虐げられている魔術師少年、悪魔召喚に成功したところ国家転覆にも成功する

あかのゆりこ

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【第二部】魔王覚醒編

3)兄弟の語らい

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 遅刻したグレンが固い顔をしたままなのを見たレオンは肩を竦めた。

「大丈夫だ、今日は普通に家族の語らいだと思えよ」
「しかし……」

 ちら、とグレンは壁際に直立不動で立っている騎士と、給仕をしているメイドへ視線を向ける。弟が言わんとしている事を明確に察したレオンはにやりと笑って深く頷いた。

「安心しろ、騎士もメイドも辺境から連れてきた人間だ」
「え」

 思わず驚いた声を上げたグレンがよく見れば、メイドはにこりと微笑みかけ――そう言われてみれば、見覚えのある顔だ。グレンは目を丸くして、騎士の方に勢いよく顔を上げる。軽く礼をする騎士の顔も、確かに見知った顔だった。

「い、いつの間に……!?」
「今、辺境の方は騎士もメイドも希望者が殺到してるだろ? せっかくだし経済を回そうかと思ってな。教育係のベテランはそのままだが、中堅の若手は何人か引き抜いてきた。辺境伯代理のセシリアにはちゃんと許可を取ってあるぞ」
「え、ええ……」

 ぽかんと口を開けたグレンに、レオンは「ちなみに侯爵家からも何人か連れてきている」と告げる。さらにグレンは目を丸くした。

「兄上……相変わらず、お早いと言うか何と言うか……」
「貴族ってのは人を使って何ぼだからな。それに何事も手回しは早ければ早いほど良い」

 兄であるレオンが侯爵家に婿入りしたのは半年ほど前とは言え、すでに全て掌握して好きに使い倒しているらしい。ドーヴィがよく「あいつはお前の分の強かさも全部貰って生まれてきたんだろなぁ」と自分に微妙な憐みの視線を向けていたことをグレンは思い出す。

 なんだそれは、と当時は憤慨していたものだが、こうして兄レオンの鮮やかな手腕を見ているとぐうの音も出ない。同じことを自分が出来るかと言ったら、絶対に無理だ。恐らく、兄と自分は見えている視界が違うのだろうなぁとグレンは思う。

 グレンが物心ついた時から、兄はカッコ良かった。ただ、そのカッコ良さが具体的に何なのかを知る前に兄とは離別してしまっていたのだ。兄の働きぶりを間近で見ることができる今が実に幸せな時間であるとグレンはよくわかっている。

 そのキラキラとした尊敬の眼差しを受けたレオンは一人で小さく笑いを零した。何歳になってもやはりこの弟は可愛い。

「さ、冷める前に食べ始めるか。俺はワインだがグレンは?」
「水でお願いします」

 メイドに注いでもらい、二人は軽くグラスを合わせて軽やかな乾杯の音を鳴らす。

 生野菜をたっぷり使った前菜のサラダに、王城の料理長が腕を振るったオニオンスープ。今日もグレンの胃腸を最優先として、どれも優しい味わいに仕上げられていた。

「で、最近の仕事はどうだ? 軍の方はようやくテコ入れが終わって形になり始めたが……」

 優雅にサラダを口に運びながら、レオンがグレンに話しかける。同じくサラダを口に頬張ったグレンは、もぐもぐと咀嚼しながら小さく頷いた。

 旧ガゼッタ王国は戦争に明け暮れる、まさに軍国主義の国家であった。その弊害でクランストン辺境伯一家は悲惨な目に遭ったのだが……とにかく。

 今となっては、外国へ戦争を仕掛ける必要もなければその力も無い。まだ国内を平定する方が先だからだ。上位貴族の当主を全て処刑したとは言え、その家族や配下などが虎視眈々と復讐の機を狙っていることは事実。

 それ以外にも、旧ガゼッタ王国が戦争で奪い取った土地を取り返そうとする地域もあれば、この混乱に乗じて独立を目論む地域もある。

 旧ガゼッタ王国がばらまいた火種は、今も国内のあちこちで燻り続けているのだ。おかげで、王に就任したアルチェロは元より、元帥と言う大役を仰せつかったレオンも頻繁に頭を抱えている。

