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第四章 すれ違う想い

61. 衝動

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第019日―3


一方、アルラトゥは、成果を讃え合う最上階の集団から離れて、階下のカケルのもとに向かった。
魔力による感知で既に状況は把握してはいたものの、カケルの惨状を実際目の当たりにした彼女は言葉を失った。

「カケル……」

カケルは最早、アルラトゥの言葉に反応すら出来なくなっていた。
身体中から血を噴き出し、痙攣を続ける彼の目からは、光が失われつつあるように見えた。

霊力を利用した兵器……
過去への扉を開けるカケルなら、少々霊力を徴集されても、蚊に血を吸われる程度。
そうタカをくくっていた自分の甘さに、今更ながら腹が立った。

腹が立つ?

何故、自分は自分に腹を立てる必要があるのだろうか?
元々、カケルは単なる霊力供給のための道具に過ぎない。
それに守護者の力を継承しているなら、決して死にはしない。
父が言う通り、少々精神が壊れた所で、霊力砲の使用には差し支えないだろう。
それなのに、カケルが目の前で壊れていくのを黙って見ているのは、耐えられそうにない。
カケルと過ごした『メイとしての二週間』は、それほどまでに、彼女の心の一番奥深くで、優しい光を放ち続けている。

アルラトゥは、右の側頭部にわずかな痛みを感じた気がした。
思わず自分の頭に右手を伸ばし、そこにある髪飾りに指先が触れた。
右の側頭部のその“痕跡”は、人間ヒューマン達が、自分を拒絶した明確な証明。
それは決して癒されることの無い、魂に刻み込まれた傷。
しかし、それを覆うようにカケルが差してくれたその髪飾りは、まるで優しい瘡蓋かさぶたのようで……!

アルラトゥは、突如、自身の中に、この場においては、『極めて不適切な衝動』が沸き起こって来るのを感じた。
彼女は慌ててかぶりを振って、その気持ちを鎮めようとした。
そして、改めて別の手段での事態の打開の方向へと気持ちを切り替えた。

恐らく、カケルはまだ十分に霊力の制御が出来ないか、元々その身に貯めておける霊力量に制限があるのではないか?
だから想定よりも霊力を徴集出来ないし、無理矢理徴集しようとすれば、このような凄惨な状況になってしまう。
ならば、カケルに“あれ”を渡せば……

アルラトゥは、人目に触れない物陰に移動するとひそかに魔力を展開した。
しばしの詠唱の後、彼女の身体は転移の光に包まれた。


――◇―――◇―――◇――


ハーミル、ガスリン、ミーシア、ネバトベ、そしてレルムスら五人は、北の塔から一時間程度で、紫の結晶が感知される地点に到着した。
そこには強力な結界で護られた、古い小さな要塞のような建造物が建っていた。
既にイクタスからの念話で、ノルン達がメイの所在を探り当て、こことは違う場所へと転移して行った事は、五人にも伝わっていた。

「紫の結晶が感知されるのは、どうやらこの建物の中からみたい。メイちゃんはいないかもだけど、内部に、他の魔族やモンスター達が潜んでいる可能性もあるから、皆油断しないようにね」

ミーシアは、自身の言葉で皆が戦闘態勢に入ったのを確認すると、結界を解除するための詠唱を開始した。
彼女は、この世界では希少な存在となってしまった精霊魔法の使い手の一人であった。
彼女の身体から優しい魔力があふれ出し、周囲の精霊達がそれに答えて、彼女の周りに集まって来る。
精霊達の干渉により、結界は溶けるように消えて行った。
この方法であれば、結界が消滅した事を感知される可能性は、ほぼゼロとなる。

「相変わらず凄いな」
「こういうのは静かにやったほうが、中の人達を不用意に起こさなくて済むでしょ?」

感嘆するガスリンに、ミーシアが悪戯いたずらっぽく笑いかけた。

「さて、いよいよ内部へ突入だな」

ガスリンの言葉に一同はうなずき、五人は、慎重に内部へと足を踏み入れて行った。

内部は、拍子抜けするぐらい静かであった。
モンスターや他の魔族達の気配も感じられない。
入口から続く通路を抜けると、天井がやや高めの、倉庫のような場所に出た。
壁際には古い木棚が設置されており、そこかしこに、半透明の水晶のようなものが、所狭しと並べられていた。

