上 下
31 / 41

31.イネスに『ござる』野郎の話を聞かせてみた

しおりを挟む

5日目3


イネスとベネディクトの二人は、俺とナナが近付いて来るのに合わせて立ち上がった。
イネスが俺に頭を下げて来た。

「冒険者カース殿ですね。昨夜はありがとうございました」

そんな彼女の様子に、俺は少し戸惑ってしまった。

「顔を上げて下さい。俺、なんか頭下げてもらえるような事、しましたっけ?」

最終的に【殲滅の力】で魔族を斃す事が出来たけれど、イネスが助けに来てくれなければ、俺は動転したまま、あっさり殺されていたかもしれない。
むしろ頭を下げるのは、俺の方のはず。

顔を上げたイネスが微笑んだ。

「瀕死の私を街まで運んでくれたではないですか。つまり、あなたは私の命の恩人です」

隣に立つベネディクトも言葉を添えた。

「イネス殿の申す通りじゃ。もう少し手当てが遅れておれば、命に関わっていたかもしれん。わしからも改めて礼を申そう」
「いやそんな、助けてもらったのは寧ろ俺の方ですし……」
「何はともあれ、魔族と邂逅かいこうして二人とも無事だったのは僥倖ぎょうこうじゃ。神がそなた達二人を護ってくれたに違いない」

ベネディクトに促されて、俺とナナも席に着いた。
時刻は午前10時前。
『無法者の止まり木』の主要客層である冒険者達は皆出払っており、周囲に俺達以外の客の姿は無い。
強いて言えば、耳がダンボになっているのであろうゴンザレスが、わざとらしく近くのテーブルや椅子を丹念に拭き上げている位だ。

ベネディクトが口を開いた。

「早速じゃが、カースよ。昨夜の高台での出来事、改めて詳しく聞かせてもらっても良いかな?」

問われて俺は、昨夜、ベネディクトに語ったのと同じ内容をそのまま繰り返した。

高台でいきなり魔族に襲われた事。
イネスが助けに入ってくれた事。
彼女が何か詠唱した後、真っ白になって気絶して、気付いたら魔族は消えてイネスが倒れていた事。
彼女を抱えて街まで戻って来た事……

話を聞き終えたベネディクトが、俺に問いかけて来た。

「なるほど。ところでおぬし、あの時分、高台で何をしておったのじゃ?」


―――ぎくっ!?


それに関する言い訳は考えていなかった。

「え~と……夜の散歩? みたいなものです」

ベネディクトの目が細くなった。

「散歩……実はおぬしが猛然と高台に向けて駆けて行った、と話す者がおってな。散歩なのに、全速力で走って行ったのか?」

誰だ? そんな余計な事を……
はっ!? 
まさかゲロンか?
そういや昨夜の帰り道、やつがそんな事を口にしながら絡んできてたっけ?

「え~と……実は、鍛錬も兼ねて……」
「鍛錬?」
「あ、いや、俺、モンスターとの戦いに役立つような魔法もスキルも持ち合わせていないんで、せめて体力だけはつけとこうかと、時々走り込みしたりしているんですよ」

これは半分本当だ。
実際、【黄金の椋鳥】の連中と一緒に冒険を続ける中、(皆から馬鹿にされる度合いを減らしたいっていう不純な動機ながら)、こっそり魔法や剣術の練習をしていたのは事実だ。
とは言え、高台まで走って行ったのは、俺をつけてきていた『ござる』野郎を振り切る為だったわけだけど。

「なるほどのう……」

ベネディクトは、一応は納得したように頷いた。
彼は、隣に腰掛けるイネスに顔を向けた。

「イネス殿はカースに聞きたい事は無いかの?」

イネスは首を振った。

「今の所は何も」
「そうか」

そろそろ話も終わりな感じだ。
少し心に余裕の出て来た俺は、逆に問いかけてみた。

「ところで、イネスさんはどうして高台に?」

そう。
なぜ彼女はあんなナイスタイミングで、俺を助けに来る事が出来たのだろうか?

