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第六章 神に行き会いし少年は世界を変える
136. 地図
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2日目―――4
泣きじゃくるセリエの背を優しく撫ぜながら、僕は今の状況を改めて確認してみた。
まだ体のあちこちが少し痛むけれど、傷自体は治っているようだ。
太陽は既に高く昇っている。
結構長い時間、意識を失っていたのかもしれない。
ゆっくり立ち上がろうとする僕に、セリエが慌てた感じで声を掛けてきた。
「まだ起きちゃダメだよ、傷が開くから。そうだ、村の皆を呼んでくるから、ここで少し待っていて」
駈け出そうとするセリエを、僕は呼び止めた。
「待って、セリエ。大丈夫だよ」
そして体に貼られていた葉っぱを剥がしながら、言葉を続けた。
「これ、セリエが貼り付けてくれた薬草だよね? おかげでほら、この通り」
僕の身体を目にしたセリエの目が、これ以上無い位大きく見開かれた。
「えっ? もう治っている……?」
まあ、普通はそういう反応になるよね。
僕は苦笑しつつ、とりあえず言葉を返した。
「え~と、実は昔から傷の治りが早いというか……」
「早過ぎだよ? あちこち折れていたし、骨も見えていたよ??」
そうか。
結構ケルベロスにがっつり咬まれていたしね。
骨ぐらい折れていた、というか、砕けていたはず。
さて、どう説明しよう?
考えていると、セリエが先に口を開いた。
「昨日も空から落っこちてきて、すぐ生き返っていたよね? カケルって、もしかして守護者様?」
守護者!?
僕の背中をサッと緊張が走った。
セリエは、“守護者”を知っているのだろうか?
僕は内心の動揺を押さえつつ、とりあえず聞いてみた。
「守護者様って?」
「うん。神様をお守りする守護者様って方々が、神都にはいらっしゃるって聞いたことがあるよ。守護者様は、神様から少しだけ奇跡の力を分けてもらっているんだって。だからカケルも、もし守護者様だったら、奇跡の力で傷なんかもすぐ治っちゃうのかなって」
僕の知る“守護者”は、『彼方の地』に居て、魔王と勇者の戦いを調整してきた存在であったはず。
神都で神様を守っているという、この世界の“守護者”とは、やはり別モノなのかも。
「う~ん、記憶があやふやだから何とも言えないけれど、多分僕は、その守護者様っていうのとは違うと思うよ。神様の事も覚えていないし」
僕の言葉を聞いたセリエが、寂しそうにそっと呟いた。
「奇跡の力だったら、きっとお母さんの病気も……」
「どうしたの?」
「ううん、何でもない」
セリエの言葉の意味するところを、もう少し詳しく聞いてみたかったけれど、彼女の寂しげな表情が、僕のその気持ちを心の中に仕舞いこませた。
僕は少し話題を変えた。
「あのケルベロス、死んだんだよね?」
セリエがこくりと頷いた。
「うん。カケルが右手で殴ったら、バーンってはじけちゃったよ。カケルってやっぱり凄いね」
「その死体、どこかな?」
「え? 死体なんか、どうするの?」
「ちょっと確かめたい事が有ってね」
僕は嫌がるセリエを宥めすかして、ケルベロスの死体の所まで案内してもらった。
そしてその死体の弾けた胸元に手を入れ、内部を探ってみた。
「何しているの?」
セリエが、僕の“作業”を不思議そうに見つめる中……
「あった!」
目当てのモノを探り当てた僕は、死体の胸元から手を引き抜いた。
そして手の中のモノを確認してみた。
間違いない。
黒光りする大きな魔結晶。
この世界のモンスターにも魔結晶があった。
という事は、この世界、必ずしも前の世界と無関係では無いのかも。
複雑な想いで手の中の魔結晶を見つめていると、セリエが覗き込んできた。
「綺麗な石だね。それ何?」
「確か魔結晶っていうんだけど、セリエは見た事無かった?」
「初めて見たよ。何に使うの?」
そう言えば、前の世界でも買い取っては貰った事あるけれど、用途までは聞いた事無かった。
前の世界に戻れたら聞いてみようかな?
