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【第二部】魔王覚醒編

30)魔王覚醒

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 ローデン率いる騎兵部隊は、クレイア子爵屋敷の裏手、他の領へ続く大きな街道のある場所に陣を構築していた。

 ザトーは正面からやってきたレオンにばかり気を取られていて、裏手の防御が疎かになっていたのだ。その上で、大きな街道があるとなれば、馬を使う騎兵部隊にとっては非常に動きやすい戦場となる。

 部下たちが防御用の魔道具、魔法陣を準備するのを監督しながらローデンは目の前に立ちふさがる巨大な土壁を見上げる。

 一夜にして築かれたその巨大な土壁……防御壁はあの隻眼の大魔術という異名をとるグレン・クランストンが構築したのだと言う。

 なんなら、ローデンは数日前にレオンのそばでグレンの魔法を目にしている。あの時も化け物だと思ったが、この頑強な壁を見ればその思いも強くなる。

「隊長! 準備終わりました!」
「こちらも完了です!」

 あちこちから設営完了の報告が上がり、ローデンは頷いた。あとは本隊のレオンから、作戦開始の指示である信号灯を待つだけ。

 待つだけ、なのだが。

 ローデンは何となく、嫌な予感を覚えていた。それは根拠のない勘であるが、ローデンのこの手の勘は外れた事が無い。

(屋敷が騒がしい……ような?)

 壁の向こうで何が起きているのかわからないが、ただ『何となく』嫌な予感がする。

 ……ローデンとて、名字は変われども元はクランツェ男爵家の血を引く人間だ。ドーヴィが「あいつは逃げが上手いから」という理由だけで護衛騎士に抜擢した、ティモシーと同じように。

「隊長?」
「……総員、騎乗して待機、だ。何か相手の動きが怪しい気がする」

 部下は不思議そうに首を傾げつつも、ローデンの言葉を仲間たちに伝えていった。ローデンも愛馬に乗り、屋敷から距離を取る。

「何もなければ無いで良いが……あの騒がしさは、何か一悶着ありそうだぞ」
「はぁ……まあ、隊長がそう仰って外れた事は無いですからね……」

 ローデンが隊長の座まで上り詰めたのも、この『勘』で死線を幾度も潜り抜けてきたからに他ならない。……ローデンは勘だと言うが、実際のところは視野が広く、他人より観察力に優れているという事だ。

 ほんの些細な違和感にも気づくことができる。そしてその些細な違和感を、放置しないで脳内で処理することができる。それができるローデンだから「隊長の勘は当たる」と言われているのだった。
 
 いつでも行動できるよう準備しておけ! というローデンの掛け声とほぼ同時に。
 
 ドンッという大地を揺るがす低い音が響き渡った。

「なっ!?」

 振り返ったローデンの視線の先には。見上げるほどの大きさであった土壁が崩れ、土煙を上げていた。そして突然に突風が巻き起こり、土煙が消え失せれば――

「ク、クランストン宰相……!」

――そこに立っていたのは、右目を眼帯で覆ったグレン・クランストンだった。

 紫がかった赤色の瞳が、ぱちりと瞬きする。そしてぴくりと右腕が動いた。

 それを見た瞬間、ローデンは金縛りが解けたように正気に戻り、全力で叫ぶ。

「総員! 散開!」

 ローデンの命令に、日頃から訓練を怠らない騎兵達は考えるよりも先に体が動く。手綱を握り、馬の腹を蹴り。

 そうして、馬が地面を蹴り上げた後に、氷の槍が音を立てて地面を突き刺していく。

「ギリー! 第一魔法陣発動!」
「了解!」

 馬を走らせて氷の槍の雨から逃げまどいながら、ローデンは指示を出す。呼ばれたギリーが設置済みの魔法陣の上に騎乗したまま乗り、上から魔法陣に魔力を流し込んだ。

 馬の体を伝って流すために、魔法陣起動の為に必要な魔力は普通に手で魔法陣を直接触れるよりも多く必要になる。しかし、この第一騎兵部隊が持っている魔法陣は、そもそも馬を前提とした運用が考えられている専用の魔法陣だ。

 つまり。騎乗したままで、魔法陣は無事に発動した。

 魔力を検知したのか、グレンがぐるりと魔法陣の方へ顔を向ける。

「ヒッ!」

 グレンに視線を向けられたギリーは、情けない悲鳴を上げて一目散に逃げだした。……隊長の教えが確かなのか、第一騎兵部隊の人間は逃げ足が速い事で有名だ。

 起動した魔法陣から白い玉が浮かび上がり、激しく閃光を撒き散らす。これは敵への目眩まし、あるいは目潰し。

 ぼうっと見ていただけのグレンは、もろにその閃光を浴びて左目を手で抑えてその場に蹲る。本来のグレンであれば警戒しただろうが、今は中身の無い人形だ。自分に直接害があるのか、観察しているその時間が仇になった。

