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第六章 神に行き会いし少年は世界を変える
173. 救命
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14日目―――3
「お前の顔には見覚えがある。あの時の暗殺者だな?」
「暗殺者?」
『彼女』のいきなりな発言を受けて、改めて僕は少女を観察してみた。
しかしこの華奢な少女は、どう見ても人を殺せそうには感じられない。
首を捻っていると、『彼女』が再び口を開いた。
「半月ほど前、エルフに化けた冥府の眷属が、ネズミの手引きで神都に入り込んだ。そして代行者の暗殺を謀り、失敗して逃亡した。主から追討令を出されているその暗殺者とその少女は、顔やその他の特徴が完全に一致している」
少女が静かに目を閉じた。
「どのみち、私の命数は尽きようとしている。だから殺されても構わない。その代わり、この子達は見逃して」
それまでその少女の背後で震えていた幼い獣人の兄弟が、少女を庇うように前に出てきた。
「だめだよ、シャナお姉ちゃんも一緒に帰ろう!」
「お願い! シャナお姉ちゃんを殺さないで!」
少女が、二人に諭すように語り掛けた。
「メロエ、パリカ。ここからなら道、分かるよね? 早くおうちに帰りなさい。お姉ちゃんは、この人達と話がある」
「いやだいやだ、一緒に帰ろう!」
泣き叫ぶ兄弟に慈しむような表情を向けた後、シャナと呼ばれた少女が僕達に向き直った。
そして残っている左の手の平をこちらに向けてきた。
「せめてこの子達の逃げる時間だけは稼がないと……」
そう呟いた少女の手の平に、魔力でも霊力でも無い水色の渦巻く輝きが凝集していく。
これは……!
僕は霊力の展開を止めた。
そして目を閉じて、身体に竜気を巡らせた。
水色に渦巻く“彼等”の“声”が聞こえた。
「「我等が同胞よ、何を願う?」」
不思議な事に、少女もまた、同質の“声”で詠唱するかの如く、“彼等”と会話を交わしていた。
「我が同胞よ、集いて……」
思わず声が漏れた。
「……風の精霊」
「えっ……!?」
僕の言葉を聞いた少女が“詠唱”を中断した。
少女の顔には戸惑いの色が浮かんでいた。
「まさか……精霊の“声”が聞こえるの?」
「聞こえるというか……君の手の平に集まっているのって、風の精霊……だよね?」
多分間違いないはず。
つい二日前、僕は“彼等”の助けで代行者エレシュによる拘束から脱する事が出来たのだ。
少女の表情が一気に険しくなった。
「見えている……? 何故……?」
「え~と……なんで見えるのかって聞かれると、説明がややこしくなるんだけど……」
どう説明しようか考えていると、少女が険しい表情で問いを重ねてきた。
「神の眷属が何故精霊の姿を見ることが出来るの? “声”を聴くことが出来るの?」
少女は険しいけれど、とてもまっすぐな視線を僕に向けてきていた。
その浅緑色の澄んだ瞳に吸い込まれそうになる錯覚を覚えながら、僕は言葉を返した。
「さっきから何か勘違いしているみたいだけど、僕は神様の眷属とかそういうのじゃないよ」
「霊力は女神の力。それを操るあなたが神の眷属でないなら、あなたは何者?」
どうしよう?
全部話しても大丈夫だろうか?
