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第一章 気が付いたら異世界
13.診察
しおりを挟む第003日―1
翌朝、僕とメイが連れ立って階下に下りて行くと、先に起きていたらしいガスリンさんがテーブル席に座り、宿の主人のルビドオさんと談笑している姿が目に飛び込んできた。
僕は二人に声を掛けた。
「おはようございます」
ルビドオさんが笑顔で挨拶を返してくれた。
「カケル君にメイちゃん、おはよう。」
「ルビドオさん、ここっていい宿ですね」
寝心地の良いベッドに、よく手入れされた備え付けの家具類。
さすがは“ベテラン”冒険者のガスリンさんが馴染みの宿にするだけはある。
僕もここを定宿にしようかな……
そんな僕のほっこりとした気分を、当のガスリンさんが、豪快な笑い声と共にぶち壊してくれた。
「ガハハ、カケル! メイ! 遅いぞ。昨晩はお楽しみか?」
「だからなんでそんな事になるんですか? 清く正しく、普通に寝ましたよっ!」
実際は、昨晩も僕のベッドに入ってこようとするメイを宥めすかして、お互い各々のベッドで朝を迎えたわけなのだが。
僕達が席に着くのと入れ替わりに、ルビドオさんが席を立った。
「じゃあ朝食用意するから、少し待っていてくれ」
数分後、運ばれてきた食事を三人で頂きながら、僕は昨日聞きそびれていた話題を持ち出してみた。
「ところでガスリンさん、宝珠って何ですか?」
「宝珠? 詳しい話は、あの姫様から聞けば良いと思うんだがな」
「ガスリンさんのご存知の範囲内で結構ですので、教えて頂けないですか?」
「そうだな……宝珠ってのは、代々ナレタニア帝国の直系の皇女のみに宿る魔力の核と言われている」
「魔力の核? 魔結晶みたいなものですか?」
「ガハハ、全然違うぞ。魔結晶はいわばモンスターの心臓みたいなものだ。宝珠ってのはまぁ、普段は自身の中に封印されていて、所有者の意思の力で顕在化させることが出来る代物らしい」
「それって用途とかあるんですか?」
「所有者限定で、顕在化させると莫大な量の魔力が使用可能になるそうだ」
「じゃあそれをモンスターが奪ったら、凄い魔力が使えるようになる、とか?」
「それは不可能だろうな。宝珠は所有者限定の恩恵を与えるものらしい。そもそも、その所有者を変更する方法は知られておらん。例え魔王といえども、奪っても投げて遊ぶくらいしか出来ないと思うぞ。それに実のところ、実際は帝室の儀礼の場で用いられるのみと言われている」
「じゃあ、なんで昨日のモンスター……ウルフキング、でしたっけ? あのモンスターは宝珠を欲しがっていたのでしょうか?」
「さあな……」
それ以上は、ガスリンさんも宝珠について知らないようであった。
まあよく考えたら、勇者や魔王と同じく、今の僕にとっては宝珠もまた、縁遠い世界の話だ。
いくばくかの好奇心――宝珠が何かについて――も満たせたし、詮索はこの辺にしておこう。
気持ちを切り替えた僕は、皆で談笑しつつ、残りの食事を楽しんだ。
朝食後、ガスリンさんは済ませておきたい用事があるとの事で、午前中はお互い別行動を取ることになった。
「昼前に、冒険者ギルドで待ち合わせをしよう。午後からはお前をみっちり鍛えてやるからな」
いやガスリンさん、冒険のイロハを教えてくれるって話でしたよね?
