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第五章 正義の意味

124. 天変

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第043日―2


光球を顕現した僕は、それを不可思議な紫のオーラに包まれた杖に変えた。
そしてその杖を振り上げ、天空を覆い尽くすように展開されているその魔法陣の中心部に向けて、霊力を解き放った。
杖から放たれた霊力が、天空に展開される魔法陣を貫いた瞬間、天空全体が虹色に激しく輝いた。
その光景を目の当たりにした軍営全ての人々のどよめきが、潮騒のように聞こえて来た。

しかしその直後、今度はその中心部から一筋の光が照射され、それは僕を直撃した。

「カケル!!」

ハーミルが悲鳴を上げるのが聞こえたけれど、不思議な事に、その光は僕に対して、物理的な痛みのような感覚は全くもたらさなかった。
代わりに、“声”が聞こえた。


―――ついに……見付けた!


僕には全く聞き覚えの無い、しかし何故か抑えきれない程の喜びが込められていると確信出来るその“声”を最後に、天空全体を覆い尽くしていた魔法陣は唐突に消滅した。
天空に広がる情景は、再びこの世界の星々がまたたく、何の変哲も無い夜空へと戻っていた。

呆然とたたずむ僕の胸元に、ハーミルが飛び込んできた。

「カケル! 大丈夫!?」

僕は改めて、自分の状態を確認してみた。
手、足、その他全身状態に、特に異常は感じられない。
霊力の流れにも変化は感じられない。

軍営全体がざわめく中、皇帝ガイウスが声を張り上げ、側近達に指示を出すのが聞こえてきた。

「全軍、警戒を怠るな! ジェイスン、今起こった事について、何か意見はあるか?」
「申し訳御座いません。何かの極大魔法であることは確かかと思われますが、あのような呪法、見たことも聞いたことも御座いません」
「ヤーウェンからの攻撃の可能性は?」

ノルン様が言葉を返した。

「父上、ヤーウェンとは捕虜送還について協定を結んだばかり。今この時期にいきなり攻撃してくるのは、極めて不自然かと」

皇帝ガイウスは、他の側近や将軍達からも今の攻撃(?)について、一通り意見を聞いた後、改めて僕に声を掛けてきた。

「カケルよ、あの魔法陣から放たれた光を浴びたように見えたが、大事無いか?」
「自分の感覚では、特に何も変化は感じないです。ただ……」
「ただ?」
「光の直撃を受けた瞬間、知らない誰かの声が聞こえました。“ついに見付けた”と」

僕の言葉を聞いたジェイスンさんが、困惑したような表情になった。

「おかしいですね……もしカケル殿が聞いた“声”の主が術者だったとすれば、言葉通りに受け止めれば、使用されたのは探知系統の呪法という事になりそうですが……」

そして改めて僕に問いかけてきた。

「“声”の主に心当たりは?」
「全くありません」

また少し考え込む素振りを見せた後、再びジェイスンさんが口を開いた。

「“声”の主は、どうして“見付けた”と口にしたのでしょうか? カケル殿が我が軍営に従軍している事実は広く知られているはず。今更、あれ程の大掛かりな呪法を用いて、カケル殿の居場所を探る意味は無いはず……カケル殿」
「はい」
「あの光が魔力によるものであるなら、お身体に何らかの残滓が残っているはずです。少し調べさせてもらっても良いですか?」
「構いませんよ」

僕の返答を受けて、ジェイスンさんが右の手の平を僕に向けて来た。
そして何かの詠唱を開始した。
彼の手の平から優しい光が照射され、僕の身体を包み込んで行く。
しかしすぐに彼は詠唱を中断し、首を捻った。

「? おかしいですね……全く魔力の残滓を感じません。もしや、霊力がらみでは?」

今度は僕が首を捻る番になった。

「少なくとも、あの光に霊力は感じませんでした」

霊力どころか、正直な所、全く何も感じなかった。
ジェイスンさんの分析通りであれば、魔力とも関係なさそうだし、という事は、アレは単なる光?
そんなモノをサーチライトの如く照射してきて、“ついに見付けた”と喜び? の声を上げる事に、どんな意味があるというのだろうか?