相手は正体不明の“精霊を操る事が出来る”少女だ。
一瞬躊躇したけれど、結局、本当の事を話すことにした。
「僕はカケル。この世界の住民じゃないんだ」
「この世界の住民じゃない?」
「うん。この世界の誰かに、ここへ召喚されてしまったみたいなんだ」
少女の浅緑色の瞳がこれ以上無い位、大きく見開かれた。
「まさか……あなたは……」
少女が、ふらふらと近付いてきた。
そしてやおら、僕の手を握ってきた。
瞬間、竜気に似た暖かい何かが僕達の間を駆け巡った。
「えっ?」
「カ、カケルに何をする!?」
『彼女』が狼狽したように叫ぶと、慌てて僕を少女から引き離した。
そして僕を庇うように立つと、霊力を展開した。
咄嗟に、『彼女』に声を掛けた。
「待って!」
『彼女』が、少女を睨みつけたまま、僕に言葉を返してきた。
「カケル、こいつは、見かけはエルフの少女だが、その正体は冥府の眷属。代行者を暗殺しようとしたやつだ。お前は霊力を持っているから多分大丈夫だとは思うが、身体に何か異変は生じてはいないか?」
「僕は大丈夫だよ」
『彼女』は僕に気遣うような視線を向けた後、再び少女を睨みつけた。
しかし少女は『彼女』を気にする風も見せず、僕に語り掛けて来た。
「やっぱりあなたは……でも、何故守護者と行動を共にしているの? まさか、女神に取り込まれてしまった?」
少女は僕に試すような視線を向けてきた。
傍らで、幼い獣人の兄弟が、呆然と立ち尽くしている。
「やっぱりって……もしかして、僕の事、何か知っているの?」
「それを話す前に、まず、なぜ守護者と一緒にいるのか説明して」
僕は『彼女』の方を見た。
「話してもいいかな?」
『彼女』は少しだけ考える素振りを見せた後、言葉を返してきた。
「……まあ、今の私達の立場は、逃亡者みたいなものだという点で、こいつとそう変わらない。カケルが話したかったら構わない」
『彼女』の言葉を耳にした少女がやや怪訝そうな顔になった。
「逃亡者?」
小首を傾げている少女に、僕は今までの経緯を説明した。
話を聞き終えた少女は、余程驚いたのだろう。
しばらく硬直したように固まっていた。
しかしすぐにその固まっていた表情が、一気に緩んだ。
「良かった。私達はまだ賭けに負けていない。救世主は召喚され、守護者ですら、人を愛する事の価値を知った」
少女は僕の瞳をまっすぐに見つめながら語り始めた。
「私は精霊。この仮初の身体につけた名前は、シャナ。貴方をこの世界へと呼んだ者の協力者。私達は……」
言葉を続けようとした少女の身体が、少しずつサラサラと崩れだし、光の粒へと変わり始めた。
「! 神の眷属達との戦いに敗れたこの身体は、もう終わり。核を残していない私は、真の意味で消滅する。でも最後に、希望を知る事が出来て良かった」
少女が、初めてニッコリ微笑んだ。
「シャナお姉ちゃんが、死んじゃう!」
幼い獣人の兄弟が、少女に縋り付いた。
「ごめんね。ここでお別れ。でも、きっとあなた達が大きくなる頃には、この世界は、もっと素敵な場所になっている」
「いやだ、いかないで!」
少女は幼い獣人の兄弟の頭を優しく撫ぜた。
そして僕達に懇願してきた。
「あとで、この子達を村まで送ってあげて。途中でモンスターに出くわさないとも限らない。帰り道は、この子達が知っている」
「やだよう……」
幼い獣人の兄弟は、少女に縋り付き、ただ悲嘆にくれるのみ。
その間も、少女の肉体の崩壊は進んで行く。
少女と出会ってからのここまでの一連の流れは、僕に大きな衝撃を与えていた。
少女もまた、あの銀色のドラゴンと同じ、“実体化した”精霊なのだという。
彼等、彼女等は、いずれも命を懸けてまで、自分をここへ呼んだ誰かに協力しているようだ。
比喩表現抜きで、本当に命を懸けて……
少女が語った、“召喚された救世主”とは、僕の事だろう。
少女は僕なんかの、どこに命を懸ける価値を見出したのだろうか?
本当の僕は、縋り付いてくる『彼女』一人救えず、ただ一緒に、現実に目を背けているだけだというのに。
だから僕は強く願った。
彼女をこのまま消滅させるわけにはいかない。
突如、心の中にあの銀色のドラゴンの声が響いた。
―――汝が真にそれを望むなら、汝なれば、彼女を救えよう
身体の中を激流のごとく、竜気が駆け巡った。
突き動かされるように、足が自然に前に出た。
『彼女』が慌てたような声を上げた。
「カ、カケル!?」
「大丈夫だよ」
僕はそのまま少女に近付くと、サラサラと光の粒子となって消えゆく少女の身体にそっと手を触れた。
僕達の周りに眩いばかりの虹色の輝きが集まってきた。
“彼女”が言霊を寿いだ。
「「……妾は始原の精霊……この世界の始まりと共に在りし者……最も古く、最も誇り高き存在……竜王の願い……簒奪者によって書き換えられた偽りの理が、運命の子の手により、今正される……」」
虹色の“何か”が、少女の身体へと次々に吸い込まれていく。
崩壊し、光の粒へと変わりつつあったはずの彼女の身体が、輪郭を取り戻していく。
数秒後、少女の身体は、完全に元通りになっていた。
「お前の顔には見覚えがある。あの時の暗殺者だな?」
「暗殺者?」
『彼女』のいきなりな発言を受けて、改めて僕は少女を観察してみた。
しかしこの華奢な少女は、どう見ても人を殺せそうには感じられない。
首を捻っていると、『彼女』が再び口を開いた。
「半月ほど前、エルフに化けた冥府の眷属が、ネズミの手引きで神都に入り込んだ。そして代行者の暗殺を謀り、失敗して逃亡した。主から追討令を出されているその暗殺者とその少女は、顔やその他の特徴が完全に一致している」
少女が静かに目を閉じた。
「どのみち、私の命数は尽きようとしている。だから殺されても構わない。その代わり、この子達は見逃して」
それまでその少女の背後で震えていた幼い獣人の兄弟が、少女を庇うように前に出てきた。
「だめだよ、シャナお姉ちゃんも一緒に帰ろう!」
「お願い! シャナお姉ちゃんを殺さないで!」
少女が、二人に諭すように語り掛けた。
「メロエ、パリカ。ここからなら道、分かるよね? 早くおうちに帰りなさい。お姉ちゃんは、この人達と話がある」
「いやだいやだ、一緒に帰ろう!」
泣き叫ぶ兄弟に慈しむような表情を向けた後、シャナと呼ばれた少女が僕達に向き直った。
そして残っている左の手の平をこちらに向けてきた。
「せめてこの子達の逃げる時間だけは稼がないと……」
そう呟いた少女の手の平に、魔力でも霊力でも無い水色の渦巻く輝きが凝集していく。
これは……!
僕は霊力の展開を止めた。
そして目を閉じて、身体に竜気を巡らせた。
水色に渦巻く“彼等”の“声”が聞こえた。
「「我等が同胞よ、何を願う?」」
不思議な事に、少女もまた、同質の“声”で詠唱するかの如く、“彼等”と会話を交わしていた。
「我が同胞よ、集いて……」
思わず声が漏れた。
「……風の精霊」
「えっ……!?」
僕の言葉を聞いた少女が“詠唱”を中断した。
少女の顔には戸惑いの色が浮かんでいた。
「まさか……精霊の“声”が聞こえるの?」
「聞こえるというか……君の手の平に集まっているのって、風の精霊……だよね?」
多分間違いないはず。
つい二日前、僕は“彼等”の助けで代行者エレシュによる拘束から脱する事が出来たのだ。
少女の表情が一気に険しくなった。
「見えている……? 何故……?」
「え~と……なんで見えるのかって聞かれると、説明がややこしくなるんだけど……」
どう説明しようか考えていると、少女が険しい表情で問いを重ねてきた。
「神の眷属が何故精霊の姿を見ることが出来るの? “声”を聴くことが出来るの?」
少女は険しいけれど、とてもまっすぐな視線を僕に向けてきていた。
その浅緑色の澄んだ瞳に吸い込まれそうになる錯覚を覚えながら、僕は言葉を返した。
「さっきから何か勘違いしているみたいだけど、僕は神様の眷属とかそういうのじゃないよ」
「霊力は女神の力。それを操るあなたが神の眷属でないなら、あなたは何者?」
どうしよう?
全部話しても大丈夫だろうか?
相手は正体不明の“精霊を操る事が出来る”少女だ。
一瞬躊躇したけれど、結局、本当の事を話すことにした。
「僕はカケル。この世界の住民じゃないんだ」
「この世界の住民じゃない?」
「うん。この世界の誰かに、ここへ召喚されてしまったみたいなんだ」
少女の浅緑色の瞳がこれ以上無い位、大きく見開かれた。
「まさか……あなたは……」
少女が、ふらふらと近付いてきた。
そしてやおら、僕の手を握ってきた。
瞬間、竜気に似た暖かい何かが僕達の間を駆け巡った。
「えっ?」
「カ、カケルに何をする!?」
『彼女』が狼狽したように叫ぶと、慌てて僕を少女から引き離した。
そして僕を庇うように立つと、霊力を展開した。
咄嗟に、『彼女』に声を掛けた。
「待って!」
『彼女』が、少女を睨みつけたまま、僕に言葉を返してきた。
「カケル、こいつは、見かけはエルフの少女だが、その正体は冥府の眷属。代行者を暗殺しようとしたやつだ。お前は霊力を持っているから多分大丈夫だとは思うが、身体に何か異変は生じてはいないか?」
「僕は大丈夫だよ」
『彼女』は僕に気遣うような視線を向けた後、再び少女を睨みつけた。
しかし少女は『彼女』を気にする風も見せず、僕に語り掛けて来た。
「やっぱりあなたは……でも、何故守護者と行動を共にしているの? まさか、女神に取り込まれてしまった?」
少女は僕に試すような視線を向けてきた。
傍らで、幼い獣人の兄弟が、呆然と立ち尽くしている。
「やっぱりって……もしかして、僕の事、何か知っているの?」
「それを話す前に、まず、なぜ守護者と一緒にいるのか説明して」
僕は『彼女』の方を見た。
「話してもいいかな?」
『彼女』は少しだけ考える素振りを見せた後、言葉を返してきた。
「……まあ、今の私達の立場は、逃亡者みたいなものだという点で、こいつとそう変わらない。カケルが話したかったら構わない」
『彼女』の言葉を耳にした少女がやや怪訝そうな顔になった。
「逃亡者?」
小首を傾げている少女に、僕は今までの経緯を説明した。
話を聞き終えた少女は、余程驚いたのだろう。
しばらく硬直したように固まっていた。
しかしすぐにその固まっていた表情が、一気に緩んだ。
「良かった。私達はまだ賭けに負けていない。救世主は召喚され、守護者ですら、人を愛する事の価値を知った」
少女は僕の瞳をまっすぐに見つめながら語り始めた。
「私は精霊。この仮初の身体につけた名前は、シャナ。貴方をこの世界へと呼んだ者の協力者。私達は……」
言葉を続けようとした少女の身体が、少しずつサラサラと崩れだし、光の粒へと変わり始めた。
「! 神の眷属達との戦いに敗れたこの身体は、もう終わり。核を残していない私は、真の意味で消滅する。でも最後に、希望を知る事が出来て良かった」
少女が、初めてニッコリ微笑んだ。
「シャナお姉ちゃんが、死んじゃう!」
幼い獣人の兄弟が、少女に縋り付いた。
「ごめんね。ここでお別れ。でも、きっとあなた達が大きくなる頃には、この世界は、もっと素敵な場所になっている」
「いやだ、いかないで!」
少女は幼い獣人の兄弟の頭を優しく撫ぜた。
そして僕達に懇願してきた。
「あとで、この子達を村まで送ってあげて。途中でモンスターに出くわさないとも限らない。帰り道は、この子達が知っている」
「やだよう……」
幼い獣人の兄弟は、少女に縋り付き、ただ悲嘆にくれるのみ。
その間も、少女の肉体の崩壊は進んで行く。
少女と出会ってからのここまでの一連の流れは、僕に大きな衝撃を与えていた。
少女もまた、あの銀色のドラゴンと同じ、“実体化した”精霊なのだという。
彼等、彼女等は、いずれも命を懸けてまで、自分をここへ呼んだ誰かに協力しているようだ。
比喩表現抜きで、本当に命を懸けて……
少女が語った、“召喚された救世主”とは、僕の事だろう。
少女は僕なんかの、どこに命を懸ける価値を見出したのだろうか?
本当の僕は、縋り付いてくる『彼女』一人救えず、ただ一緒に、現実に目を背けているだけだというのに。
だから僕は強く願った。
彼女をこのまま消滅させるわけにはいかない。
突如、心の中にあの銀色のドラゴンの声が響いた。
―――汝が真にそれを望むなら、汝なれば、彼女を救えよう
身体の中を激流のごとく、竜気が駆け巡った。
突き動かされるように、足が自然に前に出た。
『彼女』が慌てたような声を上げた。
「カ、カケル!?」
「大丈夫だよ」
僕はそのまま少女に近付くと、サラサラと光の粒子となって消えゆく少女の身体にそっと手を触れた。
僕達の周りに眩いばかりの虹色の輝きが集まってきた。
“彼女”が言霊を寿いだ。
「「……妾は始原の精霊……この世界の始まりと共に在りし者……最も古く、最も誇り高き存在……竜王の願い……簒奪者によって書き換えられた偽りの理が、運命の子の手により、今正される……」」
虹色の“何か”が、少女の身体へと次々に吸い込まれていく。
崩壊し、光の粒へと変わりつつあったはずの彼女の身体が、輪郭を取り戻していく。
数秒後、少女の身体は、完全に元通りになっていた。
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