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第13話 夜伽という名の作戦会議①

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 しばしの沐浴を終えた桃玉は、女官達に身体を布で拭かれ夜用の薄い着物へと着替えた。
 髪は解かれ、着物と同じ色をした細長い布でぎゅっと結び1つに束ねる。皇帝のいる閨にはかんざしなどの装飾品は持ち込めないからだ。

「桃玉様。照天宮にお戻りになられますか?」
「はい。戻りましょう……」

 湯上がりの桃玉の身体をひんやりとした夜風が覆う。

(もうそんな時間かぁ……)

 照天宮に戻った桃玉は椅子に座り、女官が用意してくれたお白湯を飲む。その時、1人の後ろ手を組んだ高齢の女官が下女達を引き連れて桃玉の前に現れた。

「桃玉様。少々お時間よろしゅうございますかな?」

 高齢の女官は背が小さく、顔や身体のあちこちにシワやシミが目立つ。だが、目は柔和な様子を醸し出している。

「あ、あの方は老《ラオ》様……!」

 桃玉が小声で女官に老様とは? と聞いた。

「房中術及び閨でのしきたりに通じた専用の女官でございます。先々代の皇帝陛下からお仕えしている最古参の女官でもあります……!」

 房中術は男女の行為のあれこれの技法であり、養生術の1つである。後宮入りした妃はもれなく閨でのしきたりと房中術をこの老様と呼ばれる高齢の女官から徹底的に学ぶのだが、今の桃玉にはそこまで必要ではない。
 桃玉に課せられた使命はあくまで龍環との男子を産む事ではなく、後宮内にはびこる悪しきあやかしを一掃する事だ。

「そ、そうなんだ……!」
(でも、今回の夜伽はそういうのが目的じゃないんだけど……! どうしたらいいかなあ……)

 桃玉が悩んでいると、老は桃玉様は閨でのしきたりはご存じですかな? と声をかける。

「いえ、まだ……でもかんざしなどの装飾品は持ち込めないんですよね?」
「ええ、そうでございます。皇帝陛下の玉体に傷がつくような事があってはなりませんからねえ。それともう1つは皇帝陛下を拒まない事でございます。すべては皇帝陛下がなさりたいままに……」
「わ、わかりました。でしたらもう大丈夫かと」
(ぶっちゃけ今は房中術とか必要ないし……!)
「ほほ、そうですか。お詳しいようでしたら大丈夫でしょう。また何かありましたら、このわたくしをお便りくださいませ……ほほほ……」

 彼女は配下の下女達を引き連れて照天宮からゆっくりと去っていった。

(ごめんね、老様……)
「桃玉様、本当に大丈夫なのですか?」
「大丈夫! 大丈夫だから!」

◇ ◇ ◇

「桃玉様。お迎えに参りました」

 桃玉の元に宦官3名ほどが現れた。右側に位置する宦官の手には、折りたたまれたふかふかの絹布団が握られている。

「では、失礼いたします」

 すると女官達と宦官が桃玉に近寄ると、ばっと桃玉が着ていた服を脱がせる。

「へっ!?」

 裸になった桃玉は驚きの声を挙げる。その間に女官と宦官が手際よく布団で桃玉の身体を覆った。布団でぐるぐる巻きにされた桃玉は、そのまま宦官に担がれて照天宮を後にした。

(なんじゃこりゃ――!)

◇ ◇ ◇

「桃玉。おまたせ」

 布団でぐるぐる巻きにされて閨の上に置かれた状態の桃玉の元に、寝間着姿の龍環がふらりと現れた。

「皇帝陛下……」
「では、人払いを頼む。ちょっと待ってね、すぐ布団剥がすから」

 龍環からの命令で、周囲にいた宦官達は一斉に部屋から去っていく。

「服は側に置かれているからそれを着たらいいよ」
「……すみませんが、ここから先はあっち向いてもらってもいいですか?」

 急いで布団を剥いで服を着た桃玉は龍環にもうこちらを向いても大丈夫だという事を告げると、龍環はすぐに桃玉の元へと向き直った。

「では、作戦会議をはじめよう。まず、俺は聞き込みにより鶴峰宮の中に大きめのあやかしがいるんじゃないかと疑っている」
「鶴峰宮ですか」

 鶴峰宮は照天宮の東側にある建物で、今は美人才人の妃達と彼女達に仕える女官達が暮らしている。

「鶴峰宮で住まう金《ヂン》美人の区画がどうやら怪しいと見た。金美人自体は今の所体調に問題は無いようだが、金美人付きの女官5人が1週間くらい前から体調を崩していると聞いている」
(5人も……!)
「彼女達の詳しい症状は聞けていないが、悪しきあやかしの仕業により複数の人々が体調不良にいたるのはよくある事なんだ」
「なるほど……龍環様が実際に見られたのですか?」
「まだ確認は出来ていない。そこで、だ。明日、君に金美人とその女官達と接触し、聞き取り調査をしてもらいたいんだ」
「!」

 真剣なまなざしを浮かべる龍環。桃玉はごくりと唾を飲み込む。

「わかりました。聞き取り調査ですね」
「ああ。具体的な症状に最近何か感じた事、変わった事が無いかを確認してほしい」
「……復唱します。具体的な症状に最近何か感じた事、変わった事が無いかの確認ですね」
「そうだ。調査が終わったら俺に手紙で報告してほしい。出来るな?」
「はい、お任せください」

 キリッとした表情を浮かべて頷く桃玉を、龍環は真剣な目つきで見ていた。
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