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【第二部】魔王覚醒編
40)The Advent of God
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「すとっぷ~、ぷっぷっぷ~」
気の抜けた、幼い男児の様なふざけた声が響く。その声の後には、キャハハ、という楽しそうな笑い声が。
しかし、ドーヴィも天使達も、その声には反応しない。ドーヴィは大剣を押し込んだままだし、神使は結界を張ったまま。それぞれ微動だにしない。
――違う。反応しないのではなく、反応できない、が正しかった。
「うごいていいよ~」
それを合図に、全員が動き始めた。いや、その場にいた三人全員が、崩れ落ちる。
「創造神様……ッ!」
神使が絞り出すようにその名を呼ぶ。額を床に擦りつけ、両手も両膝も地面につける。それは槍の天使も同じ。
創造神。
それはこの世界を作り、悪魔や天使を生み出した神そのもの。声に纏わりつくのは、魔力とも違うこの世界に生きる者全てを畏怖させるオーラ。
本能に刻まれた、と言っても過言ではないだろう。本当に創造神は天使や悪魔が反抗できないように刻み込んだのだから。
故にドーヴィも意識はせずとも他の天使二人の様に、地面に強制的に体を伏せていた。これはもう、意思の力で抗えるものでもない。例の天使の懲罰コマンドの何倍も、いや、比べ物にならないほどに強いものだ。
「ア、ハハハ、ケケケケ」
笑い声と共に、ずん、という途方もない重圧と共に部屋の天井から白く、丸みを帯びた棒の先端のようなものが出現する。……創造神の、右足の小指だった。
(顕現しやがった……っ!)
ドーヴィは目を床に釘付けにしたままだが、それでも頭上から降り注ぐオーラでわかる。一度は創造神の近くまで迫ったことがあるのだ。あの時の数百倍もの威圧感を受けている。
創造神は小指の先だけ……人間で言うところの第一関節よりも先端部分だけを、こうして現場に顕現させている。それでも、この場にいる三人にとっては頭の上から巨大な岩を乗せられているかのように感じるのだ。
「んっんー」
妙な掛け声と共に、創造神の小指、白く発光している丸みを帯びた物体に、人間の目と口を生成した。ぎょろり、と動く眼球は不気味そのものであり、歯茎を剥き出しにして笑う口は化け物の様だ。
「おもてをあげーい」
創造神の言葉と共に、三人は顔を上げる。厳密には、上げさせられた、だ。創造神の発言は、この世界において絶対である。
「ひ……ぎっ」
小さな断末魔が聞こえ、ドーヴィは眼球だけを動かして視界の端を見る。僅かながらに見えたところでは……槍を持った天使が、文字通りに爆散するところだった。
破裂音と共に、周囲に血肉が飛び散る。それはドーヴィの元まで飛んできた。さらに遅れて、ひらひらと室内に天使の羽根が舞い散る。
どうやら、創造神を直視した際に体が耐え切れなかったらしい。これだけの近距離で創造神と接するのは、非常に危険であった。
神使は元から耐性を持った状態で生産されている。悪魔はそれぞれが魔力を溜め込むなり、腕を磨くなりして創造神への抵抗力を高めている。
槍の天使のような通常の天使は、そういった耐性も抵抗力も持たなかった。
「ああーあぅ、こわれちゃったたったたあ、ケラケラケラケラケケケ」
白い物体に浮かんだ一つの瞳と口が、笑顔のような形を作って創造神はそう発言した。
天使も悪魔も、創造神にとっては面白いオモチャに過ぎない。
改めてその事実に直面し、ドーヴィは歯を食いしばる。視界に入る神々しい白い物体、創造神の足の小指を見ているだけでも、途方もない疲労感が襲うのだ。長時間これを見ていれば、ドーヴィも耐え切れずにあの天使の様に爆散して死ぬだろう。
「ええーーそれこまるーーーギギギギ、アァァ、てみじか、みじ、みじかーく」
ドーヴィは思わず肩を揺らした。失念していたわけではないが、創造神に完全に頭の中を読まれている。
