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【第一部】後日談(小ネタ)
クランストン一家
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多忙な戦後処理の合間、ドーヴィは何とかグレンのスケジュールを調整して家族の元へ見舞いに行く時間を作ってやった。もはやドーヴィは護衛ではなく秘書になったのかもしれない。まあ、グレンの幸せのためなら何でもやってやると言ったのは自分なので、仕方ない仕方ない。
事前にグレンが訪問することはすでに伝えてあり、そのタイミングでの人払いもドーヴィは依頼してあった。実によくできた秘書である。
「うう、なんだか緊張してきた……」
「何言ってんだよ、素直に甘えてくりゃあいいだろ」
「そ、そうは言うがな……父上や母上とは、数年ぶりの再会なんだぞ! 僕だってわかって貰えなかったらどうしよう……」
そんなことないだろう、と言いかけてドーヴィは口を噤んだ。良く考えれば。グレンは成長期の少年なわけで、身長は間違いなく伸びているし、何なら片目については色まで変わってしまっている。何より、死線をくぐったことで周囲からも「貫禄がでてきた」と言われるほどに、雰囲気は変わっているのだ。
「……まあ、大丈夫だろ、たぶん」
「たぶんってなんだよドーヴィ、不安にさせるようなこと言うなよ……!」
とは言え、本当にグレンの事がわからない、なんてオチはないだろうとドーヴィは楽観的に思っている。医師の診察によれば、衰弱こそしているものの意識もはっきりしているし、記憶に混濁もないそうだ。記憶や精神面という意味では、グレンの方がよほど重傷である。
「何かあったらすぐに呼べ。俺は扉の前で待ってる」
「あ、ああ……いってくる」
緊張しきりのグレンに対して、ぽんと背中を叩いてやり、ドーヴィはグレンを見送った。家族水入らずの時間を邪魔するほど、ドーヴィは野暮ではない。
☆☆☆
「失礼する」
グレンが声を掛けて扉を開けば、医務室にいた医師やメイドが顔を上げた。中でも一番扉に近かったメイドが、グレンに微笑みかける。
「グレン様ですか。お話は伺っております」
「う、うむ」
「私達は席を外しますので、ごゆっくり……」
……そうして、医務室の中にはクランストン一家のみが残された。父と母、兄と姉、そしてグレン。
「……グレン」
名前を呼ばれて、グレンはびくりと肩を揺らした。穏やかで優しくて、数年ぶりに聞いた母の声。耳に入った瞬間、グレンはあっという間に熱いものがこみあげてくるのを感じる。
「は、ははうえっ……!」
白い顔をしてベッドに寝ていた母に近寄ると、グレンは差し出されたほっそりした手を握りしめ、ベッドの横に膝をついた。
「ははうえ、ははうえっ!」
「グレン、少し見ない間に、大きくなりましたね……」
あれだけ夢に魘された母の手が、グレンの頭を優しく撫でる。グレンは堪えきれずに片目から大粒の涙をぼろぼろと零した。その様子を見て、母はゆっくりと微笑む。
「さあ、お父様にもお顔を見せてあげなさい」
言われてグレンはよろよろと立ち上がり、隣のベッドへ。そこでは以前の父からは考えられないほどに痩せこけた姿があったが、ベッド端に腰かけた父はよろけたグレンを受け止めてくれる。
「ちちうえぇぇっ!」
「はっはっは、泣き虫なところは変わってないか、グレン」
「だ、だってっ、だってっ、ちちうえ、みんな、しんじゃったって、きいてて」
泣きじゃくりながら必死に訴えるグレンを、グレンの父はそうかそうかと相槌を打ちながら力強く抱きしめる。そこに、歩けるほどに回復した兄もやってきた。
「う゛っう゛ううっ!」
「あんま泣くと後が大変じゃないのか、宰相殿」
「あにうえ~~~!!」
揶揄う兄の言葉に、グレンはますます涙をこぼして兄の体に取りすがった。おっと、と兄はたたらを踏みながらも、泣きじゃくる末っ子を抱擁する。
「お兄さま、そう言わないであげてください。グレンは本当によく頑張りましたのよ?」