 それを見て、レオンから「あいつはきっとこういうのに弱い」と聞いて用意しておいたかいがあったなぁ、とローデンは僅かながらも胸を撫でおろす。

 が。

 グレンは蹲ったままに、右手を大きく振り上げる。

「っ!」

 それは、対象を目視せずに手あたり次第に撒き散らす、魔力量という制限がある普通の人間であれば絶対にやらない魔法の撃ち方だった。膨大な魔力量を誇るグレンだからこそ、できる無差別発砲。

 再度、馬を四方八方に走らせ始めたローデン達の後ろへ、恐ろしいほどの速度で氷の槍、いや、それだけではなくそれなりの大きさの石礫や火球が様々に襲い掛かる。

「ヒィ~~ッ!」

 あちこちで悲鳴が上がっているのは気のせいではないだろう。……情けない悲鳴の割に、飛んでくる魔法を見てからギリギリで回避する馬術は一級品だ。そうでなければ、今頃、悲鳴の代わりにあちこちで多種多様な死体が出来上がっていたに違いない。

「信号! 赤、赤、青!」
「了解!」

 グレンからかなり距離を取って魔法の射程範囲から逃れたローデンが、遠くにいる通信兵に指示を出す。指示通りに通信兵は専用の魔道具に魔力を流し込み、空中に向かって引き金を引いた。

 その魔道具の筒部分から、三つの光球が空へ向かって打ち出される。色はローデンの指示通り、赤、赤、青。チカチカと目立つように瞬いた光球は、しばらく滞空した後に消えて行った。

「……よし! 元帥閣下、あとは任せますよ……!」

 ローデンは愛馬の手綱を握り直す。

 ただ逃げ切るだけが仕事ではない。ローデン達の仕事は、グレンを『釣りあげる』こと。

 他の部隊が屋敷に突入し、多くいる民間人を保護している間に、グレンを惹きつけ続けなければならない。とは言え、途中でドーヴィが乱入してくる手筈にはなっているが。

(ドーヴィ殿、早く来て下され~~~!!)

 そう願いながらローデンは再度部下へ指示を飛ばし、グレンをなるべく屋敷から引き離すように陣形を整える。

 遠いところで、蹲っていたグレンがゆらりと立ち上がるのが見える。体の周囲に時折、閃光が走っているのは――魔力が漏れている証拠だ。

 グレンの髪の毛が、風も無いのにふわりと浮かび、服の裾も同じようにはためく。漏れた魔力が風の代わりに空気の流れを作っているのだ。

 人外じみたその風貌に、誰ともなくごくりと喉を鳴らす。

「隊長、なんかやばくないっすか!?」
「そりゃやばいだろう! 隻眼の大魔術師だぞ! ……来るぞ! 第二、第三魔法陣同時発動!」

 ローデンの指示に従い、魔法陣が発動する。それは対魔法にのみ特化した結界を生成する物だった。

 主に攻城戦で使われるその結界は、一枚でどんな魔法をも防ぐと言う。それを今回は二枚、そして術師はそれぞれ倍に増やして合計四人分の魔力で、結界を生成した。

 対するグレンは、両腕を振り上げ、あの大火球を頭上に掲げている。つぅ、とローデンのこめかみを冷や汗が伝う。

「だ、大丈夫かあれ……」
「隊長、大丈夫なんですか……?」
「だめかもしれん」
「ええーっ!?」

 どよめきの様な悲鳴が巻き起こる。……とは言え、普段の攻城戦と違い、別にこちらの結界が破られても問題ないのだ。とりあえず、ローデン達が逃げ切れる時間を稼ぎ、グレンがその結界を壊すことに夢中になってくれていれば。

「魔法が放たれたらすぐ逃げるぞ!」

 言われなくてもそうします! と叫んだのは誰だったのか。

(教会が魔王と認定するのも頷ける……!)

 口には出さず、心の中でだけ呻いてからローデンは、ふと思う。

――なぜ、教会は見てもいないクランストン宰相を魔王と認定したのだろう? 

