上 下
172 / 239
第六章 神に行き会いし少年は世界を変える

172. 少女

しおりを挟む

14日目―――2


翌日、僕と『彼女』は西の方を探索してみる事にした。

南は海。
北は神都。
東はイーサの村。
なら、西は何があるのだろう?
そういった好奇心で出発したのだけど……

東に向かってみた昨日とは異なり、進めば進むほど、ジャングルがどんどん深くなっていく。
起伏にとんだ地形と、行く手をさえぎる巨大な木の根や生い茂る熱帯の植物。
歩き始めて2時間経っても、周囲の光景に、あまり変化は生じていない。
僕の額を玉のような汗が伝った。

僕はすぐ前を、剣で器用に藪漕やぶこぎをしながら進む『彼女』に声を掛けた。

「この先って、集落とか無いのかな?」

僕は昨日同様、大きな袋を背負っていた。
袋の中には、ここまでの道のりで仕留めたイノシシ1頭が入っていた。
他に、途中でモンスターを3体斃したのだけど、そこで手に入れた魔結晶3個は懐の中だ。
『彼女』が僕の方を振り返った。

「少し、上空から周囲を確認してみようか?」
「じゃあ、お願いしようかな」

『彼女』が霊力を展開した、
そのままふわりと浮かび上がり、樹冠方向にするする上昇していく『彼女』の様子を眺めながら、僕は大樹にお根元に腰を下ろした。
そして腰に下げていた水筒――昨日、セイマさんのお店で買ったやつだ――を開け、中の水で喉をうるおした。
やはり体が欲していたからだろう。
少しぬるくなっているとは言え、喉越しの水はとても美味しく感じられた。

そう言えば、守護者のように霊力を使用出来るのに、なぜ僕は守護者と違い、お腹も空くし喉も乾くのだろうか?
まあ、『彼女』含めて、守護者は女神に直接創造されたって聞いているし、その際、そういう“設定”を与えられた、とも考えられるけれど。

そんな事を考えていると、上空から『彼女』が戻って来た。
僕は『彼女』に声を掛けた。

「どうだった?」
「うむ。西の方角は見渡す限りの緑だった。遠くに山脈が見えたが」

『彼女』の話を総合すると、このまま西に進んでも、1日や2日では、このジャングルを抜ける事は無理そうに感じられた。

「そっか。じゃあやっぱり、消耗品はイーサの村で買うしかないか……」

僕の少し“がっかりした”雰囲気に気付いたのだろう。
『彼女』が不思議そうな顔で問い掛けてきた。

「イーサの村で買い物をするのに、何か問題でもあるのか?」
「問題は無いんだけど。セイマさんがね……」
「とても良い人だったではないか? 色々サービスしてくれたし」

『彼女』と会話を交わしていると、昨日の買い物時の出来事が思い出されて思わず苦笑してしまった。
確かにセイマさんはいい人だったけれど、おせっかいが過ぎて、正直僕にとっては苦手なタイプだ。
今日、西に向かったのも、別の村か集落で消耗品を買える所が見つかれば、という思惑もあった。

「そう言えば昨晩は結局、ナンカイヤモリの燻製、食べてくれなかったな」
「昨日も話したけど、ああいう系の食べ物は苦手なんだよ」

昨晩、『彼女』はなぜか強引に、“セイマさんからのサービス品”を僕に食べさせようとして、一悶着があった。
『彼女』が口を尖らせた。

「食べるとカケルも寝なくて済む、とセイマが話していたでは無いか? せっかく一晩中、カケルとお喋りできると楽しみにしておったのに」
「いや、だから、アレはそういう効能目的でサービスしてくれたんじゃ無いと思うよ?」
「では、どういう目的だ?」

話していると、突然、遥か遠方から何かが爆発するような音が響いて来た。
僕達は顔を見合わせた。

「何だろ?」
「確認してこよう」

『彼女』が霊力を展開し、再びするすると上昇していった。
その直後、今度は複数回の爆発音が連続して響いてきた。
上空にいる『彼女』が叫び声を上げた。

「何かが戦っている!」
「えっ?」

『彼女』が、上空から再び降りてきた。

「ここからさらに西の方角で煙が上がり、木々が揺れている。木々が邪魔で見えぬが、巨大な何かが戦っているようだ」
「モンスターかな?」

僕も霊力を展開した。
そしてそのまま、『彼女』の話していた方向へと感知の網を広げてみた。

すると……


巨大なムカデのようなモンスターが、一人の少女を木の根元に追い込んでいた!


