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第1話 桃と死

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 ここは華龍国。いにしえより人々が歴史を紡いできた広大な領土を誇る国だ。そしてこの国には人だけでなく、人ではないモノ達もあちこちに存在する。
 国の長である皇帝が住まう宮殿から少し離れた所にある郊外の山々には、様々な果物や穀物などを育てる畑が広がっている。
 
「ん、美味しい……!」

 食卓に並ぶ、ひとくちに切られた桃を美味しそうに頬張るのは、透き通るような真っ白い肌にきりっとした二重の桃色の瞳を持ち、艶々した黒髪を2つに束ねている少女で、名前を李 桃玉リ・タオユーと言う。14歳になったばかりのやや小柄な彼女の好物は両親が栽培するこの桃だ。

「桃玉、美味しい?」

 台所からこちらへと訪れたのは、桃玉の母親。彼女もまた桃玉と同じような透き通るような真っ白い肌にきりっとした二重の桃色の瞳を持ち、艶々した黒髪をしている。背は高くやや華奢な身体つきだ。
 そんな桃玉の母親は、村一番の美人としても有名だ。

「うん、うちの桃が一番好きだよ」
「そう言ってくれて嬉しいよ」

 母親はほほ……とにこやかに笑いながら顔をほころばせている桃玉をおだやかに見つめた。桃玉は桃を頬張りながら庭先の景色を眺める。
 そこには桃畑が広がっていて、桃玉の1番好きな景色であった。

(桃、豊作だといいなあ)

 しばらくして桃玉の父親が戻って来る。やや茶色い黒髪に白髪が少し浮かんでいる彼の服はやや薄汚れており、粗末なものだ。
 茶色い瞳を輝かせながら戻って来た彼の両腕には、ありったけの野菜が籠の上に乗せられている状態だ。

「まあ! そんなたくさんの野菜どうされたのですか?」
マオ爺さんから貰ったんだ。豊作だから持っていけってな」

 猫爺さんは、この家の近所に住んでいる老人。農民だが所有する畑は大きく、裕福な方の農民と言えるだろう。

「良かったわ! こんなに頂けるなんて嬉しい!」
「父さん、母さん、良かったね……!」
「ああ、桃玉。今日はいつもより豪華な夕飯にしよう!」

 桃玉達3人の家族は互いに顔をほころばせ、いつもより豪華な食事を味わえる事への喜びを噛み締めていたのだった。
 夕飯は白飯にたくさんの餃子のスープと野菜をふんだんに使ったおかず数種類に、畑で栽培されている桃が食卓にずらりと並ぶ。桃玉は目をキラキラと輝かせながらその様子をひとしきり見つめた後、所々塗装が剥げかけているお箸を持った。

「いただきます!」

 もっしゃもっしゃとおかずを口に入れる桃玉。その姿をにこやかな笑顔を持って両親が見ている。

「う――ん! 美味しいっ!」
「ふふっ良かったわぁ」
「母さんの料理はどれも美味しいからねえ。桃玉、たくさん食べると良いぞ」
「うん!」

 夕食を楽しんだ後、桃玉は母親の元へと向かい、お皿洗いを手伝う! と声をかけに行った時。母親が白いお皿を足元に落としてしまった。

「あっ!」

 お皿のあちこちにひびが入り、無残に割れる。それに破片が母親の足元までたくさん及んでいた。桃玉は慌てて近くにあった茶色いぼろきれを持ってきて、その上に割れたお皿を回収していくが、途中でお皿の破片で左手の人差し指の腹を切ってしまった。

「っ!」

 人差し指の腹から赤い鮮血がつ――っとゆっくりと滴り落ちる。それをはっと息をのみながら母親が大丈夫? と心配そうに声をかけた。

「いったた……」
「桃玉、ちょっとごめんね」

 母親が桃玉の人差し指を持つとそこをもう片方の手で覆いかぶせるようにして握った。

(痛みがだんだん消えていっている……)

 母親がそっと握っていた手を離すと、出血は止まっている所か元通りの美しい肌になっていた。
 そう、桃玉はこれまで怪我した時はいつも母親に治してもらっている。桃玉にとってはそれが生活の一部になっているので、どうやって治しているのだろう? という疑問を持った事はあまりない。

「お母さん、ありがとう……! もう大丈夫だよ!」
「良かったわ。気を付けてね」
「うん」

 割れたお皿を2人で回収した後は、ゴミとしてぼろきれにくるんだまま台所の傍らに置いておいたのだった。このお皿は後日、廃品回収の者が来たら手渡す予定となる。
 次の日の朝。この日の桃玉はいつもよりほんの少し早い時間に目を覚ました。

「おはよう……!」
「おっ、桃玉おはよう。今日は手習いに行く日か」
「そうそう。だから早めに起きたの。お父さんはさっき起きたの?」
「ちょっと前にな」

 今日、桃玉はリン夫人のいる屋敷で文字の読み書きと算数を習いに行く日だ。
 林夫人はこの集落一帯を束ねる役人の妻で、いつも黒い艶々とした髪を綺麗に束ね、役人の妻でありながらも質素な服装に身を包んだ品格溢れる才女である。
 すこし大柄だが美しいきりっとした顔つきをしている事から、美人としての評判も名高い人物。そんな林夫人から桃玉ら農民の少女達は読み書きと算数を習っているのだ。

「行ってきます!

 桃玉は母親お手製の朝食である雑炊をかきこむと林夫人のいる屋敷へと颯爽と向かって行った。
 しかし、到着するや否や、彼女は家に帰るように。と屋敷の召使いからあわただしそうに言われてしまったのである。
 桃玉は屋敷の門を行ったり来たりする人達を不思議そうに見ながら、召使いにあの、と口にしてみる。

「何かあったのですか?」
「今はちょっと言えないんだ。申し訳ないけど帰ってもらえるかな?」

 屋敷の奥からは、すすり泣く声やどたばたと言う足音が絶えず聞こえてきている状態だ。

「……は、来たか――?!」
「誰があんな真似を……!」
(何かあったのかな……心配。でもこれ以上は聞けなさそうだなぁ……) 

 桃玉はわかりました。と言って屋敷を後にし、家に戻ったのだった。

「え?」

 玄関には両親の血まみれの遺体が転がっていた。両親の死に顔は眠るようで穏やかなものだが、心臓部分に丸い穴が開けられている。

「……え?」

 桃玉の身体はまるで凍てついたかのように硬くなった。彼女の瞳に写る現実を、彼女の脳内では受け入れる事を拒んでいる。
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