そんな事を考えながら、僕は一応、その魔結晶も持っていくことにした。
僕達が午前中に捕らえた獲物を詰め込んだ袋を引きずって、洞窟内にある獣人達の集落に帰り着いたのは、午後になってからであった。
夕食時、僕はセリエと家族達に、神都に行くつもりである事を伝えた。
セリエ達の暮らしぶりは、お世辞にも裕福とは言えない。
この場所に、自分がいつまでも居座っても迷惑をかけるだけ。
それに神都なる場所に行った方が、よりこの世界の情報を集めることが出来そうだ、との考えもあった。
僕はセリエの祖父、ゼラムさんに聞いてみた。
「それで、神都までの地図ってお持ちでは無いですか?」
お金も持っていないし、地図があれば、何とか一人で神都まで歩けるのでは?
しかしゼラムさんは申し訳無さそうな顔で、首を振った。
「地図などという気の利いた物を持っておる者は、村の中にもおらんじゃろうなあ……神様のいらっしゃる場所じゃ。畏れ多くて、普通の獣人は、まず行かん」
「そうなんですか? でも神都には、セリエのお父さんが住んでいるってお聞きしましたが?」
獣人族が住んでいるのなら、集落との往来も頻繁にあるのでは? と考えたのだけど。
「息子のゼラムはケンドじゃからな。まあ、3年前に召し出されて、行ったっきりじゃが」
ゼラムさんの息子、セリエの父親のゼラムさんはケンドだって話、昨日も聞いたけれど。
「ケンドってどんなお仕事ですか?」
「武器を用いて相手と戦い、神都の皆さんを楽しませる素晴らしい仕事じゃ」
ゼラムさんは、誇らしげにそう説明してくれたけれど、その口ぶりから推測すれば、ケンドって……
はたして、セリエが僕の推測を肯定してくれた。
「お父さんは集落で一番強かったんだよ。モンスターだって倒した事あるんだから」
彼女は得意げに言葉を続けた。
「それで3年前に神都から人が来て、お父さんを剣奴に抜擢してくれたの」
二人が説明してくれたところによれば、剣奴とは、神都にある剣闘場で相手と戦う、いわゆる見世物としての決闘を生業としている奴隷を意味する言葉のようだ。
使用する武器は本物であり、敗北は死を意味する。
「息子のゼラムは優秀でな。連戦連勝のはずじゃ。その証拠に、いまだに敗死したという知らせは無い」
胸を張るゼラムさんと得意げな顔のセリエ。
僕はまたしても、奇妙な違和感にとらわれた。
「……セリエのお父さん、いつかは引退してここに戻ってくるの?」
「引退? そんなの無いと思うけど」
「じゃあもしかして、セリエは二度とお父さんと会えないんじゃ……」
口にしてから、すぐに僕は後悔した。
セリエを傷つけてしまったかも。
しかしセリエは気にする風もなく、笑顔で言葉を返してきた。
「そうかもしれないけど……でもお父さんは神都に住めるし、優秀な剣奴の家族って事で、私達も毎月手当貰えているし。ちょっとぐらい我慢しなきゃいけないよね」
僕の中の違和感が、次第に大きくなっていく。
何だろう?