神使に読まれないように、と対策はしてあったし、そもそもこちらの世界ではテレパシーや読心は珍しい技術でもない。故に、誰もが標準で思考を読まれないような対策は装備していた。
それでも、それらすべての対策を突破して創造神はドーヴィの思考を読んだ。もはや、実力差があるだとか、存在位の差があるだとか、そういうレベルではない。
てみじか、てみじか、と創造神は嬉しそうに単語を繰り返した。
「ドーヴィくん!」
「はいっ!」
名を呼ばれたドーヴィの口が、勝手に答える。創造神なんてクソ食らえ、と思っていても、創造神の『お人形遊び』には逆らえないのだ。
「ゲ、ラララ! ろーうーどーうー! ケケケラララ!」
「……」
「ひゃく、ななーじゅう、ろく! ねん~~~~~っ! アッハァ!」
何が楽しいのかわからないが、小指に生成された人間の目はダンスでも踊るかのようにその丸みを帯びた小指の表面をスムーズに移動し、人間の口はリズミカルに表面から飛び出している。
とにかく、創造神が非常に上機嫌なことだけはわかった。何を言ってるかは、全くわからない。
……これは、創造神があまりにも上位の存在すぎるのが原因であった。普通の人間が、足元を這いずる羽虫、それこそ足の小指の先端よりも小さい虫に話しかけているようなもの。
虫に聞こえるように、虫が理解できるように。そうして紡ぎ出されているのが、この言葉の数々なのだ。それなりに言葉としての体裁が整っているだけ、十分なのである。虫の言葉を話せるだけで偉業だ。
「アルアルアルアル、みみみ、みー、ゆーるす、ゆるっす!」
むしろ、声を適正な音量と音域で出してくれているだけ、ありがたいだろう。下手をすれば創造神の第一声で、全員吹き飛んで死んでいた可能性すらある。
ドーヴィは顔を上げたまま、隣にいる神使へ眼球を向ける。創造神の言葉を通訳するのは、神使の仕事だ。
視線の動きに気づいた創造神の目と口が大人しくなる。そして期待するように、神使へじっと視線を向けた。ひゅっ、と神使の喉が鳴ったのが、ドーヴィにすら聞こえる。
「……創造神様のお言葉です。『百七十六年の労働奉仕を行えば、この度の行いは全て許す』」
「!」
ドーヴィは目を丸くした後に、創造神へと向き直った。ドーヴィと視線があった創造神の生成した人間の目が効果音でもついていそうな勢いでにっこりと山を作る。
「いいよよよよおー、アガラララガラガ、アハハ、ハハハ、ハハーハ!」
「ありがたき、幸せ」
勝手にドーヴィの体が創造神への礼拝の姿勢を取り、口が動いた。とは言え、まだ内容には謎が残る。許されたとして、自分がグレンの元へ戻れるのか。百七十六年も経過したら、普通の人間であるグレンは……。
山と谷を作っていた創造神の目と口が、まん丸に形を変えた後、また暴走し始める。
「のほー! わわわわ、わ~、だーいじょぶー、グググ、ンーァ」
今度はドーヴィにも聞き取れた。「だいじょうぶ」と。全知全能であり、ドーヴィの思考を全て読み取った創造神がそう言うのだから、大丈夫なのだろう。
「『詳しくは後程、そこの神使から聞くように』」
「はっ、かしこまりました」
「ハッハー! ダハハハ! いよよーいーおーー」
創造神の小指の表面を高速で何十週もぐるぐると回っていた目と口が、ドーヴィの前でぴたりと止まった。
「きみたち、おもしろいから。たのしみにしてる」
これまでの崩壊した発言の数々が嘘のように、創造神ははっきりとクリアな声でそう言った。
ず、とまた重低音を響かせて、白い物体、創造神の足の小指が天井へと姿を消していく。
最後の白い一端が消えてもなお、しばらくはドーヴィも神使も地面にひれ伏したままだ。まだ、神の残響が場を支配している。
……元々、ドーヴィは神使を殺して、そこを足掛かりにさらに上位の天使を誘き出して、最終的には創造神に直訴するつもりではあった。まさか、本人が向こうからやってくるとは。
(面白いから、って、何なんだよ本当に……っ!)
