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【第二部】魔王覚醒編

18)届く凶報、騒ぎ立つ王城

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 緊急通信、として特殊通信魔道具の受話器部分を耳にしていたレオン・シルヴェザンは、見る間にその端正な顔を歪め、周囲からすれば優男とも言われるその眉を大いに吊り上げた。

 それを見ていた副元帥のライサーズ男爵は、早々に周囲へハンドサインを出して仕事を中断させる。自分自身も書きかけの書類を片付け、受話器に向かって相槌を打つレオンの前に立った。

 ちら、とレオンはライサーズ男爵を見上げ、厳しい顔をした。

「――わかった。すぐに軍を向ける。危険だろうがシャノン達はそのまま残ってくれ。また何か事態が動いたらすぐに連絡を。俺宛てに直通で良い、取次ぎも最優先にさせる」

 じゃあな、とレオンは言って受話器を通信兵の手に戻した。通信兵が魔道具にその受話器を戻し、魔道具が乗ったワゴンをガタガタと押して隣の通信室へと戻っていく。あの魔道具は、置き場所に困るのが難点だ。

 その姿を見て、心を落ち着けるようとしたレオンだったが……すぐに、行儀悪く机を蹴りあげた。ドン、と乱暴な音が室内に響き渡る。

「ライサーズ! 私は陛下に謁見してくる!」
「ハッ!」
「クランストン宰相の部下……アンドリューとマリアンヌと言ったか、その二人を呼び出せ! 会議室を抑えろ!」

 苛立ちを隠さないレオンは椅子を後ろに倒す勢いで立ち上がる。

「それから」

 そこで言葉を切ったレオンは、目を伏せた。これまでの怒気が静まり、一転して苦しそうに唇を震わせている。

「……フランクリン・カリスを、重要参考人として王城まで連れてこい。本人が断ったら強制執行で構わん」

 その名前を聞いたライサーズ男爵は目を丸くした。フランクリン・カリス、カリス伯爵と言えばクランストン宰相の付き人であり、このレオンの親友であるはずだ。

 それを『強制執行』で王城まで連行しろ、という事は……フランクリン・カリスに、何らかの罪、それもかなり重い罪の疑惑が上がっているということになる。

「ハッ、すぐに手配いたします」

 どういうことだ、と聞き返したくなる気持ちを押し殺し、ライサーズ男爵はつとめて冷静にそう応えた。何が起きているのかはわからないが、少なくともこのレオンの荒れ具合からするに、かなりの事件が発生した様である。

「ライサーズ、俺が謁見から戻ってくるまで采配は任せる。……詳しくは後で話すが、恐らく軍を出す必要がある。待機させておいてくれ」
「了解です」

 普段の冷静で飄々とした態度とは全く異なり、レオンは肩を怒らせながら執務室を出ていく。ライサーズ男爵はすぐに護衛騎士二人に後を追え、と指示を出した。

 部屋の主が去った後も、まだ緊迫した空気は残っている。全員が、仕事の手を止めてライサーズ男爵からの指示を待っている。

 それを見渡したライサーズ男爵はぐっと胸を反らした。各員に喝を入れるように声を張り上げる。

「総員、緊急事態発生につき、厳戒態勢に移行! 元帥閣下が戻られるまでは私が指揮を執る!」

 ライサーズ男爵の野太い声が室内に響き渡り、室内の緊張感はある種の興奮を含み始めた。軍部の執務室は、政務部と違って血の気の多い人間が多いのだ。



 執務室を出て先触れもなく、アルチェロへと殴り込みのごとく強引に会談をセッティングしたレオンは、情報漏洩防止の魔道具を起動する時間すら押しいと言わんばかりに、自ら部屋に強めの結界を張った。

「穏やかではないねえ」

 これが他の貴族であるならばアルチェロも近衛兵を呼んで摘まみだすところだが、よりにもよってこの狼藉を働いたのがシルヴェザン元帥と来たものである。そうであれば、読んでいた外交の書類もマスティリ帝国への返信執筆も、全て止めて対応する必要がある。

「っとに穏やかじゃいられませんよ、ええ」
「で、何があったんだい?」
「落ち着いて聞いてください。グレンが……クランストン宰相が行方不明です」
「……ほう?」

 レオンの報告に、さすがのアルチェロも声のトーンを変えた。さらに、凶報は続く。

「それだけならドーヴィがいるから……というところですが。ドーヴィも敵の罠に嵌って行方不明になっておりましてね」
「ええ……ええ? それ、ものすごくマズい状態じゃない?」
「ものすごくマズいです」

 アルチェロは聞き間違いかと思いもう一度、念のためにレオンに報告を繰り返して貰ったが、やはり内容は同じだった。ものすごくマズい状態なのも変わらなかった。

「何とか敵の追手から逃れた護衛騎士が運よくうちの諜報員と落ち合えましてね。現場にいた人間からの情報なので間違いはありません」
「……間違ってて欲しかったねえ……」
「また、護衛騎士の一人も消息不明ということで……クレイア子爵領を訪れた四名中三名が行方不明と言う惨事です」

 人数だけでも大惨事だが、内訳がますます大惨事だ。

 のんびりとした物言いをしていても、アルチェロの脳内は素早く今後の対応を計算している。何しろ、この国の大黒柱であるグレンが行方不明になったというのだ。しかもただ行方不明になったのではなく、どうもドーヴィ同様に敵の罠に嵌められたようで。

(グレン君の首を狙って? 逆恨みかな? それとも、身柄を拘束して身代金でも迫るのか……いや、どちらにしても、クレイア子爵領にそれほどの戦力があると思えない。破滅願望でもあるのか……)

