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第四章 すれ違う想い

91. 道具

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第035日―3


「おい、いつまでぼさっと突っ立っている? さっさと行くぞ!」

アルラトゥはナブーの不機嫌そうな声に、我に返った。

今はこの先、祭壇への結界を解除して儀式を遂行し、『彼方かなたの地』への扉を開く事に専念しよう。
彼方かなたの地』への扉を開く事に成功しさえすれば、きっと父も喜んでくれるし、周りの自分を見る目も、少しは変わるかもしれない。

幸い、崩れ落ちた瓦礫の山は、通路を完全には塞いでいなかった。
アルラトゥ達は瓦礫の山を乗り越え、再び歩き出した。
そしてついに、『始原の地』の祭壇に至る道が封印によって隠されている場所、通称一の部屋第4話へと辿たどり着いた。
その場に張られていた結界は、アルラトゥとナブーの強力な魔力により、17年ぶりに破られた。
そしてアルラトゥ達は、結界の向こうに隠されていた最後の祭壇、『始原の地』へと足を踏み入れた。


「ここが『始原の地』……」

アルラトゥ達が足を踏み入れた場所は、床こそ帝城皇宮最奥の祭壇と瓜二つの、苔むした石畳が敷き詰められているものの、周囲はごつごつとした荒削りの岩肌に囲まれた広大な空間が広がっていた。
そしてその奥に、祭壇がしつらえてあった。
今まで4ヶ所の祭壇の封印を、順番に解いてきた。
そしてこの最後の祭壇の封印を解除すれば、ついに『彼方かなたの地』への扉が開かれるはず。
かつて、今は亡き母が父エンリルやイクタス達と成し遂げた偉業。
自分がそれをなぞって、同じ事を成し遂げようとしている。
アルラトゥは記憶に無い母に、少しだけ近付けたような気がして感情が高ぶった。

そんなアルラトゥに、ナブーの苛立ちが込められた声が浴びせられた。

「何をほうけている。さっさと始めろ」

アルラトゥは一瞬不快そうに顔を歪めたけれど、すぐに持参した霊晶石を、祭壇の周りに配置し始めた。
それをナブーと彼の“人形”は手伝うでもなく、ただ眺めている。
どのみち彼等は儀式の際、霊晶石をどう配置すれば良いか知らないはず。
祭壇の封印解除に関しては、父エンリルを除いては、詳細を知るのは自分のみ。


やがて所定の位置へ霊晶石を並べ終えたアルラトゥは、祭壇の前で詠唱を開始した。
彼女の額が白く輝き、そこに白の宝珠が顕現した。
それを確認したナブーも詠唱を開始した。
アルラトゥとナブー、2人の身体から膨大な魔力が溢れ出し、広間の中を満たしていく……
…………
……
……どれ位の時間が経過したのであろうか?
アルラトゥは、いつの間にか自分が仰向けの状態で、祭壇の前で浮いている事に気が付いた。
慌てて身体を動かそうとしたけれど、金縛りにあったように、指一本動かす事が出来ない。

「なんだ、聞いていたのと違うな。半端者は意識がまだあるようだぞ?」

この場にはいないはずの、しかし聞き覚えのある人物の声の主を確認しようと、アルラトゥは無理矢理視線を動かした。
いつの間にここへ来たのであろうか?
彼女の視線の先には、にやにやした笑みを浮かべたマルドゥクが立っていた。

詠唱を中断したナブーが、マルドゥクにうやうやしく礼をした。

「これはマルドゥク様、わざわざのお越し、光栄で御座います」
「いよいよ半端者が“混沌の鍵”に成る大事な儀式だ。兄として、せめて妹の最期ぐらい見届けてやろうと思ってな」

マルドゥクの言葉に、アルラトゥは混乱した。
混沌の鍵?
私の最期??