「これは……霊晶石!」
「どうやらここは、霊晶石の貯蔵庫みたいね」

五人は手分けして、紫の結晶の捜索に取りかかった。
その直後、突如彼等は、部屋の中心が発光し、魔法陣が形成されていくのを見た。

「気を付けて! 何者かが転移してくる!?」

ミーシアが警戒の声を上げ、五人が身構える中、転移の光の中から、灰色のローブをまとった少女、アルラトゥが現れた。



アルラトゥは転移先である自身の霊晶石貯蔵庫に、招かれざる先客がいる事に驚いた。
しかしその先客が、『メイとしての二週間』を共に過ごしたハーミル、ミーシア、ガスリンといった面々である事に気がつくと、先程抑え込んだはずの『極めて不適切な衝動』が、彼女の中で決壊した。

「カケルを助けてっ!!」

彼女はあふれる涙と共に、その場にうずくまってしまった。



ミーシアは、うずくまって泣きじゃくるアルラトゥに近付き、そっとその背中に手を添えた。

「メイちゃん、カケル君に何があったの?」
「カケルが……霊力砲の核にされて……無理矢理霊力を吸われて……でも回復が追いつかなくて……」

アルラトゥの言葉に、その場の皆の表情が一挙に厳しくなった。

一方、アルラトゥの方は、ひとしきり自分の気持ちを吐き出した後、段々と冷静になってきた。
同時に、今の自分の立ち位置が不安定である事に気が付いた。
今の自分は、彼等にとって、“守るべきメイ”なのか、それとも、“カケルを拉致した敵”なのか?
それを確認しようと、静かに顔を上げると、厳しい表情を浮かべながらも、自分を心配そうに見つめるミーシアと目が合った。

「それでメイちゃん、カケル君に紫の結晶を返そうと思ってここへ来たのね?」

ミーシアの言葉に、アルラトゥの顔が強張った。

やはり、自分の正体がばれている?

「ガハハ、メイ! そんな顔するな。わしらは、お前達を助けに来たんだぞ」
「カケルだけじゃ無くて……私も?」
「当り前だ。例えおまえがメイでは無く、アルラトゥであったとしてもな」

ガスリンの言葉に、アルラトゥは咄嗟とっさにミーシアの手を払いのけて立ち上がった。
彼女から濃密な魔力が溢れ出す。
ミーシアは、そんな彼女に優しくさとすように語りかけた。

「メイちゃん、あなたさっき、カケル君を助けてって言っていたわよね? 今は私達と戦う事じゃ無くて、カケル君を一緒に助ける事を優先すべきじゃないかしら?」

アルラトゥの顔に焦りの色が浮かんだ。
確かに、ここで彼等と交戦していたずらに時間を費やすのは、得策とは言えない。
そんなアルラトゥに、ミーシアがなおも優しく語り掛けた。

「イクタスの事、覚えているでしょ? 私達は、彼から全部聞いて知っているの。だから私達は、カケル君を助け出すのと同時に、あなたも助けたいのよ」
「私は……助けてもらう必要が無いわ」
「分かったわ。でも、これだけは覚えておいて。あなたがどうしようも無くなって、この世界から拒絶されたように感じた時、私達の事を思い出して。決してあなたを見放すことの無い存在もいるんだって事を」
「……人間達が私を先に拒絶した。今更、聞こえの良いだけの言葉はいらない」

アルラトゥはミーシアに、険しい表情を向けてはいた。
しかしもはや戦意を失っていた彼女は、霊晶石の並べられている木棚の一つに近付き、詠唱を開始した。
程なくして、それまで何も無かったはずのその場所に、紫の結晶が出現した。
彼女はそれを手に取ると、転移でカケルのもとに戻るため、詠唱を開始しようとして……

「メイちゃん待って。それを直接カケル君に渡すつもり? そんな事をしたら、あっちにいられなくなるわよ?」

ミーシアの言葉に、アルラトゥはあわてて詠唱を中断した。

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