 考えをまとめる、とレオンに言いおいて、アルチェロはメイドを呼び出して茶を淹れさせた。スッキリとした味わいが特徴のハーブティーをカップに注いでもらう。レオンの分も淹れさせたが、よほど気分が高まっているのかレオンはカップに手を付けなかった。

「とりあえず、証言が取れている以上、クレイア子爵領に軍を派遣しようかと」
「まあ、そうなるね。事故とかでなく、明らかに襲撃だったんでしょ?」
「ええ、護衛騎士二人を口封じしようと襲って来たという話でしたからね。あの護衛騎士が嘘をつくような人間とも思えませんし」

 ……それを言ったら、フランクリンがグレンを罠に嵌める手伝いをした、というのも信じられないが。レオンは一瞬だけ親友の事に意識を取られたが、すぐに頭を振ってそれを思考から落とした。

 真実は直接会って聞けばいい。それだけのこと。想像したところで何の答えも得られないものを気に病んでも生産性がない。

 レオンは目の前のアルチェロへと意識を戻す。アルチェロも普段の常にニコニコとした顔を引っ込めて、苦々しい表情を浮かべていた。

「……ドーヴィまで罠に掛かった、となると、これは悪魔が裏にいる可能性が高いって感じかな?」
「そうですね。その辺の人間程度で、ドーヴィに対抗できるとは思えません」
「うーん、厄介だねぇ……かといって教会に連絡するのも、ドーヴィの行方が知れない状態だとちょっと怖いし」
「それは……そうです、ね……」

 アルチェロの悩まし気な声に、レオンも頷く。

 ドーヴィがグレン至上主義であるのは、レオンもアルチェロも重々承知している。そしてグレンが、ドーヴィにかなりの部分……特に精神面を大いに依存していることも、二人はよくよく知っている。

 つまり、グレンを助けるために良かれと教会を頼った結果、ドーヴィが討伐されましたとなったら目も当てられないのだ。もちろん、現時点でグレンが無事かどうかもわからないのは確か。しかしながら、無事である可能性がある限り、教会を頼るのは最終手段の様に思えた。

 アルチェロとレオンは、どちらともなく視線を合わせて、同時に頷く。二人の方針は一致したらしい。

「まずは、軍でクレイア子爵領を制圧するところから、だね」
「ハッ。まずは常駐の軍を派遣しますが、場合によってはクレイア子爵領の近隣領からも派兵させる予定です」
「うん、それがいいね。……そうだねえ、ボクの名前で、近隣領には一時的に待機命令でも出そうか」

 余計な行動を取られても困るしね、とアルチェロはのんびりと言った。そののんびりさとは裏腹に、王直々の『待機命令』となれば、それは王から謀反の疑いをもたれている状態とも言える。そうでなければ、素直に『待機依頼』になるはずなのだ。命令と依頼の差は非常に大きい。

 アルチェロはカップに残っていたハーブティーを飲み干して、ことりとカップを皿に置いた。レオンの目を覗き込むようにして伺う。

「シルヴェザン元帥には、行方不明になったクランストン宰相の捜索を全面的に任せようと思うんだけど、できるかな?」

 レオンはそのアルチェロの言葉に隠れた『私情を挟んで余計な事はしないよね?』と言う確認を明確に読み取り、力強く頷いた。

「我が弟グレンも、宰相としてこの国の為に尽くす気持ちで溢れていたはずです。いざという時に、国か自分かどちらを取るかと聞けば、グレンも国を優先してくれと言うでしょう」
「うん、うん。そうだね、グレン君はそういう人だね」
「……もちろん、そのような事にならない様、万全を尽くす次第です」

 低い声で言ったレオンの瞳には激情の炎が立ち上っていた。その熱さを感じたアルチェロは目を細める。

「期待しているよ、シルヴェザン元帥」
「ハッ! ……では、失礼」

 来るときも嵐の様であれば、去るときも風の様に。レオンは過不足なく物事を片付けてから、元帥として身に着けているマントを颯爽と翻して退室して行った。結局、最後までハーブティーに手を付ける事はなかった。

 後に残されたアルチェロは姿勢を崩して大きなため息をつく。

「と、言うよりもさぁ、グレン君がいないとそもそも国が成り立たないんだよねぇ……」

 グレンか国か、と言う問題になればそれはもちろん国と答えるしかない。しかしながら、このクラスティエーロ王国はグレンがいなければ成り立たない。少なくとも、アルチェロはそれほどまでにグレン一人の力を評価している。

 グレン・クランストンは、この国に無くてはならない大切な人材なのだ。

 ……それだけでなく、窮地に陥っている盟友の事を心配にならないわけがない。泰然自若としているアルチェロでも、この凶報には心臓が飛び上がらんばかりに驚いたのだ。

 怒り心頭で今にも大軍を率いてクレイア子爵領に攻め込まんとするレオンには釘を差しておいたが。実際のところは、アルチェロ個人としてもどうにかグレンを救出して欲しいと思っている。

「クレイア子爵領は難しい領地だからねぇ……やっぱり、前に燻った時にもっとしっかり片付けておくべきだったか」

 以前の騒動を思い出し、アルチェロは独り呟く。国の安定を優先して、多少の火種は見逃したのがここに来て大火になってしまった。

 やっぱり王様業は難しいねえ、とアルチェロは思いながら王として各貴族に通達を出すために自室へと戻って行った。


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前話ちょっとだけ手直ししました
どこ直したかもう忘れたんですが話の流れは変わっていません

レオン兄上かっこいいよな~~~
グレン君が自慢の兄上です!って尻尾をぶんぶん振る気持ちがわかる
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感想 7

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