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【第二部】魔王覚醒編
11)とある護衛騎士の独り言
しおりを挟む俺の名前はティモシー・クランツェ。これでも男爵位を持っているクランツェ男爵家の息子さ。……継承権なしの五男だけどな。
継承権がないっつーからには、自分で食い扶持を稼がなきゃなんねえし、まあ力があれば何かしらの功績を上げてどこかの貴族家に婿入りするか、新しく家を立てるかってところ。
あいにく、俺は凡人中の凡人で……嘘、ごめん、凡人よりちょっと下ぐらいのどちらかと言えば落ちこぼれ寄りの人間だ。
そんな落ちこぼれの男が、何をどうしたかクランストン辺境伯の護衛騎士になっちまった。しかも宰相閣下だぜ? 今をときめく!
俺は見習い期間を経て、通常のクランストン辺境騎士団の一員になってからすぐに抜擢された。
……先輩からの視線は痛いし、同期からは妬まれるし。なんで俺なんだよぉ!
って思ってたら、ドーヴィ殿……あの、なんか異様に強くて今クランストン辺境伯閣下の護衛を務めてる人な、その人がずばり言ったんだよ、俺に。
「お前に武力は期待してねえよ。期待してるのはその保身術の高さだ。戦況を見切って逃げるのが上手いからな、お前は」
だとさ。え、それ俺に直接言うの? 武力に期待してないって??
そりゃねえよ、と思いつつも、相手が平民とは言えドーヴィ殿には一切頭が上がらない。だから嘆きを胸奥に仕舞いこんでハイワカリマシタとお行儀良く任を拝命したわけだ。
……振り返ってみたら確かにこういう時に変な反骨心を出したりしねえな、俺。強い物には全力で巻かれていくし、ヤバくなったら逃げるが勝ち。そういう生き方で落ちこぼれなりに乗り切ってきたのに、まさかこんなところでその特技が活かされることになるとは……。
護衛騎士には俺の他にもう一人、ルミアという女性騎士が選抜された。何でも彼女も元貴族らしい。ほーん。
ちなみにルミアは俺よりよっぽど騎士として腕が良い。俺は魔法もからっきしだし剣もからっきし。だけどルミアは魔法について、かなりの腕前を持っている。
いやー見せて貰ったけど詠唱の速さと正確さ、それから状況に応じた魔法の選択も完璧ですげーって思ったよ。はあ~これが優等生か~。
なんてのんびりしてたらドーヴィ殿に頭をべしりと叩かれちまった。
「言っておくがなティモシー。俺とルミアは身分的には平民だ。グレン様の護衛の中で、貴族なのはお前だけだからな」
つまり。つまり? つまりどういうこと……と首を傾げていたら!
なんと、閣下が出席なさる貴族主催の夜会や懇親会には、俺がメインで護衛するってコト! マジかよ!
会場入りして他の貴族たちに睨まれながら、グレン様の後ろをヒヨコの様にぴたりとくっついて周る俺。もはやどっちが護衛かすらわかんねえ。ほんとこんな中に一人で残さないでくださいお願いします閣下俺も連れてって!
そうなるから、と事前に礼儀を一通り習い直し、さらに本来であれば男爵家の五男なんかが学ばないような上位貴族の言い回しや文化まで教えて貰った。というか叩き込まれた。
そりゃあもう必死だったさ、毎日。
辺境伯、それも一国の宰相の護衛騎士となりゃあ、超超超大出世だ。実家に護衛騎士に抜擢されたって自慢の手紙を送ったらその返事が「見苦しい嘘はやめなさい」なんだぜ。
それだけ、俺が抜擢されたのは奇跡のようなモンだった。何が閣下とドーヴィ殿のお眼鏡に適ったのか……俺は今でもわからない。
ちなみにもう一度「本当だって!」って手紙を実家に送ったんだがな、その間にとある夜会で親父とばったり出会って。
親父は男爵だからさ、その夜会の中では下っ端なわけよ。対して俺がぴったりくっついてる宰相閣下は夜会の中でもトップ、頂点、花形、スター!