 この姿を見た後であるならば、わかる。しかし、グレンがその力を発揮して見せたのはレオンと対峙した時だけであって。それ以降は、攻撃性のある魔法は使っていなかったはずだ。

 基本的に教会の言う事は絶対であるから、そう言った疑問をローデンは持たなかった。教会がそう言うのなら、そうだろう、と。しかし、今回ばかりは順序が違うのでは……?

「隊長!」

 そう大きな声で叫ばれて、ローデンは慌てて思考を戦場に戻した。体は無意識のうちに馬を走らせているから問題ない、が。背後で、あの強力な二重結界を今にも大火球がぶち破ろうとしている。

「ほ、本当にあれを破るのかっ……もう少し距離を取るぞ! 爆風でやられる!」

 了解! と次々に声が返ってくる。

 その声の数々を聞き、ローデンはさきほどの疑問を脳の奥へとしまい込んだ。今は、そんなことに脳みそを使っている余裕は無いのだ。


☆☆☆


 屋敷の向こう、反対側から微かに低い音が聞こえる。各所に指示を飛ばしていたレオンは、口を止めて屋敷の方を見た。同じように、副官のグスタフも不安そうに屋敷を見る。それだけではない、何人も異常に気付き、作業の手を止めて注意を音のする方へと向けていた。

「この魔力……グレンだな」

 魔法を使えば、魔力が発せられる。その魔法が強大であればあるほど、撒き散らされる魔力も多くなる。

 それでもこの距離から魔力を検知できるレオンは、やはり天才一族の一員であった。

 ちら、と同行している教会の部隊を見れば、向こうも何か検知したようで慌ただしく動き始めている。

――残念ながら、レオンは教会に命令する権限を持たない。

 聞こえないように舌打ちしてから、レオンも各員に「戦闘発生の可能性あり、総員備えよ」と指示を飛ばした。

(ドーヴィがあいつらより先にグレンを攫ってくれればいいんだけどな)

 表の作戦と、裏の作戦。その両方を知っているのは、レオンとローデン、そして中心人物のドーヴィのみ。

 ローデンがグレンを釣り上げるのが仕事なら、レオンの仕事はあの悪魔、フィルガーを釣り上げることだ。

 フィルガーが好むような、派手な戦いをする事。ただし、民間人はなるべく殺さないように。

(面倒だとも言ってられん、か)

 民間人は元より、今回の主犯であるクレイア子爵は何としても生かしたまま捕えなければならない。どうやって悪魔と知り合ったのか、何が目的なのか。

 そして、今回の騒動の責任を取り。クレイア子爵は、公開処刑で罪を償って貰わなければならないのだ。断頭台の準備は、すでに完了している。
 
「閣下! 第一騎兵部隊から通信です!」

 グスタフの声に顔を上げれば、空には三つの光球が瞬いていた。赤、赤、青。

 指揮官以上の身分の人間のみが知るその色の内訳は……緊急事態発生、敵と交戦中、作戦遂行問題なし、を表していた。どうやらローデンは何かしらトラブルに巻き込まれたようだが、作戦自体の遂行には問題ないと判断したらしい。

「これはローデンにも褒章を弾む必要がありそうだな……グスタフ!」
「ハッ!」
「ローデンの方がグレンとぶつかったようだ。予定とは違うが、このまま作戦を開始しても問題ないだろう」
「……ハッ、問題ありません! では、各部隊に進軍の合図を出します」

 問題があれば、グスタフが異論を唱える。だが、グスタフからしても、こうなってしまってはさっさと作戦を開始した方が早いだろうと判断できた。

 どのみち、クレイア子爵陣営とは戦力差がはっきりと存在する。どうあがいても負けようがない中で、唯一の懸念であったグレンがすでに釣り出されているのなら、作戦遂行に何の障害も無かった。

 グスタフの指示により、待機していた通信兵が魔道具から光球を打ち上げる。ローデン達と違い、白、白、白。全部隊に作戦開始を指示する組み合わせだ。

 クレイア子爵を包囲するように配置した部隊のあちこちから、了解を示す白の信号球が一つずつ打ちあがる。

 それを確認して、レオンは口角を上げた。

「我が親友と我が弟を苦しめた恨み、晴らさせて貰おうか!」

 ぎらついたレオンの眼差しをちらりと視界に入れたグスタフだけが、クレイア子爵陣営の結末を予期して震えあがっていた。

----



なんで第一騎兵部隊こんなローデンと愉快な仲間たちみたいな面白部隊になったんだ……(困惑
 
ところでレオン兄上、絶対人気ですよね
たぶん人気投票したらグレンくんとドーヴィより上に来そうな気がする
まあ私もレオン兄上めちゃくちゃ好きなんですけどね!

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