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第四章 すれ違う想い
76. 獣人
しおりを挟む第026日―2
僕達のためにトテオさんが用意してくれたのは、二頭立ての小型の馬車であった。
ヴィンダまでの往復を担当するという御者も合わせて紹介してもらった。
「このたび、お二人をヴィンダの街までご案内させて頂きます、ダランです」
ダランと名乗った御者は、壮年の筋肉質の男性であった。
元々は、チャリオットを操る現役の兵士であるという。
僕達を運ぶ小型の馬車自体も、チャリオットを改造したものであり、積載量を犠牲にして、速度を重視した作りになっていた。
「通常はヴィンダまでは二日かかります。しかしこの馬車を使えば、今夜は途中の村で一泊して、明日昼にはヴィンダに到着できます」
僕達を乗せた馬車はメルヴィンの城門を出ると、まばらな木々の間を縫うように続く街道を、すぐに疾走し始めた。
周囲の景色が飛ぶように後ろへと流れていく。
この馬車も何かの細工がしてあるらしく、速度の割には、あまり振動が気にならなかった。
その日の夜、ヴィンダまでの中間地点にあるカールの村で一泊した後、僕達は翌日昼過ぎにはヴィンダに到着した。
第027日―1
「これは……っ!?」
僕とハーミルは、事前に聞かされてはいたものの、目前の光景のあまりの惨状に絶句した。
数々の戦場を駆け巡り、修羅場に慣れている筈のダランさんも顔を歪めている。
かつてヴィンダの街があったはずの場所には、火災に見舞われたのであろう、あちこちに焼け焦げた瓦礫だけが散乱する廃墟が広がっていた。
皇帝ガイウスが話していた軍の先遣隊と思われる一団数十名が既に到着しており、彼等がその瓦礫の山の中で調査に当たっていた。
僕達はダランさんに馬車の傍で待っていて欲しいと伝えてから、郊外に野営する先遣隊の本部が置かれている幕舎を訪れた。
そして皇帝ガイウスより手渡されていた書状を、隊長に差し出した。
「なるほど、我等の調査に協力してくれる魔導師殿と護衛の剣聖殿、というわけですな」
恐らく皇帝ガイウスからの書状にそう書いてあったのであろう。
いつのまにか、僕は魔導師という事になっているようであった。
本当は、魔力の“ま”の字も持ち合わせていないのだけど。
「それで、どんな状況なのでしょうか?」
「街は見ての通りだ。所々に魔力の痕跡が残っているが、ヴィンダ側が使用したものであるようだ。つまり、街は魔力を使用せずに破壊されてしまったらしい」
僕の質問に、隊長は厳しい表情でそう言葉を返してきた。
「あと、生存者も今のところ発見出来ていない。死体は全て、正体不明の力で押し潰されたり、後から発生したと思われる火災により焼かれたりしたものばかりだ。大魔法も使わずに、一体どうやって街一つを滅ぼしたのか、見当もつかない」
幕舎から出た僕とハーミルは、瓦礫の山へ向かった。
瓦礫を調べる兵士達と挨拶を交わし合いながら、僕達は彼等から少し離れた場所まで移動した。
そしてハーミルが見守る中、僕は目を閉じて、そっと自分の右腕に嵌めてある腕輪に意識を集中した。
身体に霊力が満ちてくる。
そのまま、この街で何が起きたのかを探ろうとして……
突如、僕の脳裏に凄まじい情景がありありと映し出された。
夜半、前触れもなくヴィンダの街の上空に現れる【彼女】。
【彼女】が操る霊力により、瓦礫と化していく街並みと逃げ惑う人々。
彼らは崩れる建物と【彼女】の放つ霊力に押し潰され、次々と絶命していく。
遅ればせながら、応戦を開始する衛兵達。
しかしその攻撃は【彼女】の不可視の盾を、決して突破する事は出来ない。
近隣のボレア獣王国を巡る風聞から、街へ出入りする門は全て、日没とともに固く閉ざされていた。
本来は街を守るためのその措置が、却って住民達の脱出を妨げ、彼らの運命を決定づけてしまった。
その閉じられた空間で、【彼女】は最後の一人まで、執拗に命を奪い続けた。
やがてどこからとも無く巻き起こった炎が街全体を覆い尽くし、ヴィンダの街は文字通り、この世界から消滅した。
それを見降ろす【彼女】の能面のような顔には、いかなる感情も見いだす事は出来ない。
―――うわぁぁぁぁぁ!!