グレンはあれほどまでに苦しんで、傷ついて、酷い目に遭わされ続けて、それでも頑張って生きていると言うのに!
それですら、創造神にとっては面白いショーの一つに過ぎないのだ。やはり、その事実はドーヴィの心をささくれ立たせる。創造神と言えども、許せない存在でではった。
もちろん、この思想も読まれてはいるだろう。しかし、思うのは自由。そして、行動に移すのは許さない。それが創造神だ。
「……まあ、今回ばかりは感謝しないこともないけどな」
創造神が直接介入してきたから、話が早かった面は否めない。何より、自分とグレンの肩を明確に持ってくれたようだから、そこだけはありがたく貰っておく。
ようやく、この室内から神の痕跡が消え失せ、ドーヴィは立ち上がる事ができた。ほんのわずかな時間だったはずなのに、背中まで汗でびっしょりと濡れている。体も全力疾走で何時間も走りぬいたような、途方もない疲労感に満ちていた。
それはドーヴィだけでなく、神使も同じ。老婆の姿かたちをした神使は、よろよろと立ち上がる。
「まさか創造神様が直々に裁定をなさるとは……」
「で、その裁定の内容は?」
ドーヴィとしてはとにかく早く結論を知りたい。今も刻一刻と、グレンの世界の時間は進んでいるのだ。できるだけ早く戻って、あの可愛らしい契約主を力いっぱい抱きしめてやりたいのである。
神使はしばらく宙を見つめていた。ふわり、と血の香りが漂い、そう言えばここは凄惨な戦場だったな、とドーヴィは気づく。あれだけ自我と個性を持っていた槍の天使も、創造神のオーラに当てられて死んでしまった。
全く、天使も悪魔も、儚い物である。それでいけば、人間はもっと儚い。それこそグレンなんて、ちょっと目を離した隙にすぐ死にそうになるのだから。
「おいまだかよ」
「ええい、うるさい小僧だねぇ……」
ドーヴィの催促に神使は嫌そうに顔を歪めた。が、その言葉を切ってすぐに創造神に向けた礼の姿勢を取る。どうやら結果がまとまったようだ。
「こほん。愛と父性の悪魔、ドーヴィ」
「だからほんとその二つ名どうにかなんねえの」
「そういう活動をしてきたんだから仕方ないだろうがねぇ……」
やれやれ、と神使は首を振ってからドーヴィを見上げた。
「創造神様による裁定。お主は百七十六年の労働奉仕を恙なく終えれば、件の世界に戻って良い。また、件の世界については時間の流れを極限まで遅くした状態での運営となる」
「つまり、俺がその百七十六年の労働奉仕を終えたとしても、あの世界はそんなに時間が経ってない、ってことか」
「そうだろうねぇ……。その、お主の契約主が生きている間には、十分戻れるだろうよぉ」
創造神の言っていた「だいじょうぶ」はこういう事だったらしい。ドーヴィはようやく、息を吐いた。
これ以上の譲歩案はもう引き出せないだろう。創造神直々の裁定であるから。ドーヴィとしても、もう一度創造神に楯突いて「やっぱやーめた」とあの声で言われるのは避けたかった。間違いなく、あの創造神なら自分のアイデアを否定されたらへそを曲げて不機嫌になる。
「詳しくはこっちの施設にお行き」
神使から示されたアドレスを貰い、ドーヴィは早速転移に着手する。視界の端で、神使が「せっかちな男だねぇ」とぼやいているのが見えた。
「うるせえ、俺は急いでんだよ」
グレンの元に戻って、再契約する為に。
これから百七十六年、何の労働をしなければならないのかもドーヴィは知らないが。グレンにもう一度会えると言うなら、何だってやり遂げるつもりだ。
---
お気に入り登録が176件だったので176年の労働にしました
(ちなみに労働の内容は特に考えていません!わはは)
登録たくさんありがとうございます!嬉しいです!
