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33.なんとかイネスを納得させた
しおりを挟む5日目5
「カース殿、失礼ですが、レベル、どれ位か教えてもらえないですか?」
「レベル……ですか?」
心臓の鼓動が、テーブルを挟んで向こう側に座るイネスの耳にも届くんじゃないかという位、早く大きくなっていく。
「レベルは……40ですが……それが何か?」
世間的には、俺のレベルはそういう事になっているはず。
というより、つい4日前までは、本当にレベル40だった。
それが今、本当はレベル313です、なんて答えようものなら、次に返って来る質問は、なんで? となるわけで、そうなれば、4日前に1000層?でウロボロスを斃した話や、【殲滅の力】について当然触れなければならなくなるわけで、そうなれば、目の前に座る深淵騎士団の副団長様がすんなり俺を解放してくれなくなるかもしれないわけで、最悪帝国に連行されて、あんな目やこんな目に合わされるかもしれないわけで……
俺の頭の中を、かつてない位ぐるぐると思考が駆け巡る中、イネスが明らかに怪訝そうな顔で質問を重ねてきた。
「では、周りには明かしていない特殊な魔法かスキルをお持ち……なのでしょうか?」
それはもちろん、【殲滅の力】……って、思考が堂々巡りだ。
俺はとりあえず、逆にたずねてみた。
「え~と、どうしてそう思われたのですか?」
「先程も話した通り、あのニンジャのレベルは恐らく200を越えています。なのにあなたはあの者の気配に気付き、追跡を振り切り、あまつさえ私を抱えた状態でタックルして吹き飛ばした、とまで話していました。もしあなたが噂通りの冒険者カースであれば、実に奇妙な話です」
噂通りの冒険者カース。
つまり聞いた事も無い職、『技巧供与者』にして、パーティーメンバーに『技巧供与』を行った後は、単なるお荷物と化す使えない冒険者カース、という風聞の事を言っているのだろう。
確かにレベルが313まで急上昇した今なお、新しいスキルも魔法もさっぱり覚えてはいない以上、その風聞はある意味真実だ、とも言えるわけだけど。
それはともかく、ここで何も言い返さなければ、かえってイネスの疑念を深めるだけだ。
どう説明しようか?
一生懸命考えを巡らせていると、俺達の会話を気にする様子も無く、隣でパンをはむはむ食べているナナの横顔が視界に飛び込んできた。
そうだ、とりあえず……
「え~と、実は……ナナのお陰なんです」
「ナナさんの?」
イネスがナナに視線を向けた。
ちょうど、ナナは口の中のパンをごっくんと飲み込んで、スープに手を付け始めたところだ。
「ここだけの話にしておいてもらいたいんですが……」
俺は声を潜めてみた。
「ナナはご存知の通り、記憶喪失なんですが、実はとても凄い能力を持っていまして」
イネスが興味津々といった表情で身を乗り出してきた。
「凄い能力?」
俺は頷いた。
ちなみにナナは自分の事が話題に上っているにも関わらず、今の所スープを味わうのに専念している。
「彼女をパーティーに加えた瞬間、俺のステータス値が凄い事になりまして」
「もしかして、パーティーメンバーのステータス値を上昇させるスキルを持っている?」
「多分、そうなんじゃないかと。とにかくそのお陰で、俺はレベル以上に強くなっているんだと思います」
どうだろうか?