客観的には、随分理不尽な状況の気がするのだけど、セリエ達はそう感じてはいないようだ。
自分が気を回し過ぎなだけであって、これがこの世界の常識的な感性なのだ、と言われればそれまでだけど。
セリエの祖父、ゼラムさんが改めて声を掛けてきた。
「ともあれ、神都に行くなら、誰か村の者に案内出来るか聞いてみようか?」
「それは悪いですよ。神都って、ここから3日位かかるんですよね?」
確かセリエが、歩けばそれ位かかると話していた。
往復すれば、一週間近くかかる計算。
自分の都合だけで、そんなに長く他人を付き合わせたくないし、見合ったお礼も出来そうにない。
なにしろ一文無しだ。
「そんな事、気にする必要は無いんじゃがなあ」
今更だけど、なんだか凄く気の良い人達だ。
「それではお言葉に甘えて、最寄りの村か街までの案内だけでも、お願いできますか?」
「うむ、後で村の若者達に声を掛けてみよう」
その時、セリエがおずおずといった感じで声を上げた。
「ねえ、良かったら、私が神都まで案内しようか? 私、3年前にお父さんに付いていった事あったし。道、覚えているよ?」
泣きじゃくるセリエの背を優しく撫ぜながら、僕は今の状況を改めて確認してみた。
まだ体のあちこちが少し痛むけれど、傷自体は治っているようだ。
太陽は既に高く昇っている。
結構長い時間、意識を失っていたのかもしれない。
ゆっくり立ち上がろうとする僕に、セリエが慌てた感じで声を掛けてきた。
「まだ起きちゃダメだよ、傷が開くから。そうだ、村の皆を呼んでくるから、ここで少し待っていて」
駈け出そうとするセリエを、僕は呼び止めた。
「待って、セリエ。大丈夫だよ」
そして体に貼られていた葉っぱを剥がしながら、言葉を続けた。
「これ、セリエが貼り付けてくれた薬草だよね? おかげでほら、この通り」
僕の身体を目にしたセリエの目が、これ以上無い位大きく見開かれた。
「えっ? もう治っている……?」
まあ、普通はそういう反応になるよね。
僕は苦笑しつつ、とりあえず言葉を返した。
「え~と、実は昔から傷の治りが早いというか……」
「早過ぎだよ? あちこち折れていたし、骨も見えていたよ??」
そうか。
結構ケルベロスにがっつり咬まれていたしね。
骨ぐらい折れていた、というか、砕けていたはず。
さて、どう説明しよう?
考えていると、セリエが先に口を開いた。
「昨日も空から落っこちてきて、すぐ生き返っていたよね? カケルって、もしかして守護者様?」
守護者!?
僕の背中をサッと緊張が走った。
セリエは、“守護者”を知っているのだろうか?
僕は内心の動揺を押さえつつ、とりあえず聞いてみた。
「守護者様って?」
「うん。神様をお守りする守護者様って方々が、神都にはいらっしゃるって聞いたことがあるよ。守護者様は、神様から少しだけ奇跡の力を分けてもらっているんだって。だからカケルも、もし守護者様だったら、奇跡の力で傷なんかもすぐ治っちゃうのかなって」
僕の知る“守護者”は、『彼方の地』に居て、魔王と勇者の戦いを調整してきた存在であったはず。
神都で神様を守っているという、この世界の“守護者”とは、やはり別モノなのかも。
「う~ん、記憶があやふやだから何とも言えないけれど、多分僕は、その守護者様っていうのとは違うと思うよ。神様の事も覚えていないし」
僕の言葉を聞いたセリエが、寂しそうにそっと呟いた。
「奇跡の力だったら、きっとお母さんの病気も……」
「どうしたの?」
「ううん、何でもない」
セリエの言葉の意味するところを、もう少し詳しく聞いてみたかったけれど、彼女の寂しげな表情が、僕のその気持ちを心の中に仕舞いこませた。
僕は少し話題を変えた。
「あのケルベロス、死んだんだよね?」
セリエがこくりと頷いた。
「うん。カケルが右手で殴ったら、バーンってはじけちゃったよ。カケルってやっぱり凄いね」
「その死体、どこかな?」
「え? 死体なんか、どうするの?」
「ちょっと確かめたい事が有ってね」
僕は嫌がるセリエを宥めすかして、ケルベロスの死体の所まで案内してもらった。
そしてその死体の弾けた胸元に手を入れ、内部を探ってみた。
「何しているの?」
セリエが、僕の“作業”を不思議そうに見つめる中……
「あった!」
目当てのモノを探り当てた僕は、死体の胸元から手を引き抜いた。
そして手の中のモノを確認してみた。
間違いない。
黒光りする大きな魔結晶。
この世界のモンスターにも魔結晶があった。
という事は、この世界、必ずしも前の世界と無関係では無いのかも。
複雑な想いで手の中の魔結晶を見つめていると、セリエが覗き込んできた。
「綺麗な石だね。それ何?」
「確か魔結晶っていうんだけど、セリエは見た事無かった?」
「初めて見たよ。何に使うの?」
そう言えば、前の世界でも買い取っては貰った事あるけれど、用途までは聞いた事無かった。
前の世界に戻れたら聞いてみようかな?
