贄原くんと3匹の鬼

緋色刹那

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第5話「節木高校七不思議」

拾参:憑依の恐怖

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 陽斗は階段の踊り場から1階を見下ろし、「ひっ」と悲鳴を上げた。
 1階の廊下には生徒の霊がこちらを見上げ、隙間なく整然と並んでいた。薄暗い闇の中、大勢の生徒達が無表情で立っている光景は不気味だった。
 その中には成田と神服部の姿もあった。2人とも霊達の列に紛れ、呆然と立ち尽くしている。
「成田君! 神服部さん!」
「待て、陽斗! そいつらは……!」
 陽斗は蒼劔の制止を振り切り、成田と神服部の元へ駆け寄った。
 周囲の霊達は陽斗が身につけている水晶の効果で後ずさり、陽斗を避ける。目の前で走っていく陽斗を、感情のない目でジッと見つめていた。
「しっかりして、成田君! 早く逃げないと危ないよ!」
 周りの霊達から注目される中、陽斗は成田の肩をつかみ、必死に呼びかける。
 何度か肩を揺すると、成田はおもむろに顔を上げた。
「た……助けてくれ。俺は殺される……あの頭のおかしい女に、殺されちまうんだ!」
 成田は怯えた様子で陽斗にすがりつき、助けを乞う。 
 隣に並んで立っていた神服部も大粒の涙を流し、その場でへたり込んだ。
「もういや! 誰か、ここから出して! 私を1人ぼっちにしないでよーっ!」
 長い髪を両手でぐしゃぐしゃとかき乱し、床に突っ伏す。
 2人とも、明らかに異常だった。この状況に混乱しているというより、何か別のことに怯えているようだった。
「2人とも、どうしちゃったの? 何か嫌なことでもあったの?」
 次の瞬間、成田の頭に向かって勢いよくハリセンが振り下ろされた。「パァンッ!」と小気味良い音が廊下に響き渡った。
 ハリセンに頭を叩かれた成田は力が抜けたように床に倒れる。続けて神服部もハリセンで頭を叩かれ、意識を失った。
 陽斗が背後を振り返ると、蒼劔がハリセンを手に立っていた。
「蒼劔君! どうして2人を?!」
「こいつらは霊に憑依されている。おそらく、過去にこの学校で死んだ生徒に取り憑かれたのだろう。早く除霊しなければ、完全に霊に体を乗っ取られ、手遅れになる」
「で、でも、蒼劔君は除霊出来ないんだよね?」
 蒼劔はハリセンを懐に仕舞い、「あぁ」と頷く。
「だが、心配はない。今すぐここから出て、稲葉の事務所へ連れて行く。あいつなら除霊効果のある魔具くらい持っているだろう。成田と神服部はお前と遠井で運んできてくれ。俺が退路を作る」
 蒼劔は左手でスタングレネードを投げつつ、右手で近くの霊へ斬りつける。
 途端に霊達は蒼劔へ群がり、集まってきた。
「くっ……何なんだ、こいつらは! 先ほどまで全く動かなかったくせに……!」
 蒼劔が霊達に苦戦する中、陽斗も自分の背よりも大きい成田を背負おうのに四苦八苦していた。
「成田君、意外に重い……!」
「贄原!」
 そこへ遠井、岡本を羽交い締めした不知火が霊達を掻い潜り、駆け寄ってきた。
「遠井君! 悪いんだけど、成田君を運んでくれる? 僕じゃ、背負えそうもなくって」
「……やってみる」
 遠井は陽斗から成田を受け取り、背負ったまま立ち上がろうとした。
 しかし足が上がらず、そのまま床に膝をついた。
「ダメだ。こいつ、見た目よりも重い」
「どうしよう……成田君だけ置いていけないよ!」
 すると神服部の様子を見ていた不知火がおもむろに遠井に岡本を突き出した。
「私が成田君を運ぼう。遠井君は岡本君を頼む」
「え……」
 遠井はあからさまに顔をしかめ、不知火に抱えられている岡本を見る。
 このピンチの最中にも関わらず、岡本は「スマホの充電が切れそうだ!」と取り乱していた。
「あっ、遠井君! 君、予備のモバイルバッテリー持ってない? もしくは、スマホ貸して! あとで返すから!」
「持ってますけど……その代わり、一緒について来て下さいよ。部長が居残られたせいで部活停止にでもなったら、困るんで」
 遠井が予備のモバイルバッテリーを岡本に渡すと、岡本は「分かった分かった」と適当に頷き、ひったくるようにモバイルバッテリーを奪った。
 遠井は憎しみのこもった眼差しで岡本を睨みながら、不知火に尋ねた。
「先生……あの人、ここに置いていってもいいですか? 最初から参加してなかったことにすれば、問題ないでしょう?」
「それはダメ。大事な生徒を置いて帰るわけにはいかないよ。岡本君が遠くに行かないよう、見張ってて」
「何で俺が……」
「岡本君がいなくなったら、彼女を探しに行かないといけなくなるからね。そんなことになったら、君も困るだろう?」
「……それもそうですね」
 遠井は「チッ」と舌打ち、渋々岡本を見張ることにした。
 一方、陽斗は床に突っ伏している神服部を背負い、霊達の様子を窺っていた。神服部は成田よりも遥かに軽く、背負ったまま立っても平気だった。
 もう何発もスタングレネードが炸裂しているというのに、霊は増える一方だ。蒼劔が道を作っても、すぐに霊で塞がってしまう。
「何でこんなに霊がいるんだろう……? どこか別のとこから来てるのかな?」
 陽斗は霊の動きを観察し、彼らの出所を探った。すると、階段の上から霊達がぞろぞろと1階へ下りてきているのを目撃した。
「蒼劔君! 幽霊さん達、2階から来てるみたいだよ! これじゃ、キリないんじゃない?!」
 スタングレネードが絶えず炸裂する中、陽斗は声を張り上げ、蒼劔に伝えた。
 すると蒼劔は飛びかかってきた霊を両断しながら「分かっている!」と返答した。
「既に手は打った! 来るかどうかは分からんが、あいつもお前を失うのは惜しいはずだ!」
「それなら、僕が出口まで走った方が早いんじゃない?!」
「ダメだ! この数では、途中で効果が切れる! そうなれば、お前が危ない!」
「うぅん、そっか……だったら、僕は待つしか出来ないや! ここから蒼劔君のこと、応援してるね!」
 そう言うと陽斗は神服部を背負ったまま、片手を振り上げ、蒼劔を応援し出した。
「ゴーゴーレッツゴー、蒼劔くーん!」
「……とうとう贄原までおかしくなった。やっぱり、この学校は極秘に薬物実験をしていたんだ……!」
 陽斗の奇行に、遠井は怯える。もはや彼の頭の中では、節木高校が危険な実験施設であることは確定していた。
 そんな中、不知火はポケットから蚊が入っている試験管を取り出し、自身が背負っている成田の額に当てていた。この場にいる誰も、不知火の奇行には気づかなかった。
 すると、成田の体から灰色の煙のようなものが出てきて、試験管の中にいる蚊へと流れ込んでいった。
 完全に煙が蚊に移ると、不知火は試験管をポケットへ仕舞った。そのポケットの中にはもう1本、中に蚊が入っている試験管が入っていた。その蚊にも先程、密かに神服部から灰色の煙を移していた。
「……やれやれ。本当に彼らをどうにか出来るのかい?」
 不知火は奮闘する蒼劔を眺めながら、目を細めて呟いた。
 その小さな声はスタングレネードの音でかき消され、蒼劔の耳には届かなかった。
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