その時、伝令が皇帝ガイウスの下に駆け寄って来て、臣礼を取った。

「ヤーウェンより軍使が到着しております」
「何? ヤーウェンからだと?」



ガイウスは、ヤーウェンからの軍使を自身の幕舎の中で引見した。
カケル達は既に自分達の幕舎に戻っており、ガイウスの傍らには、ノルンやジェイスン達側近が控えていた。

「この度の正体不明の攻撃に対する陣中見舞いでございます」

ヤーウェンからの軍使は、開口一番こう切り出した。
ガイウスの目が鋭くなった。

「ほう……するとヤーウェン、或いは魔王軍は、あの魔法陣には一切関与してない、と。こう申すのだな?」
「左様でございます。我等も全天を覆うばかりの異変に、初めは帝国側からの攻撃を疑った位にございます」

ヤーウェンの空をも覆ったとすれば、あの魔法陣は規格外の巨大さだった事になる。

「して、我等からの攻撃を疑った割には、早々に陣中見舞いに来るに至ったのは何故なにゆえじゃ?」
「ヒエロン様が、あれは帝国からの攻撃では無い。逆に帝国側が疑心暗鬼になっているであろうから、早々に軍使を送れ、とおおせせられたのです」
「ヒエロンがのう……軍使が来るタイミングから逆算すると、あの魔法陣が天空を覆い始めた直後には、おぬしらはヤーウェンの城門を出ていたはず。やつは何故にそれ程早く、帝国が無関係と見切れたのじゃ?」

早々に見切れるのは、やはりヤーウェン側があの魔法陣に関わっているからでは無いか?
言外にその意をにじませながら、ガイウスは、厳しい視線を軍使に向けた。
しかし軍使は、淡々と言葉を返した。

「逆に申し上げますと、もし我等からの攻撃であれば、今頃、陛下の陣営に被害が出ているはず。そんな中、のこのこやって来て、陣中見舞いを口にする軍使など、ありえなくは無いでしょうか?」

軍使の言葉には一理あった。
結局、後は儀礼的な言葉の交換を行っただけで、軍使はヤーウェンへと帰っていった。


――◇―――◇―――◇――


―――南半球の絶海の孤島

周囲を切り立った断崖絶壁に囲まれ、視界を完全にさえぎる濃霧の中に位置するその島の少し沖合、一隻の中型の船の上。
結社イクタスの面々――イクタス、ミーシア、ガスリン、トムソン、ネバトベ、レルムスの6人――は、重苦しい雰囲気に包まれていた。
彼等がこの島を覆う結界の解除を試み始めてから、既に4日。
未だに結界解除の見通しも、あの銀色のドラゴンが自ら姿を現す兆候も見られない。
しかし彼等を包む重苦しい雰囲気は、それだけが理由では無かった。
彼等はつい今しがた、ハーミルからの念話で、ヤーウェン近郊に出現した巨大な魔法陣について知らされたところであった。

イクタスが口を開いた。

「全天を覆う程の強大な術式を展開して、“声”を乗せた光線一筋か……意図がまるで読めん。わしがその魔法陣そのものを目にしておれば、或いは何か分かったやもしれんが」

ミーシアが言葉を返した。

「精霊魔法を使えば、魔力の痕跡を残さずに、探知系統の通常魔法と同様の結果を得る事も可能だけど……」
「だとすれば、巨大な魔法陣は不要、という事じゃな?」

イクタスの問いにミーシアがうなずいた。

「そもそも精霊魔法を使用して、カケル君の所在を探りたい人物に心当たりがないわ」

精霊魔法の使い手そのものが、この世界では希少。
使い手は神樹王国の王族であったハイエルフに限定され、その生き残りは、多く見積もって10名以下のはず。
その中でカケルと積極的に関わりあいを持つ人物と言えば、ミーシア自身と彼女の兄、ロデラ位。
そして二人とも、カケルの所在を今更大掛かりに探さないといけない動機が無い。

「やれやれ、ここの事も気になるが、やはりわしが、カケル達のもとおもむくか……」

イクタスが船体後尾に設置されている転移の魔法陣に向かおうとするのを、ミーシアが呼び止めた。

「イクタスさん、待って。今回は私が行くわ。もし精霊魔法がからんでいるのなら、私の方が適任のはずよ」

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