187 / 239
第六章 神に行き会いし少年は世界を変える
187.矜持
しおりを挟む彼女が人を侮り、ただの便利な道具と見なすのなら、
私達は人を信じ、世界の命運をその手に委ねよう。
16日目―――7
ゼラムにはもちろん、冥府の災厄を護る不可視の盾は見えてはいなかった。
しかし天性の資質、そして1,000を超える実戦経験により、彼は不可視の盾に生じた僅かな隙間を感じ取る事が出来た。
そしてそこへ、彼がいままで愛用してきた大剣を捻じ込んだ。
大剣は狙い違わず、冥府の災厄たる少年の左の肩口を大きく切り裂いた。
鮮血が吹き上がり、少年が苦悶の呻き声を上げる。
ゼラムはさらに追い打ちを掛けようとしたけれど、邪術によって身体能力を飛躍的に向上させているらしい少年は、大きく後ろに跳躍してゼラムから距離を取った。
大剣に主が与えて下さった加護の効果――少年の邪術の源、霊力を漏出させる――によるものだろう。
少年はふらつき、足元は覚束なくなっていた。
ゼラムは抑えきれない苛立ちと共に、先程から抱いている疑問を口にした。
「貴様、何故反撃してこない? 守護者様から奪った力はどうした?」
少年は喘ぎながら言葉を返してきた。
「僕は誰からも力を奪ったりしていない。それに……」
霊力の漏出が続いているからであろう。
少年は明らかに苦しそうな表情で言葉を続けた。
「あなたを傷付けたくないからですよ」
少年の言葉は、ゼラムの自尊心を著しく傷付けた。
俺を?
傷付ける?
1,000戦以上無敗、かつ戦いで傷を負わされた経験など皆無のこの俺を?
「舐められたものだな。敵に気遣ってもらわなきゃいけない程、弱くは無いと思うんだがな」
先程、冥府の災厄たるこの少年を斬り裂いた時、十分過ぎる程の手応えを感じ取る事が出来ていた。
冥府の邪術がいか程のものであれ、あれ程の深傷、容易には治癒しないだろう。
そしてその間、大剣に与えられた加護が効果を発揮し続けるとすれば、いずれ少年の邪術も破れる時が来るはず。
ゼラムは攻撃を再開した。
霊晶石を使い、少年を護る不可視の盾に隙間を作り、そこへひたすら大剣を打ち込み続ける。
その間、少年は何故か反撃して来る事無く、ひたすら回避に専念し続けていた。
しかしついに少年を護る不可視の盾が消滅する瞬間がやってきた。
尻もちをつき、意識朦朧となっている少年に、ゼラムが大剣を突き付けた。
「冥府の災厄よ、最後に答えろ。なぜ俺の娘を殺した?」
少年は焦点の定まらない目を泳がせつつ、言葉を返してきた。
「……セリエを、殺したりしていない……それに、セリエは……」
「まだ言うか? ならば、死して己の命でその罪を贖え!」
ゼラムは大剣を高々と振り上げた。
―――ゼラム! ゼラム! ゼラム!
潮騒のように、仲間達が上げる歓喜の叫び声が聞こえてくる。
そしてゼラムは大剣を振り下ろして……
しかし彼の大剣は、少年の首を両断する寸前の位置で停止していた。
ゼラムは、目も虚ろなまま朦朧とした様子の少年に問い掛けた。
「……何故反撃してこない?」
しかし少年から答えは帰ってこない。
もしかすると、意識を失いかけているのかもしれない。
ゼラムは代行者エレシュから、冥府の災厄たる少年に無残に殺される娘の映像を見せられた。
ゼラムが見た映像の中で、少年は、泣き叫び無抵抗な娘の手足を一本、また一本と楽しむように、切り刻んでいた。
セリエにとどめを刺した時の少年の顔には、愉悦の表情が浮かんでいた。
その様子に、ゼラムは体中の血液が沸騰するかの如き、怒りを覚えた。
しかし今戦ったこの少年は、どうであったか?
