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28.街まで無事戻って来た

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4日目7


街の入り口付近に近付くと、手に松明を持った大勢の人々が集まっているのが見えて来た。
その中の一人、いかにも仕立ての良さそうな服を着た初老の男性が、俺達に気が付いて駆け寄って来た。

「おぬしら、高台の方から下りて来たのか?」

初老の男性は、俺達を松明で照らし出した。
そして俺の腕の中のイネスに気が付くと、大きく目を見開いた。

「イネス殿!?」

俺は腕に抱え上げていた彼女をゆっくりと地面に横たえた。

「すみません。高台で魔族に襲われたところをイネスさんに助けて頂いたのですが、代わりに彼女が……」

初老の男性の顔色が変わった。

「魔族が!? それは本当か?」
「はい」
「それで、イネス殿は?」
「まだ息があると思うのですが……」

少なくとも、高台で抱え上げた時には、彼女は呼吸していた。
初老の男性が、イネスのかたわらでしゃがみ込み、何かを調べ始めた。
周囲を大勢の人々が取り囲み、僕等の様子を心配そうに眺めている。
初老の男性が彼女の胸のあたりに手を翳しながら、何かを唱え始めた。
彼の手から柔らかい光が放たれ、それがイネスの全身を包み込んで行く。
十数秒後、光は消え去った。
イネスはまだ目を閉じたままだったけれど、呼吸は随分安定したように見えた。
初老の男性がホッとしたような雰囲気になった。

「これで大丈夫なはずじゃ」

そして周囲の人々の方に向けて声を上げた。

「ジャック殿! カイン殿!」

声に応えるように、体格の良い男性が二人進み出て来た。
初老の男性が、彼等に指示を出した。

「イネス殿を宿舎へ。あと、冒険者ギルドのトムソン殿にも連絡じゃ」
「はっ!」

二人がイネスを抱え上げた。
俺は慌てて二人を呼び止めた。

「待って下さい、これを」

俺は背中のリュックサックマジックボックスの中から、イネスが使っていた大剣を取り出した。

「これ、イネスさんの使っていた剣です」
「預かっていてくれたのか? 感謝する」

俺から大剣を受け取った二人は、イネスを抱えてどこかへと去って行った。
それを見送る俺に、初老の男性が声を掛けて来た。

「イネス殿の件、わしからも礼を言わせてくれ。それで一体、高台で何があったのじゃ?」
「ですから魔族に襲われて……」
「魔族はどうなったのじゃ? まさかイネス殿が斃したのか?」

なんて答えよう?
待てよ。
今時分、ここ街の入り口に大勢の人々が集まっているって事は、昨日と同じで、俺が使った【殲滅の力】による光やら音やらがここまで見えたり聞こえたりしたって事だよな……
なら、それに矛盾しないような説明をするとすれば……

「イネスさんが何か唱えて魔法陣が見えて、その後、真っ白になりました」
「真っ白に?」
「で、気付いたら魔族が消えて、イネスさんが倒れていたという感じです」
「ふむ……」

初老の男性が、じっと考え込む素振りを見せた。
数秒後、彼は顔を上げた。

「とにかく、イネス殿をここまで運んでくれたのはお手柄じゃ。おぬし、名は何と申す?」
「俺はこの街の冒険者でカースと言います」

俺の言葉を聞いた初老の男性が、少し驚いたような顔になった。

「カース? そうか、おぬしがカースという冒険者であったか」

あれ?
なんでこの初老の男性は俺の事……というより、俺の名前を知っているんだ?
まあ、使えない職を授かった冒険者カースって名前は、俺の顔を知らない冒険者達でも知っていたりはするけれど。
俺が思っている以上に、俺の名前は(悪い意味で)有名になってしまっているのかもしれない。

「そうそう、名乗るのが遅くなったな。わしは深淵鎮守教団に所属する司祭で、ベネディクトと申す。おぬしも知っておるかと思うが、この街周囲で発生しておる異常現象の調査の為、イネス殿達と供に帝都から参った者じゃ」

するとこの初老の男性――ベネディクト――もまた、“謎の爆発”を調べに来た調査団の一員と言う事だろう。
という事は俺の名前、イネスから聞いたのかもしれない。

「手間を掛けるが、明朝、イネス殿が目を覚ました後、改めて高台での出来事を詳しく聞かせてもらいたい」

そう言われたところで、今ベネディクトに伝えた以上の“情報”を話すつもりは無いけれど。
とにかく、今は早くこの場を立ち去りたい。
ベネディクトも“明朝”って言ってくれているし。

