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【第一部】後日談(小ネタ)
グレンとケチャ
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反乱後の騒動も落ち着いてきたある日。グレンはアルチェロに晩餐に誘われた。と言っても、前回のような格式高いものではなく、あくまでも「友人」として食事を共にしようではないか、という誘いだった。
アルチェロにはすでにグレンの体調が良くないことは知られているし、実際、アルチェロも正装ではなくラフな室内着で良い、と指定してきた。
ありがたく、グレンは気軽な格好に着替えてアルチェロが指定した小規模な晩餐室へと足を向ける。
「やあグレン君、お疲れ様」
「遅くなってすみません」
「いいよぉ、会議が長引いたんでしょ? 今日はあくまでも個人的な、友達としての晩餐だから。そんな固くならないで」
先に上位の存在であるアルチェロが着席していたことに顔を青くしたグレンが頭を下げると、からからとアルチェロは笑って言った。その裏がない笑顔に、グレンはほっと安堵の息を漏らす。
どうしても、上位の人間の機嫌を損ねる恐怖と言うのは、なかなか拭いきれない。例えアルチェロがそのような下衆ではないと頭では理解していたとしても。
アルチェロはグレンが着席した後、給仕を呼び出した。呼ばれた給仕は、料理を次々に二人のテーブルに載せていく。
「これは……?」
「ガゼッタ王国だと馴染はないかな? マスティリ帝国だと、身内だけでお喋りしながら食事するときは、先に全部料理を出しておくんだよぉ」
のんびりとアルチェロはそう言った。言葉通り、給仕はデザートと食後のお茶までを用意し終えて去って行く。
部屋には二人と、グレンの護衛であるドーヴィだけが残された。
「アルチェロ殿下、護衛は……」
「ああ、彼はそのままでいいよ。あと、ボクのこと、アルチェロって呼んでいいから」
王族にそう言われて素直に呼び捨てにできるほど、グレンの神経は図太くなかった。ぐ、と息を詰まらせた後、必死に妥協案を探して「アルチェロさん」という呼び方を閃く。アルチェロもとりあえずそれでいいよ、と面白そうに笑った。
「じゃあこの国の発展を祝って……だと固すぎるから、二人の友情を祝って。乾杯」
「……乾杯」
お互いに水が入ったグラスを突き合わせ、乾杯をする。グレンは体調面からアルコールの類は医者から禁止されていた。それに付き合ってなのか、アルチェロも水を乾杯の飲み物として選択したらしい。
グラスが軽い音を立て、それぞれが一口目、口を潤すようにこくりと飲んだ。
「さあグレン君、君が食べられるものだけ選んで食べていいよ。テーブルマナーもそこまで気にしなくていいし、食べる順番だって自由だ。ここは、身内の席だからね」
そう言ってアルチェロは前菜を全て無視して、真っ先に肉料理に手を付けた。牛肉の良い部位を焼き上げたらしいステーキにアルチェロがナイフを入れると、引っ掛かることなくスムーズに一口サイズに切り取られる。それに美味しそうなきらめくソースをたっぷりと絡めて、アルチェロは口に運んだ。
「は、はあ……」
その様子に気圧されつつも、グレンは自分の前に並んだ料理を見る。その中で、一番食べたいもの、と言われれば、温かそうなスープだった。ふわりと香るのはトマトの匂いのようで、一口運べばトマトの酸味に負けずと甘味が主張してくる。丁寧に裏ごしされたトマトスープは、食が細いグレンの喉もすんなりと通っていった。
アルチェロは付け合わせのパンを千切りつつ、美味しそうにスープを飲むグレンを微笑ましく見守る。年齢を聞けば自分より少し下、ということもあるのか、どうにも可愛い弟を見ている気分になってしまう。
(あんまりグレン君を侮ると、あの悪魔に殺されそうだけどねぇ……違うよぉ、僕はグレン君の事を気に入って可愛がっているだけだよ~)