知らず僕は絶叫を上げてその場に膝をついていた。
「カケル!?」
ハーミルが慌てた声を上げ、僕の背に手を添えてきた。
「大丈夫?」
早鐘のような動悸を感じながらも、僕は無理矢理作った笑顔を彼女に向けた。
そして彼女に支えられながら、なんとか立ち上がった。
「ハーミル、“視えた”よ。ヴィンダは【彼女】に滅ぼされた」
僕はそう前置きしてから、今“視えた”情景について、ハーミルに語って聞かせた。
ハーミルの顔が、驚愕の色に染まるのが見えた。
「【彼女】は一体、何者なの?」
「分からない。でもこれではっきりした。僕以外にも霊力を使用できる存在が居る。だけどそいつは、一番やってはいけない事にその力を使ってしまった」
今更ながら、僕は“視えた”情景に戦慄した。
しかし同時に、大きな疑問も湧いてきた。
ヴィンダを壊滅させた【彼女】と、コイトスの浜辺で襲ってきた【彼女】が同一の存在であることは、間違いない。
しかしならばなぜ、自分を襲ってきた【彼女】は、あんなにも“弱々しい”力しか使ってこなかったのか?
単に力の出し惜しみをしていただけなのか、それとも……?
僕達は先遣隊の本部が置かれている幕舎へと戻った。
全てを詳細に語る事は憚られた為、霊力の下りを除き、謎の存在が街を襲撃して破壊した事を“幻視”した、と伝えた。
「数千の人々が暮らしていたヴィンダの街が、たった一人に滅ぼされただと!? 信じられん」
「とにかく僕達は一度、報告のため、帝都に戻ります」
夕方、僕とハーミルが乗り込んだ馬車は、ダランさんの巧みな手綱捌きにより、数時間前に来た道を逆方向に疾走していた。
しかし宿泊予定のカールの村まであと数キロという所で、馬車がいきなり停止した。
僕は御者台のダランさんに声をかけてみた。
「どうしました?」
「どうもこの先で、争っている者達がいるようです」
ダランさんの指さす方向に目を凝らすと、緩やかなカーブの向こう側で、砂埃が上がっているのが見えた。
耳を澄ますと、かすかに金属が打ち合う音、喊声のようなものも聞こえてくる
しかしこの場所からは死角になっているようで、詳細は分からない。
僕は咄嗟に霊力の感知網を広げてみた。
すると数百メートル先で、一台の荷馬車が、モンスターの群れに襲撃されているのが“視えた”。
「荷馬車が襲われている!」
僕の言葉に、ハーミルとダランさんの顔に緊張が走るのが見えた。
「どうします?」
「勿論、助けに行くわ!」
ダランさんの問い掛けに、ハーミルが即答した。
ダランさんはそのまま馬車を慎重に進め、ちょうど荷馬車が襲われている場所からはギリギリ死角になる木陰に馬車を止めた。
現場までは僅か数十メートル。
物陰から様子を伺うと、この前戦ったヘルハウンドに似てはいるけれど、それよりも一回り大きな狼のようなモンスターの群れ十数頭程が、統制の取れた動きで荷馬車に襲い掛かっているのが見えた。
それを数人の獣人達が懸命に防いでいる。
しかし形勢は明らかに、襲撃者側に有利に傾いていた。
獣人達は皆手傷を負い、中には動けなくなって仲間に庇われている者もいた。
状況を確認するや否や、ハーミルが剣を片手に、間髪入れずに飛び出した。
僕とダランさんも剣を抜き放ち、彼女の後に続いた。
どうやら僕達の背後からの攻撃は、モンスター達にとっては想定外だったようで、彼等の統制の取れた動きに、明らかに乱れが生じるのが見えた。
そこへハーミルが切り込んだ。
彼女の凄まじい斬撃の嵐により、モンスター達はあっという間に殲滅されてしまった。
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