そう言うセシリアの目にも涙が浮かび、声は震えている。兄はそのセシリアに気づくと、手招きした。
「お前たちは本当によくできた弟と妹だよ」
「っ、お兄さまっ……!」
「あにうえ、あにうえっ! ぼく、ぼく……!」
セシリアも兄の腕に飛び込み、グレン達の兄は笑いながら甘えてくる弟と妹を抱き込んだ。その様子を父と母が見守る。
まだベッドから起き上がるので精一杯な母の元に父が移動し、細くなった肩を抱いた。
「実に自慢の子供たちじゃないか」
「ええ……本当に。よく、頑張ってくれました」
グレンの両親はそう微笑んだ。医務室に穏やかな昼の陽光が窓から差し込む。クランストン一家は、以前の姿を取り戻しつつあった。
「ぐずっ、ぐっ……す、すみません、とりみだし、ましたぁっ……」
「あらあら、いいのよグレン。いろんな人からあなたがたくさん頑張ったことを聞きましたもの。ここでは我慢しなくていいのよ」
「ははうえ~~~っ!」
「母上はすぐグレンを甘やかすからなぁ」
兄が苦笑しながら母親の膝に飛びついてまた泣き始めたグレンを見守る。ようやく落ち着きつつあるセシリアも、再びこぼれそうになる涙をハンカチで拭った。
「それにしても、まさかグレンが宰相になるとは……」
「それもそうだけど、俺としてはグレンがマスティリ帝国のアルチェロ殿下に渡りをつけて軍を率いたっていうのがなぁ……」
信じられん、と父親と兄はそっくりな顔を同じような角度で傾ける。それを見ていたセシリアはひとり、くすくすと笑った。
グレンから聞いたわけではないが、そこにあの護衛の男が一枚噛んでいるのは間違いない。もちろん、グレンが頑張ったのは間違いないだろうが……あの護衛がいなければ、きっとこういう結末にはならなかっただろう。セシリアはそう確信している。
……ついでに、恐らく二人がただならぬ関係にあるだろうことも、セシリアは察していた。女の勘、姉の勘は恐ろしいほどに鋭い。
「お父さまもお兄さまも、今はただの爵位なしですからね! グレン閣下の言う事はちゃんと聞くようにしませんと」
「くっ、はっはっは! 確かに、我々はいまやクランストン辺境伯家の穀潰しになってしまったからなぁ」
「ちちうえ~~~そんなこと、いわないで~~~」
母親に甘やかされてだいぶぐしゃぐしゃになってきたグレンがよろよろしながら父親の元へ体を動かした。
「なんだなんだ」
「ぼくがはたらくから~~~ちちうえずっといえにいて~~~~~」
「はっはっは! どこかに行くと思ったのか!」
「おーいグレン、俺は? お前のお兄さまは~?」
「あにうえもどこもいかないで~~~~~」
父の手を片手で握り、もう片方は兄の手を。わんわん泣きながら、末っ子のグレンがわがままを言う。
「もう、お父さまもお兄さまもグレンで遊んで……」
「ふふふ、グレンのことが可愛くて仕方がないのよ。……私たちの中では、グレンはまだまだ泣き虫で、小さい末っ子、ってイメージが抜けないから……」
「お母さま……」
そう話す母は、成長したグレンのことを喜んでいるようでもあり、知らぬ間に我が子が成長してしまったことを悲しんでいるようでもあった。そんな母の手にセシリアは手を重ねる。
「これからは間近でグレンの活躍を見れますよ」
「……ええ。そうね、それはとても楽しみで……とても幸せな事だわ」
噛み締めるように母は言った。それを聞いて、セシリアも大きく頷く。終わった過去を悲しむよりも、今から始まる幸せを享受したい。きっとグレンは、母や父、兄すらも驚く姿を見せてくれるだろう。
あの、堂々とした姿で指揮を執るグレンを実際に見たセシリアにはわかる。
「――失礼します」
控え目なノックと共に扉が開かれ、わずかな隙間からグレンの護衛の男――ドーヴィが身を滑り込ませてきた。
長身のドーヴィは扉のところで室内を見渡し、床に座り込んで泣いているグレンを見つけた。顔にこそ出さないが、心の中で苦虫をかみつぶしたように呻き声を上げる……様子が、セシリアにもわかった。
セシリアは母の手を優しくベッドに置いて、立ち上がる。ドーヴィの前に立ち、軽く会釈をしてから「何の用でしょうか」と尋ねた。ドーヴィはセシリアに対し、少しだけ目を細めた後に口を開く。