「おおっと! そう言えばこいつは、自分の運命を知らされていなかったな」

わざとらしくそう口にすると、マルドゥクは祭壇の前で中空に浮き、身動きできないアルラトゥに近付いてきた。
彼の顔には、残忍そうな笑みが浮かんでいた。

「お前はこの儀式が、ただ『彼方かなたの地』への扉を開くためだけのものとでも思っていたのか? それなら何故霊晶石をわざわざ用意する必要がある? そもそも霊晶石をこの世界にもたらした第52話のは、『彼方かなたの地』にて見出された守護者だ。つまり17年前、『彼方かなたの地』への扉は、霊晶石無しで開かれた……」

マルドゥクは、アルラトゥの反応を楽しむかのような素振りを見せながら言葉を続けた。

「お前は知らないだろうが、宝珠には魔神の力の一部が封じられている。この儀式は『彼方かなたの地』への扉を開くだけではなく、宝珠の真の力を開放する事も目的の一つだ。儀式が終われば、『彼方かなたの地』への扉は開かれ、お前は“混沌の鍵”となって死ぬ。だが喜べ。半端者のお前でも、“混沌の鍵”として、我が父エンリルと我等魔族の悲願達成に貢献出来るのだからな」

始めて聞く情報の嵐に、アルラトゥの頭の中は一瞬真っ白になった。
マルドゥクの話が本当であれば、自分は自分の入る墓穴はかあなを掘らされていたという事か?

アルラトゥはこの異常な拘束状態から抜け出そうと試みた。
しかし出来たのは、首を動かして、かすかなうめき声を上げる事のみ。
マルドゥクはそんなアルラトゥの様子を愉快そうに眺めた後、ナブーの方を振り向いた。

「それにしても霊力の凝集が不十分なのではないか? 聞いていた話では、儀式の間、半端者の意識は消失しているはずだが」
「申し訳ございません。伝承と現実の儀式との間に差異があるのやもしれませぬ。この前の帝城の祭壇でも、こやつは何故か中途で覚醒してしまいました」
「ともかく、儀式を完遂させよ。小一時間もすれば、魔王エンリルもここへ来よう」

マルドゥクの言葉を受けて、ナブーは再び詠唱を開始した。
同時に、割れるような頭痛がアルラトゥを襲ってきた。
自分が自分でなくなるようなあの感覚も、彼女の意識を侵蝕してくる。
結局、父エンリルも、所詮自分の事を宝珠が顕現出来る便利な道具としかみなしていなかった、という事であろう。

この世界に自分の居場所は無い。
ならば混沌の鍵とやらになって、最後に父の悲願に貢献できるのも悪くないかな……

彼女が諦めて、自身を侵蝕する何かに意識全てを預けようとした時、轟音が鳴り響き、祭壇のある広間が大きく揺れた。
驚いた彼女の視線の先には、よく見知った4人の人物の姿が有った。
彼等を率いる青年が名乗りを上げた。

「僕は勇者アレル。皇帝陛下の命により、メイを助けに来た!」



勇者ナイアとは別行動で、北方の探索を行っていた勇者アレル達――アレル、イリア、ウムサ、エリスの4人――であったが、二人の勇者はナイアの使い魔を介して、連絡を取り合っていた。
二日前、アレル達はナイアから、近々選定の神殿奥の隠された祭壇で、魔族達が儀式を行う可能性が高い、と伝えられていた。
そこで二人の勇者は今日この地で落ち合い、一緒に魔族達の儀式を阻止する事を申し合わせていた。
しかしアレル達が選定の神殿に到着してみると、約束の刻限を過ぎてもナイアは現れなかった。
そこでアレルは自分達だけで神殿の奥、隠された祭壇に通ずる場所に向かう事にした、
慎重にダンジョンの奥へと進んで行くと、目的の場所まで十数mという場所で、通路の一部が崩落しているのを発見した。
あたりにはナイアの使い魔達と思われるモンスターの死骸が転がっていた。
その場所をウムサとエリスが調査し、ナイアと魔族達がつい先程まで今場所で交戦していた事が判明した。
そこでアレル達は瓦礫の山を乗り越え、そのまま祭壇が隠されている一の部屋に向かって進んだ。
一の部屋から隠された祭壇に通ずる場所は、アルラトゥとナブーにより、結界が張りなおされていた。
それをアレルが聖剣で打ち破り、彼等は今まさにアルラトゥが生け贄にされかかっている祭壇へと足を踏み入れたのだ。



アレル達に気付いたマルドゥクが、不敵な笑みを浮かべながら言葉を返した。

「勇者アレルよ、初めまして。私は、魔王エンリルの息子にして代弁者、マルドゥクだ」

既に臨戦態勢を取っていたアレル達は、マルドゥク、そしてナブーと【彼女】に向かって一斉に攻撃を開始した。

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