俺はそっとイネスの雰囲気を観察してみた。
彼女は少し難しい顔で何かを考えている様子であったが、やがて表情を和らげた。
「……なるほど。それなら色々説明付きますね」
なんとか、納得してくれてそうだ。
「で、さっきも言いましたが、この事はココだけの話にしておいて下さい。もし皆に知られたら、ナナを横取りして悪用しようという連中が現れないとも限りませんし」
イネスが微笑んだ。
「分かりました。確かにナナさんがそんな凄いスキルを持っているのなら、あなたのような良い人とパーティー組んでいる方が、彼女にとっても幸せだと思いますし」
イネスの言葉に軽く後ろめたい気分になったけれど、とにかくなんとか誤魔化せたようだ。
そこから先は和やかな雰囲気でランチを楽しむ事が出来た。
イネスからは、彼女が伯爵令嬢である事。
年齢は20歳である事。
元々、軍事貴族的傾向の強い家柄であったため、幼い頃から剣の修練を積んできた事。
そして13歳の時、『剣神』という、世界でも片手で数えるほどしか存在しない職についた事。
以来、帝都で毎年行われている剣術大会で連覇を続けている事。
乞われて深淵騎士団に入団し、現在副団長を任されるまでになった事。
俺からは、貧しい生まれである事。
13歳で『技巧供与者』の職を得た事をきっかけに、このダレスの街に来て、冒険者となった事。
【黄金の椋鳥】の連中と出会い、彼等と4年間一緒に冒険して来た事。
裏切られ、殺されそうにうなった事。
“仲裁”絡みの話の成り行きで、やつらが『ござる』野郎を捕える事になった事。
俺の話を聞いたイネスが憤慨した雰囲気になった。
「カース殿の元仲間の方々を悪く言うのはなんですが、それは有り得ませんね」
「まあ俺としては、やつらにしかるべき制裁が加えられる事を望むばかりなんですけどね」
「ごめんなさい。ご存知かもしれませんが、騎士団としては、冒険者同士の諍いに介入する事が出来ない事になっているんですよ」
「あ、それはもう承知しているんで、全然気にしないで下さい。そのための“仲裁”なんで」
ランチを終えて連れ立って外に出てみると、生憎の曇り空であった。
午後からはもしかすると雨になるかもしれないな。
そんな事を考えていると、いきなりあの妙な違和感が襲ってきた。
俺は、イネスに囁いた。
「あのニンジャ、今どうしているか、とか分かります?」
イネスは少しキョトンとした表情を浮かべた後、言葉を返してきた。
「ここに来る前、ついてこないように話しておいたので、今頃はこの街のどこかでのんびりしているかと」
その口ぶりから類推するに、どうやらイネスは、殊更妙な感覚に襲われたりはしていなさそうだ。
俺はナナにも囁いた。
「あの『ござる』野郎、来てないかな?」
イネスが、俺の言葉を耳聡く聞きとがめて来た。
「まさか、ニンジャの気配を?」
俺がそっと頷く中、ナナが周囲にキョロキョロと視線を向けて……
「よお、カースじゃねぇか?」
少し離れた場所から、意外な声が掛けられた。
視線を向けると、マルコがにやにや嫌な笑みを浮かべながら立っていた。
ハンス、ミルカ、ユハナ達も一緒だ。
俺は心の中で軽くため息をつきつつ、言葉を返した。
「……何してんだ? お前等」
まさか、真っ昼間、こんな高級住宅街のど真ん中で闇討ちって事は無いだろうけれど。
「何って、俺等ちょうど今からレスターさんに会いに行く所だ。それよりお前こそ、何してんだ、こんな所で?」
レスターはこの街の富豪の一人で、【黄金の椋鳥】の実力を買っていて、たまに指名依頼を出してくれる人物だ。
俺も【黄金の椋鳥】に所属していたから、当然面識はある。
少し剥げているけれど、恰幅の良いいかにもお金持ちのおじさんだ。
今からそのレスターに会いに行くという事は、【黄金の椋鳥】に対して、また指名依頼が来た、という事なのだろう。
指名依頼は文字通り、依頼者側が、冒険者を指名して依頼を出す制度だ。
当然ながら、報酬は普通のクエストよりも高くなる傾向にある。
マルコはまず、レッドベリー、そして俺、ナナ、そして最後にイネスへと視線を向けた後、何かに得心したような顔になった。
「はは~ん、お前、その女をパーティーに勧誘しようと思って、無理して高級レストランで飯を奢っていたってトコか」
イネスはパーティーメンバー候補じゃ無いし、そもそも奢ってもらったのは、俺の方なんだが。
マルコが小馬鹿にしたような顔になった。
「カース、いくら誰からも相手にしてもらえないからと言って、そんな顔だけ女をパーティーに入れてどうするつもりだ? 今なら泣いて頼めば、また俺等の……」
しかしマルコが最後まで話す事は出来なかった。
なぜなら一瞬にしてマルコの傍に移動したイネスがマルコの腕を捩じ上げていたからだ。
「いてててて! なにしやがるこの女!」
「私はともかく、カース殿をこれ以上侮辱する事は許しません」
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