守護者から力を奪い、人々を魅了し、ヨーデの街中に化け物を召喚して多数の住民達を殺戮したという、冥府の災厄の片鱗も感じられなかった。
ゼラムは剣奴として、820人の獣人、170人のドワーフ、45人の人間と戦い、勝利してきた。
剣奴にとっての敗北は死。
だからゼラムの対戦者達は、常に“全力で”ゼラムを殺そうと挑んできていた。
そしてゼラムもまた、生き残るために彼等を“全力で”殺してきた。
しかしこの少年は“全力で”、“ゼラムを傷付けない事”を優先して行動していた。
ゼラムがこの少年を殺せる武器――受けた傷口から、邪術の源たる霊力を漏出させ続ける加護を受けた大剣――を手にしているにも関わらず。
代行者エレシュは、わざわざ【女神の奇跡のポーション】を持たせてくれた。
それはこの少年が、確実に自分を傷付ける事が出来る攻撃力を持っている事の証明であろう。
にも関わらず……
本当にこの少年は、あの、セリエを殺した冥府の災厄なのか?
ゼラムはそれを確かめたいと願った。
だから彼は……
―――ジョボジョボジョボ……
朦朧としていた僕の意識が、次第に明瞭になってきた。
何かの液体を頭から掛けられている?
「な、何が!?」
僕は自分が、まだ尻もちをついている姿勢である事に気が付いた。
ふと見上げると、目の前にゼラムさんの姿があった。
彼は、僕が意識を取り戻したのを確認すると、手にしていた空き瓶を地面に放り捨てた。
そしてそのまま、つまり僕に視線を向けたまま、じっと佇んでいる。
ゼラムさんの意図を図りかねた僕は、しかし慌てて起き上がった。
そしてゼラムさんから距離を取ると、自分の状況を確認した。
傷が塞がり、出血も霊力の漏出も停止している!
何が起こったのかは分からなかったけれど、とにかく文字通り、首の皮一枚、繋がったようだ。
僕は急いで霊力の盾を展開しなおした。
そんな僕に、ゼラムさんが先程までは打って変わって、穏やかな口調で話しかけてきた。
「お前は、本当に冥府の災厄なのか?」
僕は、もう何度目になるか分からない同じフレーズを口にした。
「僕は冥府の災厄じゃない。セリエも殺していない!」
ゼラムさんはしばらくの間、じっと僕の顔を見つめた後、大声を上げた。
「代行者様! これはどういう事でしょうか?」
エレシュ、4人の守護者達、そして背後に控える剣奴達は、カケルとゼラムとの戦いを、十数m離れた場所からじっと見守っていた。
その彼等の目の前で、冥府の災厄が滅ぼされ、歓喜の瞬間が訪れようとしたまさにその時、当のゼラムが突然、【女神の奇跡のポーション】を使って災厄の命を救ってしまった。
一瞬、虚を突かれたような雰囲気を見せた後、エレシュの表情が一気に険しくなった。
「どういう事かは、私が聞きたいのだけど。何故その災厄を殺さないの?」
ゼラムはゆっくりと、エレシュの方に顔を向けた。
「この少年は、セリエを殺していません」
「何故そう思うの?」
「セリエを殺した者が、このような戦い方をする訳が無いからです」
「何言っているの? あなたも見たでしょ? そこの災厄が、あなたの大事な家族を切り刻んで殺す所を」
「確かに見せて頂きました。ですがその事も含めて、もう一度ご説明願えないでしょうか?」
ゼラムの言葉を耳にしたエレシュの顔が、苛立ちで歪んだ。
「分かってはいたけれど、獣人って、ホント、獣以下の知能しかないみたいね。あんなに簡単に魅了されてしまうなんて!」
ゼラムがやや抗議するような口振りになった。
「私は魅了などされておりません。ただ、どうしてこの少年が冥府の災厄と呼ばれ、セリエを殺した事になっているのか、お聞きしたいだけです」
「低能な獣人さん。あなたは小難しい事を考えずに、さっさとその災厄を殺せばいいの。二度は言わせないで!」
しかしゼラムは、ただその場に静かに佇んだまま動こうとしない。
それを確認したエレシュは、背後に控える剣奴達をちらっと見た。