そんな事を考えながら、僕は一応、その魔結晶も持っていくことにした。
僕達が午前中に捕らえた獲物を詰め込んだ袋を引きずって、洞窟内にある獣人達の集落に帰り着いたのは、午後になってからであった。
夕食時、僕はセリエと家族達に、神都に行くつもりである事を伝えた。
セリエ達の暮らしぶりは、お世辞にも裕福とは言えない。
この場所に、自分がいつまでも居座っても迷惑をかけるだけ。
それに神都なる場所に行った方が、よりこの世界の情報を集めることが出来そうだ、との考えもあった。
僕はセリエの祖父、ゼラムさんに聞いてみた。
「それで、神都までの地図ってお持ちでは無いですか?」
お金も持っていないし、地図があれば、何とか一人で神都まで歩けるのでは?
しかしゼラムさんは申し訳無さそうな顔で、首を振った。
「地図などという気の利いた物を持っておる者は、村の中にもおらんじゃろうなあ……神様のいらっしゃる場所じゃ。畏れ多くて、普通の獣人は、まず行かん」
「そうなんですか? でも神都には、セリエのお父さんが住んでいるってお聞きしましたが?」
獣人族が住んでいるのなら、集落との往来も頻繁にあるのでは? と考えたのだけど。
「息子のゼラムはケンドじゃからな。まあ、3年前に召し出されて、行ったっきりじゃが」
ゼラムさんの息子、セリエの父親のゼラムさんはケンドだって話、昨日も聞いたけれど。
「ケンドってどんなお仕事ですか?」
「武器を用いて相手と戦い、神都の皆さんを楽しませる素晴らしい仕事じゃ」
ゼラムさんは、誇らしげにそう説明してくれたけれど、その口ぶりから推測すれば、ケンドって……
はたして、セリエが僕の推測を肯定してくれた。
「お父さんは集落で一番強かったんだよ。モンスターだって倒した事あるんだから」
彼女は得意げに言葉を続けた。
「それで3年前に神都から人が来て、お父さんを剣奴に抜擢してくれたの」
二人が説明してくれたところによれば、剣奴とは、神都にある剣闘場で相手と戦う、いわゆる見世物としての決闘を生業としている奴隷を意味する言葉のようだ。
使用する武器は本物であり、敗北は死を意味する。
「息子のゼラムは優秀でな。連戦連勝のはずじゃ。その証拠に、いまだに敗死したという知らせは無い」
胸を張るゼラムさんと得意げな顔のセリエ。
僕はまたしても、奇妙な違和感にとらわれた。
「……セリエのお父さん、いつかは引退してここに戻ってくるの?」
「引退? そんなの無いと思うけど」
「じゃあもしかして、セリエは二度とお父さんと会えないんじゃ……」
口にしてから、すぐに僕は後悔した。
セリエを傷つけてしまったかも。
しかしセリエは気にする風もなく、笑顔で言葉を返してきた。
「そうかもしれないけど……でもお父さんは神都に住めるし、優秀な剣奴の家族って事で、私達も毎月手当貰えているし。ちょっとぐらい我慢しなきゃいけないよね」
僕の中の違和感が、次第に大きくなっていく。
何だろう?
客観的には、随分理不尽な状況の気がするのだけど、セリエ達はそう感じてはいないようだ。
自分が気を回し過ぎなだけであって、これがこの世界の常識的な感性なのだ、と言われればそれまでだけど。
セリエの祖父、ゼラムさんが改めて声を掛けてきた。
「ともあれ、神都に行くなら、誰か村の者に案内出来るか聞いてみようか?」
「それは悪いですよ。神都って、ここから3日位かかるんですよね?」
確かセリエが、歩けばそれ位かかると話していた。
往復すれば、一週間近くかかる計算。
自分の都合だけで、そんなに長く他人を付き合わせたくないし、見合ったお礼も出来そうにない。
なにしろ一文無しだ。
「そんな事、気にする必要は無いんじゃがなあ」
今更だけど、なんだか凄く気の良い人達だ。
「それではお言葉に甘えて、最寄りの村か街までの案内だけでも、お願いできますか?」
「うむ、後で村の若者達に声を掛けてみよう」
その時、セリエがおずおずといった感じで声を上げた。
「ねえ、良かったら、私が神都まで案内しようか? 私、3年前にお父さんに付いていった事あったし。道、覚えているよ?」
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