少女の外見は、僕の知るエルフに近い。
造り物のように綺麗な顔。
すっと長く伸びた耳。
腰まで届く緩やかなウェーブのかかった浅緑色の髪。
白く不可思議な輝きを放つ衣装を身に纏ったその少女は右腕を失い、酷く傷ついていた。
少女の背後では、幼い獣人と思われる兄弟が震えていた。

モンスターがその巨大な顎で、少女達を噛み砕こうとしたのが“視えた”瞬間、僕は咄嗟にその場へと転移していた。


―――バシィィィィン!


僕が展開した不可視の盾に弾かれ、巨大ムカデの身体が大きくった。
僕はそのまま、背後の少女に声を掛けた。

「大丈夫?」

少女はいきなり自分をかばう位置に転移してきた僕を見て、一瞬驚いたような雰囲気になった。
しかしすぐにその表情は消え、抑揚の無い声で問い掛けてきた。

「私を殺しに来たの?」
「えっ? 君は何を言って……」
「殺されるのなら仕方ない。だけどこの子達は見逃してあげて」


―――シャアアアアアア!


態勢を立て直したらしい巨大ムカデが咆哮をあげ、口から強力な魔力を放ってきた。
しかしその攻撃は、僕が展開していた霊力の盾に阻まれ、霧散した。

少女の言動は不可解ではあったけれど、とにかく今はこの巨大ムカデを斃す事に専念しよう。

そう考えた僕は光球を顕現した。
そしてそれに手を伸ばした瞬間、巨大ムカデの上半身がいきなり吹き飛んだ。
同時に、上空から声が掛けられた。

「カケル!」

見上げると、不可思議な紫のオーラを纏った剣を手にした『彼女』が、中空に浮遊していた。
どうやら追いかけてきてくれた『彼女』が、殲滅の力で巨大ムカデの上半身を吹き飛ばしたらしい。
『彼女』の姿に気付いたらしい先程の少女が、何故か絶望したように呟いた。

「そんな……二人もいるなんて……」

少女の様子に激しい違和感を抱いたけれど、巨大ムカデの下半身はまだ蠢いていた。
そして次の瞬間、傷口から上半身がにゅるりと生えてきて、すぐざま完全に再生してしまった。
再生したばかりの頭部が咆哮を上げた。


―――シャアアアアアア!


もしかして不死身!?

思わず目を見開いてしまった僕の耳に、『彼女』の叫び声が届いた。

「カケル! お前の力で消滅させられないか?」

僕は光球に手を伸ばし、それを一振りの剣へと変えた。
そして振り上げた剣に極限まで高めた霊力を注ぎ込んでから、巨大ムカデ目掛けて一気に振り抜いた。
解き放たれた凄まじい力の奔流の直撃を受け、巨大ムカデを塵も残さず完全に消滅した。


地上に降りてきた『彼女』が、僕に笑顔を向けて来た。

「再生能力の高そうなモンスターであったが、さすがに消滅させられては、復活出来ぬと見える」

僕は『彼女』に笑顔を返した後、改めて背後の少女達に視線を向けてみた。
少女は右腕を失ってはいるものの、幼い獣人の兄弟ともども無事のようであった。
少女の方が先に口を開いた。

「何故アレを殺したの? 制御不能にでもなったの?」
「何故って……君達が襲われているように見えたからだけど……制御不能って?」
「元々私を殺すつもりで、アレを送り込んできたのでしょ? 制御不能になったから処分したのかと思ったのだけど」

先程から感じていた事だけど、この少女の物言いは、何かおかしい。
最初から、僕達が少女を殺す事前提で話している?

「僕達は君を殺さないよ。何故殺されると思ったの?」
「霊力を操る守護者達がここにいる。私を殺すためでないなら、何故?」

僕は助け舟を求めるつもりで、『彼女』に視線を向けた。
しかし『彼女』は、険しい表情で少女を睨んでいた。

「どうしたの?」

『彼女』は僕の言葉が耳に入らなかったのか、少女を睨んだまま口を開いた。

「お前の顔には見覚えがある。あの時の暗殺者だな?」



しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

配信の片隅で無双していた謎の大剣豪、最終奥義レベルを連発する美少女だと話題に

菊池 快晴
ファンタジー
配信の片隅で無双していた謎の大剣豪が美少女で、うっかり最凶剣術を披露しすぎたところ、どうやらヤバすぎると話題に 謎の大剣豪こと宮本椿姫は、叔父の死をきっかけに岡山の集落から都内に引っ越しをしてきた。 宮本流を世間に広める為、己の研鑽の為にダンジョンで籠っていると、いつのまにか掲示板で話題となる。 「配信の片隅で無双している大剣豪がいるんだが」 宮本椿姫は相棒と共に配信を始め、徐々に知名度があがり、その剣技を世に知らしめていく。 これは、謎の大剣豪こと宮本椿姫が、ダンジョンを通じて世界に衝撃を与えていく――ちょっと百合の雰囲気もあるお話です。