そして、憤懣やるかたないといった風情で毒づいた。
「あんなのが最強名乗れるなんて、やっぱり剣奴は無能の集まりだったのね。所詮、殺し合いの見世物道化に、少しでも期待した私がバカだったわ」
0
お気に入りに追加
1,279
あなたにおすすめの小説
配信の片隅で無双していた謎の大剣豪、最終奥義レベルを連発する美少女だと話題に
菊池 快晴
ファンタジー
配信の片隅で無双していた謎の大剣豪が美少女で、うっかり最凶剣術を披露しすぎたところ、どうやらヤバすぎると話題に
謎の大剣豪こと宮本椿姫は、叔父の死をきっかけに岡山の集落から都内に引っ越しをしてきた。
宮本流を世間に広める為、己の研鑽の為にダンジョンで籠っていると、いつのまにか掲示板で話題となる。
「配信の片隅で無双している大剣豪がいるんだが」
宮本椿姫は相棒と共に配信を始め、徐々に知名度があがり、その剣技を世に知らしめていく。
これは、謎の大剣豪こと宮本椿姫が、ダンジョンを通じて世界に衝撃を与えていく――ちょっと百合の雰囲気もあるお話です。
前世で処刑された聖女、今は黒薬師と呼ばれています
矢野りと
恋愛
旧題:前世で処刑された聖女はひっそりと生きていくと決めました〜今世では黒き薬師と呼ばれています〜
――『偽聖女を処刑しろっ!』
民衆がそう叫ぶなか、私の目の前で大切な人達の命が奪われていく。必死で神に祈ったけれど奇跡は起きなかった。……聖女ではない私は無力だった。
何がいけなかったのだろうか。ただ困っている人達を救いたい一心だっただけなのに……。
人々の歓声に包まれながら私は処刑された。
そして、私は前世の記憶を持ったまま、親の顔も知らない孤児として生まれ変わった。周囲から見れば恵まれているとは言い難いその境遇に私はほっとした。大切なものを持つことがなによりも怖かったから。
――持たなければ、失うこともない。
だから森の奥深くでひっそりと暮らしていたのに、ある日二人の騎士が訪ねてきて……。
『黒き薬師と呼ばれている薬師はあなたでしょうか?』
基本はほのぼのですが、シリアスと切なさありのお話です。
※この作品の設定は架空のものです。
※一話目だけ残酷な描写がありますので苦手な方はご自衛くださいませ。
※感想欄のネタバレ配慮はありません(._.)
婚約解消して次期辺境伯に嫁いでみた
cyaru
恋愛
一目惚れで婚約を申し込まれたキュレット伯爵家のソシャリー。
お相手はボラツク侯爵家の次期当主ケイン。眉目秀麗でこれまで数多くの縁談が女性側から持ち込まれてきたがケインは女性には興味がないようで18歳になっても婚約者は今までいなかった。
婚約をした時は良かったのだが、問題は1か月に起きた。
過去にボラツク侯爵家から放逐された侯爵の妹が亡くなった。放っておけばいいのに侯爵は簡素な葬儀も行ったのだが、亡くなった妹の娘が牧師と共にやってきた。若い頃の妹にそっくりな娘はロザリア。
ボラツク侯爵家はロザリアを引き取り面倒を見ることを決定した。
婚約の時にはなかったがロザリアが独り立ちできる状態までが期間。
明らかにソシャリーが嫁げば、ロザリアがもれなくついてくる。
「マジか…」ソシャリーは心から遠慮したいと願う。
そして婚約者同士の距離を縮め、お互いの考えを語り合う場が月に数回設けられるようになったが、全てにもれなくロザリアがついてくる。
茶会に観劇、誕生日の贈り物もロザリアに買ったものを譲ってあげると謎の善意を押し売り。夜会もケインがエスコートしダンスを踊るのはロザリア。
幾度となく抗議を受け、ケインは考えを改めると誓ってくれたが本当に考えを改めたのか。改めていれば婚約は継続、そうでなければ解消だがソシャリーも年齢的に次を決めておかないと家のお荷物になってしまう。
「こちらは嫁いでくれるならそれに越したことはない」と父が用意をしてくれたのは「自分の責任なので面倒を見ている子の数は35」という次期辺境伯だった?!