「そうですね、特にこちらは変わりないです……ああ、そう言えば、さきほど疫病の発生報告が飛び込んできました」

 グレンは該当の村がある地方の名前を挙げ、さきほど報告を貰った内容をレオンに伝えた。

 疫病の発生だけならまだ良いが、これが蔓延防止策や大量の物資輸送となると軍の力を借りる可能性もある。そうなった時に「じゃあ今からよろしく」といきなり言うのと、事前に「こういうことがあったからもしかしたら……」と伝えておいたのでは雲泥の差だ。それぐらいの情報共有の大切さはグレンも重々承知している。

 以前の旧ガゼッタ王国では軍部が幅を利かせて内政方面はかなり肩身の狭い思いをしていたようだが。グレンが宰相になり、元帥が血肉を分けた実の兄となれば上手に二人三脚もできるというものだ。

 そこから二人は疫病対策について話し合い、次から次へとそういえばを繰り返してクラスティエーロ王国内の問題について意見交換していく。

 そう、今日はそのための晩餐だ。なかなか、役職持ちの二人が相談を、となると書記が付き記録が残り……と気軽にはできない。まだ不確定な内容やあくまでもアイデア止まりの案など、そういうものを口に出しにくくなってしまう。

 その点、兄弟二人での晩餐ならそういった心配もいらない。これはどの貴族もやっていることだ。これは兄弟水入らずの晩餐でありながらも、クラスティエーロ王国の政策を決める大切な会談でもある。

「まあ国内はそんなところか……国外は……父上と母上が上手くやってくれるだろうから、とりあえず何かあるまでは大丈夫だろう」

 メインディッシュを食べ終わったところで盛り上がった情報交換も一段落つき、ナプキンで口元を拭いながらレオンはそう言った。それにグレンも頷く。

 ちなみにメインディッシュは白身魚の香味控えめあっさりハーブソテーだった。グレンの胃袋に優しい。一方のレオンはやや物足りなさそうな顔をしていたが、後で美人の嫁が待つ自宅に帰ってから晩酌をすればいいだろう。

「今頃、父上と母上はどのあたりでしょうね? ちょうどマスティリ帝国に入ったぐらいでしょうか?」
「そうだろうな。アルチェロ陛下がいるから良いとは言え、マスティリ帝国とは良い関係を築いていきたいからなぁ……父上も母上も、そこはしっかり押さえてくれるだろう」

 兄弟そろって両親の顔を思い浮かべ、頼りになる二人の事だから大丈夫だろう、と力強く同時に頷いた。

 グレンとレオンの両親は、揃ってクランストン公爵へとその肩書きを変えていた。婿入りして侯爵家を継いだレオンとは違い、新しくクランストン公爵家を興した状態だ。

 何しろ上位貴族と呼ばれる公爵から辺境伯の中で生き残っているのはグレンだけだ。さらに王であるアルチェロは外からやってきた人間であり、この地に住む民の事は何も知らない。

 かといって伯爵家から何名か抜擢するのも、各伯爵家の様々な悪行などを考えるとなかなか難しい事であった。と言うわけで、辺境伯としての実績豊かなグレンの両親が、公爵という席に収まって国内の貴族を統一し、アルチェロの治世を手助けするの事になったのである。

 王を筆頭に最年少宰相、さらに年若い元帥と来れば若すぎる布陣に不安を覚える貴族もいるというもの。そこを上手くとりなしたのが、グレンの両親であった。

 ……まあ、楯突く伯爵家や子爵家などは適宜悪行を発掘してはアルチェロかグレンが潰して回っていたが。叩けが埃が出るどころか叩かなくても埃塗れな悪行三昧で過ごしてきた貴族には、すでにご退場願っている。

 そして国内がある程度落ち着いたタイミングで、近隣諸国に新しい公爵として顔見せの外遊にグレンの両親は出かけているのだった。

「これまで、外交はアルチェロ陛下に頼り切りでしたからね……。私も外交経験はありませんから、父上と母上が戻ってきてくれて本当に何よりです」
「全くだ。俺も外交についてはまだ経験を積む前だったからなぁ……」

 出されたデザートのアップルシャーベットで口を冷やしながら、二人揃ってまたしも同じように目を細めて頷く。よくよく似ている兄弟だ。

「……そうだグレン、クレイア領について何か情報が上がってきてないか?」
「クレイア領? 特には……以前、反乱の兆しがあると言って要注意領に指定して以来、特に音沙汰は無いですね。その時はドーヴィに暗躍して貰って鎮めることに成功したはずですが」