ちら、とグレンの背後、壁にぴたりと背をつけて直立不動で護衛としての立場を崩していないドーヴィへとアルチェロは視線を向けた。心の声が聞かれているのかいないのか。とりあえず、弁明だけはしておく。
「さてグレン君。こうして身内……友達としての晩餐会を設けたわけだけどね?」
「んっぐ……は、はいっ!」
いきなり話しかけられたことに驚いたのか、グレンは食べかけのフルーツを強引に飲み込んで返事をした。
「……脅かしてごめん、悪い話じゃないから」
うわあ悪魔がこっちを睨んでる、とアルチェロは思いつつ、グレンが落ち着くのを待った。水を飲んで、ナプキンで口の周りを拭いて、グレンは緊張した面持ちでアルチェロを見る。
……グレンが王族や上位貴族にずいぶんと手酷い扱いを受けていたことは聞いている。聞いてはいるが、ここまで王族である自分に過剰反応されるとは、アルチェロも思っていなかった。グレンには今後、この国の重鎮になって貰う予定であるし、できれば『自分が上位の存在である』事に慣れて欲しいなぁ、とも思う。
(その辺もおいおい、って感じかぁ……うーん、匙加減が難しい。グレン君、繊細っぽいし、あんま追い立てたら潰れちゃいそう……)
グレンが潰れたら、その時はアルチェロも物理的に潰れることはわかっている。それは何としても避けたい。
避けたいが故に、少しでも親交を、強いて言えば「媚び」を売るためにこの食事会をアルチェロは設けたのだ。肝心の、話の続きについて口を開く。
「いやあ、グレン君とボクと言えば、悪魔憑きじゃない。せっかくだから、お互いに悪魔の紹介でもしようかなって」
「あ……そ、そうでしたか」
「ごめんね、こういう話って二人きりじゃないとできないでしょぉ? 事前に言うのも難しかったから……緊張させちゃったみたいだね」
「い、いえ、そんなことは! 私が、勝手に悪い想像をしていただけです」
気まずそうに、グレンは目を伏せた。一体、どんな悪い想像をしていたのだろう、とアルチェロは聞いてみたくなったが……下手に突くと、護衛と言う名の悪魔が藪から飛び出してきそうなので我慢しておく。
「えっと、グレン君の契約した悪魔は……後ろの、護衛さんだよね?」
「え、あ、はい! そうです。僕が召喚した……ドーヴィです」
二人の視線を受けて、壁際に立っていたドーヴィはぺこりと会釈をした。その態度は王族に対するものとしては無礼であったが、悪魔としては人間に対して十分に礼を払ったものである。
最低限、最初から敵意を向けられなくて良かったぁ、とアルチェロは内心で安堵の息を吐いていた。
「グレン君は彼を召喚したんだね? すごいなぁ、悪魔召喚って普通の魔術師じゃ無理なんでしょ?」
「い、いえ、偶然、と言いますか……」
アルチェロの褒め言葉に、グレンは照れたように頬をかく。どことなく、穏やかな空気が晩餐室に流れてアルチェロも無駄に張った緊張の糸をようやく解いた。……グレンが褒められたことで、あの悪魔も少しばかり機嫌を良くしたらしい。
「ハハハ、それは謙遜が過ぎるだろうグレン少年。君の様な幼い……いや、失礼。君の様なまだ若い年頃で、悪魔を召喚できるというのは天才の証左だろうよ」
どこからともなく、軽やかな声がする。グレンがきょろきょろと見渡す中、アルチェロは足元に視線を向けた。
「やあケチャ。登場のチャンスをずっと待っていたのかい?」
「まさか。たまたま来たら、たまたまタイミングが良かっただけさ。……テーブルの上に乗っても?」
「どうぞ」
誰と話しているんだ、とグレンが目を白黒させていると――テーブルの上に、トン、と一匹の黒猫が飛び乗った。その黒猫は尻尾をゆらりと揺らしてから、口を開く。
「はじめまして、グレン・クランストン。おれがアルチェロと契約した悪魔のケチャだ」
「ねっ、猫!?」
「わぁ、思っていた通りの反応だぁ」
グレンが驚いて椅子が音を立てる。アルチェロはのほほんと微笑む。ケチャはいたずらが成功したようににんまりと笑う。ドーヴィはなぜか顔を俯かせて肩を震わせている。