前世で処刑された聖女、今は黒薬師と呼ばれています

矢野りと
恋愛
旧題:前世で処刑された聖女はひっそりと生きていくと決めました〜今世では黒き薬師と呼ばれています〜 ――『偽聖女を処刑しろっ!』 民衆がそう叫ぶなか、私の目の前で大切な人達の命が奪われていく。必死で神に祈ったけれど奇跡は起きなかった。……聖女ではない私は無力だった。 何がいけなかったのだろうか。ただ困っている人達を救いたい一心だっただけなのに……。 人々の歓声に包まれながら私は処刑された。 そして、私は前世の記憶を持ったまま、親の顔も知らない孤児として生まれ変わった。周囲から見れば恵まれているとは言い難いその境遇に私はほっとした。大切なものを持つことがなによりも怖かったから。 ――持たなければ、失うこともない。 だから森の奥深くでひっそりと暮らしていたのに、ある日二人の騎士が訪ねてきて……。 『黒き薬師と呼ばれている薬師はあなたでしょうか?』 基本はほのぼのですが、シリアスと切なさありのお話です。 ※この作品の設定は架空のものです。 ※一話目だけ残酷な描写がありますので苦手な方はご自衛くださいませ。 ※感想欄のネタバレ配慮はありません(._.)

婚約解消して次期辺境伯に嫁いでみた

cyaru
恋愛
一目惚れで婚約を申し込まれたキュレット伯爵家のソシャリー。 お相手はボラツク侯爵家の次期当主ケイン。眉目秀麗でこれまで数多くの縁談が女性側から持ち込まれてきたがケインは女性には興味がないようで18歳になっても婚約者は今までいなかった。 婚約をした時は良かったのだが、問題は1か月に起きた。 過去にボラツク侯爵家から放逐された侯爵の妹が亡くなった。放っておけばいいのに侯爵は簡素な葬儀も行ったのだが、亡くなった妹の娘が牧師と共にやってきた。若い頃の妹にそっくりな娘はロザリア。 ボラツク侯爵家はロザリアを引き取り面倒を見ることを決定した。 婚約の時にはなかったがロザリアが独り立ちできる状態までが期間。 明らかにソシャリーが嫁げば、ロザリアがもれなくついてくる。 「マジか…」ソシャリーは心から遠慮したいと願う。 そして婚約者同士の距離を縮め、お互いの考えを語り合う場が月に数回設けられるようになったが、全てにもれなくロザリアがついてくる。 茶会に観劇、誕生日の贈り物もロザリアに買ったものを譲ってあげると謎の善意を押し売り。夜会もケインがエスコートしダンスを踊るのはロザリア。 幾度となく抗議を受け、ケインは考えを改めると誓ってくれたが本当に考えを改めたのか。改めていれば婚約は継続、そうでなければ解消だがソシャリーも年齢的に次を決めておかないと家のお荷物になってしまう。 「こちらは嫁いでくれるならそれに越したことはない」と父が用意をしてくれたのは「自分の責任なので面倒を見ている子の数は35」という次期辺境伯だった?! ★↑例の如く恐ろしく省略してます。 ★9月14日投稿開始、完結は9月16日です。 ★コメントの返信は遅いです。 ★タグが勝手すぎる!と思う方。ごめんなさい。検索してもヒットしないよう工夫してます。 ♡注意事項~この話を読む前に~♡ ※異世界を舞台にした創作話です。時代設定なし、史実に基づいた話ではありません。【妄想史であり世界史ではない】事をご理解ください。登場人物、場所全て架空です。 ※外道な作者の妄想で作られたガチなフィクションの上、ご都合主義なのでリアルな世界の常識と混同されないようお願いします。 ※心拍数や血圧の上昇、高血糖、アドレナリンの過剰分泌に責任はおえません。 ※価値観や言葉使いなど現実世界とは異なります(似てるモノ、同じものもあります) ※誤字脱字結構多い作者です(ごめんなさい)コメント欄より教えて頂けると非常に助かります。 ※話の基幹、伏線に関わる文言についてのご指摘は申し訳ないですが受けられません

