贄原くんと3匹の鬼

緋色刹那

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第3.5話「成田、塾へ行く」

肆:代返くん

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 阿部は小柄な男子生徒、代返くんに代返を頼んだ後の経緯を成田に話した。
「僕はあいつに代返を頼んだ後、真っ直ぐ家に帰った。やりたいゲームがあったからね。その日は1日中家でゲームをして過ごしたよ。うちの親は共働きで、誰にも邪魔されずにゲームに没頭できた。ところが、」
 途端に阿部の顔色が悪くなる。当時のことを思い出し、その恐怖が蘇ったらしい。
「夕方に家に帰ってきた母親は、僕のことが見えていなかったんだ。目の前に立っていても話しかけても無視される。最初は怒っているのかと思ったよ。代返がバレてさ。でも、違った。僕が塾から帰る頃に、あいつが……代返くんがうちに来たんだ。インターホンも押さず、勝手にドアを開けて入ってきた。その時、あいつは何て言って入ってきたと思う?」
「な、何て言ったんだ?」
 成田は阿部に聞き返した。明確な答えは思いつかなかったが、薄々嫌な予感がしていた。
 阿部は重く口を開き、答えた。
「……“ただいま”って言ったんだよ。さも自分の家かのようにさ。そのまま靴を脱いで、家に上がってきた。僕は驚いて、動けなかったよ。今朝知り合ったばかりのやつが、急に我がもの顔で家に入ってきたんだぞ? それなのに母さんはあいつを見るなり“おかえり”って言ったんだ。いつも僕に言うようにね。しばらくして帰ってきた父さんも僕のことは見えなかった。それどころか、あいつのことを“アキラ”って呼んで、僕だと思い込んでた。きっと意地の悪いイタズラだと思い込もうとしたけど、3人が仲良く夕食を食べている姿を見ているうちに嫌気が差して、家を飛び出した」
「他のみんなも同じよ。家に帰ったらあいつがいて、自分の代わりをしていたの。最初から私があいつだったみたいに。昔のアルバムの写真も、あいつの顔に変わってたわ」
 共に話を聞いていた園田が暗い面持ちで呟く。
 他の受講生達も皆、悲しげにうつむいていた。中には涙を流している者もいる。
「警察には行ったのか? 学校の先生とか、友達とかは?」
「……家族と同じだったよ。誰も僕達の姿は見えていなかった。声をかけても無視されるし、肩を叩いても気づかない。家には戻りたくなかったから、公園や建物で寝泊りしていたよ。食べ物も、最初のうちはお金を払ってたけど、かえって店の人を混乱させるから、こっそり拝借していた。そうして街をさまよい、誰でもいいから見える人を探しているうちに、同じように仲間を探していたみんなと会ったんだ」
 阿部は皆に視線をやり、微笑む。暗い面持ちだった受講生達はほんの少しだけ安堵し、頷き返した。
「僕達はお互いに励まし合いながら、元に戻る方法を探した。スマホは使えなくなってたから、ネットカフェに忍び込んでパソコンで調べた。そこで、ある都市伝説を知ったんだ」
「それが代返くんってやつか」
 阿部は頷き、代返くんについて成田に教えた。
「代返くんは相手の名前を知り、代返することで、その人物に成り代わる妖怪らしい。各地の塾を転々としていたそうだけど、最近はこの節木町でよく目撃されてるそうだよ。元は人間で、生きていた頃は僕達と同じ高校生で、受験のために塾へ通ってた。だけど、たまたま代返を頼んだことが講師にバレたせいで塾をやめさせられて、志望校に落ちてしまった。代返くんは自分が落ちたのを“塾をやめさせられたせいだ”と思い込み、塾への復讐心から妖怪になった」
「そんな妖怪がいるなんて、知らなかったな……やってることはえげつねぇけど、結構可哀想なやつじゃん」
「生きてた頃はね。その話を信じるか信じないかはともかく、今はあいつに同情する気持ちにはなれないよ」
「同感ね」
 阿部に続き、園田も大きく頷く。受講生達も皆、同じように代返くんを恨んでいるらしい。
「それで、元に戻る方法は? もしくは、代返くんを追っ払う方法とかは?」
 一同は口を閉ざし、視線をそらした。
 ややあって阿部が代表して答えた。
「……ない。サイトには代返くんの情報が載っていただけで、対処法までは書いてなかった。他のユーザーにも聞いてみたけど、誰も知らなかった。もう……僕達にはどうすることも出来ない」
「マジかよ……」
 成田はこれまで培ってきたオカルトの知識を総動員し、彼らが元の生活に戻れそうな方法を模索した。
 だが、いずれも決定打に欠けていた。もし自分の知識をもってしても彼らを元に戻せなかったら、無闇に期待させてしまうだけだと分かっていた。
 それでも、このまま彼らを見捨てることはできなかった。
「……俺が明日までになんとかする。だから、もう万引きなんてすんな! 元に戻ったら、ちゃんと店の人に謝ってこいよ?」
「なんとかって……具体的にどうするの?」
 園田は疑いの目で成田を見る。他の受講生達も、成田を信じ切ってはいないようだった。
 成田にも確証はなかったが、少しでも彼らを安心させようと言った。
「実は俺、オカルトに詳しくてさ……会員制のオカルトサイトとか、オカルト仲間とか結構いんだよ。もしかしたら、表では出回ってない情報も手に入るかもしれねぇ」
「ほ、本当か?」
「あぁ。この世に倒せねぇ妖怪はいねぇ……絶対に方法を見つけてくるから、それまで待っててくれ!」
 じゃっ、と成田は軽く手を上げて彼らに別れを告げると、自宅へ急いだ。夜道は暗く、人気がなかった。
 夏の夜は蒸し暑く、少し走っただけで全身汗だくになった。
「くっそー。こんなことなら、チャリで来れば良かった」
 園田を追いかけた際の疲労が未だに溜まっているのか、成田は駅前まで戻ってきたところで息を切らし、横断歩道の前で立ち止まった。
 彼の自宅まではあと1キロメートルほど距離があった。
「夜にマラソンとは余裕だな、成田」
「げっ」
 聞き覚えの声を耳にし、横を向くと、今1番会いたくない遠井がいた。塾に来る際は制服を着ているが、今は白のポロシャツと空色の半ズボンを履いている。
 成田は遠井を見て、あからさまに顔をしかめた。
 しかしすぐに彼が自転車に乗っていることに気がつくと、「うっそ、マジか!」と目を輝かせ、後ろの荷台に腰を降ろした。
「お、おい! 自転車の2人乗りは違反だぞ?!」
 遠井は柄にもなく焦り、成田を降ろそうとしたが、成田は両手で荷台にガッチリつかまっていた。
「緊急事態だから、いいんだよ! 今すぐ俺をうちまで送ってくれ! 違反されたくないなら、人目を避けて通ればいい!」
「……俺は関係ないからな」
 遠井は恨めしそうに成田を睨むと、ペダルを漕ぎ出した。
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