みっちり“鍛える”ってどういう意味ですか? と聞く間もなく、ガスリンさんは、一足先に『宿屋タイクス』を出て行った。
僕はガスリンさんを見送った後、メイと一緒に治療院に向かう事にした。
メイはすっかり元気な様子だけど、昨日、ノルン様からは一応、治療院で診てもらうよう助言されていた。
それにこの機会に、僕自身も診てもらうつもりだ。
昨日、僕は確かにウルフキングに殴り飛ばされて、全身複雑骨折した自信がある。
だけど気が付いたら傷はおろか、痛みさえ跡形もなく消え去っていた。
イノシシに巨人に狼男に……と、結構即死レベルの怪我を負わされた記憶があるのに、気付くとなんともない。
もし全てが幻覚の産物だったとしたら、これはもう、急いで治療してもらわないといけないレベルの話のはず。
治療院は街の中心部にある大聖堂の付属施設と言う事で、建物自体も、大聖堂の隣に建てられていた。
入口にいた、治療師見習いの女性に話を聞いてみた所、色々教えてもらう事が出来た。
治療費は治療の難易度で大きく変わる。
魔法のみで癒せるのは骨折や切り傷等の外傷だけ。
風邪のような感染症、毒物による中毒等は、通常は魔法と治療院での薬とを併用しないと癒せない、等々。
治療院には、大勢の人々が訪れていた。
僕とメイは、受付で整理番号が書かれた札を受け取り、実際の診療の順番が回って来るのを待つ間、退屈しのぎに周辺を少し散策してみる事にした。
治療院を出て、大聖堂の方向に向かった僕達は、大聖堂の大きなな扉を押し開けて、中から数人の衛兵達を引き連れたノルン様が出て来るのに行き会った。
見送りと思われる立派な衣装を身に着けた聖職者然とした男性達と二言三言、会話を交わした後、僕達に気付いたらしい彼女が、笑顔を向けながらこちらに近付いて来た。
「カケルにメイではないか」
「ノルン様おはようございます」
ノルン様は笑顔のまま。僕達に声を掛けてきた。
「今からちょうど帝都に戻ろうかとしておったところだ。ところでメイ、身体の方はどうだ?」
「……ダイジョウブ」
今ひとつ反応が薄いメイに代わって、僕が彼女にお礼を言った。
「昨日は色々、ありがとうございました。今、治療院の受付を済ませてきたところでして、診察待ちなんですよ」
「それは良い選択だ。この街の治療院の技術は高い。診てもらって、損はないはずだ」
そこまで口にした所で、ノルン様が何かを思い出した雰囲気になった。
「そういえば、メイには記憶が無いのであったな?」
僕はチラっとメイに視線を向けてから、言葉を返した。
「はい」
「私はこう見えても、高位の神聖魔法を使用できる。少し診てやろう」
メイはその言葉を聞くと、途端に顔を強張らせて後ずさった。
「イイ ソノウチ オモイダス」
「遠慮する事は無いぞ。お前達は私の命の恩人だからな」
そう言うと、ノルン様は右の手の平をメイの方に向け、何かを唱えだした。
彼女の右手から輝く光がメイに放射され……
しかしそれはメイに届く寸前で、何かに阻まれたかのように弾け散った。
「つっ!」
ノルン様が短いうめき声をあげ、少し後ろによろめいた。
「だ、大丈夫ですか?」
慌てて駆け寄ろうとした僕や周囲の衛兵達をやんわりと制しつつ、ノルン様はやや怪訝そうな表情で、自分の右手とメイを代わる代わる眺めながら呟いた。
「封印……? 障壁……? しかし、これは……」
「ノルン様?」
周囲から掛けられた声に、ハッとした雰囲気になったノルン様が、苦笑いした。
「やはり私では、なんともならなさそうだ」
すっかり委縮した雰囲気になったメイは、僕の背後に回り込み、服の裾を掴んできた。
そんなメイに、ノルン様が優しい視線を向けた。
「メイよ、驚かせてすまなかった。いずれそなたの記憶が戻るのを、心から願っておるぞ。カケル、メイ、また会おう」
ノルン様は笑顔でそう告げると、少し離れた所に停まっていた瀟洒な馬車の方へと歩み去って行った。
その後、治療院に戻ってさらに待つ事1時間程度で、僕とメイの順番が回ってきた。
僕達の担当は、僕より20歳程上に見える中年男性で、隣の大聖堂で神官職も務めている、と自己紹介してくれた。
診察の結果、メイについては、怪我は完全に治っており、毒物等の影響も見られないため、特に治療は必要ない、と告げられた。
記憶喪失はやはりここでも治せず、時間に任せるしかないだろう、と言われてしまった。
続いて僕の番である。
「なるほど……大怪我をしてもたちどころに治ってしまう、という訳ですね」
「治ってしまうというか、正確に言うと、大怪我をした記憶があるのに、気付くと身体に傷が無いという……」
「記憶がおかしいのか、傷の治りが速すぎるのか、ですね? では、少し調べてみましょう」
そういうと、その男性は、右の手の平を僕の額に当てながら、何かを唱えだした。
同時に、何か暖かいものが僕の身体の中へと浸透してくる感覚に包まれた。
数秒後、彼は右手を離し、診断結果を告げてきた。
「う~ん、特に何の異常も見られませんね。慣れない戦闘で気分が高揚して、記憶が若干錯誤する事はよくある事ですよ」
勘違いという事であろうか?
何か釈然としないものを感じながら、僕はメイを連れて、治療院を後にした。
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「はい、カケル様が治療院に来られました。お身体の事についてです」
治療院の奥の部屋で、治療師兼神官のクルトは、そっと念話を送った。
「一応勘違いでは、と説明しておきました。が、いずれお気付きになられるかと」
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