いらないと言ったのはあなたの方なのに

水谷繭
恋愛
精霊師の名門に生まれたにも関わらず、精霊を操ることが出来ずに冷遇されていたセラフィーナ。 セラフィーナは、生家から救い出して王宮に連れてきてくれた婚約者のエリオット王子に深く感謝していた。 エリオットに尽くすセラフィーナだが、関係は歪つなままで、セラよりも能力の高いアメリアが現れると完全に捨て置かれるようになる。 ある日、エリオットにお前がいるせいでアメリアと婚約できないと言われたセラは、二人のために自分は死んだことにして隣国へ逃げようと思いつく。 しかし、セラがいなくなればいいと言っていたはずのエリオットは、実際にセラが消えると血相を変えて探しに来て……。 ◆表紙画像はGirly drop様からお借りしました🍬 ◇いいね、エールありがとうございます!

よくある婚約破棄なので

おのまとぺ
恋愛
ディアモンテ公爵家の令嬢ララが婚約を破棄された。 その噂は風に乗ってすぐにルーベ王国中に広がった。なんといっても相手は美男子と名高いフィルガルド王子。若い二人の結婚の日を国民は今か今かと夢見ていたのだ。 言葉数の少ない公爵令嬢が友人からの慰めに対して放った一言は、社交界に小さな波紋を呼ぶ。「災難だったわね」と声を掛けたアネット嬢にララが返した言葉は短かった。 「よくある婚約破棄なので」 ・すれ違う二人をめぐる短い話 ・前編は各自の証言になります ・後編は◆→ララ、◇→フィルガルド ・全25話完結

私は私で勝手に生きていきますから、どうぞご自由にお捨てになってください。

木山楽斗
恋愛
伯爵令嬢であるアルティリアは、婚約者からある日突然婚約破棄を告げられた。 彼はアルティリアが上から目線だと批判して、自らの妻として相応しくないと判断したのだ。 それに対して不満を述べたアルティリアだったが、婚約者の意思は固かった。こうして彼女は、理不尽に婚約を破棄されてしまったのである。 そのことに関して、アルティリアは実の父親から責められることになった。 公にはなっていないが、彼女は妾の子であり、家での扱いも悪かったのだ。 そのような環境で父親から責められたアルティリアの我慢は限界であった。伯爵家に必要ない。そう言われたアルティリアは父親に告げた。 「私は私で勝手に生きていきますから、どうぞご自由にお捨てになってください。私はそれで構いません」 こうしてアルティリアは、新たなる人生を送ることになった。 彼女は伯爵家のしがらみから解放されて、自由な人生を送ることになったのである。 同時に彼女を虐げていた者達は、その報いを受けることになった。彼らはアルティリアだけではなく様々な人から恨みを買っており、その立場というものは盤石なものではなかったのだ。

危険な森で目指せ快適異世界生活!

ハラーマル
ファンタジー
初めての彼氏との誕生日デート中、彼氏に裏切られた私は、貞操を守るため、展望台から飛び降りて・・・ 気がつくと、薄暗い洞窟の中で、よくわかんない種族に転生していました! 2人の子どもを助けて、一緒に森で生活することに・・・ だけどその森が、実は誰も生きて帰らないという危険な森で・・・ 出会った子ども達と、謎種族のスキルや魔法、持ち前の明るさと行動力で、危険な森で快適な生活を目指します!  ♢ ♢ ♢ 所謂、異世界転生ものです。 初めての投稿なので、色々不備もあると思いますが。軽い気持ちで読んでくださると幸いです。 誤字や、読みにくいところは見つけ次第修正しています。 内容を大きく変更した場合には、お知らせ致しますので、確認していただけると嬉しいです。 「小説家になろう」様「カクヨム」様でも連載させていただいています。 ※7月10日、「カクヨム」様の投稿について、アカウントを作成し直しました。

今さら、私に構わないでください

ましゅぺちーの
恋愛
愛する夫が恋をした。 彼を愛していたから、彼女を側妃に迎えるように進言した。 愛し合う二人の前では私は悪役。 幸せそうに微笑み合う二人を見て、私は彼への愛を捨てた。 しかし、夫からの愛を完全に諦めるようになると、彼の態度が少しずつ変化していって……? タイトル変更しました。

処理中です...