー」
 そこへ制服を着た飯沼が玄関のドアを開き、顔を覗かせた。前日に美容院へ行ってイメチェンし、おさげ髪からウルフカットに変わっている。
 飯沼は春休みでの一件以来、空き部屋だった陽斗の隣の部屋に住んでいる。最初は節木荘に彼女がいるのが不思議で仕方なかったが、今では朱羅と協力して食事の準備をするなど、すっかり馴染んでいた。
「髪、似合ってるね」
「ありがとう。毎朝結ぶ手間が省けて助かってるわ」
「支度済ませたら行くから、外で待ってて」
「うん。おキョウ、行くわよ」
 飯沼は正座したままのおキョウを抱え、廊下へ連れて行く。
 陽斗はドアが閉まったのを確認し、制服に着替えた。
「ところで、おキョウちゃんって男の子? 女の子?」
「さぁ……どっちでもいいんじゃないか? 異形は割と、性別不詳な奴が多いぞ」
「ふーん」

     ◯

 食卓では、既に黒縄と五代が朝食を取っていた。
 ザ・日本の朝ご飯な、白米、漬け物、焼き魚、卵焼き、納豆、味噌汁が並んでいる。
 二人は春休みでの一件について話していた。
「にしても、黒縄氏が学校に行きたいと思ってたとは意外でやんしたねぇ」
「違ェよ。アレは爪痕の嫌がらせだ。俺はあんなガキくせェこと望んじゃいねェよ」
「え~? ホントでござるかぁ~? 結構楽しんでたみたいでやんしたけどぉ?」
「勝手に記憶を覗いてンじゃねェ!」
 五代に茶化され、黒縄は憤慨する。
 結局、黒縄は鏡の世界から出るまで催眠が解けなかった。自分の意志では学校から出ようとせず、正気を取り戻した不知火がやむなく術で拘束し、連れ帰ったのだ。
 遅れて来た陽斗達も席につき、話に加わった。
 おキョウは飯沼の膝の上に座り、食べさせてもらっている。「自分で食べるのは、まだ練習中なの」と飯沼は言っていた。
「黒縄君、クラスの人気者だったんだよ! 本当にうちの生徒になっちゃえばいいのに」
「ンな目立つこと出来っか! 今も術者連中が俺を血眼になって探してンだ、無闇な外出は避けた方がいい」
「黒縄はともかく、不知火まで引き込まれたのは意外だったな。"懐かしい顔を見たから"と言っていたが……」
 蒼劔は不知火が鏡の世界へ引き込まれるまでの経緯を思い返し、眉をひそめた。
 不知火曰く、彼もまたおキョウが映し出した幻影に誘われ、鏡の世界へ引き込まれたらしい。しかし誰の幻影を見たのかまでは、頑なに明かそうとはしなかった。
「おキョウも"その人が一番望んでいるもの"を映しただけで、何が映っていたのかまでは知らないみたい」
「オイラのリサーチでも分からなかったぽよ。あの目白氏を引き込むって、相当のモンっしょ? 超知りてェェェ!!!」
「だから教えなかったのではないですか? ご自分の弱点になりますからね」
 五代は白目を血走らせ、叫ぶ。
 それに対し、朱羅は冷静に指摘した。彼はある意味この中で一番、不知火を冷静に分析できていた。
「不知火先生が思わず飛びついちゃうものかぁ……何だろうね?」
 陽斗は箸で納豆を混ぜながら、不知火が惹かれたものがなんなのか考えた。
 不知火と付き合いの長い蒼劔と黒縄も「うーん」と考え込む。つかめない性格ゆえに、すぐには答えが出なかった。
「新しい魔具か、魔具の素材か?」
「丈夫な実験体じゃね? 欲しがってただろ?」
「眼鏡はどうでしょう? 予備はいくらあって困らないと聞きますし」
「オイラは、廃盤になったグッズー!」
「「貴様(テメェ)には聞いてない」」
 その後も不知火が飛びつきそうな物や人を言い合ったが、決定的な答えは出なかった。
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