「それでは俺はこの辺で……」

立ち去りかける俺に、ベネディクトが言葉を投げて来た。

「おぬし、確か『無法者の止まり木』に滞在しておったな。明日はすまんが、こちらからの連絡があるまで、宿で待機していてもらいたい」

……まあそうなるよな。
半分諦め気分になった俺は、ベネディクトにペコリと一礼してから、その場を足早に立ち去った。


先程までのやりとりを見ていたらしい人々の好奇の目をすり抜け、宿に向かってしばらく速足で歩いて向かっていると、背後から声を掛けられた。

「待って下さいよ、カースさん!」

ん?
この声は?

立ち止まって振り返ると、肩で息をしながら背の低い茶髪の冒険者が一人立っていた。
ゲロン第19話だ。

「足早いっすねぇ。何かやましい事でもあるんすかぁ?」

俺は不機嫌さを前面に押し出しながら言葉を返した。

「なんか用か? ちなみに俺の方は、お前に用事なんてこれっぽっちも無いけどな」
「冷たいっすねぇ。知らない仲じゃ無いじゃないすか」

確かにこいつの言う通り、知らない仲じゃ無い。
しかしそれは悪い意味で、だ。

ゲロンが探るような視線を向けて来た。

「高台、何しに行ってたんすかぁ?」
「それ、お前に説明する必要って有るか?」
「ま、好奇心っすけどねぇ。でも妙ですよねぇ。カースさんが有り得ない位のスピードで高台の方に向かってガーって走って行ったと思ったら、ピカーって光って、ドーンですもん」

『ござる』野郎を振り切る為に全力疾走したのをこいつに見られていたらしい。

「で、戻って来たと思ったらぁ、魔族? に襲われたぁ? カースさん、何か隠して無いっすかぁ?」

どうやら先程、街の出入り口に集まっていた人々の中に、こいつも居たらしい。
しかしなんだこいつ。
カマかけてやがるのか、それとも本当に何か感づいているのか?
いずれにしてもこいつとここで会話を続ける事に、何のメリットも感じない事だけは断言出来る。

「俺だって九死に一生だったんだ。悪いけど早く宿に帰って寝たいんだよ」

そう吐き捨てた後、俺はゲロンに背を向け、そのまま宿に向かって足早に歩きだした。
奴の視線を背中に感じたけれど、幸いな事に、それ以上やつが絡んで来る事は無かった。


俺が『無法者の止まり木』の自分の部屋に帰り着いた時、ナナはぼんやりした雰囲気でベッドに腰掛けていた。

「ナナ、俺が留守の間、変わった事無かった?」

俺の言葉にナナが首を振った。

「特に……何も……」
「そっか……」

俺はナナの隣に並んで腰を下ろした。
そして少し考えた後、先程の高台での出来事を、ありのまま全て彼女に語って聞かせた。

「……まあそんなわけで、明日はまた色々話を聞かれると思うんだ」

話し終えた俺は、そっとナナの反応を確認してみた。
彼女の表情からは、取り立てて俺の話に驚いている様子は感じられない。

「今の話、ナナの心の中だけに留めて置いて。明日話を聞かれるのは俺だけだと思うし、万一、ナナが何か聞かれたら、よく分からないって答えておいて」

ナナはコクンと頷いた。

「分かった……」


午後11時前。
少し早いけれど、そろそろ寝ようかとナナと話していると、俺の部屋を誰かがノックした。


―――コンコン


扉を開けると、廊下に宿の主人、ゴンザレスが立っていた。

「カース、お前宛てにギルドから何か来ているぞ!」

ゴンザレスが、1通の封筒を差し出してきた。

「おやじ、ありがとうよ」
「もしかして、延期になっている“仲裁”の件か?」
「かもな」

ゴンザレスが去り、部屋に戻った俺は、封筒の中身を確認してみた。
はたして“仲裁”の件であった。


『冒険者カースと【黄金の椋鳥】のメンバー、マルコ、ハンス、ユハナ、ミルカらの間に生じた紛争に対し、明朝9時より冒険者ギルドにて、ギルドマスター、トムソンの立会いのもと、仲裁を実施する事を通知する』

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