王城の晩餐室とは思えない、混沌としつつもどこか穏やかな空気が流れた。
「あ、悪魔って……えっ、ねこ……黒猫!?」
「ああ。触ってみるか? 手触りも完璧に猫だぞ」
「ふっ……ふわふわだぁ……」
「グレン君、キミ結構面白いね??」
食器を回避して近づいてきたケチャに誘われ、その背中を撫でたグレンは思わずと言ったように声をあげた。その反応にアルチェロは思わずツッコミを入れる。ドーヴィはもう我慢しきれずに壁に手を置いて、笑い声が漏れている口元を抑えていた。
好きなだけどうぞ、とケチャがごろんと転がる。グレンは恐る恐る、と目の前で転がった黒猫を撫で続けた。
「ほ、本当に……猫だ……」
「ドーヴィしか知らなければ、悪魔は全て人型だと思うのも止む無し、だな。おれのように猫の姿をしている者もいれば、他の姿をしているヤツも多い」
「と言っても、人型の悪魔の方が多いよな」
ドーヴィの声が上から降ってきたことに驚き、グレンは顔を上げる。そこには護衛から悪魔としての姿勢になったドーヴィが立っていた。壁際で待機することをやめて、会話に加わることにしたらしい。
ドーヴィはグレンが撫でているケチャの首根っこをむんずと掴むと、ひょいと持ち上げる。
「グレン、こいつの見た目に騙されるなよ。こいつは俺より数百倍、質の悪い悪魔だからな」
「数百倍頭が良いのではないのか?」
グレンが不思議そうな顔をしてドーヴィを見上げた。ドーヴィは喉に何か詰まらせたような顔をしつつ「両方だ」とぶっきらぼうに答える。
その様子を見ていたアルチェロは初めて、ドーヴィが悪魔として喋るのを見て納得していた。なるほど、こちらの姿が本来のドーヴィなのだろう。普段の口数も少なく、グレンの後ろで黙って周囲に目を光らせている護衛の姿より、こちらの軽口を叩く姿の方がよほどしっくりきた。
「まあ、ボクが戴冠したらケチャはどっか行っちゃうらしいけどねぇ」
「契約がそこまでだからな。後はお前の力で頑張るといい」
ドーヴィの手から解放されたケチャはアルチェロの元へ行き、膝の上に潜り込む。そんなケチャを撫でながらアルチェロはそう言った。それに対するケチャの態度は、なかなかにビジネスライクなもので。
グレンは何も言わず、ドーヴィを見上げる。その視線を受けたドーヴィは、むず痒そうな顔をしつつ口を開いた。
「……いや俺はどこにも行かねえぞ?」
「そ、そうか。……ん? 僕とドーヴィの契約ってどうなって……?」
「俺とお前の契約は、報酬後払い状態だろうが」
「後払い……あっ!」
最初こそ首をひねったものの、すぐに思い当たる節があったのかグレンは小さく声を上げ、その次に顔を赤く染めた。
なんだろう、と不思議に思うアルチェロに、ケチャが小さく「首を突っ込むと死ぬぞ」と囁いた。ケチャがそう言うのなら、報酬後払いについては言及してはいけないのだろう。気取った言い方が多いケチャがストレートな表現で忠告するのだから、それは本当に危険なものに違いない。
「うん、よくわからないけど、グレン君の悪魔はまだまだ一緒にいるんだねぇ!」
アルチェロの反応に、グレンはさらに顔を真っ赤にして俯いた。ケチャは素知らぬ顔をして、アルチェロの膝で顔を洗っている。ドーヴィはグレンの頭に手をポン、と置いて嘆息している。
三者三様のリアクションを見て、アルチェロはうわぁ、と思いつつ手元のケチャを撫でた。この雰囲気、ケチャの忠告通りに首を突っ込まないのが正しいのだろう。王族としての危険察知能力が敏感に反応している。
何やらグレンとドーヴィが小声で囁き合っているのを置いておいて、アルチェロも膝の上のケチャに囁く。
「……ケチャも滞在延期してもいいんだよ?」
「気が向いたらな」
くあ、と黒猫はあくびをするだけ。まあそれでこそケチャだよねぇ、とアルチェロは苦笑いをするしかなかった。
---
この話で小ネタの更新はいったん終了して、R15の方を更新していきます。
ここまでお読み頂きありがとうございました!
アルチェロにはすでにグレンの体調が良くないことは知られているし、実際、アルチェロも正装ではなくラフな室内着で良い、と指定してきた。
ありがたく、グレンは気軽な格好に着替えてアルチェロが指定した小規模な晩餐室へと足を向ける。
「やあグレン君、お疲れ様」
「遅くなってすみません」
「いいよぉ、会議が長引いたんでしょ? 今日はあくまでも個人的な、友達としての晩餐だから。そんな固くならないで」
先に上位の存在であるアルチェロが着席していたことに顔を青くしたグレンが頭を下げると、からからとアルチェロは笑って言った。その裏がない笑顔に、グレンはほっと安堵の息を漏らす。
どうしても、上位の人間の機嫌を損ねる恐怖と言うのは、なかなか拭いきれない。例えアルチェロがそのような下衆ではないと頭では理解していたとしても。
アルチェロはグレンが着席した後、給仕を呼び出した。呼ばれた給仕は、料理を次々に二人のテーブルに載せていく。
「これは……?」
「ガゼッタ王国だと馴染はないかな? マスティリ帝国だと、身内だけでお喋りしながら食事するときは、先に全部料理を出しておくんだよぉ」
のんびりとアルチェロはそう言った。言葉通り、給仕はデザートと食後のお茶までを用意し終えて去って行く。
部屋には二人と、グレンの護衛であるドーヴィだけが残された。
「アルチェロ殿下、護衛は……」
「ああ、彼はそのままでいいよ。あと、ボクのこと、アルチェロって呼んでいいから」
王族にそう言われて素直に呼び捨てにできるほど、グレンの神経は図太くなかった。ぐ、と息を詰まらせた後、必死に妥協案を探して「アルチェロさん」という呼び方を閃く。アルチェロもとりあえずそれでいいよ、と面白そうに笑った。
「じゃあこの国の発展を祝って……だと固すぎるから、二人の友情を祝って。乾杯」
「……乾杯」
お互いに水が入ったグラスを突き合わせ、乾杯をする。グレンは体調面からアルコールの類は医者から禁止されていた。それに付き合ってなのか、アルチェロも水を乾杯の飲み物として選択したらしい。
グラスが軽い音を立て、それぞれが一口目、口を潤すようにこくりと飲んだ。
「さあグレン君、君が食べられるものだけ選んで食べていいよ。テーブルマナーもそこまで気にしなくていいし、食べる順番だって自由だ。ここは、身内の席だからね」
そう言ってアルチェロは前菜を全て無視して、真っ先に肉料理に手を付けた。牛肉の良い部位を焼き上げたらしいステーキにアルチェロがナイフを入れると、引っ掛かることなくスムーズに一口サイズに切り取られる。それに美味しそうなきらめくソースをたっぷりと絡めて、アルチェロは口に運んだ。
「は、はあ……」
その様子に気圧されつつも、グレンは自分の前に並んだ料理を見る。その中で、一番食べたいもの、と言われれば、温かそうなスープだった。ふわりと香るのはトマトの匂いのようで、一口運べばトマトの酸味に負けずと甘味が主張してくる。丁寧に裏ごしされたトマトスープは、食が細いグレンの喉もすんなりと通っていった。
アルチェロは付け合わせのパンを千切りつつ、美味しそうにスープを飲むグレンを微笑ましく見守る。年齢を聞けば自分より少し下、ということもあるのか、どうにも可愛い弟を見ている気分になってしまう。
(あんまりグレン君を侮ると、あの悪魔に殺されそうだけどねぇ……違うよぉ、僕はグレン君の事を気に入って可愛がっているだけだよ~)
ちら、とグレンの背後、壁にぴたりと背をつけて直立不動で護衛としての立場を崩していないドーヴィへとアルチェロは視線を向けた。心の声が聞かれているのかいないのか。とりあえず、弁明だけはしておく。
「さてグレン君。こうして身内……友達としての晩餐会を設けたわけだけどね?」
「んっぐ……は、はいっ!」
いきなり話しかけられたことに驚いたのか、グレンは食べかけのフルーツを強引に飲み込んで返事をした。
「……脅かしてごめん、悪い話じゃないから」
うわあ悪魔がこっちを睨んでる、とアルチェロは思いつつ、グレンが落ち着くのを待った。水を飲んで、ナプキンで口の周りを拭いて、グレンは緊張した面持ちでアルチェロを見る。
……グレンが王族や上位貴族にずいぶんと手酷い扱いを受けていたことは聞いている。聞いてはいるが、ここまで王族である自分に過剰反応されるとは、アルチェロも思っていなかった。グレンには今後、この国の重鎮になって貰う予定であるし、できれば『自分が上位の存在である』事に慣れて欲しいなぁ、とも思う。
(その辺もおいおい、って感じかぁ……うーん、匙加減が難しい。グレン君、繊細っぽいし、あんま追い立てたら潰れちゃいそう……)
グレンが潰れたら、その時はアルチェロも物理的に潰れることはわかっている。それは何としても避けたい。
避けたいが故に、少しでも親交を、強いて言えば「媚び」を売るためにこの食事会をアルチェロは設けたのだ。肝心の、話の続きについて口を開く。
「いやあ、グレン君とボクと言えば、悪魔憑きじゃない。せっかくだから、お互いに悪魔の紹介でもしようかなって」
「あ……そ、そうでしたか」
「ごめんね、こういう話って二人きりじゃないとできないでしょぉ? 事前に言うのも難しかったから……緊張させちゃったみたいだね」
「い、いえ、そんなことは! 私が、勝手に悪い想像をしていただけです」
気まずそうに、グレンは目を伏せた。一体、どんな悪い想像をしていたのだろう、とアルチェロは聞いてみたくなったが……下手に突くと、護衛と言う名の悪魔が藪から飛び出してきそうなので我慢しておく。
「えっと、グレン君の契約した悪魔は……後ろの、護衛さんだよね?」
「え、あ、はい! そうです。僕が召喚した……ドーヴィです」
二人の視線を受けて、壁際に立っていたドーヴィはぺこりと会釈をした。その態度は王族に対するものとしては無礼であったが、悪魔としては人間に対して十分に礼を払ったものである。
最低限、最初から敵意を向けられなくて良かったぁ、とアルチェロは内心で安堵の息を吐いていた。
「グレン君は彼を召喚したんだね? すごいなぁ、悪魔召喚って普通の魔術師じゃ無理なんでしょ?」
「い、いえ、偶然、と言いますか……」
アルチェロの褒め言葉に、グレンは照れたように頬をかく。どことなく、穏やかな空気が晩餐室に流れてアルチェロも無駄に張った緊張の糸をようやく解いた。……グレンが褒められたことで、あの悪魔も少しばかり機嫌を良くしたらしい。
「ハハハ、それは謙遜が過ぎるだろうグレン少年。君の様な幼い……いや、失礼。君の様なまだ若い年頃で、悪魔を召喚できるというのは天才の証左だろうよ」
どこからともなく、軽やかな声がする。グレンがきょろきょろと見渡す中、アルチェロは足元に視線を向けた。
「やあケチャ。登場のチャンスをずっと待っていたのかい?」
「まさか。たまたま来たら、たまたまタイミングが良かっただけさ。……テーブルの上に乗っても?」
「どうぞ」
誰と話しているんだ、とグレンが目を白黒させていると――テーブルの上に、トン、と一匹の黒猫が飛び乗った。その黒猫は尻尾をゆらりと揺らしてから、口を開く。
「はじめまして、グレン・クランストン。おれがアルチェロと契約した悪魔のケチャだ」
「ねっ、猫!?」
「わぁ、思っていた通りの反応だぁ」
グレンが驚いて椅子が音を立てる。アルチェロはのほほんと微笑む。ケチャはいたずらが成功したようににんまりと笑う。ドーヴィはなぜか顔を俯かせて肩を震わせている。
王城の晩餐室とは思えない、混沌としつつもどこか穏やかな空気が流れた。
「あ、悪魔って……えっ、ねこ……黒猫!?」
「ああ。触ってみるか? 手触りも完璧に猫だぞ」
「ふっ……ふわふわだぁ……」
「グレン君、キミ結構面白いね??」
食器を回避して近づいてきたケチャに誘われ、その背中を撫でたグレンは思わずと言ったように声をあげた。その反応にアルチェロは思わずツッコミを入れる。ドーヴィはもう我慢しきれずに壁に手を置いて、笑い声が漏れている口元を抑えていた。
好きなだけどうぞ、とケチャがごろんと転がる。グレンは恐る恐る、と目の前で転がった黒猫を撫で続けた。
「ほ、本当に……猫だ……」
「ドーヴィしか知らなければ、悪魔は全て人型だと思うのも止む無し、だな。おれのように猫の姿をしている者もいれば、他の姿をしているヤツも多い」
「と言っても、人型の悪魔の方が多いよな」
ドーヴィの声が上から降ってきたことに驚き、グレンは顔を上げる。そこには護衛から悪魔としての姿勢になったドーヴィが立っていた。壁際で待機することをやめて、会話に加わることにしたらしい。
ドーヴィはグレンが撫でているケチャの首根っこをむんずと掴むと、ひょいと持ち上げる。
「グレン、こいつの見た目に騙されるなよ。こいつは俺より数百倍、質の悪い悪魔だからな」
「数百倍頭が良いのではないのか?」
グレンが不思議そうな顔をしてドーヴィを見上げた。ドーヴィは喉に何か詰まらせたような顔をしつつ「両方だ」とぶっきらぼうに答える。
その様子を見ていたアルチェロは初めて、ドーヴィが悪魔として喋るのを見て納得していた。なるほど、こちらの姿が本来のドーヴィなのだろう。普段の口数も少なく、グレンの後ろで黙って周囲に目を光らせている護衛の姿より、こちらの軽口を叩く姿の方がよほどしっくりきた。
「まあ、ボクが戴冠したらケチャはどっか行っちゃうらしいけどねぇ」
「契約がそこまでだからな。後はお前の力で頑張るといい」
ドーヴィの手から解放されたケチャはアルチェロの元へ行き、膝の上に潜り込む。そんなケチャを撫でながらアルチェロはそう言った。それに対するケチャの態度は、なかなかにビジネスライクなもので。
グレンは何も言わず、ドーヴィを見上げる。その視線を受けたドーヴィは、むず痒そうな顔をしつつ口を開いた。
「……いや俺はどこにも行かねえぞ?」
「そ、そうか。……ん? 僕とドーヴィの契約ってどうなって……?」
「俺とお前の契約は、報酬後払い状態だろうが」
「後払い……あっ!」
最初こそ首をひねったものの、すぐに思い当たる節があったのかグレンは小さく声を上げ、その次に顔を赤く染めた。
なんだろう、と不思議に思うアルチェロに、ケチャが小さく「首を突っ込むと死ぬぞ」と囁いた。ケチャがそう言うのなら、報酬後払いについては言及してはいけないのだろう。気取った言い方が多いケチャがストレートな表現で忠告するのだから、それは本当に危険なものに違いない。
「うん、よくわからないけど、グレン君の悪魔はまだまだ一緒にいるんだねぇ!」
アルチェロの反応に、グレンはさらに顔を真っ赤にして俯いた。ケチャは素知らぬ顔をして、アルチェロの膝で顔を洗っている。ドーヴィはグレンの頭に手をポン、と置いて嘆息している。
三者三様のリアクションを見て、アルチェロはうわぁ、と思いつつ手元のケチャを撫でた。この雰囲気、ケチャの忠告通りに首を突っ込まないのが正しいのだろう。王族としての危険察知能力が敏感に反応している。
何やらグレンとドーヴィが小声で囁き合っているのを置いておいて、アルチェロも膝の上のケチャに囁く。
「……ケチャも滞在延期してもいいんだよ?」
「気が向いたらな」
くあ、と黒猫はあくびをするだけ。まあそれでこそケチャだよねぇ、とアルチェロは苦笑いをするしかなかった。
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本当にありがとうございます!!!
本編完結お疲れ様でした!
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読了感最高です😭
感想ありがとうございます!
ハラハラさせてすみません(笑)ちゃんとハピエンタグに違わぬエンドになっていて良かったです(*^-^*)
読了感お褒め頂きありがとうございました!
本編完結おめでとうございます!
グレンが死んじゃったときは泣いたけど無事
戻ってきてくれてよかった!😊
宰相頑張って!
グレンが18歳になったときのドーウィとのイチャイチャがみたいです!
感想ありがとうございます!
ハピエンなのに死んじゃうのどうだろうとドキドキしてましたが最後まで読んで頂けて良かったです(*^-^*)
続編でイチャラブR指定も考えているので、もし書いていたらまた読んで頂ければと思います!