 急にレオンの口から飛び出た領の名前に、グレンは首を傾げる。

 クレイア領は、元はクレイア国という小さな小さな国だった。それこそ、クランストン辺境領と大して変わらない程度の大きさの小国である。そこに流れ着いたどこかの国の流民が王族を名乗り国を立ち上げたのが始まりらしい。

 だが、そのクレイア国も旧ガゼッタ王国の領土拡大の波に飲み込まれ、今ではクラスティエーロ王国の一領地であるクレイア領となっていた。

「ほら、あそこの領主って亡国のお姫様だろ」
「……ああ、そうですね。確か王族の生き残りであるモア・クレイア嬢が子爵になって領主をやっているかと……」
「そのクレイア嬢な。最近、動きが怪しいらしい」

 最後のアップルシャーベットを口に運んで、その美味を味わっていたグレンはレオンから落とされた爆弾に目を白黒とさせた。レオンはと言えば、グレンより一足先にシャーベットを食べ終えて食後のコーヒーを嗜んでいる。

「う、動きが怪しいとは?」
「何でも女性貴族のお茶会にぱったりと顔を出さなくなったようだ。以前は『私は王族なのよ』が口癖で、呼んでもないのに乱入してきては大暴れしていたらしいが」
「はあ……」

 顔も見たことが無いクレイア嬢もといクレイア子爵の事を思い、グレンは何とも言えない顔をした。王族なのに、お茶会のマナーがなっていないどころか大暴れとは……いったい、何をしでかしたというのだろう。聞くのも恐ろしい。

「それはディアーナ姉上からの情報ですか?」

 グレンの問いに、レオンは「そうだ」と頷いた。

 ディアーナとは、レオンの嫁……つまり、前シルヴェザン侯爵の娘であり、グレンにとっての義姉にあたる。

 前シルヴェザン侯爵は当然、グレンによって貴族会議の場で処刑されている。本来であれば、シルヴェザン侯爵家もそのまま取り潰しになるところだが、その娘のディアーナが非常によくできた人物であり、さらに領民や王都の商会、王城勤めの人間や下位貴族から助命嘆願が相次ぎ――結果として、シルヴェザン侯爵家は取り潰しを免れた。

 もちろん、ディアーナにとっての父は殺され、母親は幽閉が確定している。

 ……が、しかし。ディアーナはグレンを恨むどころか、悪行を積み重ね領民を虐げる両親を斃してくれたことを、感謝していた。ディアーナはあの両親からどうしてこのような心優しい才女が、と驚かれるほどに淑女然とした素晴らしい女性であったのだ。

 そのような才女と結婚した強かな男レオン。それは政略結婚であれども、お互いに目指す方向も用いる手法もそっくりであることから、非常に息の合った夫婦となっているらしい。

 夫婦仲が良好で良い事だ、とのほほんと喜んだのはグレンのみ。アルチェロはやや引き攣った顔で「恐ろしい夫婦を作っちゃったかもねぇ……」と呟いていたとかなんとか。

 まあとにかく。今や侯爵夫人として女性貴族界を牛耳るディアーナからの情報なのだから、かなり確かなのだろう。

「クレイア領に注意を払うように指示を出しましょう」
「それが良いだろう。こちらでもクレイア領を中心に人や物の動きに注意してみる」

 ことり、とレオンはコーヒーカップを置いてにやりと笑った。テーブルに頬杖をついて、紫色の瞳を細める姿はグレンから見ても非常に魅力的だ。

「情報部隊の実地訓練にちょうどいいかもな」

 戦い一辺倒、それも上位貴族がひたすら大魔法で蹴散らすだけの戦略も作戦も何もない軍部を編成し直し、叩き直してる真っ最中のレオン。今度、新しく創設した情報部隊と言う名のスパイたちに、早速仕事をしてもらうつもりのようだ。

「ははは、良い情報をお待ちしておりますよ、兄上」

 予算を許可したグレンとしても、レオンが説いた「情報の大切さ」を成果として挙げて貰いたいところ。そうでなければ、無駄金遣いを謗られてしまう。

「ふふふ、任せて貰おうかグレン……いや、クランストン宰相」

 ウインクをしてそう言った兄の姿に、グレンはどこかワクワクとしたものを感じて顔を明るくしたのだった。

---


レオンお兄ちゃんはセシリアもグレンくんも両方大好きなシスコンブラコンお兄ちゃんです

どうでもいいですが「助命嘆願」が全然出てこなくて「命助けて署名」って書いてありました
なんだそれ
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