クランストン辺境伯が出席する、と言えば、国中の貴族がこぞって招待状を求めるほどの大スターなんだ。伯爵家の人なんかは閣下に会ったこともあるらしいけど、底辺男爵家なんてお顔を見たことすらねえって人が多い。
だからこそ一目だけでも反乱を成功させた隻眼の大魔術師を見てみたい、と人が集うわけ。
そんなある種の野次馬の中に、親父もちゃっかり混ざってた。
そんな時に、俺もうっかり「げ、親父」なんて反応しちまって。本当は護衛騎士だから、そういう余計な事に反応しちゃいけないんだけどな。……後でドーヴィ殿にめっちゃ怒られて特訓に放り込まれて死ぬかと思った。
まあとにかくだよ、とにかく。その俺の言葉を閣下が拾ってしまってだな。んで、「ほう、君のお父様がいらっしゃってるのか。ぜひ挨拶をしたいのだが」なんて言うもんだから……そりゃあもう、あれだ、うん、夜会全体がざわめきの嵐になっちゃって。
それで呼び出された親父も、もう信じられないぐらいガチガチに緊張してて、右足と右手が同時に出てた。わかる、わかるぞ親父、その気持ち。俺も護衛騎士に抜擢されて閣下に挨拶するときはそうなった。
グレン様のことを子供だとか、チビだとか悪口を言うやつは、確かにいる。
だけど、本人を前にしてみればわかる。明らかに俺らみたいな凡人とオーラが違う、オーラが。もう全然違う。
ハァ~これが上位貴族様! 国を動かす宰相閣下! みたいな気持ちになったもんだ。親父も絶対そうなってる、間違いない。
それでもう閣下がものすごくにこやかに「貴方のご子息には大変世話になっている。なかなか休暇を与えられず、申し訳ない」とか言うわけよ。なあ、閣下これ俺ら親子で遊んでる!?
まあ閣下がそんなことするわけないんだけどな。あの方は本当に心優しいと言うか、純粋と言うか……。
話がちょっと逸れた。それで親父がものすごい片言で「モッタイナキ、オコトバ、デス」とペコペコして、何となくその場は流れた。わかる、わかるぞ親父。俺も最初は閣下に話しかけられたとき、いつも片言だったぜ。
その光景を見てた貴族からばーっと話が広がって、今では実家の方に何とか宰相閣下へ取次ぎを、なんて手紙もかなりの数が届いているらしい。
親父も現在勉強中の次期男爵になる兄貴にも、女性貴族界をのらりくらり泳いでるお袋にも、何ならまだ学生の弟にも。
ぜっっっったいにその手の話は全部断れ、ってきつく言ってある。もう婿や嫁に行った兄貴や姉さんにも先に手紙で通達しておいた。
もしそれで俺を頼られても、俺も絶対断るからな、って。
……まあ、なんというか。俺の家族も俺の様に機を見るのが上手い奴らばかりで。ここでいくら他の貴族から美味い餌をぶら下げられても、それに飛びついた方が危険だと言う判断はできてるらしい。
幸いにして、俺の家族が宰相閣下の名前を使って何かしらの事を働いたなんていう俺の寿命が30年は縮まるだろう話は今のところ届いていない。
むしろ届いたその日が俺の命日になるまである。うん。
そりゃあ閣下は大変にお優しい御方だから、何かしらあっても多少は見逃してくれるだろう。だけど、ドーヴィ殿は……ドーヴィ殿は、絶対に許さない。
俺は知っている、たまに閣下に対して無礼を働いた人間が姿を消している事を。
その陰に、時折ドーヴィ殿がちらついている事を。
そして何より。ドーヴィ殿が意図して、その姿を俺に見せつけている事を。
……そんな脅しされて、今さら閣下に仇を為すなんてできるワケがねえ! 無理! 怖い! なにあれこわい!