「……グレン閣下に、急ぎの報告があります」
「わかりました。……グレン、グレン! 護衛さんが来ていますよ」
床に座り込んで泣いているグレンの肩を揺さぶり、セシリアは力一杯に顔をドーヴィの方へ振り向かせた。顔をぐしゃぐしゃにしていたグレンはドーヴィを視界にいれて驚いたのか、変な悲鳴をあげて固まる。
ドーヴィはその場から動かず、膝をつく。
「閣下、ご歓談中申し訳ありません。緊急の報告が上がってまいりましたので、至急執務室までお戻りください」
「ぁ……う……ぐっ、う、うむっ……ぐぅ」
……泣きじゃっくりが止まらないながらに、上に立つ者としての返事をしたグレンはよろよろと立ち上がった。必死に、羽織っていたローブの袖で涙やら鼻水やらを拭っている。
「で、では、わたしは、しごとにっ……ふっ……も、もどります……っ」
そう家族に挨拶し、グレンは何とかドーヴィを連れて出て行った。
「……いやあ、『グレン閣下』とは……」
残されたクランストン一家の中、グレンの兄がぽつりと言葉を漏らす。その言葉に、その場にいた面々は同意したようにうーんと唸った。
「あの子、あんなに泣いた後で仕事になるのかしら……」
心配そうな母に、セシリアは寄り添うことしかできなかった。……まあ、例の護衛がなんとかしてくれるでしょう、とセシリアは思っておくことにする。
☆☆☆
なおその後。
「ドッ、ドーヴィ、かお、どうにかしてくれぇっ!」
「あーもうお前泣きすぎなんだよ! 服もぐしょぐしょじゃねーか!」
「だ、だってぇ……ひぐっ!」
「ちょっとこっち来い!」
セシリアの予想通り、執務室に戻る前にドーヴィが全部何とかしたので、王国史上最年少宰相のプライドは何とか守られている。
---
泣きすぎてぐしゃぐしゃのよれよれになっちゃったグレンくん大変に可愛いです。
お兄さまが案外Sっ気があることがわかりました。
あと地味に「ぼくがはたらくからみんなどこにもいかないで」って一言にグレンくんのこれまでのトラウマとか闇とかが詰まってて美味です。
あとがきを「ヤバ性癖語り」の方で公開しました~。
あちらがR18なので、未成年な方は私のtwitter(X)のプロフへどうぞ。
同じ内容のものをぷらいべったーに置いておきましたので、そちらでお楽しみください。
事前にグレンが訪問することはすでに伝えてあり、そのタイミングでの人払いもドーヴィは依頼してあった。実によくできた秘書である。
「うう、なんだか緊張してきた……」
「何言ってんだよ、素直に甘えてくりゃあいいだろ」
「そ、そうは言うがな……父上や母上とは、数年ぶりの再会なんだぞ! 僕だってわかって貰えなかったらどうしよう……」
そんなことないだろう、と言いかけてドーヴィは口を噤んだ。良く考えれば。グレンは成長期の少年なわけで、身長は間違いなく伸びているし、何なら片目については色まで変わってしまっている。何より、死線をくぐったことで周囲からも「貫禄がでてきた」と言われるほどに、雰囲気は変わっているのだ。
「……まあ、大丈夫だろ、たぶん」
「たぶんってなんだよドーヴィ、不安にさせるようなこと言うなよ……!」
とは言え、本当にグレンの事がわからない、なんてオチはないだろうとドーヴィは楽観的に思っている。医師の診察によれば、衰弱こそしているものの意識もはっきりしているし、記憶に混濁もないそうだ。記憶や精神面という意味では、グレンの方がよほど重傷である。
「何かあったらすぐに呼べ。俺は扉の前で待ってる」
「あ、ああ……いってくる」
緊張しきりのグレンに対して、ぽんと背中を叩いてやり、ドーヴィはグレンを見送った。家族水入らずの時間を邪魔するほど、ドーヴィは野暮ではない。
☆☆☆
「失礼する」
グレンが声を掛けて扉を開けば、医務室にいた医師やメイドが顔を上げた。中でも一番扉に近かったメイドが、グレンに微笑みかける。
「グレン様ですか。お話は伺っております」
「う、うむ」
「私達は席を外しますので、ごゆっくり……」