俺から問いかけられる事を予期していなかったのか、彼女は一瞬目を見開いた後、すぐに微笑んだ。

「あなたと同じです。鍛錬を、と思いまして」
「そうですか……」

答えになっているような、なっていないような。
なんだかはぐらかされている雰囲気だけは伝わって来た。

それなら……

俺はあの話を持ち出してみる事にした。

「実は高台から下りて来る途中、妙な奴が現れまして……」

話しながら、二人、特にイネスの様子をそっと観察してみた。
今の所、二人の表情に大きな変化は感じられない。

ベネディクトが聞き返してきた。

「妙な奴とは?」
「目元以外の全身、周囲に溶け込む感じの装備を着込んでいる奴です。そいつがイネスさんを抱えていた俺に、“お嬢様を放せ!”と」

どうだろう?
相変わらずベネディクトの表情に変化は感じられない。
しかし、イネスの顔には明らかな動揺の色が浮かびあがってきた。
やっぱりあの『ござる』野郎、少なくともイネスの知り合い!?

ベネディクトがイネスに話しかけた。

「イネス殿には何か心当たりでも?」

しかし意外な事に、イネスは首を振った。

「いえ、何者でしょうか?」

あれ?
拍子抜けする俺に、ベネディクトが声を掛けてきた。

「それで、そいつはどうしたのじゃ?」
「何かゴチャゴチャ言っていましたが、急いでいましたし、その……両手が塞がっていましたので、体当たりを食らわせたら吹っ飛んで行きました」
「吹っ飛んで!?」

俺の言葉を聞いたイネスが、なぜか驚いたような声を上げた。
ベネディクトが、イネスに怪訝そうな視線を向けた。

「どうかしましたかな?」
「あ、いえ……」

イネスは取りつくろうかのような笑みを浮かべた。

「とにかくその者に関しては、私の方でも調べてみます。ベネディクト殿」

彼女がベネディクトに声を掛けた。

「そろそろ参りましょうか」


二人を見送った俺は、一旦、ナナと共に2階の自分の客室へと戻る事にした。
今日は朝から神経を使う行事がテンコ盛りで、精神的な疲労感が半端ない。
ちなみに、ナナは先程の席にも同席していたけれど、高台での出来事に関しては当事者では無かったためであろう。
特に何か聞かれる事も無かった。
そして彼女自身も、いつもと同じ感じでぼーっと座って、ただ俺達の話が終わるのを待っているだけだった。

客室に戻った俺がベッドの上に横たわると、ナナも俺の傍でベッドの端にちょこんと腰かけた。

珍しく、ナナから俺に声を掛けてきた。

「カース……疲れた?」
「ん? まあな」

答えた俺の頭に小さな手が添えられた。
そしてその手がゆっくりと俺の頭を撫ぜ始めた。

「ナナ?」

俺の小さな疑問に、ナナが小さく微笑んだ。

「前に頭……撫ぜてもらったら……元気……出たから……」

……うん。
ナナは良い奴じゃ無いか。

改めてナナに視線を向けてみた。
彼女はいつも通りの白っぽい貫頭衣を着用している。

そういや、ナナに服、買ってやろうと思っていたのに、なんだかんだで先送りになってしまっている。
確か、昨日の報酬で今の手持ちのお金、5万ゴールド弱になっているから、そんなに高くない服なら、二三着、買ってやれるかもしれないな。
後で服屋に連れて行ってあげよ……う……
…………
……
……ンコン

「お~い、カース! 生きているかぁ!?」

ん?
ゴンザレスの声?
いつの間にかひと眠りしていたらしい俺の意識が、急速に覚醒した。
ちなみに、ナナは俺が眠る前と同じ場所にちょこんと腰かけている。
とりあえず、客室の外から扉を叩かれても、自分で対応するという選択肢は、まだ彼女の中には存在しないらしい。

「カース? いないのか?」
「いるよ! 今開けるから!」

扉の向こうに怒鳴り返しながら、俺はベッドから起き上がった。
扉を開けた俺に、ゴンザレスが、ニヤニヤしながら言葉を掛けてきた。

「なんだ? 昼間っからお楽しみか?」
「なんでそうなるんだよ!? ちょっと昼寝していただけだよ!」
「なるほど。お楽しみの後、疲れて寝ていたんだな?」

このセクハラおやじめ。
そんなんだから、ずっと一人独身なんだよっ!
あれ?
ずっと一人独身だから、こうなったのか?

「だから違うよ! で、何の用だ?」
「ああ、お前に何か来ているぞ?」

ゴンザレスが、封書を1通差し出してきた。
なんだ?
またギルドか何かの呼び出しか?

