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第34話 増える被害者

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 商徳妃は四夫人の一角に属する妃である。南方の名家出身の彼女は艶々として量の多い黒髪に、肌は色黒。たれ目がちな深い緑色の瞳を持つ妃で、目鼻立ちがはっきりとした顔の濃い容姿をしている。
 身長は桃玉よりも高いが、ちょっと小太りでぽちゃっとした体型。それゆえか、商徳妃の身体から放たれる色気はすさまじいと一部の者達から評判なのだとか。
 そんな商徳妃が突如自室にいた所ばたりと倒れ意識を失ったと言う。

(これ、呪詛なのか流行り病なのか分からなくなってきたな……でも、今の所被害者は四夫人の2人。呪詛であるとしたら高位の妃を狙っている可能性がある……?)

 もし、商徳妃と佳賢妃が亡くなるような事があれば、四夫人のうち徳妃と賢妃の2つの位が空位となる。空位となれば穴埋めする為に四夫人の下位……九嬪の位の妃をそれぞれ徳妃・賢妃に昇格させるという事がよくある事例だ。

(もしも、呪詛で四夫人の妃を狙っているのだとしたら、犯人は……私と同じ九嬪の妃かもしれない……)

 考えを巡らせる桃玉へ、女官がそろそろ皇太后陛下のご挨拶へいかなければ……と促してきた。

「あっごめんなさい。考え事をしていたもので……」
「いえいえ、では参りましょう」

 皇太后のいる朱龍宮の広間へと到着した桃玉は所定の位置に立つ。後から来た佳淑妃は険しい顔つきをしていた。

(……あそこの位置にいるのが、張《ジャン》貴妃)

 薄紫色に黄色の豪華な衣装に身を包み、黒髪に紺色の瞳を持つ妃が張貴妃である。体格はやや小柄で性格はおとなしいと評判の妃だ。
 彼女はぎゅっと口を堅く結び、皇太后が来るのを待っていた。そんな彼女と佳淑妃を桃玉は見比べるようにして見つめる。

(これで四夫人のうち体調を崩していないのはこの張貴妃と佳淑妃だけになった……)
「皇太后陛下のおなりでございます」

 女官の声と共にすたすたとギラギラとした色合いの赤い羽織を着た皇太后が現れた。

「皆さん、こんばんは。もうご存じの方もいらっしゃるとは思いますが、商徳妃が先ほど部屋で倒れ意識を失いました。もし……呪詛などくだらない事をしている妃がいれば、すぐにこちらへと名乗り出なさい」

 沈黙が静かに広がる。皇太后は辺りを厳しい目つきでじろりと見渡した。

「名乗り出る者はいないという事は……ここにいる妃達は皆、潔白という事でよろしいですね?」

 またしても流れる沈黙に、皇太后ははあっと肩を上下に動かし息を吐いた。

「では、挨拶はこれにておしまいといたします。そして李昭容。宦官から今日の夜伽相手があなただと伺っております。妃としての役目をしっかりと果たすように」
(えっ、まだ宦官から何にも話聞いてないんだけど! てかこのバラすやり方いつまで経っても慣れないな……!)
「は、はい!」
「では皆さん。解散といたします」

 解散の言葉を受け、ぞろぞろと広間から妃達が去っていく。桃玉はそんな妃達に紛れるようにしてさっさと照天宮の自室へと戻っていったのだった。
 自室へと戻ると、前回同様に宦官が部屋で桃玉の帰りを待っていた。長い白髪に青い瞳を持った見目麗しい長身の青年の宦官は座っていた椅子から立ち上がり、深々と頭を下げる。

「李昭容様。夜伽相手に選ばれました事をご報告に参りました」
「ありがとうございます。では後ほどまたお願いします」
「はい、お時間が来ましたらお迎えに上がります」

 早歩きで去っていく宦官の後ろ姿を桃玉は見届けると、女官の1人はあの宦官の方、初めて見ましたね。とうっとりとした口調でつぶやいた。

「確かに初めて見ましたね。美しい方に思えました」
「宦官の方々は美形の者もかなり多いのですが、ここまで美しい方と相まみえるなんて……!」
(良いのかなあ……)
「あの、そろそろ夕食を頂こうかな、と……」

 桃玉は話題を変えるべく、女官へそう話を持ち掛けると、女官達はわかりました! と返事をし、てきぱきと夕食の準備をすすめた。
 
「桃玉様。こちらが今日の夕食でございます」

 夕食にはゴロッと大きな鶏肉と野菜の煮物に、貝の身を焼いたもの、ひと口大に切られたみずみずしい果物などがずらりと並ぶ。
 
「いただきます」

 もごもごと夕食を食べる桃玉。そんな桃玉とは裏腹に廊下からはがやがやと女性の騒ぎ声が聞こえてくる。

「何でしょう……?」
「どうやら美人才人の位の妃数人が、意識を失い倒れたそうで……!」
「え、また?」
(しかも今度は美人才人の位……四夫人よりも下の位の妃達が被害に……まさか本当に流行り病?)

 桃玉は胸の奥から迫り上がってくる不安感を、彩り豊かな食材と共に胃の底へと押し込んだ。でも、不安感は迫り上がってくるままだ。

「ごちそうさまでした」
「お膳お下げいたします」

 夕食後、休憩してから女官達と共に沐浴堂へと向かう桃玉は服の裾を握りしめながら部屋を後にした。
 ひんやりとした夜風は廊下にも及んでいる。部屋を出て廊下を歩くと下女や女官達による佳賢妃や商徳妃、新たに倒れた美人才人の話があちこちから聞こえてきた。

「これって呪詛なの? それとも本当に流行り病?」
「もうやめてほしいわ。死にたくないもの……!」
(夜伽の時に龍環様に報告しないと)
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