上 下
175 / 239
第六章 神に行き会いし少年は世界を変える

175. 湖畔

しおりを挟む

14日目―――5


シャナの案内で湖畔の道を歩いていくと、村の獣人達が次々と声を掛けてきた。

「シャナ様、おかげさまで、今日も良い魚釣れました。後でお持ちしますね」
「見て下さい、こんなに大きな果物採れました。シャナ様のおかげです」

一方、シャナの方は掛けられる声に、ただニコニコとした笑顔を返すのみ。
どうやら理由は分からないけれど、シャナは、この村では敬意の対象となっているようであった。

歩いて行く内に、僕は見覚えのある看板を見つけた。
僕は先導してくれているシャナに声を掛けた。

「あそこって、ひょっとして雑貨屋かな?」

書かれている文字は分からないけれど、看板の意匠が、あのセイマさんの雑貨屋に掲げられていた物とそっくりだ。
シャナがこちらを振り返り、言葉を返してきた。

「そう。村唯一の雑貨屋。寄ってみたい?」
「お願いしようかな」

僕は今更ながら、懐に入れてあった魔結晶の事を思い出した。
ちなみに、今日捕らえたイノシシを入れた袋は、シャナを助けるどさくさで、ジャングルの中に置いてきてしまっていた。

扉を開けると、年配の男性の獣人が出迎えてくれた。

「いらっしゃい……って、シャナ様! この前は助かりました。お連れ様は、外の世界の方ですか?」
「そう。外でモンスターに襲われたところを助けてもらった」

店主が驚いたような顔になった、

「モンスターに!? お怪我は、大丈夫でしたか?」
「大丈夫。怪我もこのお方に治してもらった」

シャナが、優しい視線を僕に向けてきた。
心なしか、『彼女』の機嫌が悪くなる。
店主が僕に近付き、ひれ伏さんばかりに頭を下げてきた。

「シャナ様はわしらにとって、かけがえの無い存在。お救い下さいまして、誠にありがとうございます」
「頭を上げて下さい。色々偶然が重なって、たまたま、ですよ」
「何か御入用の物が御座いましたら、お代は結構ですんで、遠慮なく持ってっちゃって下さい!」
「いやそんな、ちゃんとお金払いますよ」

僕は懐から、魔結晶を取り出した。

「あのう……これって買い取りしてもらえますか?」
「是非買わせて頂きましょう! 何なら、相場の10倍で!」
「ホント、普通の取引して頂ければ、それでいいんで」

僕は苦笑した。
結局、魔結晶は銀貨10枚で売れた。
ついでに買いたかった消耗品も、おまけで付けてもらえた。
店を出た僕は、『彼女』に声を掛けた。

「なんか、色々得しちゃったね」
「まあ、カケルの人徳であろう」

僕は少し前にいるシャナに視線を向けながら言葉を返した。

「いやいや、シャナさんのお陰と言うか……」

シャナが微笑みを向けて来た。

「救世主よ、シャナと呼び捨ててもらって構わない」

……僕達のやりとりを聞いている『彼女』の機嫌がさらに悪くなっていく。
『彼女』はシャナを横目で見ながら口を開いた。

「どうもその娘は胡散臭い」
「胡散臭くは無いとおもうけど」
「カケルは人が良過ぎる。精霊だの何だの口にしてはいるが、この娘が代行者の命を狙った事実に変わりは無い」

『彼女』はそのまま、シャナに問い掛けた。

「お前は何故、この村でこんなにも慕われているのだ? 精霊とやらは、何か魅了の邪法でも心得ているのか?」
「魅了の邪法を心得ているのは女神の方。私はそのような術、たとえ知っていたとしても決して使わない」

『彼女』が、やや感情を高ぶらせた。

しゅが邪法を心得ているだと? 不遜もはなはだだしい!」

しかしシャナの方は、静かに言葉を返してきた。

「……守護者よ。救世主の為に命を投げ出そうと決意しているあなたにさえ、そう言わせるのがあの女神。女神はこの世界のことわりを書き換え、人々を魂の牢獄に繋いでいる。それこそ邪法と呼ぶべき力」
「何を根拠に、そのような事を!」
「それも踏まえて、私は世界の真実を語るつもり」


やがて前方に木々に囲まれた小さな小屋が見えてきた。
シャナがその小屋を指差した。

「あれが今の私の家」

午後の柔らかい日差しの中、僕達はシャナの家に到着した。


シャナの家は小さいけれど、丸木を丁寧に組み上げた、ロッジ風の一軒家であった。

「村人達が私の為に建ててくれた。居心地の良い私の場所」

シャナはそう話すと、僕達を家の中に案内してくれた。
内部はベッドが置かれた居間と、炊事等をするのであろう、土間のような場所に分かれていた。
その間取りを見て、僕は心の中に浮かんだ疑問を口にしてみた。

「精霊って、睡眠とか飲食って必須なの?」

シャナは一瞬キョトンとした後、すぐに微笑んだ。

「私は精霊だけど実体化している。実体化している以上、この世界のことわりに従わないと、この身体を維持出来ない」
「ごめんね、変な事聞いちゃって」

隣で家の中をキョロキョロ見回している『彼女守護者』が、飲食睡眠必須ではない事から、思わず精霊も? と考えてしまったのだが、どうやら守護者『彼女』が特殊なだけらしい。

「構わない。さあ、座って」

僕と『彼女』が用意された椅子に腰かけると、シャナが紅茶を出してくれた。
僕がそれに口を付けようとすると、『彼女』が声を掛けてきた。

「待て、カケル。得体の知れない精霊の出した飲み物だ。飲まない方が良いのでは無いだろうか?」

『彼女』が警戒心丸出しで、紅茶を見つめている。

「大丈夫だと思うけど……僕達に何かして、シャナさんに得があるとも思えないし」
「救世主、シャナと呼び捨てて構わない」
「私は飲まない。カケルが飲みたいなら、好きにすると良い」

『彼女』はねたように、そっぽを向いてしまった。
僕は苦笑したまま、その紅茶を一口飲んでみて……驚いた。

「美味しい!」

シャナの出してくれた紅茶は、お世辞抜きで美味しかった。
ナレタニア帝国の皇帝ガイウスの居室で飲ませて貰った紅茶も美味しかったけれど、この味はレベルが違う。
シャナも紅茶を飲みながら笑顔を見せた。

「喜んでもらえて良かった。これも精霊同胞達のお陰。それに、この村は女神の影響下に無いから、採れる食材は、全て生命力に満ち溢れている」
「どういう意味?」
「女神に生命力を吸われていないから、紅茶も美味しくなる」

僕とシャナのやりとりを不愉快そうに聞いていた『彼女』が、口を挟んできた。

「さっきから、しゅが魅了の邪法を使うだの、生命力を吸うだの、妄言を並べ立てるのはよせ」
「妄言ではない。今から説明する」

シャナはそう話すと、居住まいを正した。
そして驚くべき事を語りだした。


原初、この世界には精霊達のみが存在した。
ある時、異界から女神が現れ、この世界を奪ってしまった。
女神は奪ったこの世界のことわりを書き換えた。
形ある物のみが、世界に干渉できるように。
結果、形無き精霊達は、この世界に一切干渉出来なくなった。
存在するのに、この世界に干渉出来なくなった精霊達は、生きながらにして亡者にされてしまった。
しかしこのままでは、形を持たなかった女神も、この世界に干渉出来なくなる。
手に入れた世界で自在に力を振るうため、女神は実体化した。
代償として、この世界が元々持つことわり――女神が書き換える事の出来なかったことわり――に縛られ、力が著しく制限された。
解決策として、女神は形ある生きとし生ける全ての命を創造した。
人やモンスター、地を這う獣、空を飛ぶ鳥、海を泳ぐ魚……
そしてそれらの持つ生命力を吸い上げる事で、力を維持しようと考えた。
特に人の強い感情や想いは、女神の力――霊力――を高める事に役立った。
女神の影響下、この世界の全ての存在は、日々生命力を奪われ、自身の喜びや悲しみを抑制され、ただ、女神に盲目的な信仰を捧げる事で、女神自身の力の維持に寄与するだけの存在へとおとしめられている……


「これがこの世界の真実。だから私は、この世界を魂の牢獄と呼んでいる」

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

勇者一行から追放された二刀流使い~仲間から捜索願いを出されるが、もう遅い!~新たな仲間と共に魔王を討伐ス

R666
ファンタジー
アマチュアニートの【二龍隆史】こと36歳のおっさんは、ある日を境に実の両親達の手によって包丁で腹部を何度も刺されて地獄のような痛みを味わい死亡。 そして彼の魂はそのまま天界へ向かう筈であったが女神を自称する危ない女に呼び止められると、ギフトと呼ばれる最強の特典を一つだけ選んで、異世界で勇者達が魔王を討伐できるように手助けをして欲しいと頼み込まれた。 最初こそ余り乗り気ではない隆史ではあったが第二の人生を始めるのも悪くないとして、ギフトを一つ選び女神に言われた通りに勇者一行の手助けをするべく異世界へと乗り込む。 そして異世界にて真面目に勇者達の手助けをしていたらチキン野郎の役立たずという烙印を押されてしまい隆史は勇者一行から追放されてしまう。 ※これは勇者一行から追放された最凶の二刀流使いの隆史が新たな仲間を自ら探して、自分達が新たな勇者一行となり魔王を討伐するまでの物語である※

月が導く異世界道中extra

あずみ 圭
ファンタジー
 月読尊とある女神の手によって癖のある異世界に送られた高校生、深澄真。  真は商売をしながら少しずつ世界を見聞していく。  彼の他に召喚された二人の勇者、竜や亜人、そしてヒューマンと魔族の戦争、次々に真は事件に関わっていく。  これはそんな真と、彼を慕う(基本人外の)者達の異世界道中物語。  こちらは月が導く異世界道中番外編になります。

特殊部隊の俺が転生すると、目の前で絶世の美人母娘が犯されそうで助けたら、とんでもないヤンデレ貴族だった

なるとし
ファンタジー
 鷹取晴翔(たかとりはると)は陸上自衛隊のとある特殊部隊に所属している。だが、ある日、訓練の途中、不慮の事故に遭い、異世界に転生することとなる。  特殊部隊で使っていた武器や防具などを召喚できる特殊能力を謎の存在から授かり、目を開けたら、絶世の美女とも呼ばれる母娘が男たちによって犯されそうになっていた。  武装状態の鷹取晴翔は、持ち前の優秀な身体能力と武器を使い、その母娘と敷地にいる使用人たちを救う。  だけど、その母と娘二人は、    とおおおおんでもないヤンデレだった…… 第3回次世代ファンタジーカップに出すために一部を修正して投稿したものです。

召喚されたけど要らないと言われたので旅に出ます。探さないでください。

udonlevel2
ファンタジー
修学旅行中に異世界召喚された教師、中園アツシと中園の生徒の姫島カナエと他3名の生徒達。 他の三人には国が欲しがる力があったようだが、中園と姫島のスキルは文字化けして読めなかった。 その為、城を追い出されるように金貨一人50枚を渡され外の世界に放り出されてしまう。 教え子であるカナエを守りながら異世界を生き抜かねばならないが、まずは見た目をこの世界の物に替えて二人は慎重に話し合いをし、冒険者を雇うか、奴隷を買うか悩む。 まずはこの世界を知らねばならないとして、奴隷市場に行き、明日殺処分だった虎獣人のシュウと、妹のナノを購入。 シュウとナノを購入した二人は、国を出て別の国へと移動する事となる。 ★他サイトにも連載中です(カクヨム・なろう・ピクシブ) 中国でコピーされていたので自衛です。 「天安門事件」

【完結】【勇者】の称号が無かった美少年は王宮を追放されたのでのんびり異世界を謳歌する

雪雪ノ雪
ファンタジー
ある日、突然学校にいた人全員が【勇者】として召喚された。 その召喚に巻き込まれた少年柊茜は、1人だけ【勇者】の称号がなかった。 代わりにあったのは【ラグナロク】という【固有exスキル】。 それを見た柊茜は 「あー....このスキルのせいで【勇者】の称号がなかったのかー。まぁ、ス・ラ・イ・厶・に【勇者】って称号とか合わないからなぁ…」 【勇者】の称号が無かった柊茜は、王宮を追放されてしまう。 追放されてしまった柊茜は、特に慌てる事もなくのんびり異世界を謳歌する..........たぶん….... 主人公は男の娘です 基本主人公が自分を表す時は「私」と表現します

異世界召喚でクラスの勇者達よりも強い俺は無能として追放処刑されたので自由に旅をします

Dakurai
ファンタジー
クラスで授業していた不動無限は突如と教室が光に包み込まれ気がつくと異世界に召喚されてしまった。神による儀式でとある神によってのスキルを得たがスキルが強すぎてスキル無しと勘違いされ更にはクラスメイトと王女による思惑で追放処刑に会ってしまうしかし最強スキルと聖獣のカワウソによって難を逃れと思ったらクラスの女子中野蒼花がついてきた。 相棒のカワウソとクラスの中野蒼花そして異世界の仲間と共にこの世界を自由に旅をします。 現在、第二章シャーカ王国編

レベルが上がらずパーティから捨てられましたが、実は成長曲線が「勇者」でした

桐山じゃろ
ファンタジー
同い年の幼馴染で作ったパーティの中で、ラウトだけがレベル10から上がらなくなってしまった。パーティリーダーのセルパンはラウトに頼り切っている現状に気づかないまま、レベルが低いという理由だけでラウトをパーティから追放する。しかしその後、仲間のひとりはラウトについてきてくれたし、弱い魔物を倒しただけでレベルが上がり始めた。やがてラウトは精霊に寵愛されし最強の勇者となる。一方でラウトを捨てた元仲間たちは自業自得によるざまぁに遭ったりします。※小説家になろう、カクヨムにも同じものを公開しています。

パーティーから追放され婚約者を寝取られ家から勘当、の三拍子揃った元貴族は、いずれ竜をも倒す大英雄へ ~もはやマイナスからの成り上がり英雄譚~

一条おかゆ
ファンタジー
貴族の青年、イオは冒険者パーティーの中衛。 彼はレベルの低さゆえにパーティーを追放され、さらに婚約者を寝取られ、家からも追放されてしまう。 全てを失って悲しみに打ちひしがれるイオだったが、騎士学校時代の同級生、ベガに拾われる。 「──イオを勧誘しにきたんだ」 ベガと二人で新たなパーティーを組んだイオ。 ダンジョンへと向かい、そこで自身の本当の才能──『対人能力』に気が付いた。 そして心機一転。 「前よりも強いパーティーを作って、前よりも良い婚約者を貰って、前よりも格の高い家の者となる」 今までの全てを見返すことを目標に、彼は成り上がることを決意する。 これは、そんな英雄譚。

処理中です...