手に取ってみたけれど、表にも裏にも差出人を示す何物も表記されていない。

「誰からだ?」
「さあな。なんかどこかの使用人みたいな感じの男が届けに来ていたぞ?」


ゴンザレスが去り、客室の中に戻った俺は、ベッドの上でその手紙の封を切ってみた。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

勇者一行から追放された二刀流使い~仲間から捜索願いを出されるが、もう遅い!~新たな仲間と共に魔王を討伐ス

R666
ファンタジー
アマチュアニートの【二龍隆史】こと36歳のおっさんは、ある日を境に実の両親達の手によって包丁で腹部を何度も刺されて地獄のような痛みを味わい死亡。 そして彼の魂はそのまま天界へ向かう筈であったが女神を自称する危ない女に呼び止められると、ギフトと呼ばれる最強の特典を一つだけ選んで、異世界で勇者達が魔王を討伐できるように手助けをして欲しいと頼み込まれた。 最初こそ余り乗り気ではない隆史ではあったが第二の人生を始めるのも悪くないとして、ギフトを一つ選び女神に言われた通りに勇者一行の手助けをするべく異世界へと乗り込む。 そして異世界にて真面目に勇者達の手助けをしていたらチキン野郎の役立たずという烙印を押されてしまい隆史は勇者一行から追放されてしまう。 ※これは勇者一行から追放された最凶の二刀流使いの隆史が新たな仲間を自ら探して、自分達が新たな勇者一行となり魔王を討伐するまでの物語である※

特殊部隊の俺が転生すると、目の前で絶世の美人母娘が犯されそうで助けたら、とんでもないヤンデレ貴族だった

なるとし
ファンタジー
 鷹取晴翔(たかとりはると)は陸上自衛隊のとある特殊部隊に所属している。だが、ある日、訓練の途中、不慮の事故に遭い、異世界に転生することとなる。  特殊部隊で使っていた武器や防具などを召喚できる特殊能力を謎の存在から授かり、目を開けたら、絶世の美女とも呼ばれる母娘が男たちによって犯されそうになっていた。  武装状態の鷹取晴翔は、持ち前の優秀な身体能力と武器を使い、その母娘と敷地にいる使用人たちを救う。  だけど、その母と娘二人は、    とおおおおんでもないヤンデレだった…… 第3回次世代ファンタジーカップに出すために一部を修正して投稿したものです。

彼女をイケメンに取られた俺が異世界帰り

あおアンドあお
ファンタジー
俺...光野朔夜(こうのさくや)には、大好きな彼女がいた。 しかし親の都合で遠くへと転校してしまった。 だが今は遠くの人と通信が出来る手段は多々ある。 その通信手段を使い、彼女と毎日連絡を取り合っていた。 ―――そんな恋愛関係が続くこと、数ヶ月。 いつものように朝食を食べていると、母が母友から聞いたという話を 俺に教えてきた。 ―――それは俺の彼女...海川恵美(うみかわめぐみ)の浮気情報だった。 「――――は!?」 俺は思わず、嘘だろうという声が口から洩れてしまう。 あいつが浮気してをいたなんて信じたくなかった。 だが残念ながら、母友の集まりで流れる情報はガセがない事で 有名だった。 恵美の浮気にショックを受けた俺は、未練が残らないようにと、 あいつとの連絡手段の全て絶ち切った。 恵美の浮気を聞かされ、一体どれだけの月日が流れただろうか? 時が経てば、少しずつあいつの事を忘れていくものだと思っていた。 ―――だが、現実は厳しかった。 幾ら時が過ぎろうとも、未だに恵美の裏切りを忘れる事なんて 出来ずにいた。 ......そんな日々が幾ばくか過ぎ去った、とある日。 ―――――俺はトラックに跳ねられてしまった。 今度こそ良い人生を願いつつ、薄れゆく意識と共にまぶたを閉じていく。 ......が、その瞬間、 突如と聞こえてくる大きな声にて、俺の消え入った意識は無理やり 引き戻されてしまう。 俺は目を開け、声の聞こえた方向を見ると、そこには美しい女性が 立っていた。 その女性にここはどこだと訊ねてみると、ニコッとした微笑みで こう告げてくる。 ―――ここは天国に近い場所、天界です。 そしてその女性は俺の顔を見て、続け様にこう言った。 ―――ようこそ、天界に勇者様。 ...と。 どうやら俺は、この女性...女神メリアーナの管轄する異世界に蔓延る 魔族の王、魔王を打ち倒す勇者として選ばれたらしい。 んなもん、無理無理と最初は断った。 だが、俺はふと考える。 「勇者となって使命に没頭すれば、恵美の事を忘れられるのでは!?」 そう思った俺は、女神様の嘆願を快く受諾する。 こうして俺は魔王の討伐の為、異世界へと旅立って行く。 ―――それから、五年と数ヶ月後が流れた。 幾度の艱難辛苦を乗り越えた俺は、女神様の願いであった魔王の討伐に 見事成功し、女神様からの恩恵...『勇者』の力を保持したまま元の世界へと 帰還するのだった。 ※小説家になろう様とツギクル様でも掲載中です。