気の抜けた、幼い男児の様なふざけた声が響く。その声の後には、キャハハ、という楽しそうな笑い声が。
しかし、ドーヴィも天使達も、その声には反応しない。ドーヴィは大剣を押し込んだままだし、神使は結界を張ったまま。それぞれ微動だにしない。
――違う。反応しないのではなく、反応できない、が正しかった。
「うごいていいよ~」
それを合図に、全員が動き始めた。いや、その場にいた三人全員が、崩れ落ちる。
「創造神様……ッ!」
神使が絞り出すようにその名を呼ぶ。額を床に擦りつけ、両手も両膝も地面につける。それは槍の天使も同じ。
創造神。
それはこの世界を作り、悪魔や天使を生み出した神そのもの。声に纏わりつくのは、魔力とも違うこの世界に生きる者全てを畏怖させるオーラ。
本能に刻まれた、と言っても過言ではないだろう。本当に創造神は天使や悪魔が反抗できないように刻み込んだのだから。
故にドーヴィも意識はせずとも他の天使二人の様に、地面に強制的に体を伏せていた。これはもう、意思の力で抗えるものでもない。例の天使の懲罰コマンドの何倍も、いや、比べ物にならないほどに強いものだ。
「ア、ハハハ、ケケケケ」
笑い声と共に、ずん、という途方もない重圧と共に部屋の天井から白く、丸みを帯びた棒の先端のようなものが出現する。……創造神の、右足の小指だった。
(顕現しやがった……っ!)
ドーヴィは目を床に釘付けにしたままだが、それでも頭上から降り注ぐオーラでわかる。一度は創造神の近くまで迫ったことがあるのだ。あの時の数百倍もの威圧感を受けている。
創造神は小指の先だけ……人間で言うところの第一関節よりも先端部分だけを、こうして現場に顕現させている。それでも、この場にいる三人にとっては頭の上から巨大な岩を乗せられているかのように感じるのだ。
「んっんー」
妙な掛け声と共に、創造神の小指、白く発光している丸みを帯びた物体に、人間の目と口を生成した。ぎょろり、と動く眼球は不気味そのものであり、歯茎を剥き出しにして笑う口は化け物の様だ。
「おもてをあげーい」
創造神の言葉と共に、三人は顔を上げる。厳密には、上げさせられた、だ。創造神の発言は、この世界において絶対である。
「ひ……ぎっ」
小さな断末魔が聞こえ、ドーヴィは眼球だけを動かして視界の端を見る。僅かながらに見えたところでは……槍を持った天使が、文字通りに爆散するところだった。
破裂音と共に、周囲に血肉が飛び散る。それはドーヴィの元まで飛んできた。さらに遅れて、ひらひらと室内に天使の羽根が舞い散る。
どうやら、創造神を直視した際に体が耐え切れなかったらしい。これだけの近距離で創造神と接するのは、非常に危険であった。
神使は元から耐性を持った状態で生産されている。悪魔はそれぞれが魔力を溜め込むなり、腕を磨くなりして創造神への抵抗力を高めている。
槍の天使のような通常の天使は、そういった耐性も抵抗力も持たなかった。
「ああーあぅ、こわれちゃったたったたあ、ケラケラケラケラケケケ」
白い物体に浮かんだ一つの瞳と口が、笑顔のような形を作って創造神はそう発言した。
天使も悪魔も、創造神にとっては面白いオモチャに過ぎない。
改めてその事実に直面し、ドーヴィは歯を食いしばる。視界に入る神々しい白い物体、創造神の足の小指を見ているだけでも、途方もない疲労感が襲うのだ。長時間これを見ていれば、ドーヴィも耐え切れずにあの天使の様に爆散して死ぬだろう。
「ええーーそれこまるーーーギギギギ、アァァ、てみじか、みじ、みじかーく」
ドーヴィは思わず肩を揺らした。失念していたわけではないが、創造神に完全に頭の中を読まれている。
神使に読まれないように、と対策はしてあったし、そもそもこちらの世界ではテレパシーや読心は珍しい技術でもない。故に、誰もが標準で思考を読まれないような対策は装備していた。