……そうして、医務室の中にはクランストン一家のみが残された。父と母、兄と姉、そしてグレン。
「……グレン」
名前を呼ばれて、グレンはびくりと肩を揺らした。穏やかで優しくて、数年ぶりに聞いた母の声。耳に入った瞬間、グレンはあっという間に熱いものがこみあげてくるのを感じる。
「は、ははうえっ……!」
白い顔をしてベッドに寝ていた母に近寄ると、グレンは差し出されたほっそりした手を握りしめ、ベッドの横に膝をついた。
「ははうえ、ははうえっ!」
「グレン、少し見ない間に、大きくなりましたね……」
あれだけ夢に魘された母の手が、グレンの頭を優しく撫でる。グレンは堪えきれずに片目から大粒の涙をぼろぼろと零した。その様子を見て、母はゆっくりと微笑む。
「さあ、お父様にもお顔を見せてあげなさい」
言われてグレンはよろよろと立ち上がり、隣のベッドへ。そこでは以前の父からは考えられないほどに痩せこけた姿があったが、ベッド端に腰かけた父はよろけたグレンを受け止めてくれる。
「ちちうえぇぇっ!」
「はっはっは、泣き虫なところは変わってないか、グレン」
「だ、だってっ、だってっ、ちちうえ、みんな、しんじゃったって、きいてて」
泣きじゃくりながら必死に訴えるグレンを、グレンの父はそうかそうかと相槌を打ちながら力強く抱きしめる。そこに、歩けるほどに回復した兄もやってきた。
「う゛っう゛ううっ!」
「あんま泣くと後が大変じゃないのか、宰相殿」
「あにうえ~~~!!」
揶揄う兄の言葉に、グレンはますます涙をこぼして兄の体に取りすがった。おっと、と兄はたたらを踏みながらも、泣きじゃくる末っ子を抱擁する。
「お兄さま、そう言わないであげてください。グレンは本当によく頑張りましたのよ?」
そう言うセシリアの目にも涙が浮かび、声は震えている。兄はそのセシリアに気づくと、手招きした。
「お前たちは本当によくできた弟と妹だよ」
「っ、お兄さまっ……!」
「あにうえ、あにうえっ! ぼく、ぼく……!」
セシリアも兄の腕に飛び込み、グレン達の兄は笑いながら甘えてくる弟と妹を抱き込んだ。その様子を父と母が見守る。
まだベッドから起き上がるので精一杯な母の元に父が移動し、細くなった肩を抱いた。
「実に自慢の子供たちじゃないか」
「ええ……本当に。よく、頑張ってくれました」
グレンの両親はそう微笑んだ。医務室に穏やかな昼の陽光が窓から差し込む。クランストン一家は、以前の姿を取り戻しつつあった。
「ぐずっ、ぐっ……す、すみません、とりみだし、ましたぁっ……」
「あらあら、いいのよグレン。いろんな人からあなたがたくさん頑張ったことを聞きましたもの。ここでは我慢しなくていいのよ」
「ははうえ~~~っ!」
「母上はすぐグレンを甘やかすからなぁ」
兄が苦笑しながら母親の膝に飛びついてまた泣き始めたグレンを見守る。ようやく落ち着きつつあるセシリアも、再びこぼれそうになる涙をハンカチで拭った。
「それにしても、まさかグレンが宰相になるとは……」
「それもそうだけど、俺としてはグレンがマスティリ帝国のアルチェロ殿下に渡りをつけて軍を率いたっていうのがなぁ……」
信じられん、と父親と兄はそっくりな顔を同じような角度で傾ける。それを見ていたセシリアはひとり、くすくすと笑った。
グレンから聞いたわけではないが、そこにあの護衛の男が一枚噛んでいるのは間違いない。もちろん、グレンが頑張ったのは間違いないだろうが……あの護衛がいなければ、きっとこういう結末にはならなかっただろう。セシリアはそう確信している。
……ついでに、恐らく二人がただならぬ関係にあるだろうことも、セシリアは察していた。女の勘、姉の勘は恐ろしいほどに鋭い。
「お父さまもお兄さまも、今はただの爵位なしですからね! グレン閣下の言う事はちゃんと聞くようにしませんと」
「くっ、はっはっは! 確かに、我々はいまやクランストン辺境伯家の穀潰しになってしまったからなぁ」
「ちちうえ~~~そんなこと、いわないで~~~」
母親に甘やかされてだいぶぐしゃぐしゃになってきたグレンがよろよろしながら父親の元へ体を動かした。
「なんだなんだ」
