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第60話 暇という名の追放

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「李昭容。いい加減に理解しなさい。これは皇帝であるあの子が考えた事。それに背く事は皇帝陛下に背く事でもあるのですよ?」
「それは理解しています。ですがいきなりの申し出でなぜそのような事に至ったのか、考えが及ばず……」
「気にしなくて結構。力分、李昭容を外へ連れ出しなさい」
「御意にございます」
「っ!」

 力分が桃玉を後ろから羽交い締めにした。桃玉は抵抗しようとするも四方八方から力分がその身体からは見合わぬ強い力を与えてくるので身動きが取れない。

「では、参りましょう」
「っ! 龍環様……!」

 なんとか声を出した桃玉だが、抵抗にはならなかった。女官達は力分に怒りのこもった表情を見せながら皇帝が執務を行っている箇所へと走り出した。

「何をしているのです。持ち場に戻りなさい」

 女官を制する皇太后の声が、桃玉の背後から響き渡る。

(……なんで、私……龍環様、どうして……?)

 わけの分からぬまま力分に抱えられた状態で宮廷の出入り口までやってきた桃玉。出入り口の巨大な門の外に出ると力分はそっと重力を感じさせずに桃玉を降ろす。

「では、こちらお受け取りください」
「これはなんですか……?」
「手切れ金です。これくらいあればしばらくは生活に困らないでしょう」

 力分が差し出した木箱を受け取る桃玉。力分から早く立ち去ってくださいと言われるも足は動けないでいた。
 そんな桃玉を無視して踵を返し、宮廷へと戻る力分。彼はふうっ……と大きなため息を吐いたが表情はやや暗い。

「まだ安心は出来ないですね……」

 ぽつりと漏らされた彼のつぶやきが、風にかき消されていった。
 そして桃玉は呆然と宮廷の方を見る。

「なんでですか? 私が何かしたんですか?」

 宮廷からすぐ外の大通りには行き交う人々があちこちにいるのに、彼女の空虚な言葉に反応する者は誰もいない。

「……」

 ぎいい……。と桃玉を拒絶するように宮廷へと続く巨大な門が閉ざされた。閉ざされた門を見上げた桃玉は、もうここに戻る事は叶わない事を悟る。

(もう、龍環様には出会えないんだ……)

 唇をぎゅっと結び両手を硬く握る桃玉。本来ならこのような時には涙があふれ出て来るのだろうが、桃玉の目から涙があふれる様子はなかった。

「どうしよう……家に帰るべきか、それとも……」

 おじとおばに会いたい。という欲と共に、帰ってきたらまたいけにえにされてしまうのではないかという不安がせりあがって来る。結局桃玉はその不安に負けてしまい、おじとおばに会う事は断念した。

「この近くに家が無いか見てみよう……」

 ふらふらと大通りを歩く桃玉。大通りをまっすぐ歩いていくと市場へとたどり着いた。街1つ分はあるんじゃないかと思えるくらいの広大な敷地面積を誇る市場が桃玉を明るく迎えてくれる。

「すごい大きいな……」

 目を見開きながら市場のお店を歩きながら眺めていく桃玉。後宮の絢爛豪華な外見とはまた違った派手さと明るさが市場にはあった。すると彼女に目を付けた30代くらいの茶色っぽい黒髪と瞳にそばかすを持つ女性が後ろから彼女を肩をぽんぽんと叩く。

「ちょっといいかい?」
「はい、なんでしょうか?」
「良かったらこの果物達を売るのを手伝ってほしいんだ」

 声をかけられた桃玉は、彼女と彼女のいる店を見る。店主と思わしき彼女はどうやら妊婦のようで、桃玉が妃である事を知らないのか、或いはその辺礼儀作法を知らないのか気さくな口調だ。
 店は果物屋で数種類のみずみずしい果物が並んでいるのだが、その中には桃も3つくらいある。

「わかりました」
「今からタオ婆さんとこに預けている娘を迎えにいかなきゃならんのでね。値札は書いてあるからそれを見てくれ! ちょっとの間頼むよ!」
「はい! ……え? え?!」

 桃玉に勿論商売経験はない。ひとり店に取り残された桃玉は動揺するも、お客さんはどうやら見逃してはくれないようだ。

「姉ちゃん! その黄色いやつ頼むよ!」
「あっはい! こ、こちらですね?」
(私、こういうのやった事ないんだけど……ええい、やるしかない!)

◇ ◇ ◇

 桃玉が追放された宮廷では、龍環が執務を行っている部屋に桃玉の女官が彼女が作った切り絵を持ってやってきていた。

「どうした?」
「皇帝陛下、大変でございます。皇太后陛下により桃玉様が宮廷から追放されました!」
「なんだと?!」
「皇帝陛下の思し召しだと皇太后陛下は仰っておりましたが、まことでございますか?!」

 泣きながら龍環に直訴する女官。しかし彼女の後ろには皇太后と力分が現れる。

「全く。密告は許されないですよ」
「母上……どういうつもりで桃玉を宮廷から追放したんですか?!」

 目をかっと見開き、信じられないというような表情を浮かべる龍環。対して皇太后は目を大理石でできたなめらかな床に移す。力分はほんの少しおろおろと自信のない様子を見せ始めた皇太后を冷たい目線で見ていた。

「ああ……あの、その……」
「まさか、気分で追放した訳ではないですよね?」
「ち、違います! 李昭容があなたに良くない事を吹き込んでいるって情報を得て……!」
「誰から聞いたんです?」
「あ……それは……」

 困っている様子を見せた皇太后に、力分は私がお伝えしました。とにこやかな笑顔で語った。

「李昭容様は何やら異能が使えるご様子。この私が目にしましたからね。異能が使えるものをこの宮廷に置いておけば必ずや災厄の元になるでしょう」

 力分の穏やかな笑みには悪辣さが顔をのぞかせていた。

◇ ◇ ◇

「はあ……はあ」
「すまないねえ、でも助かったよ」

 市場のお店では桃玉が戻って来た女性からねぎらいの言葉をかけられている。
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