そんな悪魔のように怖いドーヴィ殿から、重要な話がある、とルミアと共に呼び出された。閣下は、明日の緊急出張についていろいろ引継ぎをしているらしい。
小さな騎士用の殺風景な談話室で。ドーヴィ殿はいつになく真剣な表情で切り出した。
「明日、グレン様はクレイア子爵領に向かわれる。それは聞いているな?」
もちろん。さっき聞いたばかりだ。突然の事でも、閣下が向かうならついていくのが護衛騎士の仕事。早馬で日帰りの強行日程というのだから、俺もそれ用の準備をしていたところだ。
「はっきり言うが、これは敵の罠である可能性が高い」
「敵、とは……この一連の疫病事件の、ですか?」
「そうだ」
……マジ?
ママママママジ?????
え、どうすんの、俺ら……明日、敵陣に切り込むの!? 噓でしょ!?
……なーんて心の中では脂汗をどっと噴き出しても、俺は顔には出さねえぜ。だって護衛騎士だからな! そこはもう「へえそうなんですかそれは大変そうですね」みたいな涼しいすまし顔をしておくんだよ!
はっきり言って俺今すぐ護衛騎士辞めたいんだが???
そんな俺の嵐のような胸中に関係なく、ドーヴィ殿は続きを話してくれた。俺もう聞きたくないよ……。
「まだ未確定な情報でなぁ……軍部も事前に偵察を入れてくれているが、異常なしと報告が上がっている」
「そうなんですね」
俺は至って冷静なふりをしながら相槌を打った。声はたぶん震えてないと思う……たぶん。
「だから、問題が無い可能性もある。どちらとも言えない、というか、むしろ状況としては何もない可能性が高いんだろうが……」
ドーヴィ殿は腕組みをして宙を睨んでる。しばらく黙ってるんだけど、その沈黙がめちゃくちゃこええよ! なんだよ! 続きはよ!!
首に着けてる身体強化用のアクセサリーを一撫でしてからようやく口を開いてくれた。
「あれだな、俺の勘だ。勘が根拠だ」
「勘、ですか?」
ルミアが首を傾げる。優等生なルミアは、勘や博打を好まない。軍部が異常なしと言うなら異常なしでいいんじゃない? と思ってそうだ。俺もそう思うっていうかそう思わせて欲しい。
だけど悲しいかな、俺の勘もドーヴィ殿に全力で同意してるんだな、これが。
ドーヴィ殿がそう言うからには恐らくその勘が当たってるんだろう、と俺の勘が言っている。俺の勘が信じるドーヴィ殿の勘を信じろってことさ。
いや信じるなよやめろよ不吉だなぁ!
「……とにかく、不確定要素が大きすぎるからグレン様には『王城を出るからには身辺に注意して欲しい』とだけ伝えてある」
ドーヴィ殿はものすごく不味い物を食べたような顔をしてるし、ルミアは何とも言えない困惑した顔をしている。わかった、ここは俺が上手い感じに取りなさないといけないやつだな。
「ドーヴィ殿の懸念はわかりました。勘が根拠とは言え、見知らぬ領に行くのです。でしたら、警戒度を上げるのは当然の事……しかも、今は有事ですから。明日は、さらに気を引き締めて任務にあたれという事ですね」
どうだ、俺の上手なまとめっぷりはよ。さきほどまでは納得いってなさそうだったルミアも、今は腑に落ちたような顔をしている。
「お、そういうことだ、さすがティモシーだな」
いやあ褒めても何も出ませんよ。出るなら辞表ぐらいですほんと今すぐ逃げていいですかねマジで。
「いいか、ティモシー、ルミア。護衛騎士としての任務の再確認だ。何があっても、グレン・クランストン辺境伯を守れ。いざとなれば、お前たちが命を差し出してでも守れ。……いいな?」
「はいっ!」
ルミアが元気よく答えて敬礼をする。俺もあれだ、敬礼した、うん……護衛騎士だからな……。
仕方ねえ、給金が良いのだってこういう事があるかもしれないからだろ。
ええい、腹を括るしかねえぜ、ティモシー! 頑張れ!
……でもやっぱ帰りてえ~! 明日がこえーよ!
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ティモシー割と面白いキャラしてると思う
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