「ぼくがはたらくから~~~ちちうえずっといえにいて~~~~~」
「はっはっは! どこかに行くと思ったのか!」
「おーいグレン、俺は? お前のお兄さまは~?」
「あにうえもどこもいかないで~~~~~」
父の手を片手で握り、もう片方は兄の手を。わんわん泣きながら、末っ子のグレンがわがままを言う。
「もう、お父さまもお兄さまもグレンで遊んで……」
「ふふふ、グレンのことが可愛くて仕方がないのよ。……私たちの中では、グレンはまだまだ泣き虫で、小さい末っ子、ってイメージが抜けないから……」
「お母さま……」
そう話す母は、成長したグレンのことを喜んでいるようでもあり、知らぬ間に我が子が成長してしまったことを悲しんでいるようでもあった。そんな母の手にセシリアは手を重ねる。
「これからは間近でグレンの活躍を見れますよ」
「……ええ。そうね、それはとても楽しみで……とても幸せな事だわ」
噛み締めるように母は言った。それを聞いて、セシリアも大きく頷く。終わった過去を悲しむよりも、今から始まる幸せを享受したい。きっとグレンは、母や父、兄すらも驚く姿を見せてくれるだろう。
あの、堂々とした姿で指揮を執るグレンを実際に見たセシリアにはわかる。
「――失礼します」
控え目なノックと共に扉が開かれ、わずかな隙間からグレンの護衛の男――ドーヴィが身を滑り込ませてきた。
長身のドーヴィは扉のところで室内を見渡し、床に座り込んで泣いているグレンを見つけた。顔にこそ出さないが、心の中で苦虫をかみつぶしたように呻き声を上げる……様子が、セシリアにもわかった。
セシリアは母の手を優しくベッドに置いて、立ち上がる。ドーヴィの前に立ち、軽く会釈をしてから「何の用でしょうか」と尋ねた。ドーヴィはセシリアに対し、少しだけ目を細めた後に口を開く。
「……グレン閣下に、急ぎの報告があります」
「わかりました。……グレン、グレン! 護衛さんが来ていますよ」
床に座り込んで泣いているグレンの肩を揺さぶり、セシリアは力一杯に顔をドーヴィの方へ振り向かせた。顔をぐしゃぐしゃにしていたグレンはドーヴィを視界にいれて驚いたのか、変な悲鳴をあげて固まる。
ドーヴィはその場から動かず、膝をつく。
「閣下、ご歓談中申し訳ありません。緊急の報告が上がってまいりましたので、至急執務室までお戻りください」
「ぁ……う……ぐっ、う、うむっ……ぐぅ」
……泣きじゃっくりが止まらないながらに、上に立つ者としての返事をしたグレンはよろよろと立ち上がった。必死に、羽織っていたローブの袖で涙やら鼻水やらを拭っている。
「で、では、わたしは、しごとにっ……ふっ……も、もどります……っ」
そう家族に挨拶し、グレンは何とかドーヴィを連れて出て行った。
「……いやあ、『グレン閣下』とは……」
残されたクランストン一家の中、グレンの兄がぽつりと言葉を漏らす。その言葉に、その場にいた面々は同意したようにうーんと唸った。
「あの子、あんなに泣いた後で仕事になるのかしら……」
心配そうな母に、セシリアは寄り添うことしかできなかった。……まあ、例の護衛がなんとかしてくれるでしょう、とセシリアは思っておくことにする。
☆☆☆
なおその後。
「ドッ、ドーヴィ、かお、どうにかしてくれぇっ!」
「あーもうお前泣きすぎなんだよ! 服もぐしょぐしょじゃねーか!」
「だ、だってぇ……ひぐっ!」
「ちょっとこっち来い!」
セシリアの予想通り、執務室に戻る前にドーヴィが全部何とかしたので、王国史上最年少宰相のプライドは何とか守られている。
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泣きすぎてぐしゃぐしゃのよれよれになっちゃったグレンくん大変に可愛いです。
お兄さまが案外Sっ気があることがわかりました。
あと地味に「ぼくがはたらくからみんなどこにもいかないで」って一言にグレンくんのこれまでのトラウマとか闇とかが詰まってて美味です。
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