★↑例の如く恐ろしく省略してます。
★9月14日投稿開始、完結は9月16日です。
★コメントの返信は遅いです。
★タグが勝手すぎる!と思う方。ごめんなさい。検索してもヒットしないよう工夫してます。
♡注意事項~この話を読む前に~♡
※異世界を舞台にした創作話です。時代設定なし、史実に基づいた話ではありません。【妄想史であり世界史ではない】事をご理解ください。登場人物、場所全て架空です。
※外道な作者の妄想で作られたガチなフィクションの上、ご都合主義なのでリアルな世界の常識と混同されないようお願いします。
※心拍数や血圧の上昇、高血糖、アドレナリンの過剰分泌に責任はおえません。
※価値観や言葉使いなど現実世界とは異なります(似てるモノ、同じものもあります)
※誤字脱字結構多い作者です(ごめんなさい)コメント欄より教えて頂けると非常に助かります。
※話の基幹、伏線に関わる文言についてのご指摘は申し訳ないですが受けられません
いらないと言ったのはあなたの方なのに
水谷繭
恋愛
精霊師の名門に生まれたにも関わらず、精霊を操ることが出来ずに冷遇されていたセラフィーナ。
セラフィーナは、生家から救い出して王宮に連れてきてくれた婚約者のエリオット王子に深く感謝していた。
エリオットに尽くすセラフィーナだが、関係は歪つなままで、セラよりも能力の高いアメリアが現れると完全に捨て置かれるようになる。
ある日、エリオットにお前がいるせいでアメリアと婚約できないと言われたセラは、二人のために自分は死んだことにして隣国へ逃げようと思いつく。
しかし、セラがいなくなればいいと言っていたはずのエリオットは、実際にセラが消えると血相を変えて探しに来て……。
◆表紙画像はGirly drop様からお借りしました🍬
◇いいね、エールありがとうございます!
よくある婚約破棄なので
おのまとぺ
恋愛
ディアモンテ公爵家の令嬢ララが婚約を破棄された。
その噂は風に乗ってすぐにルーベ王国中に広がった。なんといっても相手は美男子と名高いフィルガルド王子。若い二人の結婚の日を国民は今か今かと夢見ていたのだ。
言葉数の少ない公爵令嬢が友人からの慰めに対して放った一言は、社交界に小さな波紋を呼ぶ。「災難だったわね」と声を掛けたアネット嬢にララが返した言葉は短かった。
「よくある婚約破棄なので」
・すれ違う二人をめぐる短い話
・前編は各自の証言になります
・後編は◆→ララ、◇→フィルガルド
・全25話完結
私は私で勝手に生きていきますから、どうぞご自由にお捨てになってください。
木山楽斗
恋愛
伯爵令嬢であるアルティリアは、婚約者からある日突然婚約破棄を告げられた。
彼はアルティリアが上から目線だと批判して、自らの妻として相応しくないと判断したのだ。
それに対して不満を述べたアルティリアだったが、婚約者の意思は固かった。こうして彼女は、理不尽に婚約を破棄されてしまったのである。
そのことに関して、アルティリアは実の父親から責められることになった。
公にはなっていないが、彼女は妾の子であり、家での扱いも悪かったのだ。
そのような環境で父親から責められたアルティリアの我慢は限界であった。伯爵家に必要ない。そう言われたアルティリアは父親に告げた。
「私は私で勝手に生きていきますから、どうぞご自由にお捨てになってください。私はそれで構いません」
こうしてアルティリアは、新たなる人生を送ることになった。
彼女は伯爵家のしがらみから解放されて、自由な人生を送ることになったのである。
同時に彼女を虐げていた者達は、その報いを受けることになった。彼らはアルティリアだけではなく様々な人から恨みを買っており、その立場というものは盤石なものではなかったのだ。
危険な森で目指せ快適異世界生活!
ハラーマル
ファンタジー
初めての彼氏との誕生日デート中、彼氏に裏切られた私は、貞操を守るため、展望台から飛び降りて・・・
気がつくと、薄暗い洞窟の中で、よくわかんない種族に転生していました!
2人の子どもを助けて、一緒に森で生活することに・・・
だけどその森が、実は誰も生きて帰らないという危険な森で・・・
出会った子ども達と、謎種族のスキルや魔法、持ち前の明るさと行動力で、危険な森で快適な生活を目指します!
♢ ♢ ♢
所謂、異世界転生ものです。
初めての投稿なので、色々不備もあると思いますが。軽い気持ちで読んでくださると幸いです。
誤字や、読みにくいところは見つけ次第修正しています。
内容を大きく変更した場合には、お知らせ致しますので、確認していただけると嬉しいです。
「小説家になろう」様「カクヨム」様でも連載させていただいています。
※7月10日、「カクヨム」様の投稿について、アカウントを作成し直しました。
今さら、私に構わないでください
ましゅぺちーの
恋愛
愛する夫が恋をした。
彼を愛していたから、彼女を側妃に迎えるように進言した。
愛し合う二人の前では私は悪役。
幸せそうに微笑み合う二人を見て、私は彼への愛を捨てた。
しかし、夫からの愛を完全に諦めるようになると、彼の態度が少しずつ変化していって……?
タイトル変更しました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる