後宮浄魔伝~視える皇帝と浄魔の妃~

二位関りをん

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第31話 佳淑妃の稽古

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 佳淑妃の不敵な笑みを見た桃玉は、一瞬嫌な予感を感じたがすぐにその予感を飲み込み、はい! と力強く返事をした。

「よろしい。では早速始めようか。まずはこれに着替えるが良い」

 佳淑妃から手渡されたのは紺色の簡素な作業着。まるで僧侶が着ている作務衣とよく似ている。

「わかりました……!」

 佳淑妃の部屋は桃玉の部屋より広く内装と家具はまさに絢爛豪華。さすがは四夫人の一角・淑妃にふさわしい部屋と言えるだろう。

「ここの架子床で着替えろ。服は畳んでこの上にでも置いておけ」
「はい!」
「では、私は先に中庭に出ている」
「佳淑妃様。着替えなくて大丈夫なのですか?」
「私は結構。その気遣いはありがたく受け取ろう」

 ふっと穏やかに笑いながら佳淑妃は中庭へと消えていった。桃玉は手早く作業着に着替えると佳淑妃のいる中庭へと走る。

「ただいま参りました!」
「思ったよりも早い着替えだったな。さすがは農民出身というだけあって身軽と言えるか。では早速これを受け取るが良い」

 佳淑妃の女官が桃玉に手渡したのは、先端を鋭利に削っただけの簡素な竹槍。佳淑妃は麗しい衣服を身に纏ったまま腕組みをして仁王立ちしながら桃玉を鋭い目つきで見つめている。

「まずはその槍を使っての稽古だ」
(え、いきなり実戦経験?!)
「安心しろ、それを使っての運動だ。実戦を意識したものではない」
(なんだか心の中が読まれている気がするな……)
「竹槍はまず地面に置け。そして足を肩くらいの大きさに開いて立て。背筋もしっかりと伸ばすんだぞ」

 佳淑妃の言う通りの体勢を取った桃玉。こうですか? と小さな声で問うと佳淑妃はああ、そうだ。と力強く返事をした。

「次にその状態のまま、両手を後頭部付近で組み、ゆっくりと腰を降ろせ。お尻を突き出して膝を曲げるんだ」
「こ、こうですか……?」
「そうだ。この腰を下ろし膝を曲げ伸ばしする運動は、下半身の筋力を鍛える基礎的なものだ。まずは10回繰り返してみよう」

 いわゆる膝を曲げ伸ばす屈伸運動《スクワット》である。

(思ったよりこの体勢、きついな……おじさんの畑を手伝ったり薪を担いで運んだりしていた時よりも、体力が落ちてるかも……)
「では数は私が数える。さあ、始め!」

 厳しい目つきへと変わった佳淑妃の顔を、桃玉はじっと見つめる。

(ここで怖いとか思ってたら、ダメだ。しっかり向き合わないと)
「では、1、2、3、4……」
「ふっ……ふっ」
「5、6……」
「ふっ……あっ」

 ここで桃玉は足を滑らせ、体勢を崩してしまった。しかしすぐに体勢を立て直す。

「6、6……7、8、9、」
「んっぐっ……」
「10。これで終わり。途中危ない場面もあったが、よく続ける事が出来たな。ではさっきの動作を頭に叩き込めた所でもう1度やってみよ」
「はい!」
「それが終わったら、どんどん行くぞ。ついてこい」

 ここから桃玉は怒涛の基礎練習をこなす事になった。途中、へばりそうになったりもしたが桃玉は悪しきあやかしを浄化する為だと己に言い聞かせ、踏ん張りを見せる。

「よし、ここで休憩にしよう。女官よ。桃玉にお茶を用意しろ」
「かしこまりました」

 佳淑妃付きの女官から桃玉へと手渡されたお茶は、色は薄めでやや冷たい温度のもの。桃玉はそのお茶を一気にごくごくと飲み干した。

(美味しい……身体中に染みわたる。それに熱くないから飲みやすい)
「おかわりはご所望ですか?」
「お願いします!」

 女官からおかわりを注いでもらい、ごくごくと飲んでいる桃玉。すると佳淑妃は近くに立てかけてあった竹槍を持ち、構えを見せるとそのまま槍をぶんぶんと頭上に振り回したりして演舞を踊り始めた。

「わ……佳淑妃様、すごい」
「この程度、褒める程度にはならん。ふっ!」

 佳淑妃はそのままぐるん! と後方転回を見せた。あの絢爛豪華な衣装にも関わらず、その動きはまるで重力を感じさせないものである。

「すご……! 飛んでるみたい……」
「ふっはっ!」

 絶えず突き技や薙ぎ払う技も繰り出しつつ、くるくるとそよ風に乗って空を飛ぶ花びらのように舞う佳淑妃に、桃玉は完全に見とれてしまっていた。

「……こんな感じだな」

 演舞を踊り終えた佳淑妃へ、桃玉と女官達は皆割れんばかりの拍手を送った。

「よせよせ。まだまだ修行が足りぬ身だ」
「いやでも……すごかったです。とても美しくて、綺麗で……」
「そうか。貴女の目に留まったのなら嬉しい」

 ふっと白い歯を見せて笑う佳淑妃。桃玉もにこりと笑った所で、佳淑妃様! と声を挙げながらこちらへと走って来る女官が見えた。

「なんだ。申してみよ」
「佳賢妃様を発見いたしました……!」
「そうか、全くいつも手を煩わせる!」
「しかしながら、高熱を出しておりまして意識が……」
「なんだと?! すぐに連れていけ!」
「はいっ!」

 佳賢妃の元へ早歩きで向かう佳淑妃を、桃玉は後ろからついていった。佳賢妃の部屋へと到着すると、豪華絢爛な赤い架子床の上に、ぐったりとした佳賢妃があおむけになって倒れていた。

「おい! 返事をしろ……!」

 佳淑妃が佳賢妃の左肩をゆするが、反応は全くない。
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