それでも、それらすべての対策を突破して創造神はドーヴィの思考を読んだ。もはや、実力差があるだとか、存在位の差があるだとか、そういうレベルではない。
てみじか、てみじか、と創造神は嬉しそうに単語を繰り返した。
「ドーヴィくん!」
「はいっ!」
名を呼ばれたドーヴィの口が、勝手に答える。創造神なんてクソ食らえ、と思っていても、創造神の『お人形遊び』には逆らえないのだ。
「ゲ、ラララ! ろーうーどーうー! ケケケラララ!」
「……」
「ひゃく、ななーじゅう、ろく! ねん~~~~~っ! アッハァ!」
何が楽しいのかわからないが、小指に生成された人間の目はダンスでも踊るかのようにその丸みを帯びた小指の表面をスムーズに移動し、人間の口はリズミカルに表面から飛び出している。
とにかく、創造神が非常に上機嫌なことだけはわかった。何を言ってるかは、全くわからない。
……これは、創造神があまりにも上位の存在すぎるのが原因であった。普通の人間が、足元を這いずる羽虫、それこそ足の小指の先端よりも小さい虫に話しかけているようなもの。
虫に聞こえるように、虫が理解できるように。そうして紡ぎ出されているのが、この言葉の数々なのだ。それなりに言葉としての体裁が整っているだけ、十分なのである。虫の言葉を話せるだけで偉業だ。
「アルアルアルアル、みみみ、みー、ゆーるす、ゆるっす!」
むしろ、声を適正な音量と音域で出してくれているだけ、ありがたいだろう。下手をすれば創造神の第一声で、全員吹き飛んで死んでいた可能性すらある。
ドーヴィは顔を上げたまま、隣にいる神使へ眼球を向ける。創造神の言葉を通訳するのは、神使の仕事だ。
視線の動きに気づいた創造神の目と口が大人しくなる。そして期待するように、神使へじっと視線を向けた。ひゅっ、と神使の喉が鳴ったのが、ドーヴィにすら聞こえる。
「……創造神様のお言葉です。『百七十六年の労働奉仕を行えば、この度の行いは全て許す』」
「!」
ドーヴィは目を丸くした後に、創造神へと向き直った。ドーヴィと視線があった創造神の生成した人間の目が効果音でもついていそうな勢いでにっこりと山を作る。
「いいよよよよおー、アガラララガラガ、アハハ、ハハハ、ハハーハ!」
「ありがたき、幸せ」
勝手にドーヴィの体が創造神への礼拝の姿勢を取り、口が動いた。とは言え、まだ内容には謎が残る。許されたとして、自分がグレンの元へ戻れるのか。百七十六年も経過したら、普通の人間であるグレンは……。
山と谷を作っていた創造神の目と口が、まん丸に形を変えた後、また暴走し始める。
「のほー! わわわわ、わ~、だーいじょぶー、グググ、ンーァ」
今度はドーヴィにも聞き取れた。「だいじょうぶ」と。全知全能であり、ドーヴィの思考を全て読み取った創造神がそう言うのだから、大丈夫なのだろう。
「『詳しくは後程、そこの神使から聞くように』」
「はっ、かしこまりました」
「ハッハー! ダハハハ! いよよーいーおーー」
創造神の小指の表面を高速で何十週もぐるぐると回っていた目と口が、ドーヴィの前でぴたりと止まった。
「きみたち、おもしろいから。たのしみにしてる」
これまでの崩壊した発言の数々が嘘のように、創造神ははっきりとクリアな声でそう言った。
ず、とまた重低音を響かせて、白い物体、創造神の足の小指が天井へと姿を消していく。
最後の白い一端が消えてもなお、しばらくはドーヴィも神使も地面にひれ伏したままだ。まだ、神の残響が場を支配している。
……元々、ドーヴィは神使を殺して、そこを足掛かりにさらに上位の天使を誘き出して、最終的には創造神に直訴するつもりではあった。まさか、本人が向こうからやってくるとは。
(面白いから、って、何なんだよ本当に……っ!)