召喚されたけど要らないと言われたので旅に出ます。探さないでください。

udonlevel2
ファンタジー
修学旅行中に異世界召喚された教師、中園アツシと中園の生徒の姫島カナエと他3名の生徒達。 他の三人には国が欲しがる力があったようだが、中園と姫島のスキルは文字化けして読めなかった。 その為、城を追い出されるように金貨一人50枚を渡され外の世界に放り出されてしまう。 教え子であるカナエを守りながら異世界を生き抜かねばならないが、まずは見た目をこの世界の物に替えて二人は慎重に話し合いをし、冒険者を雇うか、奴隷を買うか悩む。 まずはこの世界を知らねばならないとして、奴隷市場に行き、明日殺処分だった虎獣人のシュウと、妹のナノを購入。 シュウとナノを購入した二人は、国を出て別の国へと移動する事となる。 ★他サイトにも連載中です(カクヨム・なろう・ピクシブ) 中国でコピーされていたので自衛です。 「天安門事件」

最弱ユニークギフト所持者の僕が最強のダンジョン探索者になるまでのお話

亘善
ファンタジー
【点滴穿石】という四字熟語ユニークギフト持ちの龍泉麟瞳は、Aランクダンジョンの攻略を失敗した後にパーティを追放されてしまう。地元の岡山に戻った麟瞳は新たに【幸運】のスキルを得て、家族や周りの人達に支えられながら少しずつ成長していく。夢はSランク探索者になること。これは、夢を叶えるために日々努力を続ける龍泉麟瞳のお話である。

禊ぎを終えたから自由に過ごせるようになった

かざみねこ
ファンタジー
異世界召喚された世界で大失敗をして、そして暗殺され、そこの世界の神様に怒られ、最後には別の世界に転送された。 転送された世界では、禊ぎという天界の職業斡旋所で職業に沿った繰り返しの転生で罪を浄化するシステムがあった。 罪を償うため禊ぎに勤しむが、転送されてから1600年後、天界側のミスで過剰に禊ぎを行っていたことが判明した。

性に無知な美聖女が淫蕩サキュバスに捕まり、おち○ぽ生やされて精液を絞り尽くされたり、えちえちにいじめられたり、らぶらぶになったりする話

suna
ファンタジー
聖女と呼ばれる美少女アリシアはダンジョンの攻略に向かう。 そのダンジョンの最奥に待ち構えていたのは、美人の淫魔族のリリィ。 アリシアはリリィに捕まってしまいその魔法によって、おち○ぽを生やされてしまい……その餌食になってしまう話。 手コキとかパイズリとか、もちろんその先のこともされてしまいます。 性に無知な聖女アリシアがどんどんとエッチになっていくのを楽しんでもえらえたらと思います。 サブタイトルに★がついているのはエッチありです。 からかわれたりはありますが残酷な感じではないです。

パーティーから追放され婚約者を寝取られ家から勘当、の三拍子揃った元貴族は、いずれ竜をも倒す大英雄へ ~もはやマイナスからの成り上がり英雄譚~

一条おかゆ
ファンタジー
貴族の青年、イオは冒険者パーティーの中衛。 彼はレベルの低さゆえにパーティーを追放され、さらに婚約者を寝取られ、家からも追放されてしまう。 全てを失って悲しみに打ちひしがれるイオだったが、騎士学校時代の同級生、ベガに拾われる。 「──イオを勧誘しにきたんだ」 ベガと二人で新たなパーティーを組んだイオ。 ダンジョンへと向かい、そこで自身の本当の才能──『対人能力』に気が付いた。 そして心機一転。 「前よりも強いパーティーを作って、前よりも良い婚約者を貰って、前よりも格の高い家の者となる」 今までの全てを見返すことを目標に、彼は成り上がることを決意する。 これは、そんな英雄譚。

処理中です...