贄原くんと3匹の鬼

緋色刹那

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前編

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 この世には二種類の生物がいる。
 一つは、人間や動物のように霊力を核として動く者達。
 もう一つは、妖力を核として動く──異形の者達。

       ・

 夜の繁華街は賑わっていた。夏のぬるい夜風が、居酒屋の店先にかかっている赤い提灯を揺らす。
 怪しく光を放つそれを、巨大な眼が間近で凝視していた。客が出入りしている入り口のドアと同じ大きさの金色の眼で、興味深そうに瞳孔を縦に開いていた。
 それは巨大な蛇の頭だった。長い首を介し、通りを闊歩している太い胴体と繋がっている。胴の先には他にも七本もの首が伸びており、その姿はかのヤマタノオロチを思わせた。
 大蛇の体は夜の闇の中ではかえって目立ってしまうほど黒く、紫色の禍々しい刻印が全身を這うように刻まれていた。
「サケサケ、ヤケザケ、酔イ酔イ、シュー、シュー……」
 大蛇は男とも女とも判別のつかぬ、不気味な声で歌いながら、居酒屋が建ち並ぶ通りを悠々と這っていく。
 通りを行き交う人々は大蛇の存在に気づくことはない。平然と大蛇の体をすり抜け、何事も無かったかのように去っていく。どうやら普通の人間には、大蛇を感知出来ないらしかった。
 ふいに、提灯を見つめていた大蛇の頭が、居酒屋の前を千鳥足で歩く酔っ払いの会社員に目を止めた。
「けっ、どいつもこいつも馬鹿にしやがって! 俺ァ、いずれ天下を取る男だぞォ?」
 酔っ払いは随分呑んだらしい。顔は真っ赤に火照り、呂律の回っていない舌で何やら喚いていた。
 大蛇はおもむろに酔っ払いの頭上へ首を伸ばすと次の瞬間、酔っ払いの頭から靴の先までを一気に口に含んだ。
「んぁ? なんだァ?」
 酔っ払いは己が大蛇の口の中にいるとも知らず、突如全身が締めつけられたように動かなくなったことに戸惑い、もがく。
 大蛇が酔っ払いを口に含んだまま、しばらくモゴモゴと口を動かしていると、酔っ払いの体から白い煙のようなものが立ち昇った。煙は生き物のようにゆらゆらと揺れながら、大蛇の喉の奥へとどんどん吸い込まれていく。
 煙が吸われていくのに従い、酒で真っ赤になっていた酔っ払いの顔はみるみるうちに青ざめていった。全身から体温が奪われ、血の気が引いていく。
 やがて酔っ払いの体から完全に煙が出なくなると、大蛇は「用無し」とばかりに酔っ払いを地面へ吐き出した。酔っ払いは完全に生気を失い、倒れたままピクリとも動かなくなった。
「ちょっとお客さん、大丈夫ですか?!」
 近くの居酒屋で呼び込みをしていた店員が酔っ払いの異変に気づき、慌ててスマホで救急車を呼ぶ。まさか、酔っ払いが倒れた原因が「大蛇に煙を食べられたせい」などとは、夢にも思っていなかった。
 大蛇は目の前で救急車を呼んでいる店員には見向きもせず、次の標的を探しに向かった。
 他の大蛇の頭も、酔っ払っている通行人や居酒屋の中にいる客を狙い、食らいついていく。いずれの被害者も酒を呑み、泥酔していた。そのため、急に意識を失って倒れても、周りの者達からは「酔いが回ったのだろう」と軽く思われ、放置されていた。
 いずれ死体となって発見されたとしても、医師は急性アルコール中毒による死亡であると断定するだろう。異形の犯行が明るみになることは、決してない。
「サケサケ、ヤケザケ、酔イ酔イ、シュー、シュー……」
 大蛇は上機嫌に歌い、紫色の細い舌をシュルシュルと動かす。
 繁華街は常人の知らぬ間に、異形の巣窟と化していた。

       ・

 その様子を、青年は繁華街から少し離れた場所に建つ、雑居ビルの屋上から見つめていた。
 整った顔立ちの青年だった。切長の青い瞳で、繁華街を闊歩する大蛇を鋭く睨んでいる。
 無造作にくくった髪は腰まであり、十代後半くらいの若者に見えるにも関わらず、真っ白だった。
 服も髪と同じ白い着流しを纏い、素足に草履を履いている。時代錯誤な出で立ちではあるものの、夏祭りの雑踏の中ならば紛れそうだった。
 そして……青年の額には、二本の青いツノが生えていた。先端が鋭く尖り、表面はツヤツヤとなめらかで、まるで宝石のように透き通っていた。
「……妖怪の分際で、人の領域を侵すな」
 青年はおもむろに左手を開いた。
 すると青年の左手から青く光る粒子が一粒、また一粒と浮き上がり、日本刀のつかへと形を成した。
「その命……斬る!」
 青年は柄を右手で握ると、左手の中から青く輝く刃を引き抜いた。
 そして大蛇のいる繁華街を目指し、ビルの屋上から別のビルの屋上へと飛び移っていった。
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