グレンはあれほどまでに苦しんで、傷ついて、酷い目に遭わされ続けて、それでも頑張って生きていると言うのに!
それですら、創造神にとっては面白いショーの一つに過ぎないのだ。やはり、その事実はドーヴィの心をささくれ立たせる。創造神と言えども、許せない存在でではった。
もちろん、この思想も読まれてはいるだろう。しかし、思うのは自由。そして、行動に移すのは許さない。それが創造神だ。
「……まあ、今回ばかりは感謝しないこともないけどな」
創造神が直接介入してきたから、話が早かった面は否めない。何より、自分とグレンの肩を明確に持ってくれたようだから、そこだけはありがたく貰っておく。
ようやく、この室内から神の痕跡が消え失せ、ドーヴィは立ち上がる事ができた。ほんのわずかな時間だったはずなのに、背中まで汗でびっしょりと濡れている。体も全力疾走で何時間も走りぬいたような、途方もない疲労感に満ちていた。
それはドーヴィだけでなく、神使も同じ。老婆の姿かたちをした神使は、よろよろと立ち上がる。
「まさか創造神様が直々に裁定をなさるとは……」
「で、その裁定の内容は?」
ドーヴィとしてはとにかく早く結論を知りたい。今も刻一刻と、グレンの世界の時間は進んでいるのだ。できるだけ早く戻って、あの可愛らしい契約主を力いっぱい抱きしめてやりたいのである。
神使はしばらく宙を見つめていた。ふわり、と血の香りが漂い、そう言えばここは凄惨な戦場だったな、とドーヴィは気づく。あれだけ自我と個性を持っていた槍の天使も、創造神のオーラに当てられて死んでしまった。
全く、天使も悪魔も、儚い物である。それでいけば、人間はもっと儚い。それこそグレンなんて、ちょっと目を離した隙にすぐ死にそうになるのだから。
「おいまだかよ」
「ええい、うるさい小僧だねぇ……」
ドーヴィの催促に神使は嫌そうに顔を歪めた。が、その言葉を切ってすぐに創造神に向けた礼の姿勢を取る。どうやら結果がまとまったようだ。
「こほん。愛と父性の悪魔、ドーヴィ」
「だからほんとその二つ名どうにかなんねえの」
「そういう活動をしてきたんだから仕方ないだろうがねぇ……」
やれやれ、と神使は首を振ってからドーヴィを見上げた。
「創造神様による裁定。お主は百七十六年の労働奉仕を恙なく終えれば、件の世界に戻って良い。また、件の世界については時間の流れを極限まで遅くした状態での運営となる」
「つまり、俺がその百七十六年の労働奉仕を終えたとしても、あの世界はそんなに時間が経ってない、ってことか」
「そうだろうねぇ……。その、お主の契約主が生きている間には、十分戻れるだろうよぉ」
創造神の言っていた「だいじょうぶ」はこういう事だったらしい。ドーヴィはようやく、息を吐いた。
これ以上の譲歩案はもう引き出せないだろう。創造神直々の裁定であるから。ドーヴィとしても、もう一度創造神に楯突いて「やっぱやーめた」とあの声で言われるのは避けたかった。間違いなく、あの創造神なら自分のアイデアを否定されたらへそを曲げて不機嫌になる。
「詳しくはこっちの施設にお行き」
神使から示されたアドレスを貰い、ドーヴィは早速転移に着手する。視界の端で、神使が「せっかちな男だねぇ」とぼやいているのが見えた。
「うるせえ、俺は急いでんだよ」
グレンの元に戻って、再契約する為に。
これから百七十六年、何の労働をしなければならないのかもドーヴィは知らないが。グレンにもう一度会えると言うなら、何だってやり遂げるつもりだ。
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